彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️

文字の大きさ
33 / 36

シルベールの最期 宰相アルドベリク⑨

しおりを挟む
 その日王都の中央広場は、イヴァンナとシルベールの処刑を一目見ようとする民衆で溢れ返っていた。

 自分の思い通りになる傀儡王を誕生させる為、王弟一家を事故に見せかけて殺めた男と、自らの保身の為、王の子を宿した王妃に満足な食事も与えず餓死させた女。

 そのが国から公表された事により、漸くを知った民衆は、ジルハイムの怒りの本当の理由を理解した。

 その日の処刑は、2人同時ではなく1人ずつ行われた。

 先ずはシルベール。彼が王都へと到着してから、私はずっと彼の取り調べに同席していた。

「私はエラルド陛下に命じられただけだ。陛下がジュリアス様に王位を継がせる為、私に王弟一家を殺せと命じられたのだ。私はそれに従っただけだ。王の命に臣下の私が逆らえる訳がないだろう? 本当だ。私は何も悪くない! 全て陛下に命じられた事なんだ!」

 当初シルベールは、まだそんな事を言い張っていた。

 彼はエラルド陛下が既に故人であるのをいい事に、全ての罪を陛下に押し付けようとしたのだ。どこまでも往生際の悪い男だ。

 自分の欲の為に何人もの人の人生を狂わせておきながら、自分は悪くないと言い張る。本当にこの男には反吐が出る。

「だったら何故、陛下はずっとリカルド様一家の死に疑問を持って探られていたのだろうな。自分自身が命じた事であるならばそんな事はしないだろう? そもそも王弟一家の死は事故として扱われていたんだからな。お前のいい分は誰が考えても辻褄が合わないだろう?」

 私は語気を強めて彼に反論した。

「それは…だが…本当なんだ。信じてくれ。どうか命だけは…どうか命だけは助けてくれ!!」

「ほう。人の命は簡単に奪う奴が自分の命は惜しいのか? なぁ、私の前で良くそんな口がきけるな? だったらパトリシアを返してくれよ。彼女は自分が何故死ななければいけないのか…そんな事すら分からないまま崖から落ちていったんだ。お前は私から幸せを奪ったんだよ。彼女と築くはずだった当たり前の幸せを…」

 私は目の前の男の顔を殴りつけた。人を殴るなんて、生まれて初めての事だった。

「……っ! な…何をする!!」

 シルベールは手を顔に押し当て、信じられない物を見る様な目をして後退り、私から距離を取った。

「何をするだって!?」

 私は笑みを浮かべシルベールの赤く腫れた顔を覗き込んだ。

「なぁ、知ってるか? 私はな、シルヴィア様からお前には何をしても良いと言われているんだよ。お前が最期、処刑台にさえ上がれれば、手を引きちぎろうが、舌を引き抜こうが何をしてもな。お前はそれだけの怒りを皆から買っているんだよ。さぁ、何か始めようか?」

 するとシルベールは恐怖に顔を歪ませ、顔色を真っ青にしてガタガタと震えた。

 そう…。この世の終わりの様な顔をして…。

「ああ、私はお前のその顔が見たかったんだよ。どうだ? 虐げられる側の気持ちが少しは分かったか? これから処刑されるその日まで、お前には毎日鞭打ち10回だ。少ないだろう? だがな、その鞭を振るうのは、お前のせいで全てを失った侍女長の生家の者達にして貰う事にしたよ。彼女の父親は王弟一家殺害に手を貸した実行犯として毒杯を賜った。だから、せめて侍女長と伯爵の恨みを晴らさせてやりたいと思ってな」

「……そんな事をすれば…私は…殺されてしまう…」

 彼は震えながら反論した。

「ほう、どうやら恨みを買っている自覚はある様だな? だがな安心しろ。先程も言った様にお前は中央広場で衆人環視の元、処刑される。だからな、此処では命までは奪いはしない。だがお前に辛い目に遭って貰わないと、お前に巻き込まれ、人生を狂わされた者達は納得出来ないんだよ。私やシルヴィア様を含めてな」

 その後、私は今日まで毎日、彼のは確認していた。

 毎日10回の鞭。しかも憎しみの籠もった容赦なく振り下ろされる鞭だ。貴族として何不自由の無い生活を送っていた彼にとっては、耐え難い程の苦痛だっただろう。

 それを証明するかの様に彼はどんどん疲弊していった。

 そして今日、シルベールは処刑される。

 手を後ろ手に縛られ、足に枷をつけられた彼は、歩くのもやっとの状態で中央広場に連れて来られた。

 ふらふらと兵達に支えられなければ、歩く事さえままならない様子のシルベールには、処刑台までの道すがら、民達からの容赦無い罵声が浴びせられた。

「この悪党め! お前のせいで国は無茶苦茶だ!」

「人殺し!」

「お前のせいで俺は職を失ったんだ。どうしてくれるんだ!」

 そんな声が飛び交う中をシルベールは俯きながら、おぼつかない足取りで歩く。彼はようやく諦めたのか何の言葉も発せず、ただ黙って民から発せられるその罵声を受けていた。

 断頭台は民達から良く見える様、少し高く木で櫓を組みその上に設置されていた。そしてそれより更に一段高い場所に、ジュリアスや宰相である私の席が用意されている。

 シルベールは兵に促されるまま櫓の階段を1歩づつ歩んだ。

 そして、彼が断頭台に到着すると、彼の首が台に固定された。近くで見ていた私には、シルベールの体が小刻みに震えているのが分かった。

 シルベールの処刑の執行を命ずるのは、この国の王であるジュリアスだった。

「これより大罪人シルベール公爵の処刑を執行する!」

 彼は民衆に向かってそう叫ぶと、手を高く持ち上げ振り下ろした。

 それを合図に、断頭台の刃を支えていた綱が切り落とされた。

 次の瞬間、民衆の間から「ウォー」と言う歓声が巻き起こった。

 私はただ呆然と、その様子を黙って見ていた。私にとってシルベールは、憎んでも憎んでも、まだ憎みきれない程の男だった。

 だが、彼の処刑を見ても、私の心が晴れる事など無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。

たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。 次の人生では幸せになりたい。 前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!! 自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。 そして元彼のことも。 現代と夢の中の前世の話が進行していきます。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...