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第18話 「灰の雨、火の言葉」
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夕方の王都は、息を潜めた獣みたいだった。
石畳を舐める風がざらついて、看板の鎖が乾いた音を鳴らす。張り紙は一枚、また一枚とはがれかけ、角が黒く焦げたみたいに丸くなっていた。
――今日の空気は、火の匂いがする。
そう思った瞬間、遠くで叫び声がちぎれ、次に怒号が重なり、三つ目の音として割れるガラスが追いかけてきた。
「始まった」
背中でカイルの声が低く落ちる。
私はうなずくかわりに、胸元の革袋を叩いた。密書ではない。今日は薄い紙束――“読むための言葉”だ。
「行こう。止めるのは剣じゃない」
王宮前へ続く大通りは、もう人で詰まっていた。
宰相派の残り火が撒いた噂は、思っていたより早く燃え移っている。「第二王子が民を操っている」「市井の女を後宮へ」――粗くて乱暴な言葉が、火に油を注ぐみたいに、人の胸の奥の不安に張りついていた。
石が飛ぶ。
鎧がきしむ。
衛兵の列が押され、最前列の青年が眉間に血を滲ませている。
誰かが叫ぶ。「奪われる前に奪え!」
誰かが返す。「もう十分奪われた!」
輪郭のない怒りが、ぬかるみみたいに足を取る。
カイルが私を見た。
「俺が前へ行く。君は右手の掲示板に」
「うん。読み上げ隊を拾う」
「剣は抜かない」
「私も、声しか使わない」
彼は私の手を一度、握ってから離れた。握られたところが、熱い。
カイルはそのまま人の波へ踏み込み、鎧も冠もなく、外套一枚で、群衆の真ん中に立った。
剣帯はある。でも、鞘は沈黙している。
腕を広げ、彼は叫ばない。むしろ、落ち着いた声で話し始めた。
「ここに立ってるのは、王じゃない。人だ。俺は人として、話に来た」
罵声が飛ぶ。
「きれいごとだ!」
「俺たちは飯がない!」
カイルは顔をしかめない。
「わかってる。だから聞いてほしい。――剣で沈めた怒りは、明日また燃える。剣は火に薪を足す。だから俺は剣を抜かない。代わりに、言葉を持ってきた」
私は右へ走る。掲示板の前に、見覚えのある顔があった。粉屋街で最初に読み上げ隊を始めた青年、腕に幼い妹を抱いた女、昨日まで字を追えなかった男。みんな目が泳いでいる。
「先生……どうすれば」
青年が私を見る。
私は息を整え、紙束を彼の胸に押し付けた。
「読む。いつも通り。大きな声でなくていい。一文字ずつでいい。――私が導くから」
彼は唾を飲んで、うなずく。
「……はい」
掲示板の一番上、昨夜貼った文は、角からめくれかけていた。私は炭で新しい一枚を重ね、にじむ指で書く。
《信じる》
たった三文字。けれど、そう書く手は、震えていた。
「じゃあ、いくよ。『し・ん・じ・る』」
読み上げ隊が、ちいさく繰り返す。
群衆の罵声に飲まれかけて、でも、かすかに残る。
私は続ける。
「『剣で沈めた怒りは、明日また燃える。言葉で鎮めた怒りは、明日も静かだ』」
石が私の足元に転がった。
びくりとした肩を、後ろから誰かの手がそっと押さえた。老婆だ。杖で板をこん、と叩く。
「襟、立ってるかい」
「はい」
「なら、読みな」
私は一度だけ微笑んで、前を向いた。
カイルの前で、青年が刃を抜こうとしていた。
剣先が陽を弾いて、白い線になって揺れる。
カイルはそこから一歩も動かない。ただ、両手を広げて、胸を晒した。
「俺は王ではない。ただの人間だ。俺は、お前たちの前で剣を抜かない。――だから、お前も、俺の前で剣を下ろせ」
