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私は狂気を見る。彼女の秘密。
しおりを挟む少女の意思の強い眼差しが私達に向けられている。
それにしても、『話が違う』とはどういう意味かしら。
手元の扇を少し開いたり閉じたりしながら訴えの続きを待つ。そうすれば、威圧感に負けた少女は勝手に語り出す。
「リクリート殿下が次期国王だと期待されているのでしょ?!」
「ああ、そんな噂もありましたわね。」
「そして、エルディアス様は王妃になると。」
「ああ、だから兄上とエルディアスが婚約者なんて可笑しな話しになったのか。そして、エルディアスが失脚すればお前が王妃になるとでも?」
馬鹿馬鹿しいと慣れ親しんだ声の囁きが聞こえたので頷いてディランのそれに同意を示した。
それにしても、そういうことでしたか。
確かに、正妃様から産まれたリクリート殿下ははた目的には継承権が高そうですが、実は彼の父親は正妃様に邪な想いを持っていた正妃様の叔父との子なのです。
無理矢理汚され、子を孕み嘆いて自ら身を屠ろうとしていた正妃様に王様はそれでも愛していると毎夜毎夜通いつめ、子ごと愛すとなだめましたの。
愛する方を失いたくない想いは強く。
あまりの熱意に、正妃様は死ぬことを諦めその罪を受け入れながら王様のお妃を続けておいでです。今でも、王様と談話していると悲しそうな表情をする事がございますが、王様や側妃様が馬鹿なことをして笑顔に変えてます。
だから、リクリート殿下は王様にはなれないのですよ。なんてたって、王様の血が入っていないのですから。
えっ、先程リクリート殿下とディランが似てるって言ってたって?
それはそうですよ。だって側妃様は正妃様の従姉ですから。どうも王様は凛とした女性が好みらしく、ドストライクの正妃様と正妃様に似ており正妃様ラブのシスコン従姉の側妃様を娶ったのだとか。
話しは戻りますが、王位継承の残りはその側妃様が産んだ第一王子とディランなのですが、第一王子は規則で縛られる王族が嫌で早々に継承を放棄しました。そこら辺は側妃様にそっくりで、さばさばしていて話してて心地よい方です。
で、結局はディランが継ぐことに成ったのですが、その話が出たのが五年前。
王妃様が大切な話があると、三人の王子と当時もうすでにディランと婚約が決まっていた私の四人が呼ばれました。
そこで言い渡された先程の王妃様の真実の話しとディランが次期国王となるという事、その他の王子のこれからの行く末に、私が次期王妃になることが決まった話しでした。王妃様は私に頭を下げてこれから王妃教育を課せてしまうことを謝ってくださいました。
そこをどう解釈したのか分かりませんが、リクリート殿下は未だに王位継承権を持っていると思い、正妃様の子であることで周りからの期待から王位継承権上位であると勘違いし、さらには次期王妃教育を受けている私を婚約者だと思っていたのでしょうね。
まあ、こんな王妃様の秘密なんてこの場では言えないですけどね。
「母上は正妃だぞ!」
「……これは、国王様の決定でもあります。」
「だが、何故に隣国へ嫁がなくてはならない!」
「それは、ご自分で思い出しなさい!」
凛とした声が辺りに響き、私は声の主に向かって淑女の礼をとる。
凛とした声の主は正妃様。
即座に誰もが私に倣えとばかりに頭を垂れるなか、リクリート殿下とディラン、そして少女だけが呆然と立ち尽くしていた。
すぐに王妃様はその場に居る者達の礼の姿を解かれ、リクリート殿下と少女に対峙する。その目は呆れと嫌悪の色に彩られているのに気づいたのはごくわずかだろう。
「五年前、わたくしの話しなど少しも聞いていなかった事がわかりました。」
「五年前では私はまだ幼かったのです。」
「ディランとエルディアスは理解していたようですが?」
「しかし……。」
言いよどむ第二王子を心配そうに見ている少女。
貴方、さっき話が違うとか叫んでなかった?
