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シルベールの最期 宰相アルドベリク⑨
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その日王都の中央広場は、イヴァンナとシルベールの処刑を一目見ようとする民衆で溢れ返っていた。
自分の思い通りになる傀儡王を誕生させる為、王弟一家を事故に見せかけて殺めた男と、自らの保身の為、王の子を宿した王妃に満足な食事も与えず餓死させた女。
その事実が国から公表された事により、漸く真実を知った民衆は、ジルハイムの怒りの本当の理由を理解した。
その日の処刑は、2人同時ではなく1人ずつ行われた。
先ずはシルベール。彼が王都へと到着してから、私はずっと彼の取り調べに同席していた。
「私はエラルド陛下に命じられただけだ。陛下がジュリアス様に王位を継がせる為、私に王弟一家を殺せと命じられたのだ。私はそれに従っただけだ。王の命に臣下の私が逆らえる訳がないだろう? 本当だ。私は何も悪くない! 全て陛下に命じられた事なんだ!」
当初シルベールは、まだそんな事を言い張っていた。
彼はエラルド陛下が既に故人であるのをいい事に、全ての罪を陛下に押し付けようとしたのだ。どこまでも往生際の悪い男だ。
自分の欲の為に何人もの人の人生を狂わせておきながら、自分は悪くないと言い張る。本当にこの男には反吐が出る。
「だったら何故、陛下はずっとリカルド様一家の死に疑問を持って探られていたのだろうな。自分自身が命じた事であるならばそんな事はしないだろう? そもそも王弟一家の死は事故として扱われていたんだからな。お前のいい分は誰が考えても辻褄が合わないだろう?」
私は語気を強めて彼に反論した。
「それは…だが…本当なんだ。信じてくれ。どうか命だけは…どうか命だけは助けてくれ!!」
「ほう。人の命は簡単に奪う奴が自分の命は惜しいのか? なぁ、私の前で良くそんな口がきけるな? だったらパトリシアを返してくれよ。彼女は自分が何故死ななければいけないのか…そんな事すら分からないまま崖から落ちていったんだ。お前は私から幸せを奪ったんだよ。彼女と築くはずだった当たり前の幸せを…」
私は目の前の男の顔を殴りつけた。人を殴るなんて、生まれて初めての事だった。
「……っ! な…何をする!!」
シルベールは手を顔に押し当て、信じられない物を見る様な目をして後退り、私から距離を取った。
「何をするだって!?」
私は笑みを浮かべシルベールの赤く腫れた顔を覗き込んだ。
「なぁ、知ってるか? 私はな、シルヴィア様からお前には何をしても良いと言われているんだよ。お前が最期、処刑台にさえ上がれれば、手を引きちぎろうが、舌を引き抜こうが何をしてもな。お前はそれだけの怒りを皆から買っているんだよ。さぁ、何か始めようか?」
するとシルベールは恐怖に顔を歪ませ、顔色を真っ青にしてガタガタと震えた。
そう…。この世の終わりの様な顔をして…。
「ああ、私はお前のその顔が見たかったんだよ。どうだ? 虐げられる側の気持ちが少しは分かったか? これから処刑されるその日まで、お前には毎日鞭打ち10回だ。少ないだろう? だがな、その鞭を振るうのは、お前のせいで全てを失った侍女長の生家の者達にして貰う事にしたよ。彼女の父親は王弟一家殺害に手を貸した実行犯として毒杯を賜った。だから、せめて侍女長と伯爵の恨みを晴らさせてやりたいと思ってな」
「……そんな事をすれば…私は…殺されてしまう…」
彼は震えながら反論した。
「ほう、どうやら恨みを買っている自覚はある様だな? だがな安心しろ。先程も言った様にお前は中央広場で衆人環視の元、処刑される。だからな、此処では命までは奪いはしない。だがお前に辛い目に遭って貰わないと、お前に巻き込まれ、人生を狂わされた者達は納得出来ないんだよ。私やシルヴィア様を含めてな」
