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9.すれ違うふたり 〜大河side〜
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「なぁ、大河。土曜日の予定なんだけど、日曜に延期してもらえないか?」
夕食後、陸斗がさらりと大河に告げた。
少し前に陸斗とは、土曜日に久しぶりに二人で買い物や外食をしようという話をしていた。特別でもない日のただの口約束だった。
「なんで?」
「なんか急に新井に『手伝って欲しいことがある』って言われてさ」
新井?! 新井と会うつもりなのか?!
「別の日でもいいかって聞いたんだけど、どうしても今週の土曜日がいいっていうから」
大河には心当たりがあった。
あれからまた、新井の恋愛相談を受けた。そこで今週の土曜日が新井の誕生日で、その日についに告白すると新井が決意を固めていると今日聞かされたばかりだ。
それを聞いて、土曜日は絶対に陸斗と一日べったり一緒に過ごして監視してやろうと思っていたのに。
「ダメだ。俺との約束の方が先だろ?! 絶対にダメだ!」
陸斗が驚いている。大河との約束は「暇だからちょっと出掛けようか」程度の大したものではなかったのに、大河が猛反対するからだろう。
「そうだけど、別に買い物くらい日曜でもいいだろ?」
「いや、ダメだ!! 絶対に許さない」
「は? なんで大河が決めるんだよ。こっちは大事な用なんだ! そんな奴を放っておいて大河と呑気に買い物とか行きたくない」
「何? 俺のことはどうでもいい訳?」
「そうじゃない。いつでもいい用事は日曜にしてくれって話」
「そうやって陸斗はすぐに約束を破るんだな」
「は? 大河はなんでいつもそうやって自分の思い通りにしようとするんだよ!」
そのまま二人は大喧嘩。気づけばお互いヒートアップ。
その時、大河の視界に入ったのは、あのマグカップ。
——俺とは色違いで、新井とはお揃いにしたのかよ!
このマグカップを見るたびに新井に敗北感を感じる。大河は偽物の恋人で、新井は本命か?!
もう、こんなもの、要らない。
大河は怒りに任せてゴールドの取っ手のマグカップを壁に投げつけた。
大河は友人の春希に連絡をした。春希は大河の大学時代の友人で、卒業後も時々、大学仲間との飲みや遊びの集まりの時に会うので今でも関係が続いてる。
春希が気さくに誘ってくれるので、頻繁ではないが未だに二人で飲んだり遊んだりもしている。
いつもは春希から声をかけてくれるが、今回は大河から初めて春希にSOSを出した。
「大河から俺を誘ってくれるなんて嬉しいよ」
春希は快く大河の誘いに乗ってくれて、話を聞いてくれた。
「ごめん。ちょっと色々あって、飲みたい気分でさ。でもひとりで飲むのは自暴自棄になりそうで怖くてさ」
「悩みがあるなら俺が聞くのに」
「ありがとな。でも、いい。ただ飲むのに付き合ってくれよ」
陸斗の存在は職場はもちろんのこと、大学の奴等にも誰にも話していない。相談なんてできるはずもない。
「そっか。まぁ、とりあえず飲めよ。潰れても俺がなんとかしてやるから」
大河は全てを忘れたくて、半ばヤケになってアルコールを呷った。
「へぇ。大河、うまくいってないんだ。もうすぐ別れそうなの?」
「その指輪。ちょっと見せて」
「大河。もし今の恋人と別れたら、また俺が話を聞くよ。大丈夫だよ、大河はかっこいいからまたすぐに新しい恋人できるって!」
大河の記憶はかなり朧げだが、思い出してみるとそんな会話を春希としたかもしれない。
そして次の日の朝、大河は自分のベッドの上で目が覚めた。どうやってここへ来たのかもはっきりわからないが、大河はそこで異変に気がつく。
——指輪がない!
