平民令嬢、異世界で追放されたけど、妖精契約で元貴族を見返します

タマ マコト

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第14話:貴族制度の裏帳簿、称号剥奪の仕組み

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蝋燭が消えた玉座の間は、闇のまま息をしていた。

火は一本だけ、弱々しく灯った。
それも“灯った”というより、許された程度の光。
闇が主で、光が従。
この国の中心が、そんなふうに逆転しているのが滑稽で、怖かった。

貴族たちはざわめき、ミレーヌは泣き、エドガーは取り繕いの仮面を探している。
でも、もう遅い。
世界が「違う」と言ってしまった。

その中で、玉座の上に座る男だけが、動かなかった。

国王ハルディン。

金の冠は重そうなのに、今は冠の方が軽く見えた。
顔色が悪い。
頬の肉が落ち、目の下に深い影。
“王”という役割が、肉を削って作った顔。

セリアは気づく。
この男は、最初から知っていた。
知っていながら、知らないふりをしてきた。
だからこそ、今の沈黙が長い。

「陛下!」
大臣が叫ぶ。
「聖女候補の奇跡が……!」
「結界の補修が!」
「民が騒いでおります!」

騒いでいるのは、民だけじゃない。
この玉座の間の空気そのものが騒いでいる。
秩序が剥がれ、裏側が覗き始めた空気。

ハルディン王は、ゆっくりと息を吸った。
その呼吸は重い。
肺に水を入れるみたいに重い。

「……静まれ」
王の声は低い。
怒鳴っていない。
でも、言葉が石の床に落ちるだけで、人々の喧噪が一段静まった。
権力というより、疲れた父親の声に似ていた。
これ以上騒ぐな、と。もう耐えられない、と。

王は視線を巡らせる。
ミレーヌ。大臣。貴族たち。
そして――セリア。

セリアの背中に、あの澄んだ空気がある。
誰も言わないけど、皆が感じている。
蝋燭が消えたのは偶然じゃないと。

ハルディン王は唇を引き結び、ようやく口を開いた。

「……ここで話す」
その言い方が、もう敗北だった。
隠すべきことを、隠しきれなくなった声。

大臣が焦る。
「陛下、それは――」
「黙れ」
王が切る。
声は静かなのに、刃のように通る。

ハルディン王は、玉座の肘掛けに指を置いた。
指先が震えている。
王の指が震えるなんて、誰も見たくない。
でも、今は見えてしまう。

「貴族の特権は」
王が言う。
「血統ではない」

ざわめきが走る。
貴族たちの顔色が変わる。
“血統”が彼らの看板なのに、その看板を王が自分の口で折った。

「我が国の貴族は」
王は続ける。
「妖精契約の更新によって、力を維持してきた」

更新。
その単語が、セリアの胸に落ちる。
契約は一度結べば終わりじゃない。
更新がある。
つまり、選び続けられなければ、失う。

王は苦しい顔で言う。
「結界維持の要は、契約家門だ」
「豊穣も、水の流れも、疫病を遠ざける薄い膜も」
「それらは、妖精側の加護を借りて成立している」

借りている。
その言葉が、ようやく真実に近い。
“我々が支えている”じゃない。
借りている。
借りたのなら、本来は返すべきだ。
対等であるべきだ。

しかし王の声はさらに重くなる。
「だが、契約が更新されなければ――」

王は一度、言葉を飲み込んだ。
飲み込んだのは唾じゃない。
罪だ。
長年飲み込んできた罪。

「家は力を失う」
王が言う。
「加護は途絶え、結界に関与する権限も失う」
「そして、貴族としての政治的正当性も崩れる」

正当性。
その言葉が、貴族たちの喉を締める。
彼らの“上にいる理由”そのものだ。

「つまり」
王は、最も残酷な結論を淡々と落とした。
「“元貴族”が生まれる」

元貴族。
称号を失った家。
表向きは血統なのに、裏帳簿では契約更新の成否で決まる。
それが制度の実態。

セリアは、背中が冷えた。
あの場で聞いてきた妖精の歴史が、王の口から確定した。
嘘じゃなかった。
妖精たちが沈黙してきた理由も、ここにある。

貴族の一人が叫んだ。
「陛下! それでは我らは……!」
別の貴族が掴みかかるように言う。
「契約は我らの権利だ!」
「妖精は従うべきだ!」

従うべき。
その瞬間、空気がひゅっと冷えた。
蝋燭の火が一段弱くなる。
目に見える拒絶ではない。
でも、誰もが肌で感じる拒絶。

王は目を閉じた。
その仕草は、祈りじゃない。
諦めだ。

「権利ではない」
王が言う。
「更新とは、選ばれ続けることだ」
「妖精が選ばぬなら、終わる」
「……それが、この国の裏帳簿だ」

裏帳簿。
セリアの胸の奥で、怒りが熱を持つ。
しかし今の怒りは、ミレーヌやエドガーに向けるものじゃない。
この仕組みそのものに向ける怒りだ。
言葉で隠し、正義で飾り、弱い者から削る仕組み。

