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新たなる時代がめぐる
しおりを挟むディラン視点
冬の季節のある日、皆が寝静まっている中で動く人影が二つ。
「寒い。」
「だから、待っていろと言ったのに。」
二つの影は同じ女性を愛している男達だった。
馴れたように軽やかに音も立てずに目的地の塀を越えたフードを目深にかぶった男と、多少動きが固いながらもその後を難なく付いていく男。後者の男が私なのだが。
目的地はとある屋敷。
「アイリスは金の書類は分からないだろ?」
「…書類全てを奪えば良い。」
「それだと駄目なんだって。」
会話から分かる様に私達二人はこの屋敷の金の流れを調べに来たのだ。この忍ぶような姿から分かると思うがその金は表に出れない闇の金。
屋敷の持ち主はとある成金男爵。
ここ2、3年で頭角を現してきた人物である。そういう人物には妬みややっかみ等で悪い噂が流れるのだが、この男爵にはさほどの悪い噂はなかった。むしろそれが怪しいと次期王妃のエルディアスが調べていたのだ。
しかし、何も怪しいものは出てこない。
頭を悩ませるエルディアスを見ていてフードの男、アイリスは共にエルディアスを愛している私、ディランに相談しに来たのだ。その際に、言った事柄でこの様なことになっている。
「本当に俺を信じてくれるんだな。」
「そりゃあ、君がエルディアスを裏切るわけ無いからね。」
「…もしかしたらお前を殺すかも知れないぞ。」
「それは無い。」
「何故言い切れる?」
「それよりもどうやって侵入しようか。」
話をはぐらかし、目的の屋敷を目の前にしてディランが訪ねるが、納得いかないような表情でじっと見てくる。そんな相手に、苦笑いを返しながら見つめ返せば、しばらく見つめあったあとに諦めたようにため息をついて先陣をきってくれた。
人の居なさそうな部屋の窓を見つけ、カタカタとすこし揺らして具合をみた後に、何か道具を取り出すと窓の一部を外した。その外した所からまた別の道具でカチャカチャしたら普通に窓が開く。
普通なら人気の居ない窓には防犯処置がされているのだが、それが反応しないということはそれに対して対策していると言うことで。
さすがの手腕だな。
と感心してはいけない感心をしてしまう。
「おい、行くぞ。」
「あ、ああ。」
静かに中に入ったアイリスはこちらに手を伸ばして入りやすくしてくれている。こいつも丸くなったものだと感慨を受けながら彼の手を取り中に入った。
入った場所はどうやら要らないものを置く倉庫の様だった。ホコリの被った衣装ダンスや磨けば美しいだろう鏡台まである。
商人である話を聞いたことがあるので、質も良いし商品なのだろう。
あまり気になることが無かったので次に行こうかとアイリスを見れば顎にてをかけて考え事をしている。
視線の先には商品の一つであろうヴィスクドール人形がある。それは丁寧に包まれているが、その一部が破れて中身が見えていた。
「どうかしたのか?」
「いや、商人がホコリが被るほどこんなに商品の在庫を抱え、しかも高級なヴィスクドール人形を放置しておくのが気になってな。」
確かに、これ程在庫があるのなら捌くのが普通だ。貴族になって、領地から収入があるとはいえ別の収入は必要である。特に貴族になりたての者なら特になのだが、しかもこの男爵の金回りは良い。
どこかで別の収入があると言うことか。
「アイリス、その人形を調べたい。なんなら持って帰るぞ。」
「…分かった。それと悪いな。」
人形を持ち上げ、私の元にアイリスが来る。
次の瞬間に闇が足元に広がり包み込む。思わずみたアイリスの口元には冷たい笑みが浮かんでいる。
「人形は別室だと教えただろ?」
「すみません。在庫室はここだと聞いたので。」
「あれは特別な商品だ。」
