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あれから、さらに月日は流れた。私はもう、あの都での辛い記憶に縛られることはなかった。村の皆とレオニス様との穏やかな生活が、私の心を温かく満たしてくれていたから。
レオニス様との関係は、誰もが羨むほど深いものになっていた。彼は、私を心から大切にしてくれる。私だって、彼のことを誰よりも愛している。私たちは、将来を誓い合い、この村で一緒に生きていくことを決めていた。小さな教会の隣に、二人で暮らすための家を建てる計画も進んでいた。
そんなある日、私は村の入口で、薬草を摘んで帰ってくる途中だった。ふと、見慣れない男の人が、村の門の前に立ち尽くしているのが見えた。旅の人だろうか? でも、なんだか、すごく疲れているように見えた。着ている服も、ボロボロで、とても普通の人のようには見えない。
私は、困っている人を見過ごすことはできない性分なので、声をかけようと近づいた。
「もし、何かお困りですか?」
私が話しかけると、男の人はゆっくりと顔を上げた。その顔を見て、私は息をのんだ。
信じられないことに……。目の前に立っていたのは、あのセドリック様だったのだ。
でも、彼の姿は、私が知っているセドリック様とはまるで違っていた。かつてはいつもピシッと整えられていた神殿騎士団の制服は、泥だらけで、あちこちが擦り切れている。顔には無精髭が生え、目元には深いクマができている。あの冷たいけれど、どこか気品のある顔は、すっかりやつれ果てていた。まるで、数十年も年を取ってしまったかのようだ。
彼は、私を見て、一瞬、目を見開いた。その瞳には、驚きと、そして、かすかな後悔のような色が宿っているように見えた。
「クラリス……なのか?」
彼の声は、あの頃の凛とした響きとは違い、かすれていて、自信なさげだった。
私は、彼の変わり果てた姿に、戸惑いを隠せないでいた。かつて、私を平気で傷つけたあのセドリック様が、こんな姿になるなんて。
「……セドリック様」
私の口から、久しぶりにその名前が出た。なんだか、不思議な感じだった。もう、彼に対して怒りも憎しみも感じなかった。ただ、目の前にいる、哀れな一人の男として、彼を見ていた。
「まさか、こんな場所で君に会うとは……」
彼は、自嘲するように笑った。その笑みには、苦渋と絶望が入り混じっていた。
「都では、大変なことになったと聞いております」
私がそう言うと、彼は顔を歪ませた。
「ああ……全てを失った。あのエレノアという女も、結局は自分勝手な人間だった。私を、利用しただけだったのだ」
彼の言葉に、私は少しだけ驚いた。てっきり、今でもあの令嬢のことを大切にしているのだと思っていたのに。
「神殿での地位も、名誉も、何もかも……私は、都を追放され、行くあてもなく、ただひたすらに歩いてきた。まさか、君がこんな山奥の村にいるとはな」
彼は、まるで疲れ果てた子どものように、そう呟いた。彼の姿からは、あの頃の傲慢さや冷たさは、微塵も感じられなかった。
私を傷つけた彼への復讐心は、もう私の心にはなかった。ただ、目の前のこの人は、私の知るセドリック様ではなかった。彼が、自らの行いの報いを受け、こうして落ちぶれてしまった姿を見て、なんだか胸が締め付けられるような気がした。
けれど、憐れみは感じても、彼を助けたいとは思わなかった。もう、私には、守るべき大切な人がいるのだから。
「それで……セドリック様は、この村に、何かご用でいらしたのですか?」
私が尋ねると、彼は視線をさまよわせた。
「いや……ただ、当てどもなく歩いていただけだ。昔、君がこの村に追放されたと聞いていたから、もしや、と思って……」
私のことを頼りに来たのか。でも、私には、もう彼を助ける義務はない。
その時、ちょうどレオニス様が、村の入り口の方から歩いてくるのが見えた。彼は、私とセドリック様を見て、少しだけ眉をひそめた。
「クラリス。誰だ、その男は?」
