ごめんなさい、私、今すごく幸せなので、もう貴方には興味ないんです

reva

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馬車に揺られること、丸二日。やっと辿り着いた村は、都とは何もかもが違っていた。高い建物なんて一つもなくて、周りは全部、ゴツゴツした山に囲まれている。空気は澄んでいて、どこからか、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

「クラリス様、こちらが滞在されるお部屋でございます」

村の神官様が案内してくれたのは、教会に併設された小さな部屋だった。都の神殿の私の部屋とは比べ物にならないくらい狭いけれど、窓からは緑豊かな景色が見える。なんだか、ホッとした。あのきらびやかな神殿よりも、この素朴な部屋の方が、私には合っているような気がした。



次の日から、私の新しい生活が始まった。ここでは、都の神殿でやっていたような、難しい聖典の解釈とか、複雑な儀式の準備とかはほとんどない。代わりに、村人のお悩み相談に乗ったり、怪我をした子どもの手当てをしたり、畑仕事を手伝ったり……。本当に、なんでもやった。

「クラリス様、この前の腰痛、おかげさまで良くなりましたよ!」

「あら、それは良かったですね、おばあちゃん!」

村のおばあちゃんが、とれたてのリンゴを差し出してくれた。都では、こんな風に直接お礼を言われることなんて、ほとんどなかったな。なんだか、心が温かくなる。

村の子どもたちは、最初こそ私を珍しそうに見ていたけれど、すぐに懐いてくれた。

「クラリスお姉さん、お歌教えて!」

「クラリスお姉さん、絵本読んで!」

元気いっぱいに駆け寄ってくる子どもたちに囲まれていると、都での辛い出来事を、ほんの少しだけ忘れられる気がした。彼らの澄んだ瞳を見ていると、私の心の奥に溜まっていた、ドロドロしたものが、少しずつ溶けていくような気がした。

夕方になると、教会の鐘が鳴り響く。私は、村の皆と一緒に、神に祈りを捧げる。ここでは、形だけじゃない、心からの祈りがある気がした。

「神よ、この村の人々に、どうか安らぎをお与えください」

祈っていると、なぜか涙がこぼれそうになる。悔しさとか、悲しさとか、色々な気持ちがごちゃ混ぜになって、でも、不思議と温かい気持ちにもなるのだ。

平民の私には、やっぱりこのくらいがちょうどいいのかもしれない。華やかな場所は、私には似合わないんだ。セドリック様の言った通り、私は聖女には不相応だったのかもしれない。そう思うと、心が少し軽くなった。

もちろん、忘れられるわけじゃない。夜になると、時々、あの婚約破棄の日のことがフラッシュバックする。セドリック様の冷たい視線、神殿長の突き放すような言葉、そして、あの美しい令嬢の絵姿……。胸がギュッと締め付けられて、布団の中で一人、涙を流すこともあった。

でも、朝になれば、また新しい一日が始まる。村の人々の笑顔が、私を待っている。だから、私は顔を上げて、また奉仕活動に向かうのだ。

ここは、都会みたいに便利じゃないし、豪華なものもないけれど、人々の温かさだけは、都とは比べ物にならないくらい溢れていた。私は、この村で、少しずつ、少しずつ、心を癒していった。





ある日の午後、村の裏手にある小さな畑で、私は村のおばあちゃんと一緒にジャガイモを掘っていた。土にまみれて、汗をかくのは大変だけど、なんだか心が洗われるような気がした。

「クラリス様は、本当に働き者じゃねぇ。都会のお嬢様なのに」

おばあちゃんが、シワだらけの顔でニコニコ笑ってくれた。

「お嬢様だなんて! 私は、ただの神官見習いですから」

私がそう答えていると、突然、遠くからゴォォォォ!という、ものすごい音が聞こえてきた。

「あら、あれは……」

おばあちゃんが、空を見上げて目を細めた。私も釣られて見上げると、なんと、大きな影が空を横切っていくのが見えた。

「あれって……竜!? まさか!」

思わず叫んでしまった。竜なんて、絵本の中でしか見たことがない。この国には、竜に乗る騎士様がいるって聞いたことはあったけれど……。まさかこんな間近で竜を見るなんて!

