16 / 21
16 ヨーゼフ⑦ 選ばれたのは侯爵家
しおりを挟む
「では、貴方に裁定を言い渡します。貴方の宰相筆頭補佐官の任を解き、文章課への異動を命じます」
王妃の声が執務室に冷たく響く。彼女はあえて裁定と言う言葉を使った。
つまりこれは私への罰なのだ。
「文章課……」
私は息を飲んだ。
文章課の仕事は、会議の内容を書き起こす事だ。
それは今から17年前。私がまだアリアと出会う前に従事していた仕事で、主に任官したばかりの若い文官が任される仕事だった。
「私に新人達に混じって仕事をしろと言うのですか……」
屈辱に体が震える。
だがいくらそう感じても、宮廷貴族である私には王家の決定に従う以外、他に選択肢はないのだ。
侯爵家と言う後ろ盾を失った以上、異動は覚悟していた。
だがまさか文章課とは……。
余りにも理不尽に感じた。
私は宰相筆頭補佐官として5年もの間、直接国の運営に携わって来た。国の方針を決める側にいたのだ。そんな私にとっては、信じられない程の降格処分。いやそれどころか補佐官となってからの、私のこの17年間の実績すら否定されたも同じだった。
補佐官となってからのこの17年間、私は必死に働き、国のために尽くして来た。
それこそアイリスと共に過ごす時間さえ削ってまでも……。
それに今回の事は全て伯爵家の家の中の問題。だから自分がまさかここまでの処分を受けるとは思っても見なかったのだ。
不満の言葉を漏らした私に、王妃は冷たい視線を向けながら話を続ける。
「そう、貴方はこの決定に不満なのね? でもね、私は王妃なの。私が1番に考えなければならないのはまずは国の事。貴方はメラニアに騙された。女の流す涙に簡単に騙される様な人間に、国の舵取りなんて任せられると思う? つまり貴方は今回の事で、自ら自分は宰相としての資質に欠けるのだと証明してしまった」
王妃が私にそう言い放つ。
「……っ! だからと言って今回の処分はあんまりです!」
そう言い募った私の言葉を王妃は手を挙げて制し、更に言葉を繋いだ。
「それともう一つ。実は理由としてこちらの方が大きい。貴方は侯爵家を怒らせた。その結果、嘗て貴方の最大な後ろ盾だった侯爵家は、今や貴方にとって最大の敵となった。侯爵夫妻は貴方を決して許しはしない。貴方がアイリスよりメラニアを選んだように私達王家もまた選んだの。侯爵家と貴方を天秤に掛け、侯爵家をね」
「……最大の敵……」
私は王妃の言ったその言葉を呆然となぞらえた。
「貴方が真面目に仕事に取り組んでいた事は知っているわ。でもね、貴方の代わりはいても、侯爵家の代わりはいないのよ。侯爵夫妻はアイリスと同じ思いを貴方に味合わせかったんでしょうね。選ばれず、大切なものを奪われるその絶望を……」
私か侯爵家か……。
「……つまり侯爵夫妻がそれを王家に迫ったと言うことですか……?」
体が震えるのが分かる。
侯爵夫妻が怒っている事は分かっていた。
だが私の中でそれは漠然としたものだった。
何故ならアリアと結婚してからずっと、侯爵家は何時も私の後ろ盾となり、守ってくれていたから……。だから私も安心して仕事に没頭できたのだ。
あの侯爵夫妻がまさかここまで……。
王妃の言葉で、私は侯爵夫妻の怒りを目の前に突き付けられた、そんな気がした。
「ええ、そうよ」
王妃が頷く。
「考えた事がある? アリアの遺品を奪い取った。そう後になってから言葉にするのは簡単。でもね、その情景を思い浮かべて見て。大切な母の遺品よ? アイリスはそれこそ必死に抵抗したでしょうね? でもメラニアはそれを無慈悲に取り上げた。貴方に訴えようとしても貴方はアイリスの話なんて聞こうともしない。アリアの遺品が奪われていく度に、アイリスの心は絶望に包まれていく。侯爵夫妻にとってアイリスはアリアが残してくれたたった一人の忘れ形見よ? そのアイリスを傷つけらて侯爵夫妻が貴方やメラニアを許すと思う?」