「ふざけるな!」青年が唸る。「下ろしたら、負ける!」
「負けって、誰にだ」
カイルの声は静かで、でも硬い。
「お前の隣の人にか。今、肩が触れてる奴にか。飯を分けたことのある家にか。……それとも、見えない“誰か”にか」
青年の剣が、ほんの一瞬だけ揺れた。
そこへ、別の声が割り込む。
「操られるな! 王子は民を騙すために――」
宰相派だ。
私は掲示板に炭を走らせ、彼らの声より早く、字を置く。
《未遂は影絵》
《舌で作られた夜》
《読む人は、操られない》
読み上げ隊が拾い、重ねる。
「『み・す・い・は・か・げ・え』……!」
か細い声。けれど、火の中で水を撒くみたいに、確かに広がる。
石畳のどこかで、瓶が割れた。
油が走る。
炎が、手すりに飛び移った。
熱が喉を刺し、視界が揺れる。
私は叫ぶ。
「水! 井戸から!」
洗濯場の女たちが立ち上がる。少年が桶を二つ抱えて走る。粉屋の男が小麦袋で火の上を叩く。
――できる。
“読む人”は、動ける。
「お前は俺たちを救うのか!」別の男がカイルへ吠える。
「救えない」
カイルは即答した。
ざわめきが止まる。
「俺一人じゃ、救えない。だから“仕組み”を作る。明日の怒りを、言葉で渡せる仕組みを。――それを一緒に作るなら、今ここで剣を置け。置いた手で、紙を持て。名前を書け。お前の字でお前の声を残せ」
私は胸が熱くなって、気づけば走っていた。
カイルの隣に並ぶ。
炎の粉が髪に落ちる。
痛い。でも、痛いのはみんな同じだ。
「聞いて!」
声がやっと空気に届く。
「あなたたちが読むべき言葉は、誰かの命令じゃない。隣の人の嘘でもない。――“あなた自身の声”よ!」
息が切れる。
けれど、前列の少年が、びく、と顔を上げた。
私は彼に手を伸ばして、掲示板の前へ連れていく。
「読める?」
「……う、うん」
「ゆっくりでいい。みんな、待てるよ」
少年は唇を濡らし、一文字ずつ、噛むように読んだ。
「『し・ん・じ・る』」
静まり返った空気に、その音が落ちる。
落ちて、染みて、にじむ。
誰かが同じように繰り返し、女が泣きながら唱え、男が肩から力を抜いた。
青年の剣が、音もなく石畳に触れる。
握っていた手が震え、やがて、開く。
――剣は、下りた。
その瞬間、空が鳴った。
遠雷。
次に冷たい粒が一つ、頬に当たる。
雨。
ぶ厚い灰を洗い落とすみたいに、まっすぐ降りてくる。
炎の舌が短くなり、煙が薄くなり、石畳の熱が少しずつ冷えていく。
私は膝が笑って、その場にへたり込んだ。
カイルの外套が私の肩に落ちる。
彼はしゃがみ込み、私の額に濡れた指を当てた。
「大丈夫」
「うん……こわかった」
「こわいままでいい。怖さは、未来を忘れないための杭になる」
彼の声が、雨の音で少し掠れる。
私は笑いながら、泣いた。
「……ずるい。そういう言い方、強いんだもん」
「実用的だからな」
「それ、やめ……いや、やめなくていい」
彼は頷いて、私を抱き寄せる。
灰の雨の匂い。濡れた革の匂い。心臓の音。
世界はさっきまで獣だったのに、いまは、焚き火のあとみたいに静かだ。
やがて、群衆の中から自発的な動きが生まれはじめた。
壊れた屋台を起こす手、濡れた掲示を庇う手、倒れた老人に布をかける手。
エリオットが柱の影から現れ、濡れ髪をかき上げて言う。
「南の路地、封鎖を解いた。逃げ場はできた。――ここからは“片付け”だ」
「ありがとう」
「礼は要らない。君らが火を消した。俺は水路を開けただけだ」
私は立ち上がり、炭の濡れた先を確かめる。
まだ書ける。
