ごめんなさい、私、今すごく幸せなので、もう貴方には興味ないんです

有賀冬馬

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山奥の村での生活は、あっという間に過ぎていった。レオニス様が定期的に会いに来てくれるようになって、私の毎日は、以前とは比べ物にならないくらい充実していた。彼の優しさに触れるたびに、都での辛い記憶が少しずつ薄れていくのを感じた。

「クラリス、この前の魔物の討伐、無事に終わったぞ」

レオニス様が、いつものように私の部屋を訪れてくれた。今日は少し疲れているみたいだけど、その顔は達成感に満ちていた。

「まあ! それは良かったです! 皆さん、怪我はありませんでしたか?」

「ああ、誰も。だがな、最近、都の様子が少しおかしいんだ」

レオニス様の言葉に、私の胸はザワザワとした。都のことは、もう考えたくなかったのに。

「おかしい、とは……?」

「神殿からの指示が、妙に多くてな。しかも、これまでになかったような、厳しい内容のものが増えている。それに、物資の徴収も以前より頻繁になっているらしい」

そうなんだ。私が都にいた頃は、そんなことはなかったはずなのに。

「何か、理由があるのでしょうか?」

「それが、はっきりしないんだ。ただ、都の神官たちの間では、不穏な噂が飛び交っているらしい」

不穏な噂……。もしかして、セドリック様たちのこと?

「どんな噂なのですか?」

私は、恐る恐る尋ねた。聞きたくないけれど、聞かずにはいられない。

「神殿内部で、どうも不正が起きているという話だ。高位の神官たちが、私腹を肥やしているとか、本来、民のために使われるべき金品が、どこかに消えているとか……」

私の心臓が、ドクンと大きく鳴った。まさか、そんな。でも、あの時のセドリック様の冷たい視線や、聖女候補に選ばれたあの令嬢の、自信に満ちた高慢な顔を思い出すと、ゾッとするような嫌な予感がした。

「そんな……信じられません」

「俺も信じたくはないが……。神殿の権威が揺らぐようなことになれば、民衆の不安も大きくなる」

レオニス様は、少し眉を下げていた。彼も、この国のことを心から心配しているのだ。

村を訪れる商人たちからも、似たような話を聞くようになった。

「いやあ、最近は都も物騒でねぇ。神殿の力が強くなりすぎて、貴族たちも顔色を窺ってるって話だぜ」

「そうそう。特に、あの新しい聖女様になってから、なんだか様子がおかしいって噂だ。贅沢三昧で、民衆のことなんて二の次だとか……」

私は、思わず耳を塞ぎたくなった。新しい聖女様。それはきっと、あの時の令嬢のことだ。彼女が聖女になってから、そんなことが起こっているなんて。

私が聖女候補だった頃は、ひたすら民衆のために祈り、奉仕することだけを考えていた。でも、彼女は違うのかもしれない。

心のどこかで、ザワザワとした嫌な感情が湧き上がってくる。それは、私を傷つけた者たちへの、復讐心のようなものだろうか。いや、違う。ただ、私が信じていた神殿が、正しい場所であってほしい、と願う気持ちが強かった。

でも、レオニス様が言うように、神殿は大きく変貌してしまっているようだ。

「レオニス様……」

ある日、私は意を決してレオニス様に尋ねた。

「あの、以前の婚約者のことなんですが……」

レオニス様は、私の言葉を遮るように、私の手をそっと握ってくれた。

「言わなくていい。過去は過去だ」

彼の優しさに、また涙が滲んだ。でも、私はこのことをちゃんと彼に話しておきたかった。

「いいえ。私、話したいんです。あの人は、私が平民だからって、美しくないからって、婚約を一方的に破棄したんです。そして、私を神殿から追放した。その代わりに選ばれたのが、美貌が長所の令嬢でした」

私は、都での出来事を、レオニス様に全て話した。彼はずっと黙って、私の言葉に耳を傾けてくれた。話し終えた私を、彼はギュッと抱きしめてくれた。

「君は、少しも悪くない。むしろ、君の方が、ずっと聖女にふさわしい」

彼の言葉が、私を慰めてくれる。でも、この都の不穏な噂が、あの時の彼らと繋がっているような気がして、私の心は落ち着かなかった。

「都の神殿が、本当にそんな風になってしまったとしたら……」

「ああ。民衆の信頼を失えば、神殿の存在意義が問われることになるだろう」

レオニス様の表情は、いつになく真剣だった。彼は、竜騎士団の副団長として、この国の未来を誰よりも考えているのだ。

私は、静かに空を見上げた。都の空と、この村の空は、きっと同じように繋がっている。この村の平和が、どうかこれからも守られますように。そして、神殿が、再び正しい道に戻ることができますように。







