彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️

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彼女の死 公爵セオドリク・ウィルターン⑥

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 その日、俺はイヴァンナが囚われている地下牢を訪れた。

「今日の午後、お前の処刑が執行される事が決まった」

 俺が伝えると、イヴァンナは顔色一つ変える事なく、頷いた。

「そうですか…」と。

 その表情から、俺は彼女が既に自分の死を受け入れているのだと思った。

「まだロマーナにいらっしゃったのですね? 最期にお会い出来て良かったです」

 イヴァンナは嬉しそうに目を細めてそう言った。何故彼女が笑うのか…? 俺にはこの時、その理由が分からなかった。

「ああ、俺は今回の事で、シルベールの領地を引き継ぎ、この国で公爵位を賜る事になった。そしてこれからはこの地に留まり、筆頭公爵家として新たにこの国の王となられるシリウス様を支えてやってくれないかとシルヴィア様から頼まれたんだ」

「…そうだったのですか…。貴方はそれをお受けになったのですね…。良かった。以前お会いした時よりお顔の色も良く、安心致しました。実を言うとずっと心配だったのです。馬車の中でお会いした貴方が、シルベールと私への復讐の為だけに生きておられる様な気がして…。でも、貴方は次の生きる目標を見つけられたのですね」

 俺が戸惑いながら彼女の問いに答えると、彼女はほっとした様な顔をした。

 そうか…。俺はあの時、仇であるはずの彼女に心配される程、心が擦り切れていたのか…。

 全てを取り上げた。それでも心が叫ぶんだ。まだ足りない。まだ許せない…と。

 俺は馬車の中、彼女に恨みをぶつけそう叫んだ。

 だが、イヴァンナの俺を労る様なその顔を見た時、『彼女もまたシルベールによって運命を翻弄された1人だ』そう言った、カイザードの言葉が思い出された。 

 だからだろうか…?

「あの…。私は今日、セオドリク様が此処へ来て下さったのは運命だと思ったんです。だから、もし叶うなら…1つだけお願いを聞いては頂けないでしょうか?」

「何だ? 最後の花向けだ。俺に出来る事なら聞いてやる」

 その時、イヴァンナが辿々しく告げた、彼女にとっては最期の願いを叶えてやりたいと思ったのだ。

 すると、彼女は1枚の古ぼけたハンカチを俺に手渡した。

「これは…?」

 受け取った俺が尋ねる。

「カイザードさんにお借りした物なんですが、洗う事も出来なくてずっと持っていたんです。でもそのハンカチ、刺繍が施されてあるし、かなり古い物だと思うんです」

 そう言われて見てみると、確かにカイと刺繍がしてある。

「恐らくですが、とてもカイザードさんにとって大切な物だと思うんです。もしかしたらその刺繍、伯母が施したものかも知れません。だから、カイザードさんは肌身離さず持っていた。洗って返せなくて本当に申し訳ないんですが、もしセオドリク様がカイザードさんに会う機会があれば、お返ししては頂けませんか? それと、優しくして頂いてありがとうございましたと…私がそう言っていたと彼にお伝え願えませんか?」

 彼女は縋る様に俺にそう願った。

「分かった…。約束する。必ず返しておくよ」

 俺が頷くと、イヴァンナは花が綻ぶ様に嬉しそうに笑った。

 そして、ありがとうございます…ありがとうございます…と何度も何度も俺に礼を告げた。

 この日、彼女の口からは、俺やアルテーシア、エリスに対する謝罪の言葉は全く出ては来なかった。

 その代わり、彼女は最期に言った。

「では、私は立派に役目を果たして参りますね。そして、私への恨みや憎しみがもし貴方様の生きる糧になるのならば、私の事を永遠に恨み続けて下さい。そして絶対に生きて下さい。今日は知らせに来て下さり、本当にありがとうございました」

 俺が部屋を出る時、イヴァンナはそう言って俺が扉を閉めるまでずっと頭を下げ続けていた。

 彼女の言葉は恐らく、彼女の死後、生きる糧を失う俺を案じての事なのだろう。

「永遠に恨み続けて下さい…」か。

 牢を出た俺はドアを背に1人呟いた。

 その後、中央広場に連れて来られたイヴァンナはシルベールと同じ様に手を後ろ手に縛られ、足には枷がつけられていた。

 集まった民衆は先程のシルベールの時よりも更に増えている。

 その民衆達が、彼女の姿を見ると皆が一斉に罵声を浴びせた。

「この悪女!」

「お腹に子供がいた王妃様に食事も与えないなんて人間のする事かい!?」

「うちの子達もあんたのせいで満足にご飯も食べられなかったんだ!」

 皆が口々にイヴァンナへの恨み辛みを口にする。

 先程のシルベールの時と違う事は、彼女の周りを兵達が取り囲んでいるにも関わらず、小石や物が投げつけられている事だ。

「こら! お前達やめろ! あ! こら! やめないか!!」

 兵達がいくら止めても、民達は次々に物を投げつける。

 ついには、イヴァンナの額に石が当たった。彼女は額から血を流しながらも、罵詈雑言が発せらる中を、断頭台へ向かって歩んで行く。

 そして断頭台に辿り着くと、自分をここまで守ってくれた兵達に礼を述べた。

「私の為に痛い思いをさせてごめんなさい」と。

 彼女の首が断頭台に固定された。

 刑の執行を告げるのは今回もジュリアスだ。

 彼は震えながら手を上げたが、次の言葉を発する事が出来ないでいた。

 ジュリアスがイヴァンナを見つめる。

「早くやれー!」

 なかなか執行の言葉を発しないジュリアスに、民衆達から非難の声が湧き上がった。

 すると、イヴァンナはジュリアスに向かって微笑み掛け、次の瞬間、瞳を閉じた。

 イヴァンナのその仕草を見たジュリアスは諦めた様に頷いた。

 そして…。

「これより…王妃とその腹に宿った子を殺めた大罪人イヴァンナの処刑を執り行う!」

 震える声で叫んだジュリアスは、先程から上げ続けていた手を漸く振り下した。

「ウォー」

 次の瞬間、先程のシルベールの時よりも遥かに大きな歓声が上がった。

 こうして、稀代の悪女イヴァンナは、その一生に幕を下ろした。
























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