私は新しい紙を掲示板に貼り、震えない手で、次の一文を書いた。
《明日、王前に“民の言葉の橋”を提案します》
《読む人の議(はか)りごと――民議会》
《字を持つ全ての人に、声の権利を》
周囲がざわめく。
カイルが私を見た。
「もう、書いてたのか」
「うん。怖くて眠れない夜に」
「どれくらい具体だ」
「数字も手順も、全部。――ただ、一つ足りない」
「何だ」
「この国に、それを“欲しい”って言う声。……だから、今、ここで集める」
私は紙束を人々へ回し始めた。名を書いて、とだけ言う。
読み上げ隊が隣に立ち、字の形を指で空に描いて見せる。書けない人は、印でもいい。指の跡でもいい。
濡れた紙に、雨粒に混じって、名前が増えていく。
灰の雨は、いつのまにか、ただの雨になっていた。
暮れかけの光の中で、カイルが言う。
「剣を抜かないって、こんなに疲れるんだな」
「ね。――でも、剣より、長く残る」
「明日、王の前で話そう。君が書いた橋のことを」
「一緒に」
「もちろん」
私は最後の一枚を掲示板に貼った。
《火は渡る。言葉も渡る》
《信じる》
少年がまた読んで、今度は誰よりも早く笑った。
雨に濡れた髪が額に張り付いて、目だけが澄んでいる。
灰の雨はやみ、夜の匂いが近づく。
私はカイルと見つめ合い、息を合わせて歩き出した。
明日は王の間。
持っていくのは冠じゃなく、紙だ。
剣じゃなく、声だ。
“誰かのため”じゃなく、“みんなのための自分たち”だ。
大通りの向こうで、老婆が杖を二度、石に落とす。
「襟、立ってるかい」
「はい」
「なら、明日も読みな。雨でも、晴れでも」
「……はい」
夜の端から、鐘がひとつ。
私は胸の鍵に触れ、紙束を抱きしめる。
怖さは消えない。けど、怖いままで前を向ける。
灰の雨の夜に、私たちは火の使い方を覚えた。
――明日、光へ渡すために。
石畳を舐める風がざらついて、看板の鎖が乾いた音を鳴らす。張り紙は一枚、また一枚とはがれかけ、角が黒く焦げたみたいに丸くなっていた。
――今日の空気は、火の匂いがする。
そう思った瞬間、遠くで叫び声がちぎれ、次に怒号が重なり、三つ目の音として割れるガラスが追いかけてきた。
「始まった」
背中でカイルの声が低く落ちる。
私はうなずくかわりに、胸元の革袋を叩いた。密書ではない。今日は薄い紙束――“読むための言葉”だ。
「行こう。止めるのは剣じゃない」
王宮前へ続く大通りは、もう人で詰まっていた。
宰相派の残り火が撒いた噂は、思っていたより早く燃え移っている。「第二王子が民を操っている」「市井の女を後宮へ」――粗くて乱暴な言葉が、火に油を注ぐみたいに、人の胸の奥の不安に張りついていた。
石が飛ぶ。
鎧がきしむ。
衛兵の列が押され、最前列の青年が眉間に血を滲ませている。
誰かが叫ぶ。「奪われる前に奪え!」
誰かが返す。「もう十分奪われた!」
輪郭のない怒りが、ぬかるみみたいに足を取る。
カイルが私を見た。
「俺が前へ行く。君は右手の掲示板に」
「うん。読み上げ隊を拾う」
「剣は抜かない」
「私も、声しか使わない」
彼は私の手を一度、握ってから離れた。握られたところが、熱い。
カイルはそのまま人の波へ踏み込み、鎧も冠もなく、外套一枚で、群衆の真ん中に立った。
剣帯はある。でも、鞘は沈黙している。
腕を広げ、彼は叫ばない。むしろ、落ち着いた声で話し始めた。
「ここに立ってるのは、王じゃない。人だ。俺は人として、話に来た」
罵声が飛ぶ。
「きれいごとだ!」
「俺たちは飯がない!」
カイルは顔をしかめない。