竜は、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら、みるみるうちに高度を下げて、畑の少し離れた場所に降り立った。ドシン!という振動が、足元に伝わってくる。

「ひぃっ!」

私は思わず、おばあちゃんの陰に隠れてしまった。竜って、やっぱり怖い。

すると、竜の背中から、一人の男性がひらりと降りてきた。彼は、見慣れない制服を着ていて、腰には立派な剣を差している。背が高くて、スラッとした体つき。顔は、遠くてよく見えないけれど、なんだかすごくかっこいい雰囲気がした。

男性は、竜の首をポンポンと叩くと、こちらに歩いてきた。その足取りは、堂々としていて、自信に満ちている。

「ごめんください。この村の神官の方は、どちらにいらっしゃいますか?」

彼の声は、低くて落ち着いていて、どこか優しさが感じられた。

おばあちゃんが私の背中をポンと叩く。

「クラリス様、あなたが行きなさい」

私はドキドキしながら、竜の騎士様の方へ向かった。近くで見ると、さらに背が高くて、顔もすごく整っている。彫りの深い顔立ちで、切れ長の瞳が印象的だった。

「わ、私が、この村の神官見習いのクラリスと申します」

精一杯、背筋を伸ばして挨拶すると、彼は少し目を見開いた。

「君が? 若いな」

その言葉に、少しだけムッとした。若いからって、ちゃんと仕事してるんだから!

「ええ、若輩者ではございますが、精一杯務めさせていただいております」

私がそう言うと、彼はフッと口元を緩めた。その笑顔は、なんだかすごく素敵なものだった。

「王国竜騎士団副団長のレオニスだ。村の安全巡回で立ち寄った。この辺りで、怪しい動きがあるという報告を受けてね」

レオニス様……! 竜騎士団の副団長様なんて、ものすごく偉い人じゃない! 心臓がドクドクと音を立てる。

「では、何かお手伝いできることはございますでしょうか?」

「いや、まずは状況を把握したい。この村で何か変わったことがあったか?」

私は、最近村で起こった小さな出来事をいくつか話した。森で迷った子どもがいたり、家畜が荒らされたり……。どれも大きな事件ではなかったけれど、レオニス様は真剣に耳を傾けてくれた。

話をしている途中、私の手元が滑って、掘り出したジャガイモを地面に落としてしまった。慌てて拾おうとすると、レオニス様がサッと身をかがめて、そのジャガイモを拾い上げてくれた。

「ほら」

差し出されたジャガイモは、レオニス様の大きな手にすっぽりと収まっていた。その手は、ゴツゴツしていて、でも、とても温かかった。

「あ、ありがとうございます……!」

彼の優しさに、思わず顔が赤くなる。

「いや、構わない。この村は、人々の暮らしが豊かそうだな。神官の君の働きも大きいのだろう」

そう言って、彼は少し照れたように笑った。都会の貴族様とは全然違う。なんだか、親しみやすい人だ。

それが、私とレオニス様の初めての出会いだった。







レオニス様は、それからというもの、定期的に村を訪れるようになった。安全巡回という名目だけど、なんだか私に会いに来てくれているような気がして、毎回ドキドキした。

「クラリス、今日も熱心に働いているな」

彼はいつも、私が村人たちと話していたり、子どもたちと遊んでいたりする時に、フッと現れる。そして、さりげなく私の手伝いをしてくれたり、私の話に耳を傾けてくれたりした。

