災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!

椿谷あずる

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21.パンケーキといつもの日常

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「……そんなのは」

 ゼルファスの喉がわずかに鳴った。
 リアンはただ事実を述べただけ――その雰囲気が余計に逃げ道をふさいでくる。

「気のせいだって。ほら、寝ぼけてたとか」
「寝ぼけてたのはゼルファスでしょ。さすがにあの距離で、俺は見間違わない。ねえ君、本当は災厄の……」
「……黙れ」

 ゼルファスはぴしゃりとリアンの言葉を遮った。
 背中が僅かに体がこわばっていた。

「ゼルファス……」
「違う。俺はそんなやつじゃない。俺は森に住む薬師で、何より平穏を望んでる。お前の知ってるやつとは別人だ」

 吐き出すようなゼルファスの声に、部屋の空気がぴたりと止まった。その必死な否定は、怒りというより縋るような響きを帯びていた。
 リアンは口を閉じたまま、しばらくゼルファスを見つめる。
 言い返すべき言葉はいくらでもあったはずなのに、どれも胸の奥でほどけていった。
 ゼルファスの肩がわずかに震えているのを見つけた瞬間、リアンは静かに目を閉じた。そして。

「うん、そっか。そうだよね」
「リアン?」
「俺の勘違いだったみたい。ごめん」

 リアンはけろりと言った。

「ゼルファスは引きこもりのちょっと毒舌でお人よしな薬師だった。それ以上でもそれ以下でもない」

 うんうんと、腕を組み、一人で納得するように頷く。

「いいのか?」
「いいって何が? あーあ、それよりお腹空いちゃった。早く何か食べよ?」
「あ、ああ……うん」

 部屋にカチャカチャと食器の擦れる音が響く。

「ゼルファス、今日のデザートは何? 俺、パンケーキがいいなー」
「今日の、って。うちに毎日デザートが出るシステムはありません!……つーか、お前なあ。さっきまでの話はどこ行ったんだよ」
「え? 終わったでしょ、今の話。はいこれ、皿に盛るからお玉ちょうだい」

 リアンは手をひらひらと伸ばしてくる。
 ゼルファスは呆れつつ、反射的にお玉を手渡した。

「終わってねぇよ。いや……終わったのか? 本当に?」
「終わったよ。だってもうゼルファスは薬師って決めたもん」

 リアンは鍋をのぞき込みながら、飄々と言った。
 その緩さがあまりにも自然で、ゼルファスの胸の強張りがゆっくりほどけていく。

「……ほんと、自由だなお前は」
「え、褒めてる?」
「なんでそうなる。褒めてねぇよ」

 言いながらも、ゼルファスの声にはさっきまでの棘はない。
 ゼルファスが調理して、リアンが皿を用意する。
 いつも通りの、あまり効率のよくない共同作業が始まる。

「ねえゼルファス」
「ん?」
「デザート、俺が作っていい? なんか……本当に食べたくなってきた」
「作れるのか?」
「んーん、作ったことはないよ。でも、出来る……気がする」
「気がするだけかよ! あーもう分かった。いい、俺が作るから!」
「やった!」

 ぱあっと全力で嬉しそうな表情を浮かべるリアンにつられて、ゼルファスも口元だけ小さく緩んだ。

 ――何があっても、この日常だけは守りたい。

 ゼルファスの胸にそんな想いが、微かに存在していた。
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