「わかってる。だから聞いてほしい。――剣で沈めた怒りは、明日また燃える。剣は火に薪を足す。だから俺は剣を抜かない。代わりに、言葉を持ってきた」
私は右へ走る。掲示板の前に、見覚えのある顔があった。粉屋街で最初に読み上げ隊を始めた青年、腕に幼い妹を抱いた女、昨日まで字を追えなかった男。みんな目が泳いでいる。
「先生……どうすれば」
青年が私を見る。
私は息を整え、紙束を彼の胸に押し付けた。
「読む。いつも通り。大きな声でなくていい。一文字ずつでいい。――私が導くから」
彼は唾を飲んで、うなずく。
「……はい」
掲示板の一番上、昨夜貼った文は、角からめくれかけていた。私は炭で新しい一枚を重ね、にじむ指で書く。
《信じる》
たった三文字。けれど、そう書く手は、震えていた。
「じゃあ、いくよ。『し・ん・じ・る』」
読み上げ隊が、ちいさく繰り返す。
群衆の罵声に飲まれかけて、でも、かすかに残る。
私は続ける。
「『剣で沈めた怒りは、明日また燃える。言葉で鎮めた怒りは、明日も静かだ』」
石が私の足元に転がった。
びくりとした肩を、後ろから誰かの手がそっと押さえた。老婆だ。杖で板をこん、と叩く。
「襟、立ってるかい」
「はい」
「なら、読みな」
私は一度だけ微笑んで、前を向いた。
カイルの前で、青年が刃を抜こうとしていた。
剣先が陽を弾いて、白い線になって揺れる。
カイルはそこから一歩も動かない。ただ、両手を広げて、胸を晒した。
「俺は王ではない。ただの人間だ。俺は、お前たちの前で剣を抜かない。――だから、お前も、俺の前で剣を下ろせ」
「ふざけるな!」青年が唸る。「下ろしたら、負ける!」
「負けって、誰にだ」
カイルの声は静かで、でも硬い。
「お前の隣の人にか。今、肩が触れてる奴にか。飯を分けたことのある家にか。……それとも、見えない“誰か”にか」
青年の剣が、ほんの一瞬だけ揺れた。
そこへ、別の声が割り込む。
「操られるな! 王子は民を騙すために――」
宰相派だ。
私は掲示板に炭を走らせ、彼らの声より早く、字を置く。
《未遂は影絵》
《舌で作られた夜》
《読む人は、操られない》
読み上げ隊が拾い、重ねる。
「『み・す・い・は・か・げ・え』……!」
か細い声。けれど、火の中で水を撒くみたいに、確かに広がる。
石畳のどこかで、瓶が割れた。
油が走る。
炎が、手すりに飛び移った。
熱が喉を刺し、視界が揺れる。
私は叫ぶ。
「水! 井戸から!」
洗濯場の女たちが立ち上がる。少年が桶を二つ抱えて走る。粉屋の男が小麦袋で火の上を叩く。
――できる。
“読む人”は、動ける。
「お前は俺たちを救うのか!」別の男がカイルへ吠える。
「救えない」
カイルは即答した。
ざわめきが止まる。
「俺一人じゃ、救えない。だから“仕組み”を作る。明日の怒りを、言葉で渡せる仕組みを。――それを一緒に作るなら、今ここで剣を置け。置いた手で、紙を持て。名前を書け。お前の字でお前の声を残せ」
私は胸が熱くなって、気づけば走っていた。
カイルの隣に並ぶ。
炎の粉が髪に落ちる。
痛い。でも、痛いのはみんな同じだ。
「聞いて!」
声がやっと空気に届く。
「あなたたちが読むべき言葉は、誰かの命令じゃない。隣の人の嘘でもない。――“あなた自身の声”よ!」
息が切れる。
けれど、前列の少年が、びく、と顔を上げた。
私は彼に手を伸ばして、掲示板の前へ連れていく。
「読める?」
「……う、うん」
「ゆっくりでいい。みんな、待てるよ」
少年は唇を濡らし、一文字ずつ、噛むように読んだ。
「『し・ん・じ・る』」
静まり返った空気に、その音が落ちる。
