地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬

文字の大きさ
1 / 6

1

しおりを挟む

俺の名前はエド。この村で薬草師をやっている。



といっても、村のみんなは俺のことを「薬草師」なんてちゃんとは呼んでくれない。「ああ、あの子か。いつも畑いじってて、ちょっと暗いやつだろ?」って、そんな感じだ。仕方ないけど。



俺の仕事は、地味で、派手な魔法とか剣術とはかけ離れている。朝早く起きては、森に入り、薬草を摘む。それを村の工房に持ち帰り、乾燥させたり、煎じたり、すり潰したりして、薬を作る。風邪薬、怪我の痛み止め、ちょっとした解毒剤。特別なものじゃない。でも、村の誰かが病気になったり、怪我をしたりした時、俺の薬が役に立っていたのは事実だ。



特に、村長の息子であるフィンの病気には、俺の薬が欠かせなかった。フィンは生まれつき身体が弱くて、少し無理をするとすぐに熱を出したり、発作を起こしたりするんだ。でも、俺が調合する特製の薬を飲むと、すぐに元気になる。フィンはいつも「エド、お前のおかげだよ!」って笑ってくれた。だから俺は、この地味な仕事も悪くないって思っていた。



そして、もう一つ、俺がこの仕事を頑張れる理由があった。



「エド!またそんなとこでうつむいて!」



優しい声が聞こえて、顔を上げると、そこにいたのはアイラだった。太陽みたいな笑顔で、俺に駆け寄ってくる。彼女は、俺の幼馴染で、恋人でもあった。村で一番の美人で、明るくて、誰からも好かれている。そんなアイラが、こんな地味な俺と付き合ってくれているなんて、信じられないことだった。



「アイラ、どうしたんだ?今日はもう仕事は終わりだよ」



「うん。でも、エドに会いたくて。ねえ、今から少し散歩しない?」



アイラにそう言われると、俺はどんな疲れも吹き飛んでしまう。二人で村の外れにある小川まで歩きながら、他愛のない話をする。アイラは、村で新しく流行っている服の話や、村長の息子フィンが騎士団に入るための訓練を頑張っている話をしてくれた。フィンは俺の親友でもあった。



「すごいよね、フィンは。いつか騎士になって、この村を守ってくれるんだって」



アイラは目を輝かせて言う。なんだか胸の奥がチクチクしたけど、俺は笑顔で答えた。



「ああ、きっとそうなるさ。俺も、フィンが頑張れるように、いい薬をたくさん作ってやるよ」



そんな風に、俺たちは穏やかで幸せな日々を過ごしていた。そう、あの朝が来るまでは。



---



その日の朝、俺はいつものように薬草を摘むために森に入っていた。すると、背後から何かが話している声が聞こえる。聞き覚えのある、アイラとフィンの声だ。



「フィン、本当にこのままでいいの?」



「アイラ、大丈夫だって。もう決めたんだから」



どうしたんだろう?そう思って、物陰からそっと二人の様子を伺った。すると、フィンがアイラの手を握っている。アイラは少し困ったような顔をしながらも、その手を振り払おうとはしなかった。



「エドのことは…ごめんね」



アイラがそうつぶやく。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓はギュッと掴まれたみたいに締め付けられた。



「アイラ、俺はアイラと幸せになりたいんだ。エドは…エドはただの薬草師だ。いつか騎士になる俺とは違う。この村の未来を背負うのは、俺なんだよ」



フィンの言葉に、アイラは何も言わずにうつむいてしまう。ああ、そうか。そういうことだったのか。俺は、まるで世界から色が消えてしまったみたいに感じた。



俺は、気づかれないようにそっとその場を離れた。胸の痛みで、息をするのも苦しい。森の奥で、俺は一人、静かに泣いた。



その日の夜、俺はアイラに呼び出された。場所は、いつも二人で待ち合わせる村の広場の前。アイラは少し顔を赤くして、でも、どこか決意したような顔をしていた。



「エド、話があるの」



その一言で、俺はすべてを悟った。わかってはいたけど、いざ直接言われると、心臓がバラバラに砕け散るようだ。



「……うん」



「私たち、別れよう」



静かに、しかしはっきりと、アイラはそう告げた。俺は何も言えず、ただ彼女の顔を見つめる。



「エド、ごめんね。でも、私…フィンと一緒になりたいの」



「フィンと…?」



「うん。フィンはいつかこの村の英雄になる。私、フィンと一緒に、この村の未来を創っていきたいの。でも、エドは…」



アイラはそこで言葉を詰まらせた。きっと、俺を傷つけないように言葉を選んでいるんだろう。でも、どんな言葉も、今の俺には毒のようにしか聞こえない。



「エドの仕事は、大切だと思う。でも、いつか私がフィンと一緒に村を守る時、エドの仕事は…」



「役に立たない、ってことか?」



俺の口から、無意識にそんな言葉が漏れた。アイラはハッとして、顔をゆがませた。



「そういうわけじゃ…!」



「いいんだ、アイラ。わかってる。俺は地味で、弱くて、いつか村の英雄になるフィンみたいにはなれない。俺は、ただの薬草師だもんな」



自嘲するように笑う俺を見て、アイラは困ったように眉をひそめた。



「エド…ごめんね」



それだけを言って、アイラは背を向けた。そして、彼女は迷うことなく、村長の息子であるフィンの家へと向かっていった。俺は、その場に立ち尽くしたまま、ただただ彼女の後ろ姿を見つめることしかできなかった。