レオニス様の声は、少しだけ低い響きを持っていた。彼は、私がセドリック様と話していることに、気づいたのだろう。私を守ってくれる、彼なりの警戒心だ。
私は、レオニス様の方を振り返り、優しく微笑んだ。
「レオニス様。この方は、都で少しお世話になった方です。もう、お引き取りになられます」
私の言葉に、セドリック様の顔が、さらに歪んだ。彼は、レオニス様の力強く、堂々とした姿を見て、何かを感じ取ったようだった。レオニス様の隣に立つ私と、ボロボロになった自分。その差は、あまりにも明白だったから。
レオニス様が私の隣に立つと、彼の存在感に、セドリック様は明らかに怯んでいるように見えた。レオニス様は、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。その温かい腕が、私を安心させる。
「クラリス、この男は……」
レオニス様が、私にそう尋ねようとした時、セドリック様が震える声で口を開いた。
「クラリス……君は、幸せそうだな。こんな場所で、まさか、こんな男と……」
彼の言葉には、羨望と、そして、後悔の念が混じっているようだった。レオニス様を「こんな男」と言ったことに、私は少しムッとした。彼は、私にとって、最高のパートナーなのだから。
「ええ、とても幸せです。都にいた頃よりも、ずっと」
私は、彼の目をまっすぐに見つめて、穏やかに答えた。もう、彼に対して怯える必要はない。私は、このレオニス様という光を手に入れたのだから。
「私には、聖女の資格がないと、あなたは仰いましたね」
私の言葉に、セドリック様の顔がピクリと動いた。彼は、あの日のことを思い出したのだろう。
「私は、ただ、あなたの、その……美しさに欠ける点を指摘したまでだ。神殿の聖女には、人々の信仰を集める魅力が必要だった。それが、当時の神殿の方針だったのだ」
彼は、言い訳をするようにそう言った。まるで、全てが神殿の都合だったかのように。でも、彼の言葉には、あの時の冷たさはなく、むしろ必死さがあった。
「でも、本当の聖女に、美貌は必要ありません。ただ、清らかな心と、人々を慈しむ気持ちがあれば、それで十分です。そう、私は学びました」
私は、レオニス様の腕の中で、静かにそう語りかけた。もはや、彼への個人的な恨みは、ほとんど消え去っていた。ただ、私自身が信じている真実を、彼に伝えるだけだ。
セドリック様は、私の言葉に、言葉を失っていた。彼の顔には、諦めと、そして、自分自身の愚かさに気づいたような、そんな表情が浮かんでいた。
そして、私は、レオニス様の隣で、彼に最後の一言を告げた。
「正しい神の祝福は、誠実な心に宿るのですって。因果応報、ですね」
私の声は、穏やかだったけれど、その言葉には、一切の迷いも揺らぎもなかった。それは、私が彼から奪われた全てを、今、この場所で取り戻した、という確かな実感が込められていた。彼の目の前で、私がどれだけ幸せかを証明する、私なりのけじめだった。
セドリック様は、私の言葉を聞いて、さらに顔色を悪くした。彼は、何か言いたそうに口を開いたけれど、結局、何も言葉を発することはできなかった。ただ、絶望に満ちた瞳で、私とレオニス様を交互に見た後、力なく項垂れた。
そして、彼は何も言わずに、踵を返した。来た時と同じように、ボロボロの服を身につけ、村の門をゆっくりと出ていく。彼の背中は、あまりにも小さく、寂しそうだった。
二度と、彼に会うことはないだろう。それでいい。彼は、彼自身の過ちの報いを受けたのだ。
セドリック様が完全に視界から消えると、レオニス様が私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か、クラリス? 辛くはなかったか?」
彼の優しい言葉に、私は首を横に振った。
「いいえ。少しも。ただ、全てが、もう終わったんだなって、そう思っただけです」
私の言葉に、レオニス様は安堵したように息をついた。そして、私をギュッと抱きしめてくれた。