そして王妃は漸く今回私を執務室に呼び出した理由である、侯爵からの言伝を告げた。
「そのアイリスから取り上げたアリアの遺品を、メラニアは売り払っていたそうね」
王妃はそう言ってまた、違う書類を私に差し出した。
「そこに記載されているのは公正証書に基づいて算出した、アリアの遺品の評価額よ。」
その数字を見て息を飲む。
「……こんなに……」
「当然の事だけれど、侯爵はこれを弁済して欲しいそうよ。もし出来なければ強盗としてメラニアを騎士団に突き出す。侯爵はそう言っていたわ」
その言葉に衝撃を受けた。
「……強盗……ですか?」
「ええ。抵抗するアイリスから無理やりアリアの遺品を奪い取って売り払ったのよ? 当然でしょう?」
「……ですがこんな金……我が家にはもう……」
そう……。あの誕生日会の後、メラニアを不審に思った私は屋敷の帳簿を全て調べ衝撃を受けた。
伯爵家の金の殆ど全てを、既にメラニアは使い果たしていたのだ。
「そのようね。だって屋敷にお金があれば、何もアリアの遺品まで売る必要はなかったはずですもの。だから侯爵はそれを弁済する為の2つの選択肢を用意したの。貴方にどちらかを選ばせるためにね」
王妃の声が執務室に冷たく響く。彼女はあえて裁定と言う言葉を使った。
つまりこれは私への罰なのだ。
「文章課……」
私は息を飲んだ。
文章課の仕事は、会議の内容を書き起こす事だ。
それは今から17年前。私がまだアリアと出会う前に従事していた仕事で、主に任官したばかりの若い文官が任される仕事だった。
「私に新人達に混じって仕事をしろと言うのですか……」
屈辱に体が震える。
だがいくらそう感じても、宮廷貴族である私には王家の決定に従う以外、他に選択肢はないのだ。
侯爵家と言う後ろ盾を失った以上、異動は覚悟していた。
だがまさか文章課とは……。
余りにも理不尽に感じた。
私は宰相筆頭補佐官として5年もの間、直接国の運営に携わって来た。国の方針を決める側にいたのだ。そんな私にとっては、信じられない程の降格処分。いやそれどころか補佐官となってからの、私のこの17年間の実績すら否定されたも同じだった。
補佐官となってからのこの17年間、私は必死に働き、国のために尽くして来た。
それこそアイリスと共に過ごす時間さえ削ってまでも……。
それに今回の事は全て伯爵家の家の中の問題。だから自分がまさかここまでの処分を受けるとは思っても見なかったのだ。
不満の言葉を漏らした私に、王妃は冷たい視線を向けながら話を続ける。
「そう、貴方はこの決定に不満なのね? でもね、私は王妃なの。私が1番に考えなければならないのはまずは国の事。貴方はメラニアに騙された。女の流す涙に簡単に騙される様な人間に、国の舵取りなんて任せられると思う? つまり貴方は今回の事で、自ら自分は宰相としての資質に欠けるのだと証明してしまった」
王妃が私にそう言い放つ。
「……っ! だからと言って今回の処分はあんまりです!」
そう言い募った私の言葉を王妃は手を挙げて制し、更に言葉を繋いだ。
「それともう一つ。実は理由としてこちらの方が大きい。貴方は侯爵家を怒らせた。その結果、嘗て貴方の最大な後ろ盾だった侯爵家は、今や貴方にとって最大の敵となった。侯爵夫妻は貴方を決して許しはしない。貴方がアイリスよりメラニアを選んだように私達王家もまた選んだの。侯爵家と貴方を天秤に掛け、侯爵家をね」
「……最大の敵……」
私は王妃の言ったその言葉を呆然となぞらえた。
「貴方が真面目に仕事に取り組んでいた事は知っているわ。でもね、貴方の代わりはいても、侯爵家の代わりはいないのよ。侯爵夫妻はアイリスと同じ思いを貴方に味合わせかったんでしょうね。選ばれず、大切なものを奪われるその絶望を……」
私か侯爵家か……。
「……つまり侯爵夫妻がそれを王家に迫ったと言うことですか……?」
体が震えるのが分かる。
侯爵夫妻が怒っている事は分かっていた。
だが私の中でそれは漠然としたものだった。