---



その翌日、俺は村長の家へと呼び出された。中に入ると、村長の隣にはフィンが座っている。そして、少し離れた場所に、アイラもいた。彼女は、俺と目を合わせようとしない。



「エド、話がある」



村長が、俺をじっと見据えて言った。その声は、いつになく厳しかった。



「お前には、この村の薬草師の役割から降りてもらう」



「え…?」



俺は耳を疑った。フィンは、俺の薬がなければ体調を崩してしまうのに。この村に、俺の薬を必要としている人たちがいるのに。



「どうしてですか、村長さん!俺は、村のために…!」



「わかっている。お前はよくやってくれた。しかし、この村も変わらねばならないのだ。フィンが将来、騎士として村を統治する。その時、この村にはもっと大きな力が必要になる。お前のような…地味な仕事では、この村の未来は守れない」



「エドの薬は確かに役に立ってたよ。でも、もっとすごい魔法薬師を雇うことにしたんだ。そっちの方が村のためになるだろ?」



フィンが、そう言ってにこやかに笑う。その笑顔は、かつて俺に「お前のおかげだよ」と言ってくれていた、あの頃のフィンと同じ顔だった。でも、その言葉は、俺の心を深くえぐった。



「俺は…フィンに必要とされてると思ってた」



俺のつぶやきに、フィンは少し困ったように言った。



「それは、君が薬草師だったからだ。でも、……すまない、もう必要ない。エド、君は役立たずだよ。僕たちの未来には、君の居場所はないんだ」



その言葉は、アイラに言われた「役立たず」という言葉よりも、何倍も鋭い刃となって俺の心臓を貫いた。俺は、もう何も言えなかった。ただ、頭を下げて、村長の家を出て行くことしかできなかった。



その日の午後、俺は村を出る準備をしていた。村長の命令は絶対だ。もうここに俺の居場所はない。薬草工房から、俺が今まで作った薬や、大切にしてきた薬草の図鑑をカバンに詰める。



「エド…」



背後から声がして、振り返ると、アイラがそこに立っていた。彼女の瞳は潤んでいて、俺の顔を見るのが辛そうだった。



「ごめんね、エド。本当に…ごめん」



「いいんだ。お前にはお前の未来がある。俺には…俺の未来を探す旅に出るだけさ」



俺は、精一杯の笑顔を作って言った。しかし、アイラは俺の言葉に、ますます顔を曇らせた。



「違うの。私、本当は…」



「もういいよ、アイラ。俺はもう、お前を責めない。フィンと幸せになれよ」



そう言って、俺は村の出口へと向かった。アイラは、何も言わずにその場に立ち尽くしていた。彼女の瞳に映る俺の姿は、きっと、ちっぽけで、見捨てられた哀れな男だっただろう。



村の門を出て、俺は振り返った。かつて、俺のすべてだった場所。愛する人がいた場所。俺を必要としてくれていた人たちがいた場所。そのすべてが、たった一日で、俺を「役立たず」と切り捨てた。



もう、どこにも俺の居場所はない。このまま、俺は消えてしまいたい。



そんなことを考えながら、俺はあてのない旅に出た。背後には、二度と戻ることのない故郷の村。そして、俺が作った薬によって守られていた、かつての恋人と親友。



彼らは、俺が作った地味な薬が、どれほど彼らの生活を支えていたかを知らない。フィンの持病の発作を抑えていた特製の薬も、アイラの肌荒れを治していた軟膏も、すべてが俺の調合したものだった。



俺の心は、絶望と、ほんの少しの虚無感に満ちていた。こんな俺に、一体何ができるんだろう。



夕日が、俺の孤独な背中を照らす。俺は、ただひたすらに、森の奥へと歩いていった。どこへ向かうのかもわからずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました

er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

悪役令嬢と呼ばれた私に裁きを望むならご自由に。ただし、その甘露の罠に沈むのはあなたですわ。

タマ マコト
ファンタジー
王都で“悪役令嬢”と噂されるリシェル・ノワゼルは、聖女と王太子による公開断罪を宣告される。 しかし彼女は弁明も反抗もせず、ただ優雅に微笑むだけだった。 甘い言葉と沈黙の裏で、人の嘘と欲を見抜く彼女の在り方は、やがて断罪する側の秘密と矛盾を次々と浮かび上がらせていく。 裁くつもりで集った者たちは気づかぬまま、リシェルが張った“甘露の罠”へと足を踏み入れていくのだった。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?

今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。 しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。 が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。 レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。 レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。 ※3/6~ プチ改稿中

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

処理中です...