【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

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32話 王都への帰還

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ルードルフの訪れから半月経ち、ティアルーナはひと月ぶりの王都へ舞い戻っていた。

「お母様、お父様、只今戻りました…!」

ティアルーナが馬車から降りるなり、正門まで出迎えに出ていた公爵夫妻に駆け寄り、飛びつくとドーラがそれを優しく受け止める。

「ああ…本当に、久しぶりね。元気にしていた? 貴方達が居ないと寂しくて、屋敷がまるで氷のように冷たく感じたの…やっぱり私も付いて行けば良かったと何度後悔したことか」

半月ぶりに抱きしめる我が娘と息子との再開にじわりと目頭にうっすらと涙さえ浮かべて、ドーラが悔やんでいるとすぐ側にのっそりと立っていたアルフがその肩に手を置く。表情こそ固くはあるが、アルフも愛する娘と息子の帰還に感極まっていた。

「次に領に帰るのは最後の夜会の後だ、その後は領から出ることも少ないのだからずっと傍に居ればいい」

「旦那様も社交シーズンには王都に戻られませんの? 問題が出てきますのでしょう」

社交シーズンは王都のタウンハウスに、それが終われば領地に引こもるという習慣をもつ王国貴族からすればアルフの発言は特異である。元より自身はそのつもりであったが、夫までもがそうするつもりとは露知らず、ドーラが不思議そうな面持ちでアルフに問えば、珍しく口の端を持ち上げ不敵な──そこらの子供が見れば泣いて逃げ出すであろう──笑みを浮かべる。

「そのために今回は王都で過ごすのだ、あらかた面倒事は片付けた」

「では、もう王都に戻ることは無いのですか…?」

ドーラにひとしきり抱き締められたティアルーナは開放されるなり、両親の話にロイスと共に耳を傾けていたがある一点がどうしても気になり、口を挟む。

「二度と、などと言うことはないだろうが、これまでのように長期滞在をするのは最後かもしれんな。友人か?」

「友人…そう、ですね。折角、沢山お友達が出来たのにあまり一緒にいられないのは寂しいなと」

王都への未練と言われて何故か真っ先に思い浮かぶのは婚約者のルードルフの顔だった。元々、婚約を解消すれば王都に滞在していようがいまいが会うのは困難な相手となるというのにどうしたのだというのだろうか。そんな思いを誤魔化すように『沢山の友人』と言えば他の面々は納得したように思案し始める。

「それもそうか…ではシーズンの半分は王都に留まることにしよう。政略的な夜会や茶会には出なくて良いから、友人たちと過ごすには十分だ」

「そうですね、僕としても王立研究所にはまだまだ未練がありますから」

「ではそうしましょう! さあ、決まったことだし早く中に入りましょう。ルーナのドレスも完成して届けさせたところなの」

ティアルーナがドーラに手を引かれる。最後の夜会は、毎シーズンの締め括りであるからにどの家門の貴族も最も力を込めて入念に準備を行う。それに伴ってドレスもこれ以上ないほど美しく、華やかに仕立てるのが伝統だ。今回は初めてドーラがティアルーナのドレスを自らデザインし、制作に当たらせたものである。

「私、内緒と言われてしまったのでとても楽しみですわ。お母様が手ずからデザインされたものならきっと素敵ですもの!」

ティアルーナはもやもやとした胸の内は新たな話題で沈めて、思い出さないように蓋をした。だって、こんなもやもやのした想いに意味など無いのだから。
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