ポケットやサイフ。辺りを探してみるが見つからない。
春希と指輪の話をしたから、その時まではあったはずだ。
酔ってどこかで紛失したのだろうか。
指輪を外すような行為をしたのだろうか。
何も思い出せない。
指輪を無くすなんて、ありえない失態だ。陸斗が知ったら——。
いや。
指輪が無くなっても、陸斗はなんとも思わないのではないか。どうせ大河が押し付けるようにして陸斗に贈っただけのものだ。このタイミングで無くしたのも、二人の運命なのかもしれない。
「何やってんだ、俺は……」
酔って春希や陸斗に迷惑をかけて、指輪まで無くして、自分が情けなくなる。
とりあえずシャワーを浴びようと部屋から出る。
リビングには陸斗がいて、いつものようにコーヒーを飲んでいるが、そのマグカップがグリーンだ。いつものグレーにシルバーの取っ手のマグカップじゃない。
——あのマグカップを使うのをやめたのか?
それはどういう意味かと推察する。大河が番になるマグカップを割ってしまったから、それに対する抗議の意だろうか。
それとも、もう大河との関係を連想させるものは使いたくないという意だろうか。
でもあれは、新井ともお揃いのマグカップのはずだ。
夕食後の時も、陸斗はシルバーの取っ手のマグカップを使っていなかった。「どうしたんだ」と直球で訊いてみようかと考えていた時に、不意に陸斗からの絶縁状。
「大河。俺達もう終わりにしよう」
ああ。遂にこの時がきてしまった。わかってはいた。それなのに胸が苦しくなる。
陸斗の気持ちはもう他の男に向いてしまっているんだと。
それでも気づかないふりをして、陸斗のそばにいられるだけでいいと思っていたのに。
俺は陸斗と別れたくない。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
いっそ涙を流せたらよかった。そうしたら泣き落としみたいにして、陸斗をあと少しだけ繋ぎ止めることができたかもしれない。
さて。心に決めていたように、縋り付くのはやめよう。潔く陸斗のもとから去らなければならない。
この家を出て行く準備もしなければ。
でも、大河にはどうしてもわからなかったことがある。
——最後に、俺にキスしてくれないか……?
陸斗からの言葉。あれは一体どう言う意味だったのだろう。
別れを告げた男になんであんなことを……。
夕食後、陸斗がさらりと大河に告げた。
少し前に陸斗とは、土曜日に久しぶりに二人で買い物や外食をしようという話をしていた。特別でもない日のただの口約束だった。
「なんで?」
「なんか急に新井に『手伝って欲しいことがある』って言われてさ」
新井?! 新井と会うつもりなのか?!
「別の日でもいいかって聞いたんだけど、どうしても今週の土曜日がいいっていうから」
大河には心当たりがあった。
あれからまた、新井の恋愛相談を受けた。そこで今週の土曜日が新井の誕生日で、その日についに告白すると新井が決意を固めていると今日聞かされたばかりだ。
それを聞いて、土曜日は絶対に陸斗と一日べったり一緒に過ごして監視してやろうと思っていたのに。
「ダメだ。俺との約束の方が先だろ?! 絶対にダメだ!」
陸斗が驚いている。大河との約束は「暇だからちょっと出掛けようか」程度の大したものではなかったのに、大河が猛反対するからだろう。
「そうだけど、別に買い物くらい日曜でもいいだろ?」
「いや、ダメだ!! 絶対に許さない」
「は? なんで大河が決めるんだよ。こっちは大事な用なんだ! そんな奴を放っておいて大河と呑気に買い物とか行きたくない」
「何? 俺のことはどうでもいい訳?」
「そうじゃない。いつでもいい用事は日曜にしてくれって話」
「そうやって陸斗はすぐに約束を破るんだな」
「は? 大河はなんでいつもそうやって自分の思い通りにしようとするんだよ!」
そのまま二人は大喧嘩。気づけばお互いヒートアップ。
その時、大河の視界に入ったのは、あのマグカップ。
——俺とは色違いで、新井とはお揃いにしたのかよ!
このマグカップを見るたびに新井に敗北感を感じる。大河は偽物の恋人で、新井は本命か?!