「すみません。あら、確かここに置いたのだけど。誰か持っていってくれたのかしら?」
男と女の声が聞こえる。二人は此処にアイリスの腕の中に隠されている人形を探しに来たようだ。人形は放置していたのではなく置く場所を間違えたらしい。
今、私達はアイリスの影に隠れている。
二人の気配を感じたアイリスが咄嗟に術を展開してくれなければ見つかっていたかも知れない。
しばらく、中を詮索していた二人が消えるとアイリスが気配を確認して術を解除した。
ふよふよと心もとない場所から足のつく場所に戻ってきた感覚がして一息をついた。
「助かった。アイリス、ありがとう。」
「礼はいらん。お前に何かあるととエルディアスが泣くからな。それに。」
「それに?」
「いや、何でもない。行くぞ。」
その後は順調に屋敷を探索して、金の流れの帳簿を見つけ出して、『影渡』で城に戻った。
だけど、城に戻った私達を待っていたのはお怒りモードのエルディアスだった。
仲間外れにされてむくれていたが、例の帳簿と人形を渡すと、目の色を変えて自室に戻って行く。
後々に分かったのは、あの男爵は与えられた領地で麻薬を作っていたらしい。
麻薬は人々を疑似快楽に落とし入れ、その薬に依存してしまうのだという。
そんな恐ろしい薬の原材料を領民には高値の作物だと言って、不都合な奴は薬で従順にさせた。
悪い噂など出るわけが無いのだ。そんな事があれば快楽の薬が無くなるのだから。
ちなみに運ぶ手段はあのヴィスクトール人形。運ぶ際に人形の綿の代わりに詰めておけばバレないというカラクリだ。
今後はすこし国が騒がしくなるだろう。
薬を抜く為には苦痛と我慢が必要になる。一時期の快楽の為に落ちた奴はざまぁみろと思うが、無理やり使われた者には辛い治療になるだろう。
だが、この薬からうまくすれば痛みを和らげる物ができるかもしれないことが分かったのが幸いだろう。
「おい。」
「ん?ああ。アイリスか。良いのか?エルディアスから離れて。」
「彼女は今、お風呂中だ。暫く掛かるだろう。」
「流石の君も湯浴み中は遠慮するのか。」
「いつもは影に潜んでいる。」
な、なんだと。私でもまだ見ていないエルディアスの肌をいつも見ているだと。
なにそれ羨ましい。
冗談のつもりで言った言葉に返された肯定に、内心ショックを受けながらも、私室に来た理由を尋ねた。
「何故お前は、自分で動いた。それに何故俺を信じられる?」
その質問は、アイリスが自分で考えても答えられない質問であろう。
私は、兄が弟の質問に答える気持ちで答えた。
「だって、お前が頼ったのが私だったから。」
「?」
もしかしたら、エルディアスを危険に巻き込みたく無かっただけかも知れないが、初めて私を頼ってくれたのが嬉しかったのだ。
エルディアスを守る両翼になるという話だったがいまいちアイリスは私から距離を取っていた。何か懐かない猫がなついた気分になってしまったのだ。
そして、無表情の筈の彼の僅かな感情がわかり始めた。あの日の信じられるのかの質問のときの傷付いた様な表情を見たら、別にこいつになら殺されても良いかなんてのも思ってしまった。
まあ、お陰で『影渡』が出来た訳で。
あれはどうやら互いに信頼していないと出来ないと、エルディアスに教えてもらった。
「私達はエルディアスを取り合うライバルであり親友だと言うことだよ。」
ふふ、と笑って言えば、言葉の内容を理解したとたんにシュルンと影に消えて行く。
その瞬間の彼の赤い耳は私の心の秘密にしとこうかと思う。
これは、まだアイリスと馴染めなかった頃の話し。
新な時代の始まりの瞬間である。
この数日後にエルディアスに捨てられると泣き付かれるとは思わなかったけどね。
※令和が迎えられる幸せに SHINより
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