「レオニス様、ありがとうございます。竜騎士団のお仕事は大変ではないのですか?」

「ああ、もちろん大変なことも多いが、こうして君と話していると、心が休まる」

そう言われると、なんだかすごく嬉しくて、顔がニヤけてしまう。

ある日、村の奥にある薬草を採りに行った帰り道、私は足を滑らせて転んでしまった。膝を擦りむいて、ズキズキと痛む。

「うう……痛い……」

一人でどうしようかと思っていたら、突然、上空から竜の影が差した。

「クラリス! 大丈夫か!?」

レオニス様が、竜の背中から飛び降りて駆け寄ってきてくれた。彼の顔には、心配の色がはっきりと浮かんでいる。

「レオニス様……すみません、転んでしまって……」

「怪我はないか? 見せてみろ」

彼は、優しく私の膝を調べてくれた。その指先が触れるたび、なんだか心が温かくなる。

「たいしたことはない。だが、これでは歩きにくいだろう」

そう言うと、レオニス様は、なんと私を軽々と抱き上げてくれたのだ!

「えっ!? レオニス様!?」

思わず叫んでしまった。彼の腕の中は、力強くて、温かくて……なんだか、すごく安心する。

「このまま教会まで運ぶ。揺れるぞ」

そう言って、彼は私のことを抱きかかえたまま、教会へと歩き出した。彼の胸板に顔が当たるたびに、心臓がバクバク音を立てる。こんな風に、誰かに守ってもらえるなんて、都では一度もなかったことだ。

教会に着くと、彼は私をそっと椅子に座らせてくれた。そして、薬箱を持ってきて、慣れた手つきで私の膝の手当てをしてくれた。

「君は、いつも頑張りすぎるところがある。もっと、自分のことを大切にしなくては」

彼の優しい言葉が、私の心にじんわりと染み渡る。今まで、誰もそんなことを言ってくれなかった。私は、ずっと一人で、頑張ってきたから。

「ありがとうございます……。レオニス様は、本当に優しいのですね」

そう言うと、彼は少し照れたように、でも、どこか寂しそうに笑った。

「俺は、大切なものを守るのが、俺の役目だと思っている」

その言葉に、彼の過去に何かあったのかな、と胸がチクリと痛んだ。




ある日の夜、村の広場で焚き火を囲んで、レオニス様と二人で話していた。満点の星空が、頭上に広がっている。

「レオニス様は、どうしてそんなに優しいのですか?」

私が尋ねると、彼は少し考え込んでから、静かに語り始めた。

「俺は昔、大切な人を守れなかったことがある。だから、もう二度と、誰かを悲しませたくないんだ」

彼の言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。彼もまた、私と同じように、大切なものを失った経験があるのかもしれない。

「私も……私、都で婚約破棄されて、追放されて、すごく辛かったんです。私には、聖女になる資格がないって、そう言われて……」

気づけば、私は今まで誰にも話せなかった、都での出来事をレオニス様に打ち明けていた。涙が止まらなくなって、声が震える。

レオニス様は、何も言わずに、ただじっと私の話を聞いてくれた。そして、私が話し終えると、彼はそっと私の頭に手を乗せた。

「君は、そんなことを言われるような人間じゃない。君の心の清らかさ、人への優しさ、それは誰よりも尊いものだ。俺は、君こそが真の聖女だと信じている」

彼の言葉が、私の心の奥底に染み渡る。都で散々傷つけられた私の心を、彼はそっと包み込んでくれた。今まで、ずっと欲しかった言葉だった。

「レオニス様……」

私は、彼の胸に顔を埋めて、とめどなく涙を流した。彼は、何も言わずに、ただ私を優しく抱きしめてくれた。その腕の中は、何よりも温かくて、安心できた。

この人といると、私は私でいられる。飾らない私を、彼は受け入れてくれる。そんな風に思えた。

「俺は、君を大切にしたい。これからは、俺が君を守る」

彼の言葉に、私の心は震えた。もう、一人で頑張らなくてもいいんだ。この人が、私を支えてくれる。そう思うと、胸の中に温かい光が灯ったようだった。

満点の星空の下、私たちは、ずっとそうしていた。レオニス様との出会いは、私にとって、ただの偶然ではなかった。それは、傷ついた私の心を癒し、新しい希望を与えてくれた、かけがえのない出会いだったのだ。






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