地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬

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王都での生活は、あっという間に過ぎていった。俺は、国王の信頼も厚く、王室専属薬師として、毎日忙しく働いている。



新しい薬の開発は順調に進んでいる。エリーゼとの共同研究も、これまで以上に成果を出していた。



「見て、エド!この傷薬、どんなに深い傷でも、塗ったそばから塞がっていくわ!」



「すごいな、エリーゼさん。この薬があれば、戦場で負傷した騎士たちも、すぐに戦列に戻れる!」



俺は、エリーゼと顔を見合わせて笑い合った。俺たちの作った薬は、王国内で広く使われるようになり、多くの人々が俺たちに感謝してくれた。



そんな充実した日々の中で、故郷の村のことは、すっかり遠い記憶になりかけていた。アイラやフィンのこと、村を追放された日のつらさも、もう思い出の中の出来事だと、俺は思っていた。





しかしその頃、俺が去った故郷の村では、静かに、しかし確実に、異変が起こり始めていた。

……ここからは、後で聞いた話になる。



「おい、お前、最近顔色が悪いんじゃないか。風邪でも引いたのか?」



「ああ…どうも、体がだるくて。それに、村中に咳をしている奴が増えてるんだ。なんだか変な病気が流行ってるみたいで…」



村人たちは、口々にそう囁いていた。かつて、俺が毎朝作っていた風邪予防の薬や、体調を整えるための煎じ薬がなくなったことで、村全体の健康状態が悪化していたのだ。



それは、まるでじわじわと村を蝕んでいく毒のようだった。



そして、その異変は、フィンとアイラの身にも降りかかっていた。



「フィン、大丈夫?また顔色が悪いわよ…」



「ああ、大丈夫だ。少し持病がまた出てきただけだ。エドのやつがいなくなって、薬が手に入らないから、ちょっときついけどな」



フィンは、そう言って咳き込んだ。彼は、俺が作っていた特製の薬がなければ、発作を抑えることができなかった。だが、今はもうその薬はない。



新しく雇った魔術師には、その薬を作ることはできなかった。



アイラは、そんなフィンの姿を見て、不安そうに眉をひそめていた。



「でも、フィン…熱も上がってきてるわ。このままだと、まずいんじゃない?」



「心配ないさ。俺は、村の未来を背負う男だ。これくらいの病気、気合で乗り切ってやる」



フィンはそう強がったが、彼の体は正直だった。熱はどんどん上がり、持病の発作は、これまでになく激しいものになっていった。



「うっ…くそ…こんなところで…負けるわけには…!」



フィンは、激しい痛みに苦しみながら、そうつぶやいた。アイラは、そんなフィンの姿を見て、かつてエドが作ってくれた薬を思い出していた。



「そうだ…エドが、あの薬を、どこかに残しているかもしれない…!」



アイラは、そう思って、かつてエドが使っていた薬草工房を探し回った。しかし、そこにあるのは、埃をかぶった道具ばかり。俺が残していった薬は、一つもなかった。



「どうして…どうしてないの…!」



アイラは、悔しさと焦りで、その場で泣き崩れた。





俺が作った薬草は、ただ病気や怪我を治すだけのものではなかった。



フィンの持病の発作を抑える特製の薬。



アイラの肌荒れを治す軟膏。



そして、村全体に流行する疫病を予防する煎じ薬。



すべてが、俺の地味な仕事によって支えられていた。しかし、その「地味な仕事」を「役立たず」と見下し、俺を追放した彼らは、今になって、その重要性に気づき始めていた。



「フィン…しっかりして…!」



アイラは、高熱で意識を失いかけているフィンを、必死に揺り起こした。フィンは、もう何も答えることができない。



他の村の薬師や魔術師たちもが、フィンのもとへ駆けつけた。しかし、彼らが持っている薬では、フィンの病気には何の効果もなかった。



「ダメだ…この病気は、手の施しようがない。こんな病気、初めてだ…」



「まさか…このまま、村の未来を背負うフィン様が…!」



村人たちは、絶望の表情を浮かべていた。彼らは、俺が村を去った後、俺の薬が村の安全を支えていたことに、ようやく気づいたのだ。



しかし、もう遅い。



俺はもう、あの村にはいなかった。彼らが「役立たず」と罵って追い出した俺は、今や王都で、国王から直接仕事を任されるほどの、かけがえのない存在になっていた。



そして、彼らは俺の薬なしでは、自分たちの命も、そして村の未来も守れないという事実に、打ちひしがれていた。



「誰か…誰か、エドを呼んできてくれ!あいつなら、フィンを助けられるかもしれない!」



村長が、絶望に満ちた声でそう叫んだ。しかし、俺が去ってから、俺の行方を知る者は誰もいなかった。



アイラは、涙を流しながら、フィンの手を握りしめていた。その手は、まるで氷のように冷たかった。



「エド…ごめんなさい…」



アイラは、もう届くことのない謝罪の言葉を、何度も何度もつぶやいた。



彼らの破滅は、もうすぐそこまで来ていた。



彼らは、俺を失ったことで、初めて、俺の存在の大きさに気づいた。しかし、その気づきは、彼らの命を救うには、あまりにも遅すぎた。



俺が、この故郷の異変を知るのは、もう少し先のことになる。



俺は、遠い王都で空を見上げていた。その空は、故郷の村と同じ空だった。しかし、俺の心は、もうあの村にはなかった。俺の心は、今、この王都で、新しい未来を創造することに燃えていた。
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