【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

文字の大きさ
25 / 35

25話 お話

しおりを挟む
眠りについた兄に安心すると医者の言葉に従って庭園を散策し、その後は屋敷で大人しく読書をして過ごしていたティアルーナ。

ふと窓の外を眺めるともう既に太陽は沈み、月明かりが薄く庭園を照らしていた。

(兄様は、もう少しお休みになられるわよね)

何せ3日も寝ていたティアルーナとは違い、その間ずっと起きていたのだ。明日までは眠っているだろうと思い、再び本に目を落とすと軽いノックの音が部屋に響いた。

「ルーナ、入っていい?」

「…兄様? どうぞお入りください」

夕食時の時間であるのだし、メアリが呼びに来たのかとばかり思っていたティアルーナの耳に届いたのはまだ寝ているはずのロイスの声だった。急ぎ本を閉じ、出迎えに向かうと部屋に入ってきたのはやはり彼女の兄で、溌剌とした様子だ。

「もうお目覚めになったのですか? まだお休みになられていた方が…」

「僕は元々睡眠時間は短くて良い体質だからね、気にしなくていいよ。寧ろ寝すぎたくらいだ」

元気なことを証明するように数式の暗唱を始めたロイスを見ながらティアルーナは確かに、と呟いて普段の兄の不健康とも取れる遅寝早起きの習慣を思い出した。少し前にはその体質の差を題材にした研究もしたものだ。

「それでね、ルーナ。倒れる前に話していたことは覚えてる? その話をしに来たんだ」

冷えるといけないからと何故か毛布だらけにされながら対面式でソファに座ると少しだけ言いずらそうにロイスが本題を切り出した。大抵ふたりでいることが多い兄妹だが、当然ながら何でもなく共にいる時と、理由があり共にいる時がある。今回は後者だろうとティアルーナも考えていただけに驚きはしない。何せあの時、酷く混乱して取り乱してロイスに話を聞いてもらおうとしていたところで倒れてしまったのだから、流れとしては当然だろう。

「…その、先日私たちがラヴァの薔薇園に行ったのは奇跡の薔薇にずっと友人としてあれるように、と願うためだったんです。でもアーチの前で、ルードルフ様が…その……」

「告白でも、された?」

段々と語尾が小さくなり、完全に口を閉じたティアルーナ。そんな彼女にロイスは変わらぬ、射貫くような鋭さを維持した瞳で問いかけるとティアルーナはあまりの驚きに声を上げる。全くその通りだったからだ。

「大方、返事は要らないとか申し訳ないとか言っていたんじゃないかな。違う?」

「そう、その通りです…兄様、何故ご存知なのですか?」

ロイスは続け様に彼の知りようのない、起こった出来事をすらすらと述べていく。物の見事に言い当てられたティアルーナは緊張した気持ちも1周回って、誤魔化すのも諦めた。

「そうじゃないかなって、勘だよ。外してる気はしなかったけど」

「……?」

ロイスの言葉にティアルーナは首を傾げる。

「まあ…そんなことより、だ。 いくら ''友人'' でもそんなことになったら気まずいでしょう、多少無理やりにでも婚約解消を進めようか?」

ロイスは次期当主として、権限の譲渡に向けてアルフの補佐している。ティアルーナの社交界復帰を待たずに婚約を解消させることもアルフと協力すれば十分可能だ。しかし、その言葉にティアルーナは首を横に振った。

「…いえ、きちんとお話をして…解消をしたいです。元通りは難しいのかもしれません…ですが、有耶無耶にして終わらせたくは無いのです」

ルードルフに友人とは思えないと言われた、その理由も今ならティアルーナも分かる。友人のような関係を築くことも、これまでのような関係に戻るのも確かに難しい。それでもやっぱり、ルードルフとよく分からないまま離れてそれで終わり、というのは嫌だった。

「そっか…ルーナの思うようにすればいいよ。大切な妹が傷つかないのが何よりも重要だからね」

「ありがとうございます、兄様」

数日ぶりに見る妹の花のような可憐な笑顔にロイスもつられて笑顔になった。どこか緊迫としていた空気が霧散したことでロイスも姿勢を崩す。

「それじゃあ、僕は一生ルーナを独り占めできるってことだ。落ち着いたら1度公爵領に戻ろう。本邸もいいけど、領内を回るのも楽しそうだと思わない? ずっと、そうやってふたりで領を治めるんだ」

ロイスは広大な公爵家が所有する領地の中にある、視察という名の旅行に行く場所を一つ一つ名前を挙げていく。王国中に知れ渡る場所から公爵家の人間のみが知る場所まで挙げるロイスにティアルーナも笑顔で応える。

「ふふっ、私が何方かと結婚するまでなら是非」

そう言って一緒になって幾つか赴いてみたい場所をあげていくティアルーナにロイスはぴたりと数え挙げる声を止める。ふと、先日の話を思い出したのだ。

「…生涯を共にするしたい相手がいないならする必要は無いよ。ルーナも僕も、父上から許可を頂けたんだ」

「え? でも、私たちは公爵家の…いえ、私よりも兄様は跡取りでいらっしゃるのに」

ぽかん、とその桜色の唇を開いてどこか放心したような表情でそう問うティアルーナにロイスは勿論僕もそう思ったけど、と続ける。

「僕らの従兄弟が16人も居るのは知ってるでしょう? 公爵家の血統はあまり根を伸ばすべきものではないんだ、だから丁度良いくらいだよ」

どこからともなく取り出したヴェルガム公爵家の家系図を広げ、最新の箇所を示す。確かにどの時代でも、分家も含めても、親類は少ない。その例に漏れず、ヴェルガム公爵家も子はロイスとティアルーナだけ。

頭に入っているはずの少々古びた家系図をまじまじと見つめていたティアルーナはふるふると震えながら顔を上げる。そのロイヤルブルーの瞳にうるりとした膜を貼り、あまりの喜びに耐えられないといった様子で向かいに座っていたロイスに抱きつく。

「…では、研究もずっと一緒にできるのですね?」

「そう、ずっと一緒なんだ」

ロイスの胸元に顔を押し付けていたティアルーナは兄の言葉にその瞳からぽろりと一筋の涙を零した。ロイスは泣き出してしまった彼の最愛をぎゅうぎゅうと抱き締め返し…自らも、気が付かぬうちに涙を零していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

真実の愛のお相手に婚約者を譲ろうと頑張った結果、毎回のように戻ってくる件

さこの
恋愛
好きな人ができたんだ。 婚約者であるフェリクスが切々と語ってくる。 でもどうすれば振り向いてくれるか分からないんだ。なぜかいつも相談を受ける プレゼントを渡したいんだ。 それならばこちらはいかがですか?王都で流行っていますよ? 甘いものが好きらしいんだよ それならば次回のお茶会で、こちらのスイーツをお出ししましょう。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

処理中です...