少女は演技か素かわからないが手を震わせてリクリート殿下の服を儚げに握りしめている。
それを視界の端に捉えたリクリート殿下は何かを思い出したかの様に王妃を見つめる。
その相貌には何処と無く狂気が宿っているように思えた。
「そうだ。私は王になどなれなくても良いじゃないか。むしろ王族であるなどアリスとの幸せには不要。エルディアスだろうと隣国の姫だろうと要らぬものは同じ。アリスだけいれば何も要らぬのだ。私のアリス可愛いアリス。」
リクリート殿下の変貌に正妃様の顔色が悪い。
このリクリート殿下こそ、王妃が彼を隣国に送ろうとした理由でもある。
一つの玩具に執着すると周りが見えなく、自分本意になりそのものを奪うものは容赦しない。
その姿は、正妃に執着したあの男と瓜二つだという。
正妃様はリクリート殿下を愛そうとしていたが、この姿を見るたびに恐怖が支配して畏怖の存在になるのだとか。我が子だからこそ過ちが起こる前に遠くにと考えたそうだ。
「さあ、アリス。自由になろう。大丈夫。幸せにするよ。」
会場の警備の者は相手が王子であるがゆえに行動に移せないでいた。
そんな警備の者を一瞥し嘲笑ったあと、狂った笑みを浮かべて少女、アリスの肩を抱きしめ、止めようとするハーレム擬きの男達を無視して歩き出そうとした。その時、パシリと軽い音を発ててリクリート殿下の手をアリスが払った。
異質な雰囲気に時が止まった様な会場でアリスの深く長いため息が響く。ため息が終わると冷めた目でリクリート殿下を見た。
「そうじゃないんだよ。」
会場に居た皆の顔つきが驚愕に彩られている。
それもそのはず。
いつも鈴の様だ、金糸雀に負けない等と吟われている少女の声が今は少し掠れたハスキーな物に変わっているのだから。
「アリス!その声は。」
「あらあら、使えない王子様ったら何を驚いているの?」
「あ、あり……す?」
「んもう、計画が台無しよ。まさか、エルディアス様の婚約者が違うなんて。」
アリスはおもむろに高そうなドレスの袖で顔を拭った。拭った袖には茶色い汚れが付き、顔に有った筈のそばかすがなくなっていた。
そして、大きくて可愛らしいと言われていた目は、今や半眼になり第二王子を睨み付けている。
どこかで見たようなと思いながらも、少し怖くなってディランの側による。寄り添う私達を見たアリスは鋭い声で叫んだ。
「俺のエルディアス様から離れろ!」
『俺』、その言葉使い、声色、表情から彼女は彼だったのだと誰もが理解した。
リクリート殿下は未だに信じられないのか、アリスにすがろうとするも払い除けられている。
「俺はさぁ、馬鹿王子が欲しいわけでも、王妃の座が欲しいわけでも無いんだよ。」
「アリス……。」
「俺が欲しいのはエルディアス様だけ。」
「わ、私ですか?」
思わず声を上げればアリスは光悦とした表情で見つめてきた。
こちらに近寄ろうとして今の姿がドレスだと思い出したのか、胸元から破り捨てる。
ドレスのフリルで気づかなかったがドレスの下からは簡易なシャツとズボン姿の体つきがしっかりとした少年が出てきた。
「エルディアス様を初めて見たとき、俺の片翼だと理解した。」
「アリス、君は私を利用したのか。」
「やっと分かったのかよ。噂を聞いたからお前の好みを調べてさ、その性質を利用してエルディアス様から離そうとしたんだ。」
だけど、と話しを続けるアリスは私を下から上まで舐めるように見つめたあと、ディランを忌々しげに見た。
「噂に踊らされたな。まさか正妃の子が王位継承が無いとか思わないよな普通。」
彼は正に狂人の様にけらけらと笑う。
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