「つまらない女」と言われて婚約破棄されたので、あなたを破滅させて差し上げます

阿里

文字の大きさ
1 / 4

1


「カレン、本当にそれでいいのですか?」

メイドのアンナが心配そうに私に尋ねる。鏡の中には、レースもフリルもない、地味な藤色のドレスを着た私が映っている。アンナは、私が選んだこのシンプルなドレスが気に入らないらしい。でも、これでいい。だって、舞踏会で目立つ必要なんてないのだから。

「ええ、これで大丈夫よ。私はただ、隅っこで静かにしていればいいのだから」

私は微笑んでみせたけれど、アンナの顔は晴れない。彼女は昔から、私がお姉様たちのように華やかなドレスを着ないことを不満に思っている。

「でも、今日はカスタン様との婚約のお披露目ですわ。伯爵家のご令嬢なのですから、もう少し、こう……」

アンナが言いかけた言葉を、私は遮る。

「アンナ、いいの。カスタン様は、私のことを地味だとおっしゃるから」

そう言うと、アンナは口をつぐんだ。彼女も知っているのだ。侯爵令息であるカスタン様が、私のことを「まるで咲くことのない野の花のようだ」と評したことを。その言葉は、私にとっては褒め言葉でも何でもなかった。

私は伯爵家の三女、カレン。姉様たちが華やかな容姿と社交性で貴族たちを魅了する中、私はいつも影のようにひっそりと生きてきた。派手なことが苦手で、人前で話すのも得意じゃない。読書をしたり、庭で花を育てたり、静かに過ごす時間が好きだった。そんな私を、カスタン様は「面白みのない女」と見下していた。

それでも、カスタン様との婚約は、父が決めたことだった。我が家と侯爵家は昔から深い関係にあり、政略的な理由で結ばれることになっていたのだ。私に拒否権はなかった。そして、私もそれが当然のことだと思っていた。貴族の娘として生まれた以上、家の役に立つのが務めだと教えられてきたから。

「カレンお嬢様、お父様がお待ちです」

執事の声に、私は鏡から目を離した。カスタン様が迎えに来る時間だ。私は深く息を吸い込み、心を落ち着かせた。今日一日、無事に終わりますように。そう願いながら、私は階段を降りた。

一階のリビングルームでは、父とカスタン様が談笑していた。カスタン様の横には、私の親友である伯爵令嬢、リリアがいた。彼女は私とは正反対で、明るくて社交的で、誰からも愛されるような華やかな存在だ。今日は、カスタン様がリリアをエスコートすると言って、一緒に来ていたのだ。

「カレン、遅いじゃないか」

カスタン様が私を見て、不機嫌そうに言った。私の地味なドレスを見て、明らかにがっかりしているのがわかった。

「申し訳ありません、カスタン様」

私は頭を下げた。すると、リリアが私の腕にそっと手を置いた。

「カレン、今日は素敵なドレスじゃない! 藤色がカレンの白い肌によく似合っているわ」

リリアは私を庇うように言ってくれた。彼女の優しさが、胸にじんと沁みる。私は小さく微笑んで、ありがとう、とだけ言った。

「くだらない。リリア、行こう。こんなところで時間を無駄にしたくない」

カスタン様は私を無視し、リリアを連れて歩き出した。私は一人、その後ろを歩いた。私の存在は、カスタン様にとって、どうでもいいものなのだと、改めて思い知らされる。

馬車に乗り込むと、カスタン様とリリアが楽しそうに話しているのが聞こえてきた。カスタン様はリリアのドレスや髪飾りを褒め、リリアは嬉しそうに微笑んでいる。私は二人の会話に耳を傾けながら、窓の外に広がる景色を眺めていた。こんな日々が、これからずっと続くのだろうか。そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

舞踏会会場に着くと、きらびやかな光と音楽、そして人々のざわめきが私を包み込んだ。豪華なドレスを身につけた貴族たちが、あちこちで談笑している。私は隅っこに身を寄せ、一人で静かにしていた。カスタン様は、リリアを連れて多くの人々と挨拶を交わしていた。

「カレン様、一人でいらっしゃいますの?」

見慣れない令嬢が、私に声をかけてきた。私は小さく頷いた。

「カスタン様とは、ご一緒ではないのですか?」

その令嬢の視線は、カスタン様とリリアのほうに向けられていた。二人は、楽しそうにワルツを踊っている。私は、その光景を直視できなかった。

「ええ、カスタン様は社交がお得意ですから」

私はそう言って、笑顔を作ろうとした。でも、その笑顔はひきつっていたかもしれない。その令嬢は、私に哀れみの視線を向けて、やがて他の人々と話し始めた。

私は、この舞踏会が早く終わってほしいと心から願っていた。しかし、私の願いは届かなかった。音楽が止み、人々が注目する中、カスタン様が壇上に上がった。そして、リリアを隣に立たせた。