「君は、本当に強いな」
「レオニス様が、そばにいてくださるからですよ」
私は、彼の背中に腕を回し、顔を埋めた。彼の温かい体温が、私を包み込んでくれる。もう、何も怖いものなんてない。
「俺は、君に出会えて、本当によかった。君こそ、俺の光だ」
レオニス様の言葉が、私の心に深く染み渡る。彼と出会ってから、私の世界は大きく変わった。絶望の淵にいた私を救い出してくれたのは、他でもない、この人なのだ。
私たちは、村の教会へと向かった。村人たちが、いつものように穏やかに暮らしている。子どもたちが、元気いっぱいに駆け回っている。この平和な日常こそが、私にとって何よりの宝物だ。
数ヶ月後、私たちは、村の小さな教会で、ささやかな結婚式を挙げた。村の皆が、心から私たちを祝福してくれた。レオニス様は、少し照れながらも、私の手を握りしめて、誓いの言葉を述べてくれた。
「俺は、クラリスを、何があっても、一生かけて守り抜くことを誓います」
私も、彼の瞳を見つめて、誓った。
「私は、レオニス様を、一生かけて愛し続けることを誓います」
誓いのキスは、あの泉で交わしたキスよりも、ずっと甘くて、温かかった。もう、私の人生に、悲しみも、苦しみも、いらない。これからは、レオニス様と、この温かい村の皆と、ずっと幸せに生きていくのだ。
新しい家には、いつも花が飾られていた。レオニス様は、私が喜ぶようにと、いつも綺麗な花を摘んできてくれる。私たちは、毎日、手を取り合って、村の仕事を手伝い、夜には、満点の星空の下で、語り合った。
「クラリス、おやすみ」
「レオニス様も、おやすみなさい」
温かいベッドの中で、レオニス様の腕に抱かれながら、私は目を閉じた。私の心は、この上ない幸福感で満たされていた。
正しい神の祝福は、誠実な心に宿る。
私の人生は、あの日の婚約破棄から、本当の意味で始まったのかもしれない。そして、今、私は、最高の形で、その物語の続きを紡いでいる。
遠い都のことは、もう私には関係ない。私は、この村で、レオニス様の隣で、ずっと、ずっと幸せに生きていく。
レオニス様との関係は、誰もが羨むほど深いものになっていた。彼は、私を心から大切にしてくれる。私だって、彼のことを誰よりも愛している。私たちは、将来を誓い合い、この村で一緒に生きていくことを決めていた。小さな教会の隣に、二人で暮らすための家を建てる計画も進んでいた。
そんなある日、私は村の入口で、薬草を摘んで帰ってくる途中だった。ふと、見慣れない男の人が、村の門の前に立ち尽くしているのが見えた。旅の人だろうか? でも、なんだか、すごく疲れているように見えた。着ている服も、ボロボロで、とても普通の人のようには見えない。
私は、困っている人を見過ごすことはできない性分なので、声をかけようと近づいた。
「もし、何かお困りですか?」
私が話しかけると、男の人はゆっくりと顔を上げた。その顔を見て、私は息をのんだ。
信じられないことに……。目の前に立っていたのは、あのセドリック様だったのだ。
でも、彼の姿は、私が知っているセドリック様とはまるで違っていた。かつてはいつもピシッと整えられていた神殿騎士団の制服は、泥だらけで、あちこちが擦り切れている。顔には無精髭が生え、目元には深いクマができている。あの冷たいけれど、どこか気品のある顔は、すっかりやつれ果てていた。まるで、数十年も年を取ってしまったかのようだ。
彼は、私を見て、一瞬、目を見開いた。その瞳には、驚きと、そして、かすかな後悔のような色が宿っているように見えた。
「クラリス……なのか?」
彼の声は、あの頃の凛とした響きとは違い、かすれていて、自信なさげだった。
私は、彼の変わり果てた姿に、戸惑いを隠せないでいた。かつて、私を平気で傷つけたあのセドリック様が、こんな姿になるなんて。
「……セドリック様」
私の口から、久しぶりにその名前が出た。なんだか、不思議な感じだった。もう、彼に対して怒りも憎しみも感じなかった。ただ、目の前にいる、哀れな一人の男として、彼を見ていた。