落ちて、染みて、にじむ。
誰かが同じように繰り返し、女が泣きながら唱え、男が肩から力を抜いた。
青年の剣が、音もなく石畳に触れる。
握っていた手が震え、やがて、開く。
――剣は、下りた。
その瞬間、空が鳴った。
遠雷。
次に冷たい粒が一つ、頬に当たる。
雨。
ぶ厚い灰を洗い落とすみたいに、まっすぐ降りてくる。
炎の舌が短くなり、煙が薄くなり、石畳の熱が少しずつ冷えていく。
私は膝が笑って、その場にへたり込んだ。
カイルの外套が私の肩に落ちる。
彼はしゃがみ込み、私の額に濡れた指を当てた。
「大丈夫」
「うん……こわかった」
「こわいままでいい。怖さは、未来を忘れないための杭になる」
彼の声が、雨の音で少し掠れる。
私は笑いながら、泣いた。
「……ずるい。そういう言い方、強いんだもん」
「実用的だからな」
「それ、やめ……いや、やめなくていい」
彼は頷いて、私を抱き寄せる。
灰の雨の匂い。濡れた革の匂い。心臓の音。
世界はさっきまで獣だったのに、いまは、焚き火のあとみたいに静かだ。
やがて、群衆の中から自発的な動きが生まれはじめた。
壊れた屋台を起こす手、濡れた掲示を庇う手、倒れた老人に布をかける手。
エリオットが柱の影から現れ、濡れ髪をかき上げて言う。
「南の路地、封鎖を解いた。逃げ場はできた。――ここからは“片付け”だ」
「ありがとう」
「礼は要らない。君らが火を消した。俺は水路を開けただけだ」
私は立ち上がり、炭の濡れた先を確かめる。
まだ書ける。
私は新しい紙を掲示板に貼り、震えない手で、次の一文を書いた。
《明日、王前に“民の言葉の橋”を提案します》
《読む人の議(はか)りごと――民議会》
《字を持つ全ての人に、声の権利を》
周囲がざわめく。
カイルが私を見た。
「もう、書いてたのか」
「うん。怖くて眠れない夜に」
「どれくらい具体だ」
「数字も手順も、全部。――ただ、一つ足りない」
「何だ」
「この国に、それを“欲しい”って言う声。……だから、今、ここで集める」
私は紙束を人々へ回し始めた。名を書いて、とだけ言う。
読み上げ隊が隣に立ち、字の形を指で空に描いて見せる。書けない人は、印でもいい。指の跡でもいい。
濡れた紙に、雨粒に混じって、名前が増えていく。
灰の雨は、いつのまにか、ただの雨になっていた。
暮れかけの光の中で、カイルが言う。
「剣を抜かないって、こんなに疲れるんだな」
「ね。――でも、剣より、長く残る」
「明日、王の前で話そう。君が書いた橋のことを」
「一緒に」
「もちろん」
私は最後の一枚を掲示板に貼った。
《火は渡る。言葉も渡る》
《信じる》
少年がまた読んで、今度は誰よりも早く笑った。
雨に濡れた髪が額に張り付いて、目だけが澄んでいる。
灰の雨はやみ、夜の匂いが近づく。
私はカイルと見つめ合い、息を合わせて歩き出した。
明日は王の間。
持っていくのは冠じゃなく、紙だ。
剣じゃなく、声だ。
“誰かのため”じゃなく、“みんなのための自分たち”だ。
大通りの向こうで、老婆が杖を二度、石に落とす。
「襟、立ってるかい」
「はい」
「なら、明日も読みな。雨でも、晴れでも」
「……はい」
夜の端から、鐘がひとつ。
私は胸の鍵に触れ、紙束を抱きしめる。
怖さは消えない。けど、怖いままで前を向ける。
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――明日、光へ渡すために。
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