その後、私は今日まで毎日、彼の生死だけは確認していた。
毎日10回の鞭。しかも憎しみの籠もった容赦なく振り下ろされる鞭だ。貴族として何不自由の無い生活を送っていた彼にとっては、耐え難い程の苦痛だっただろう。
それを証明するかの様に彼はどんどん疲弊していった。
そして今日、シルベールは処刑される。
手を後ろ手に縛られ、足に枷をつけられた彼は、歩くのもやっとの状態で中央広場に連れて来られた。
ふらふらと兵達に支えられなければ、歩く事さえままならない様子のシルベールには、処刑台までの道すがら、民達からの容赦無い罵声が浴びせられた。
「この悪党め! お前のせいで国は無茶苦茶だ!」
「人殺し!」
「お前のせいで俺は職を失ったんだ。どうしてくれるんだ!」
そんな声が飛び交う中をシルベールは俯きながら、おぼつかない足取りで歩く。彼はようやく諦めたのか何の言葉も発せず、ただ黙って民から発せられるその罵声を受けていた。
断頭台は民達から良く見える様、少し高く木で櫓を組みその上に設置されていた。そしてそれより更に一段高い場所に、ジュリアスや宰相である私の席が用意されている。
シルベールは兵に促されるまま櫓の階段を1歩づつ歩んだ。
そして、彼が断頭台に到着すると、彼の首が台に固定された。近くで見ていた私には、シルベールの体が小刻みに震えているのが分かった。
シルベールの処刑の執行を命ずるのは、今はまだこの国の王であるジュリアスだった。
「これより大罪人シルベール公爵の処刑を執行する!」
彼は民衆に向かってそう叫ぶと、手を高く持ち上げ振り下ろした。
それを合図に、断頭台の刃を支えていた綱が切り落とされた。
次の瞬間、民衆の間から「ウォー」と言う歓声が巻き起こった。
私はただ呆然と、その様子を黙って見ていた。私にとってシルベールは、憎んでも憎んでも、まだ憎みきれない程の男だった。
だが、彼の処刑を見ても、私の心が晴れる事など無かった。
自分の思い通りになる傀儡王を誕生させる為、王弟一家を事故に見せかけて殺めた男と、自らの保身の為、王の子を宿した王妃に満足な食事も与えず餓死させた女。
その事実が国から公表された事により、漸く真実を知った民衆は、ジルハイムの怒りの本当の理由を理解した。
その日の処刑は、2人同時ではなく1人ずつ行われた。
先ずはシルベール。彼が王都へと到着してから、私はずっと彼の取り調べに同席していた。
「私はエラルド陛下に命じられただけだ。陛下がジュリアス様に王位を継がせる為、私に王弟一家を殺せと命じられたのだ。私はそれに従っただけだ。王の命に臣下の私が逆らえる訳がないだろう? 本当だ。私は何も悪くない! 全て陛下に命じられた事なんだ!」
当初シルベールは、まだそんな事を言い張っていた。
彼はエラルド陛下が既に故人であるのをいい事に、全ての罪を陛下に押し付けようとしたのだ。どこまでも往生際の悪い男だ。
自分の欲の為に何人もの人の人生を狂わせておきながら、自分は悪くないと言い張る。本当にこの男には反吐が出る。
「だったら何故、陛下はずっとリカルド様一家の死に疑問を持って探られていたのだろうな。自分自身が命じた事であるならばそんな事はしないだろう? そもそも王弟一家の死は事故として扱われていたんだからな。お前のいい分は誰が考えても辻褄が合わないだろう?」
私は語気を強めて彼に反論した。
「それは…だが…本当なんだ。信じてくれ。どうか命だけは…どうか命だけは助けてくれ!!」
「ほう。人の命は簡単に奪う奴が自分の命は惜しいのか? なぁ、私の前で良くそんな口がきけるな? だったらパトリシアを返してくれよ。彼女は自分が何故死ななければいけないのか…そんな事すら分からないまま崖から落ちていったんだ。お前は私から幸せを奪ったんだよ。彼女と築くはずだった当たり前の幸せを…」