「まさか、こんな場所で君に会うとは……」
彼は、自嘲するように笑った。その笑みには、苦渋と絶望が入り混じっていた。
「都では、大変なことになったと聞いております」
私がそう言うと、彼は顔を歪ませた。
「ああ……全てを失った。あのエレノアという女も、結局は自分勝手な人間だった。私を、利用しただけだったのだ」
彼の言葉に、私は少しだけ驚いた。てっきり、今でもあの令嬢のことを大切にしているのだと思っていたのに。
「神殿での地位も、名誉も、何もかも……私は、都を追放され、行くあてもなく、ただひたすらに歩いてきた。まさか、君がこんな山奥の村にいるとはな」
彼は、まるで疲れ果てた子どものように、そう呟いた。彼の姿からは、あの頃の傲慢さや冷たさは、微塵も感じられなかった。
私を傷つけた彼への復讐心は、もう私の心にはなかった。ただ、目の前のこの人は、私の知るセドリック様ではなかった。彼が、自らの行いの報いを受け、こうして落ちぶれてしまった姿を見て、なんだか胸が締め付けられるような気がした。
けれど、憐れみは感じても、彼を助けたいとは思わなかった。もう、私には、守るべき大切な人がいるのだから。
「それで……セドリック様は、この村に、何かご用でいらしたのですか?」
私が尋ねると、彼は視線をさまよわせた。
「いや……ただ、当てどもなく歩いていただけだ。昔、君がこの村に追放されたと聞いていたから、もしや、と思って……」
私のことを頼りに来たのか。でも、私には、もう彼を助ける義務はない。
その時、ちょうどレオニス様が、村の入り口の方から歩いてくるのが見えた。彼は、私とセドリック様を見て、少しだけ眉をひそめた。
「クラリス。誰だ、その男は?」
レオニス様の声は、少しだけ低い響きを持っていた。彼は、私がセドリック様と話していることに、気づいたのだろう。私を守ってくれる、彼なりの警戒心だ。
私は、レオニス様の方を振り返り、優しく微笑んだ。
「レオニス様。この方は、都で少しお世話になった方です。もう、お引き取りになられます」
私の言葉に、セドリック様の顔が、さらに歪んだ。彼は、レオニス様の力強く、堂々とした姿を見て、何かを感じ取ったようだった。レオニス様の隣に立つ私と、ボロボロになった自分。その差は、あまりにも明白だったから。
レオニス様が私の隣に立つと、彼の存在感に、セドリック様は明らかに怯んでいるように見えた。レオニス様は、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。その温かい腕が、私を安心させる。
「クラリス、この男は……」
レオニス様が、私にそう尋ねようとした時、セドリック様が震える声で口を開いた。
「クラリス……君は、幸せそうだな。こんな場所で、まさか、こんな男と……」
彼の言葉には、羨望と、そして、後悔の念が混じっているようだった。レオニス様を「こんな男」と言ったことに、私は少しムッとした。彼は、私にとって、最高のパートナーなのだから。
「ええ、とても幸せです。都にいた頃よりも、ずっと」
私は、彼の目をまっすぐに見つめて、穏やかに答えた。もう、彼に対して怯える必要はない。私は、このレオニス様という光を手に入れたのだから。
「私には、聖女の資格がないと、あなたは仰いましたね」
私の言葉に、セドリック様の顔がピクリと動いた。彼は、あの日のことを思い出したのだろう。
「私は、ただ、あなたの、その……美しさに欠ける点を指摘したまでだ。神殿の聖女には、人々の信仰を集める魅力が必要だった。それが、当時の神殿の方針だったのだ」
彼は、言い訳をするようにそう言った。まるで、全てが神殿の都合だったかのように。でも、彼の言葉には、あの時の冷たさはなく、むしろ必死さがあった。
「でも、本当の聖女に、美貌は必要ありません。ただ、清らかな心と、人々を慈しむ気持ちがあれば、それで十分です。そう、私は学びました」