都からの不穏な噂は、日を追うごとに具体的なものになっていった。レオニス様が村に立ち寄るたびに、彼は都の最新の状況を教えてくれた。

「ついに、神殿に監査が入ったそうだ」

ある日、レオニス様が深刻な顔でそう告げた。

「監査、ですか?」

「ああ。あまりにも不正の訴えが多かったからな。王宮も、さすがに無視できなくなったのだろう」

私の胸は、ドキドキと高鳴った。もし、本当に不正が見つかったら、あの人たちは……。

「結果は……どうだったのですか?」

私は、喉がカラカラになるのを感じながら尋ねた。

「神殿の財務記録は、ひどいものだったらしい。私的な流用、賄賂の授受、そして、民から徴収した寄付金の横領……。証拠は、動かせないものばかりだったと聞いている」

私は、思わず息をのんだ。そこまでひどいことになっていたなんて。

「そして、その中心にいたのは……」

レオニス様は、少し言い淀んでから、静かに言葉を続けた。

「元神殿騎士団長のセドリックと、新たな聖女のエレノアだ」

やはり、そうだった。私の予想は、悪い意味で当たってしまった。セドリック様と、あの美しい令嬢が。

「彼らは、全ての地位を剥奪され、都からの追放が決まったそうだ」

その言葉を聞いた瞬間、私の心の中に、複雑な感情が渦巻いた。私が望んだことではなかったけれど、彼らが自らの行いの報いを受けたのだ、という事実に変わりはない。

「……そうですか」

私は、ただそれだけしか言えなかった。

レオニス様は、私の表情をじっと見つめていた。

「君は、どう思う?」

「私……正直、驚いています。でも、それは、彼らが自ら招いた結果だと思います。神の祝福は、清らかな心に宿るはずですもの。不正に手を染めていたのでは、神に見放されても当然です」

私の言葉に、レオニス様は静かに頷いた。

「ああ、その通りだ。君の言う通り、誠実な心こそが、真の神の祝福を受けるのだ」

都の新聞には、連日、神殿の腐敗に関する記事が踊っていると聞いた。かつて聖女として崇められていたエレノア様は、贅沢三昧で民の苦しみに全く耳を傾けなかったこと、セドリック様は、その彼女を後ろ盾に、権力をほしいままにしていたことが、次々と暴かれていったらしい。

都の人々は、きっとひどく失望しただろう。でも、それで良かったのかもしれない。腐ったものをそのままにしておくよりも、一度膿を出し切ってしまった方が、きっと未来のためになる。
私は、ただ静かに、その事実を受け止めた。





都で大騒ぎが起こっている間も、この村の時間は、いつもと変わらず穏やかに流れていた。朝になれば、子どもたちが元気に駆け回り、夕方になれば、村人たちが教会の鐘の音に合わせて祈りを捧げる。

そして、私の隣には、いつもレオニス様がいてくれた。

「クラリス、今日は村の奥にある泉まで行ってみないか? 水がとても綺麗だと評判なんだ」

「まあ、本当ですか! ぜひ行きたいです!」

私たちは、村の奥へと続く道を歩いた。手をつなぎながら、他愛もない話をする。都での出来事や、神殿の混乱が、まるで遠い国の話のように感じられた。

「レオニス様は、いつも私のそばにいてくださいますね」

私がそう言うと、彼は私の手をギュッと握りしめてくれた。

「当たり前だろう。君は、俺にとってかけがえのない人だからだ」

その言葉に、私の心は温かいもので満たされた。都で傷つき、誰も信じられなくなった私の心を、彼は少しずつ、優しく溶かしてくれた。

泉に着くと、本当に驚いた。水は透明で、底までくっきりと見える。太陽の光が水面に反射して、キラキラと輝いている。

「わあ、本当に綺麗……!」

私が感動していると、レオニス様がそっと私の後ろから抱きしめてくれた。彼の腕の中に包まれると、安心感と、そして、今まで感じたことのない幸福感が押し寄せてくる。

「君とこうして、穏やかに過ごせる時間が、俺は何よりも大切なんだ」

彼の声は、いつもよりも甘く、私の耳に響いた。

「私もです。レオニス様と出会えて、本当に良かった」

私から、そう言うと、レオニス様は私の肩に顔を埋めて、優しく呟いた。

「クラリス……俺と、この先もずっと一緒にいてくれないか?」

その言葉に、私はドキッとした。そして、胸の奥から、温かいものがこみ上げてくるのを感じた。

「はい……! 喜んで!」

私は振り返って、レオニス様の顔を見上げた。彼の瞳は、真剣で、そして、私への深い愛情が宿っているのが分かった。

彼は、優しく私の唇に口づけてくれた。初めてのキスは、甘くて、少ししょっぱくて、でも、とてつもなく温かかった。

都の神殿で、セドリック様と婚約していた頃には、こんな温かい気持ちになったことは一度もなかった。彼の隣にいると、私はいつも緊張していて、本当の自分を出せずにいたから。

でも、レオニス様の隣では、どんな私も受け入れてくれる。平民の私を、地味な私を、傷ついた私を、全て愛してくれる。

私にとって、レオニス様は、まさに神様が私に与えてくれた、本当の祝福だった。

「レオニス様……ありがとう」

私は、彼の腕の中で、心から感謝の気持ちを伝えた。彼は、ただ優しく私を抱きしめ返してくれた。

都でどんな騒ぎが起きようと、この村の平和と、私たちの幸せな時間は、何にも邪魔されない。そう確信した瞬間だった。

この村の、素朴で温かい人々の中で、私はレオニス様という最高のパートナーを見つけた。私を傷つけた者たちが、どんな末路を辿ろうと、今の私には、揺るぎない幸福があった。

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