何故ならアリアと結婚してからずっと、侯爵家は何時も私の後ろ盾となり、守ってくれていたから……。だから私も安心して仕事に没頭できたのだ。
あの侯爵夫妻がまさかここまで……。
王妃の言葉で、私は侯爵夫妻の怒りを目の前に突き付けられた、そんな気がした。
「ええ、そうよ」
王妃が頷く。
「考えた事がある? アリアの遺品を奪い取った。そう後になってから言葉にするのは簡単。でもね、その情景を思い浮かべて見て。大切な母の遺品よ? アイリスはそれこそ必死に抵抗したでしょうね? でもメラニアはそれを無慈悲に取り上げた。貴方に訴えようとしても貴方はアイリスの話なんて聞こうともしない。アリアの遺品が奪われていく度に、アイリスの心は絶望に包まれていく。侯爵夫妻にとってアイリスはアリアが残してくれたたった一人の忘れ形見よ? そのアイリスを傷つけらて侯爵夫妻が貴方やメラニアを許すと思う?」
そして王妃は漸く今回私を執務室に呼び出した理由である、侯爵からの言伝を告げた。
「そのアイリスから取り上げたアリアの遺品を、メラニアは売り払っていたそうね」
王妃はそう言ってまた、違う書類を私に差し出した。
「そこに記載されているのは公正証書に基づいて算出した、アリアの遺品の評価額よ。」
その数字を見て息を飲む。
「……こんなに……」
「当然の事だけれど、侯爵はこれを弁済して欲しいそうよ。もし出来なければ強盗としてメラニアを騎士団に突き出す。侯爵はそう言っていたわ」
その言葉に衝撃を受けた。
「……強盗……ですか?」
「ええ。抵抗するアイリスから無理やりアリアの遺品を奪い取って売り払ったのよ? 当然でしょう?」
「……ですがこんな金……我が家にはもう……」
そう……。あの誕生日会の後、メラニアを不審に思った私は屋敷の帳簿を全て調べ衝撃を受けた。
伯爵家の金の殆ど全てを、既にメラニアは使い果たしていたのだ。
「そのようね。だって屋敷にお金があれば、何もアリアの遺品まで売る必要はなかったはずですもの。だから侯爵はそれを弁済する為の2つの選択肢を用意したの。貴方にどちらかを選ばせるためにね」
3,130
あなたにおすすめの小説
魔女見習いの義妹が、私の婚約者に魅了の魔法をかけてしまいました。
星空 金平糖
恋愛
「……お姉様、ごめんなさい。間違えて……ジル様に魅了の魔法をかけてしまいました」
涙を流す魔女見習いの義妹─ミラ。
だけど私は知っている。ミラは私の婚約者のことが好きだから、わざと魅了の魔法をかけたのだと。
それからというものジルはミラに夢中になり、私には見向きもしない。
「愛しているよ、ミラ。君だけだ。君だけを永遠に愛すると誓うよ」
「ジル様、本当に?魅了の魔法を掛けられたからそんなことを言っているのではない?」
「違うよ、ミラ。例え魅了の魔法が解けたとしても君を愛することを誓うよ」
毎日、毎日飽きもせずに愛を囁き、むつみ合う2人。それでも私は耐えていた。魅了の魔法は2年すればいずれ解ける。その日まで、絶対に愛する人を諦めたくない。
必死に耐え続けて、2年。
魅了の魔法がついに解けた。やっと苦痛から解放される。そう安堵したのも束の間、涙を流すミラを抱きしめたジルに「すまない。本当にミラのことが好きになってしまったんだ」と告げられる。
「ごめんなさい、お姉様。本当にごめんなさい」
涙を流すミラ。しかしその瞳には隠しきれない愉悦が滲んでいた──……。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです
山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。
それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。
私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる