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33話 最後の夜会
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───最後の夜会。
それは、文字通りに王国のシーズン最後に国王主催で開催される夜会のことである。しかし、今回のそれは王太子ルードルフと公爵令嬢ティアルーナにとっては少々異なった意味合いが含まれる。
この夜会を最後に、その二人が互いをパートナーとして連れ立つことは今後一切なく、表立って会うことが出来るのもこれが最後になるのだ。前々から決まっていたこととはいえど、ティアルーナの心中はあまり落ち着いたものではない。
「お嬢様、王太子殿下が御目見になられました」
「……ありがとう、今行くわ」
母のドーラが自ら仕立てさせた、薄氷色の水晶と宝石があちこちに散りばめられた美しいドレスはティアルーナの美貌を殊更に引き立て、史上的な美しさを体現していた。メイドの幾人かが、それを目にした途端顔を覆って床に倒れ伏したほどの神秘ともいえる美しさを持つ麗しの少女はしかし、その表情は憂鬱そうに沈んでいた。ふと見た鏡に映る自身があまりに打ち沈んだような表情をしていたもので、慌てて明るく取り繕うとドレスルームの外へ出る。扉の傍で待っていたロイスに公爵家の正門までエスコートされながら歩けば、待ち侘びた様子のルードルフが立っていた。
「ルードルフ様、申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか…?」
「っ…とても、綺麗だ……あっ、いや、その、全く、待っていない!」
近頃はティアルーナの可憐な笑みにもあまり動揺を露わにしなくとも耐えられるようになってきていたルードルフだが、今日ばかりは不可能だったようで挨拶も何もかもを飛ばして美しさに磨きのかかった婚約者に見惚れる。思わずといった様子で素直な称賛の言葉を零したルードルフは慌てて取り繕うが、公爵家の兄妹にそれが聞こえていないはずがなく、そんな王太子の様子に不敬にもロイスは露骨に嫌そうに顔を歪め、ティアルーナは笑いを零した。
「ふふふ、ありがとうございます。このドレスは母がデザインをしてくれたもので、私もとても気に入っているのです。お褒めに預かり、とても嬉しいですわ」
ティアルーナがお気に入りの、仕立てられたばかりのドレスを褒められたと思いくるりと回ってからルードルフへ礼の言葉を告げる。少々後ろへ下がったロイスがルードルフの意図することが本人に伝わっていないことを笑うが一瞬、頭が真っ白になったルードルフはそれに返すことも出来なかった。いつもならば、それで項垂れて終わるが今日は最後なのだ。ルードルフとて、情けないままでは終わらせられない。ぐっと拳に力を込めて、意を決した。
「…そのドレスも、ティアルーナによく似合っているし素晴らしいものではあるが僕が他の何よりも美しいと思ったのは、君だ」
貴族令嬢が好んで読むような恋愛を扱った小説から切り取ったような言葉だったが、そんなものとは裏腹にルードルフは手先まで赤く染めあげ、声は微かに震えてすらいた。そんな、一見すれば何処か格好がつかないような不完全な褒め言葉にしかし、ティアルーナはいつもの通りの静かな笑みで照れることも無くただ嬉しそうに礼を言うものかと思われたが、こちらも常とは違っていた。
「あ、ありがとうございます…」
ぽふん、と音がしそうなほどじんわりと赤くなったティアルーナはさっと手袋で覆われた手で顔を隠す。余程恥ずかしかったのか、そのまま身体ごと顔を背けてしまうとエスコートもなく馬車の踏み台に足をかけるものだから慌ててルードルフが手を添えた。
「危ない…すまない、不躾な言葉だっか? 不快に感じたのなら謝る、ただ今日ばかりは素直になりたくて」
「いいえ、不快だなんて有り得ませんわ。ただ、そのようなお言葉を頂いたのは初めてなので、恥ずかしくて…謝罪をしなければならないのは私の方ですのに」
ゆっくりと王家の紋章の刻まれた馬車に乗り込み、ソファに座らされたティアルーナが恥じらいながらぽそりと呟くように告げると、ルードルフはまるで石にでもなったかのように固まる。
「はじ、めて…?」
ルードルフとしては、毎回会う度に社交辞令などではなく、心からの褒め言葉と賞賛を送っていたつもりである。むしろ、彼女を褒めなかったことなど一度もないほどだ。それは毒事件が起こる前でも変わらない、だと言うのにティアルーナの口からは『初めて』という言葉が出たのだ。
「? いいえ、何時もドレスのことはお褒めに預かっておりますので初めてでは…いえでも、着飾ったのを褒めて頂いたのは確かに初めてで…とても、嬉しいものなのですね」
恥ずかしさは引いたのか、先程までのような慌てぶりはなったがまだ少しばかり深い薔薇色に染まったままの頬を押さえて心底嬉しそう話すティアルーナには冗談や嘘の気配はない。
(まさか、今までの言葉は全て伝わっていなかったのか?! たったの一つも…?)
それは、文字通りに王国のシーズン最後に国王主催で開催される夜会のことである。しかし、今回のそれは王太子ルードルフと公爵令嬢ティアルーナにとっては少々異なった意味合いが含まれる。
この夜会を最後に、その二人が互いをパートナーとして連れ立つことは今後一切なく、表立って会うことが出来るのもこれが最後になるのだ。前々から決まっていたこととはいえど、ティアルーナの心中はあまり落ち着いたものではない。
「お嬢様、王太子殿下が御目見になられました」
「……ありがとう、今行くわ」
母のドーラが自ら仕立てさせた、薄氷色の水晶と宝石があちこちに散りばめられた美しいドレスはティアルーナの美貌を殊更に引き立て、史上的な美しさを体現していた。メイドの幾人かが、それを目にした途端顔を覆って床に倒れ伏したほどの神秘ともいえる美しさを持つ麗しの少女はしかし、その表情は憂鬱そうに沈んでいた。ふと見た鏡に映る自身があまりに打ち沈んだような表情をしていたもので、慌てて明るく取り繕うとドレスルームの外へ出る。扉の傍で待っていたロイスに公爵家の正門までエスコートされながら歩けば、待ち侘びた様子のルードルフが立っていた。
「ルードルフ様、申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか…?」
「っ…とても、綺麗だ……あっ、いや、その、全く、待っていない!」
近頃はティアルーナの可憐な笑みにもあまり動揺を露わにしなくとも耐えられるようになってきていたルードルフだが、今日ばかりは不可能だったようで挨拶も何もかもを飛ばして美しさに磨きのかかった婚約者に見惚れる。思わずといった様子で素直な称賛の言葉を零したルードルフは慌てて取り繕うが、公爵家の兄妹にそれが聞こえていないはずがなく、そんな王太子の様子に不敬にもロイスは露骨に嫌そうに顔を歪め、ティアルーナは笑いを零した。
「ふふふ、ありがとうございます。このドレスは母がデザインをしてくれたもので、私もとても気に入っているのです。お褒めに預かり、とても嬉しいですわ」
ティアルーナがお気に入りの、仕立てられたばかりのドレスを褒められたと思いくるりと回ってからルードルフへ礼の言葉を告げる。少々後ろへ下がったロイスがルードルフの意図することが本人に伝わっていないことを笑うが一瞬、頭が真っ白になったルードルフはそれに返すことも出来なかった。いつもならば、それで項垂れて終わるが今日は最後なのだ。ルードルフとて、情けないままでは終わらせられない。ぐっと拳に力を込めて、意を決した。
「…そのドレスも、ティアルーナによく似合っているし素晴らしいものではあるが僕が他の何よりも美しいと思ったのは、君だ」
貴族令嬢が好んで読むような恋愛を扱った小説から切り取ったような言葉だったが、そんなものとは裏腹にルードルフは手先まで赤く染めあげ、声は微かに震えてすらいた。そんな、一見すれば何処か格好がつかないような不完全な褒め言葉にしかし、ティアルーナはいつもの通りの静かな笑みで照れることも無くただ嬉しそうに礼を言うものかと思われたが、こちらも常とは違っていた。
「あ、ありがとうございます…」
ぽふん、と音がしそうなほどじんわりと赤くなったティアルーナはさっと手袋で覆われた手で顔を隠す。余程恥ずかしかったのか、そのまま身体ごと顔を背けてしまうとエスコートもなく馬車の踏み台に足をかけるものだから慌ててルードルフが手を添えた。
「危ない…すまない、不躾な言葉だっか? 不快に感じたのなら謝る、ただ今日ばかりは素直になりたくて」
「いいえ、不快だなんて有り得ませんわ。ただ、そのようなお言葉を頂いたのは初めてなので、恥ずかしくて…謝罪をしなければならないのは私の方ですのに」
ゆっくりと王家の紋章の刻まれた馬車に乗り込み、ソファに座らされたティアルーナが恥じらいながらぽそりと呟くように告げると、ルードルフはまるで石にでもなったかのように固まる。
「はじ、めて…?」
ルードルフとしては、毎回会う度に社交辞令などではなく、心からの褒め言葉と賞賛を送っていたつもりである。むしろ、彼女を褒めなかったことなど一度もないほどだ。それは毒事件が起こる前でも変わらない、だと言うのにティアルーナの口からは『初めて』という言葉が出たのだ。
「? いいえ、何時もドレスのことはお褒めに預かっておりますので初めてでは…いえでも、着飾ったのを褒めて頂いたのは確かに初めてで…とても、嬉しいものなのですね」
恥ずかしさは引いたのか、先程までのような慌てぶりはなったがまだ少しばかり深い薔薇色に染まったままの頬を押さえて心底嬉しそう話すティアルーナには冗談や嘘の気配はない。
(まさか、今までの言葉は全て伝わっていなかったのか?! たったの一つも…?)
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