私は目の前の男の顔を殴りつけた。人を殴るなんて、生まれて初めての事だった。
「……っ! な…何をする!!」
シルベールは手を顔に押し当て、信じられない物を見る様な目をして後退り、私から距離を取った。
「何をするだって!?」
私は笑みを浮かべシルベールの赤く腫れた顔を覗き込んだ。
「なぁ、知ってるか? 私はな、シルヴィア様からお前には何をしても良いと言われているんだよ。お前が最期、処刑台にさえ上がれれば、手を引きちぎろうが、舌を引き抜こうが何をしてもな。お前はそれだけの怒りを皆から買っているんだよ。さぁ、何か始めようか?」
するとシルベールは恐怖に顔を歪ませ、顔色を真っ青にしてガタガタと震えた。
そう…。この世の終わりの様な顔をして…。
「ああ、私はお前のその顔が見たかったんだよ。どうだ? 虐げられる側の気持ちが少しは分かったか? これから処刑されるその日まで、お前には毎日鞭打ち10回だ。少ないだろう? だがな、その鞭を振るうのは、お前のせいで全てを失った侍女長の生家の者達にして貰う事にしたよ。彼女の父親は王弟一家殺害に手を貸した実行犯として毒杯を賜った。だから、せめて侍女長と伯爵の恨みを晴らさせてやりたいと思ってな」
「……そんな事をすれば…私は…殺されてしまう…」
彼は震えながら反論した。
「ほう、どうやら恨みを買っている自覚はある様だな? だがな安心しろ。先程も言った様にお前は中央広場で衆人環視の元、処刑される。だからな、此処では命までは奪いはしない。だがお前に辛い目に遭って貰わないと、お前に巻き込まれ、人生を狂わされた者達は納得出来ないんだよ。私やシルヴィア様を含めてな」
その後、私は今日まで毎日、彼の生死だけは確認していた。
毎日10回の鞭。しかも憎しみの籠もった容赦なく振り下ろされる鞭だ。貴族として何不自由の無い生活を送っていた彼にとっては、耐え難い程の苦痛だっただろう。
それを証明するかの様に彼はどんどん疲弊していった。
そして今日、シルベールは処刑される。
手を後ろ手に縛られ、足に枷をつけられた彼は、歩くのもやっとの状態で中央広場に連れて来られた。
ふらふらと兵達に支えられなければ、歩く事さえままならない様子のシルベールには、処刑台までの道すがら、民達からの容赦無い罵声が浴びせられた。
「この悪党め! お前のせいで国は無茶苦茶だ!」
「人殺し!」
「お前のせいで俺は職を失ったんだ。どうしてくれるんだ!」
そんな声が飛び交う中をシルベールは俯きながら、おぼつかない足取りで歩く。彼はようやく諦めたのか何の言葉も発せず、ただ黙って民から発せられるその罵声を受けていた。
断頭台は民達から良く見える様、少し高く木で櫓を組みその上に設置されていた。そしてそれより更に一段高い場所に、ジュリアスや宰相である私の席が用意されている。
シルベールは兵に促されるまま櫓の階段を1歩づつ歩んだ。
そして、彼が断頭台に到着すると、彼の首が台に固定された。近くで見ていた私には、シルベールの体が小刻みに震えているのが分かった。
シルベールの処刑の執行を命ずるのは、今はまだこの国の王であるジュリアスだった。
「これより大罪人シルベール公爵の処刑を執行する!」
彼は民衆に向かってそう叫ぶと、手を高く持ち上げ振り下ろした。
それを合図に、断頭台の刃を支えていた綱が切り落とされた。
次の瞬間、民衆の間から「ウォー」と言う歓声が巻き起こった。
私はただ呆然と、その様子を黙って見ていた。私にとってシルベールは、憎んでも憎んでも、まだ憎みきれない程の男だった。
だが、彼の処刑を見ても、私の心が晴れる事など無かった。
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