「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」

カスタン様の声が、会場に響き渡る。私は、これからカスタン様が婚約のお披露目の挨拶をすると信じていた。しかし、彼の口から出た言葉は、私の予想をはるかに裏切るものだった。

「私はこの度、伯爵令嬢カレンとの婚約を破棄いたします」

その言葉が、私の耳に届いた瞬間、時間が止まったように感じた。会場中がざわめき、人々の視線が私に突き刺さる。私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。

「カレンは、侯爵家の妻としてふさわしくない。彼女には、社交界を彩るような華やかさも、私を支える知恵もない。私には、もっとふさわしいパートナーがいるのです」

カスタン様はそう言い放ち、リリアの手を取った。リリアは、困ったように私を見つめたけれど、カスタン様の腕を振り払うことはしなかった。

「リリア嬢、貴女こそ、私の隣に立つべき女性だ。この場で、貴女にプロポーズさせてほしい」

カスタン様は、リリアの前にひざまずいた。リリアは顔を赤らめ、小さく頷いた。会場からは、拍手と祝福の声が上がった。

私は、この光景を夢でも見ているかのように、ただぼんやりと眺めていた。恥ずかしさと屈辱が、私の心を支配する。そして、その感情は、やがて燃えるような怒りに変わっていった。

「カレン、お前は本当に、つまらない女だ」

カスタン様は、私に向かってそう言った。その言葉は、まるで鋭い刃物のように私の心臓を突き刺した。私は、唇を噛みしめた。もう、涙は出なかった。代わりに、心の中で静かに何かが燃え始めたのを感じた。

この屈辱を、絶対に忘れない。

私は、静かに会場を後にした。もう、誰の顔も見たくなかった。馬車に乗り込み、一人になった私は、震える手で拳を握りしめた。

「カスタン様……リリア……」

私のつぶやきは、誰にも届かなかった。馬車は、静かに夜の道を走っていく。私は、窓の外を流れる景色を眺めながら、心の中で誓った。

必ず、見返してやる。この屈辱を、私に与えたすべての人々に、後悔させてやる。

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」  王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。  そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。  周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。 「理由は……何でしょうか?」  私は静かに問う。

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

わたしと婚約破棄? では、一族の力を使って復讐させていただきますね

ともボン
恋愛
 伯爵令嬢カスミ・リンドバーグは、第二王太子シグマとの婚約お披露目パーティーで衝撃的な告白をされる。 「カスミ・リンドバーグ! やはりお前とは結婚できない! なのでこの場において、この僕――ガルディア王国の第二王太子であるシグマ・ガルディアによって婚約を破棄する!」  理由は、カスミが東方の血を引く“蛮族女”だから。  さらにシグマは侯爵令嬢シルビアを抱き寄せ、彼女と新たに婚約すると貴族諸侯たちに宣言した。  屈辱に染まる大広間――だが、カスミの黒瞳は涙ではなく、冷ややかな光を宿していた。 「承知しました……それではただいまより伯爵令嬢カスミ・リンドバーグではなく、ガルディア王国お庭番衆の統領の娘――カスミ・クレナイとして応対させていただきます」  カスミが指を鳴らした瞬間、ホール内に潜んでいたカスミの隠密護衛衆が一斉に動き出す。  気がつけばシグマは王城地下牢の中だった。  そこに現れたのは、国王バラモンと第一王太子キース――。  二人はカスミこそ隣国との戦争で王国を勝利へ導いたクレナイ一族の姫であり、シグマの暴挙は王家にとっても許されぬ大罪だとしてシグマとの縁を切った。  それだけではなく、シグマには想像を絶する処罰が下される。  これは婚約破棄から生まれる痛快な逆転劇と新たなラブストーリー。

「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです

ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」  高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。  王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。  婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。 「……理由を、お聞かせいただけますか」 「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

婚約者に毒を盛られて追放された第一王子ですが、王妃になった元婚約者の王国を滅ぼしました

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
第一王子だった俺は婚約者の公爵令嬢に毒を盛られ追放された。彼女は第二王子と結ばれ王妃になろうとしたのだ。だが王家の秘密が暴かれ王国は混乱。そして十数年後――王妃となった元婚約者の前に俺は軍を率いて現れる。これは、毒を盛られた王子が王国を滅ぼすまでの物語。 本作は「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です」シリーズの外伝的な短編作品です。 なろうでも公開している作品です。