私は、レオニス様の腕の中で、静かにそう語りかけた。もはや、彼への個人的な恨みは、ほとんど消え去っていた。ただ、私自身が信じている真実を、彼に伝えるだけだ。
セドリック様は、私の言葉に、言葉を失っていた。彼の顔には、諦めと、そして、自分自身の愚かさに気づいたような、そんな表情が浮かんでいた。
そして、私は、レオニス様の隣で、彼に最後の一言を告げた。
「正しい神の祝福は、誠実な心に宿るのですって。因果応報、ですね」
私の声は、穏やかだったけれど、その言葉には、一切の迷いも揺らぎもなかった。それは、私が彼から奪われた全てを、今、この場所で取り戻した、という確かな実感が込められていた。彼の目の前で、私がどれだけ幸せかを証明する、私なりのけじめだった。
セドリック様は、私の言葉を聞いて、さらに顔色を悪くした。彼は、何か言いたそうに口を開いたけれど、結局、何も言葉を発することはできなかった。ただ、絶望に満ちた瞳で、私とレオニス様を交互に見た後、力なく項垂れた。
そして、彼は何も言わずに、踵を返した。来た時と同じように、ボロボロの服を身につけ、村の門をゆっくりと出ていく。彼の背中は、あまりにも小さく、寂しそうだった。
二度と、彼に会うことはないだろう。それでいい。彼は、彼自身の過ちの報いを受けたのだ。
セドリック様が完全に視界から消えると、レオニス様が私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か、クラリス? 辛くはなかったか?」
彼の優しい言葉に、私は首を横に振った。
「いいえ。少しも。ただ、全てが、もう終わったんだなって、そう思っただけです」
私の言葉に、レオニス様は安堵したように息をついた。そして、私をギュッと抱きしめてくれた。
「君は、本当に強いな」
「レオニス様が、そばにいてくださるからですよ」
私は、彼の背中に腕を回し、顔を埋めた。彼の温かい体温が、私を包み込んでくれる。もう、何も怖いものなんてない。
「俺は、君に出会えて、本当によかった。君こそ、俺の光だ」
レオニス様の言葉が、私の心に深く染み渡る。彼と出会ってから、私の世界は大きく変わった。絶望の淵にいた私を救い出してくれたのは、他でもない、この人なのだ。
私たちは、村の教会へと向かった。村人たちが、いつものように穏やかに暮らしている。子どもたちが、元気いっぱいに駆け回っている。この平和な日常こそが、私にとって何よりの宝物だ。
数ヶ月後、私たちは、村の小さな教会で、ささやかな結婚式を挙げた。村の皆が、心から私たちを祝福してくれた。レオニス様は、少し照れながらも、私の手を握りしめて、誓いの言葉を述べてくれた。
「俺は、クラリスを、何があっても、一生かけて守り抜くことを誓います」
私も、彼の瞳を見つめて、誓った。
「私は、レオニス様を、一生かけて愛し続けることを誓います」
誓いのキスは、あの泉で交わしたキスよりも、ずっと甘くて、温かかった。もう、私の人生に、悲しみも、苦しみも、いらない。これからは、レオニス様と、この温かい村の皆と、ずっと幸せに生きていくのだ。
新しい家には、いつも花が飾られていた。レオニス様は、私が喜ぶようにと、いつも綺麗な花を摘んできてくれる。私たちは、毎日、手を取り合って、村の仕事を手伝い、夜には、満点の星空の下で、語り合った。
「クラリス、おやすみ」
「レオニス様も、おやすみなさい」
温かいベッドの中で、レオニス様の腕に抱かれながら、私は目を閉じた。私の心は、この上ない幸福感で満たされていた。
正しい神の祝福は、誠実な心に宿る。
私の人生は、あの日の婚約破棄から、本当の意味で始まったのかもしれない。そして、今、私は、最高の形で、その物語の続きを紡いでいる。
遠い都のことは、もう私には関係ない。私は、この村で、レオニス様の隣で、ずっと、ずっと幸せに生きていく。
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