セリアは一歩前に出そうとして、兵が慌てて止める。
触れるのが怖いのだろう。
セリアの背後の空気が澄みすぎている。

セリアは止まったまま、王に問う。
声を整え、言葉を育ててから。

「……じゃあ私は」
喉が熱い。
でも吐く。
「ゼロじゃなかった?」

玉座の間が、静まり返った。

あの日の水晶。
光らない手。
失笑。
追放。
全てが、この問いに繋がる。

王の目が、セリアを見た。
水の底のように重い目。
そして――逃げる目。

答えられない。
答えたら、国家のミスが確定する。
王が、王としての正当性を自分で裂くことになる。

「陛下……!」
大臣が助け舟を出そうとする。
「彼女は混入者であり――」

「黙れ」
王がまた切った。
さっきよりも鋭い。
大臣の言葉が喉の奥で止まる。

ハルディン王は、口を開いて、閉じた。
それが答えだった。

“ゼロ”ではなかった可能性。
測れなかった可能性。
国家が、誤って切り捨てた可能性。

その可能性が、玉座の間の空気に染みていく。
皆が気づく。
皆が認め始める。
口では否定しても、肌が否定できない。

あの日の追放は、“国家のミス”だった。

セリアはその事実を、胸の奥で静かに受け取った。
怒鳴りつけたい気持ちはある。
でも怒鳴ったら、また正義の競技場になる。
セリアは競技をしに来たんじゃない。
結果を示しに来た。

「……陛下」
セリアは言った。
「私は、ここに戻るべきじゃなかったんですか」
問いは責めじゃない。
確認だ。
そして、線引きだ。

王は答えない。
答えられない。
その代わり、王の肩がほんの僅かに落ちた。
冠が重く見える。
王が“王であること”に、初めて疲れが露わになる。

その沈黙の中で、背後の空気が少しだけ揺れた。
ルゥシェの笑いではない。
もっと深い、冷たい水の揺れ。
フィオラルの気配が、空気の底で静かに動く。

観測されている。
王の沈黙も、貴族の動揺も、民の飢えも。
均衡が見ている。

ハルディン王は、ようやく声を絞り出した。
「……セリア・アルノート」
名前を呼ばれるだけで、場が揺れる。
追放した者が、追放した名を公式に呼ぶ。
それは、認め始めた証だ。

「お前は」
王は言葉に詰まり、喉を鳴らす。
「……測定されなかった」
ゼロではない、と言わなかった。
しかし、ゼロとも言わなかった。

逃げの言葉。
でも、逃げの言葉でも、前進だ。
国家のミスを認める方向へ、空気が滑った。

貴族たちは顔色を失う。
“元貴族”という言葉が、急に現実味を持つ。
契約が更新されなければ、彼らはただの家になる。
ただの血統になる。
――いや、血統の看板すら、今は嘘に見える。

エドガーが唇を噛んでいる。
ミレーヌは涙を拭けずにいる。
大臣は青ざめている。

そしてセリアは、静かに息を吐いた。

自分は正しかった。
……いや、正しいとかじゃない。
自分は“余計”ではなかった。
その事実が、胸の奥で少しだけ世界を明るくした。

でも同時に、責任も生まれる。
測定されなかった存在。
境界を揺らす存在。
妖精側に立ったまま、人間の国の中心にいる存在。

国の裏帳簿が暴かれた今、もう元には戻れない。
戻れないなら、進むしかない。

セリアは王に言った。
「なら、契約の更新を取り戻す方法を探しましょう」
「使役じゃない形で」
「対等の形で」

王は答えない。
でも、沈黙の質が変わった。
拒絶の沈黙から、“考える沈黙”に。

それだけで、玉座の間の空気が少しだけ変わる。
あの日の追放を“正義”で固めた空気が、ひび割れから風を通し始める。

国の形は、裏帳簿から崩れる。
そして、その崩れた隙間に、新しい契約の形が入り込む。

セリアの指先が、見えないところで微かに光った。
目立たない光。
でも、消えない光。

国家のミスが認められ始めた夜。
セリアは、もう一度この国の中心で立っていた。
捨てられた者としてではなく、捨てられない場所を胸に持つ者として。
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