「つまらない女」と言われて婚約破棄されたので、あなたを破滅させて差し上げます

有賀冬馬

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「お嬢様、大丈夫ですか?」

馬車から降りて、邸宅の扉を開けたとき、アンナが駆け寄ってきた。彼女の目から、私を心配しているのが見て取れた。きっと、舞踏会でのことを耳にしたのだろう。私は、ただ小さく首を横に振った。

「大丈夫よ、アンナ。少し疲れただけだから」

そう言って、私はまっすぐ自室へ向かった。アンナは何かを言いたそうにしていたけれど、何も聞かずに私を一人にしてくれた。その優しさが、今の私にはありがたかった。

部屋の扉を閉めると、私はゆっくりとベッドに腰掛けた。舞踏会でのカスタン様の言葉が、まるで幻聴のように頭の中で響き渡る。

「お前は本当に、つまらない女だ」

その言葉が、私の心を何度も何度も抉る。悔しかった。悲しかった。そして、何よりも、静かな怒りが燃え盛っていた。

私は、ただ静かに生きてきただけだ。誰にも迷惑をかけず、ひっそりと。でも、それがいけなかったのだろうか。カスタン様の言う通り、私はつまらない女だったのだろうか。

いや、違う。

私は、もう「つまらない女」ではない。この日から、私の人生は変わるのだ。カスタン様が私に与えた屈辱は、私を生まれ変わらせるための、大切なきっかけだった。

私は机に向かい、ペンを取った。そして目の前のメモに、舞踏会の様子を書き留めていった。カスタン様の言葉、リリアの表情、周囲の人々の嘲笑……。一つ一つ、思い出しながら書き写していく。そうすることで、私の怒りは静かに整理されていった。

そして、私は本棚から一冊の分厚い本を取り出した。それは、父の書斎からこっそり持ち出した、領地の歴史書だった。私は、以前からこの本に興味があった。伯爵家の領地が、どのような経緯で築かれ、どのように発展してきたのか。その歴史を紐解くことは、私にとって小さな楽しみだった。


その日から、私は、歴史書を読み進めながら、同時に、領地の帳簿や公文書を調べ始めた。父の書斎には、古いものから新しいものまで、たくさんの書類が保管されている。夜な夜な、誰もいない間に書斎に忍び込み、ランプの明かりの下で書類をめくった。
そして、私が求めていたとある事に気がついた。

領地の収入と支出の帳簿に、不自然な箇所があるのだ。収入が年々減っているのに、支出は増えている。特に、カスタン様の侯爵家が関わる取引の帳簿は、内容が曖昧で、何に使われたのかがはっきりしないものが多かった。

私は、それらの記録を、小さなノートに書き写していった。日付、金額、取引内容……。細かく、正確に。このノートは、私だけの秘密の宝物になった。

「カレン様、またそんな本を読んでいるのですか?」

ある日の午後、アンナが紅茶を持ってきてくれたとき、私が分厚い本を読んでいるのを見て、不思議そうに言った。

「ええ。この本、とても面白いのよ」

私は微笑んで、そう答えた。アンナは首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。彼女は、私が昔から本好きだったことを知っている。だから、私の行動を疑うことはない。

私は、地味で目立たない存在であることの利点に気づいた。誰も私を気にしない。誰も私を疑わない。だからこそ、私は自由に動くことができた。

ある日、私はアンナに頼んで、街へ買い物に行くことにした。もちろん、目立たないように、地味な服を着て。街では、人々が噂話に花を咲かせていた。

「聞いたかい? カスタン様が、伯爵令嬢との婚約を破棄したらしい」

「ああ、知っているよ。新しい婚約者は、あの美しいリリア嬢らしいじゃないか」

「カレン様、かわいそうに……」

人々は、私のことを「かわいそう」と憐れんだ。私は、その言葉を聞きながら、静かに情報収集を続けた。すると、新たな噂を耳にした。

「リリア嬢の父親が、カスタン様の侯爵家と組んで、領地で不正な取引をしているらしい」

「ああ、私も聞いたよ。なんでも、税金を誤魔化しているとか……」

私は、その噂をノートに書き留めた。やはり、私の予想は当たっていた。カスタン様とリリアは、ただの恋愛関係だけではなかったのだ。彼らは、私を貶めることで、不正な取引を隠そうとしていたのかもしれない。

私のノートは、次第に分厚くなっていった。不正の証拠、関係者の名前、取引の日付……。一つ一つの記録が、カスタン様とリリアの悪事を証明するものになっていく。

そして、運命の日は、突然やってきた。

その日は、強い雨が降っていた。私は、庭で育てている花の手入れをしていた。すると、執事が慌てた様子でやってきた。

「カレンお嬢様、お客様です。辺境の伯爵様がお一人でいらっしゃいました」

私は驚いた。辺境の伯爵が、この城を訪れることなど、めったにないことだ。私は急いで着替えて、応接室へ向かった。

応接室の扉を開けると、そこに立っていたのは、一人の若い男性だった。彼は、雨に濡れていて、少しやつれているようだった。

「初めまして。私は、辺境の領地を治めております、アルフレッドと申します」

彼はそう言って、深々と頭を下げた。私は、彼の真摯な態度に驚いた。他の貴族たちは、私を見下すような態度をとることが多かったからだ。

「カレンと申します。どうぞ、おかけください」

私は彼を椅子に案内し、アンナに紅茶を頼んだ。彼は、申し訳なさそうに言った。

「突然の訪問、申し訳ありません。実は、領地で不正が相次いでおりまして、どこにも助けを求めることができず……」

彼の言葉に、私は胸が締め付けられた。彼は、私と同じように、苦しんでいるのかもしれない。

「私は、ただの地味な伯爵令嬢です。あなたのお力になれるかはわかりませんが……」

でも、なぜそんなことを私に言うのだろう?私が不思議に思いながらそう答えると、彼は顔を上げた。そして、私の目を真っ直ぐに見つめた。

「いいえ。私は、貴女が賢い方だと聞いて、ここを訪れたのです。貴女が密かに不正の記録を集めていると……」

私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。なぜ、彼がそのことを知っているのだろうか。私は、彼の言葉に動揺を隠せなかった。

「誰から、そんなことを……?」

彼は、静かに言った。

「私の領地で働く、元伯爵家の使用人から、です。彼女は、貴女が地味な存在として、誰も見向きもしない中で、静かに知恵を磨き、領地の不正を記録していると教えてくれました」

私は、彼が私を信じてくれていることに、胸が熱くなるのを感じた。誰も私を「賢い」などと言ってくれたことはなかった。彼は、私を「ただの地味な女」としてではなく、「一人の人間」として見てくれているのだ。

「私には、あなたのようなお力添えをしてくれる人が必要です。もし、よろしければ……」

彼は、私に手を差し伸べた。その手は、温かくて、力強かった。私は、彼の手を握りしめた。

「ええ、喜んで。一緒に、不正を正しましょう」

私は、心の中でそう誓った。この日から、私の静かなる反撃は、新たな段階へと進むことになる。私はもう、一人ではないのだ。
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