もう、こんなもの、要らない。
大河は怒りに任せてゴールドの取っ手のマグカップを壁に投げつけた。
大河は友人の春希に連絡をした。春希は大河の大学時代の友人で、卒業後も時々、大学仲間との飲みや遊びの集まりの時に会うので今でも関係が続いてる。
春希が気さくに誘ってくれるので、頻繁ではないが未だに二人で飲んだり遊んだりもしている。
いつもは春希から声をかけてくれるが、今回は大河から初めて春希にSOSを出した。
「大河から俺を誘ってくれるなんて嬉しいよ」
春希は快く大河の誘いに乗ってくれて、話を聞いてくれた。
「ごめん。ちょっと色々あって、飲みたい気分でさ。でもひとりで飲むのは自暴自棄になりそうで怖くてさ」
「悩みがあるなら俺が聞くのに」
「ありがとな。でも、いい。ただ飲むのに付き合ってくれよ」
陸斗の存在は職場はもちろんのこと、大学の奴等にも誰にも話していない。相談なんてできるはずもない。
「そっか。まぁ、とりあえず飲めよ。潰れても俺がなんとかしてやるから」
大河は全てを忘れたくて、半ばヤケになってアルコールを呷った。
「へぇ。大河、うまくいってないんだ。もうすぐ別れそうなの?」
「その指輪。ちょっと見せて」
「大河。もし今の恋人と別れたら、また俺が話を聞くよ。大丈夫だよ、大河はかっこいいからまたすぐに新しい恋人できるって!」
大河の記憶はかなり朧げだが、思い出してみるとそんな会話を春希としたかもしれない。
そして次の日の朝、大河は自分のベッドの上で目が覚めた。どうやってここへ来たのかもはっきりわからないが、大河はそこで異変に気がつく。
——指輪がない!
ポケットやサイフ。辺りを探してみるが見つからない。
春希と指輪の話をしたから、その時まではあったはずだ。
酔ってどこかで紛失したのだろうか。
指輪を外すような行為をしたのだろうか。
何も思い出せない。
指輪を無くすなんて、ありえない失態だ。陸斗が知ったら——。
いや。
指輪が無くなっても、陸斗はなんとも思わないのではないか。どうせ大河が押し付けるようにして陸斗に贈っただけのものだ。このタイミングで無くしたのも、二人の運命なのかもしれない。
「何やってんだ、俺は……」
酔って春希や陸斗に迷惑をかけて、指輪まで無くして、自分が情けなくなる。
とりあえずシャワーを浴びようと部屋から出る。
リビングには陸斗がいて、いつものようにコーヒーを飲んでいるが、そのマグカップがグリーンだ。いつものグレーにシルバーの取っ手のマグカップじゃない。
——あのマグカップを使うのをやめたのか?
それはどういう意味かと推察する。大河が番になるマグカップを割ってしまったから、それに対する抗議の意だろうか。
それとも、もう大河との関係を連想させるものは使いたくないという意だろうか。
でもあれは、新井ともお揃いのマグカップのはずだ。
夕食後の時も、陸斗はシルバーの取っ手のマグカップを使っていなかった。「どうしたんだ」と直球で訊いてみようかと考えていた時に、不意に陸斗からの絶縁状。
「大河。俺達もう終わりにしよう」
ああ。遂にこの時がきてしまった。わかってはいた。それなのに胸が苦しくなる。
陸斗の気持ちはもう他の男に向いてしまっているんだと。
それでも気づかないふりをして、陸斗のそばにいられるだけでいいと思っていたのに。
俺は陸斗と別れたくない。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
いっそ涙を流せたらよかった。そうしたら泣き落としみたいにして、陸斗をあと少しだけ繋ぎ止めることができたかもしれない。
さて。心に決めていたように、縋り付くのはやめよう。潔く陸斗のもとから去らなければならない。
この家を出て行く準備もしなければ。
でも、大河にはどうしてもわからなかったことがある。
——最後に、俺にキスしてくれないか……?
陸斗からの言葉。あれは一体どう言う意味だったのだろう。
別れを告げた男になんであんなことを……。
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