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8.思いがけない
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あれから一カ月が過ぎた。今日は朝からウィンネル家は大慌てだ。というのも城でアルバートの婚礼の儀が行われるため、それに出席するための準備に追われているからだ。
ラルスも、馬車を引くための馬の手入れをする。毛並みなど見た目を整えるのはもちろん、城にたくさんの馬車や、馬が集まることが想定されるため、一頭ずつ顔色を見ながら機嫌や馬の心のうちを伺う。気が立っている馬は今日は留守番だ。
「ラルスも一緒に来てくれ」
ウィンネル家の当主でフィンの父親のウィンネル伯爵に声をかけられ、ラルスは「承知いたしました」とかしこまる。ラルスは時々、軍務伯のウィンネル伯爵についていき、城の騎士たちのための馬の世話をしている。今日も厩舎での働き手が欲しいのだろう。
やがて支度を終え、ラルスはフィンの乗る馬車に同行することになった。フィンは当然馬車の中、ラルスは馬の手綱を引く御者の隣に座った。
順調に進んでいたのに、城の手前で御者がいつもと違う道を行く。
「あれ? なぜ左の道を行くのですか? 正門は右手に曲がったところです」
ベテランの御者なのに、道を誤るなど珍しいことだ。ラルスは不思議に思いながらも御者が握る手綱に手を伸ばす。
「いいや、我々が向かうのは裏門だよ」
「えっ?」
どういうことだとラルスは考えを巡らすが、フィンが裏門に案内される理由がわからない。きちんと招待状は受け取っていたし、伯爵令息として堂々と正門から入る資格は十分にある。
訳もわからぬまま裏門に到着すると、そこにはアルバートの侍女のミンシアが立っていた。
「お待ちしておりました」
深々と頭を下げるミンシアの思惑がわからないまま、ラルスは馬車から飛び降りフィンを下ろすために、外から馬車の扉を開ける。
「フィンさま、これはいったいどういうことでしょうか」
「ラルス。一緒に来て。これからラルスの支度を僕が手伝うよ」
「んんっ? 支度……?」
厩係に支度など必要なのだろうかとラルスは首をかしげる。
「今日の主役はラルス、君だから」
「えっ?」
フィンに背中を押されて、裏門を抜け、いつか通ったことのあるレンガ造りの細い隠し通路を抜けていく。
「まずは湯浴みをして、それから婚礼の衣装に着替えていただきます」
ミンシアがさらりと意味のわからないことを言い出し、ラルスは黙ってなどいられない。
「あのっ、僕は厩係で式には参列しません。招待状も受け取っていませんし……」
「招待状はございません。ラルスさまが主賓というお立場になられるのですから」
「主賓……?」
ミンシアの話がまるで見えてこない。訝しげな様子のラルスにフィンが「あのね」とニコニコと怪しげな含み笑いをしながら話しかけてきた。
「アルバート王太子殿下の妃になられるのは、ラルスだから」
「えっ?」
「これは今日まで極秘にされてきたことだ。今日集まる人たちは、妃は誰なのかとさまざまな憶測を立てている。でも誰もラルスとは思っていないみたいだ。まさか殿下のお相手が平民から選ばれるとは予想だにしていないだろうからね」
「フィン、ごめん。僕にはまったく話が見えないよ」
「とにかく支度をして、殿下に会いに行こう。こんなことを企てた本人に直接話を聞いたほうがいい」
狐につままれたような気分のまま、ラルスはアルバートの侍女たちにあれよあれよと支度をさせられた。
ラルスも、馬車を引くための馬の手入れをする。毛並みなど見た目を整えるのはもちろん、城にたくさんの馬車や、馬が集まることが想定されるため、一頭ずつ顔色を見ながら機嫌や馬の心のうちを伺う。気が立っている馬は今日は留守番だ。
「ラルスも一緒に来てくれ」
ウィンネル家の当主でフィンの父親のウィンネル伯爵に声をかけられ、ラルスは「承知いたしました」とかしこまる。ラルスは時々、軍務伯のウィンネル伯爵についていき、城の騎士たちのための馬の世話をしている。今日も厩舎での働き手が欲しいのだろう。
やがて支度を終え、ラルスはフィンの乗る馬車に同行することになった。フィンは当然馬車の中、ラルスは馬の手綱を引く御者の隣に座った。
順調に進んでいたのに、城の手前で御者がいつもと違う道を行く。
「あれ? なぜ左の道を行くのですか? 正門は右手に曲がったところです」
ベテランの御者なのに、道を誤るなど珍しいことだ。ラルスは不思議に思いながらも御者が握る手綱に手を伸ばす。
「いいや、我々が向かうのは裏門だよ」
「えっ?」
どういうことだとラルスは考えを巡らすが、フィンが裏門に案内される理由がわからない。きちんと招待状は受け取っていたし、伯爵令息として堂々と正門から入る資格は十分にある。
訳もわからぬまま裏門に到着すると、そこにはアルバートの侍女のミンシアが立っていた。
「お待ちしておりました」
深々と頭を下げるミンシアの思惑がわからないまま、ラルスは馬車から飛び降りフィンを下ろすために、外から馬車の扉を開ける。
「フィンさま、これはいったいどういうことでしょうか」
「ラルス。一緒に来て。これからラルスの支度を僕が手伝うよ」
「んんっ? 支度……?」
厩係に支度など必要なのだろうかとラルスは首をかしげる。
「今日の主役はラルス、君だから」
「えっ?」
フィンに背中を押されて、裏門を抜け、いつか通ったことのあるレンガ造りの細い隠し通路を抜けていく。
「まずは湯浴みをして、それから婚礼の衣装に着替えていただきます」
ミンシアがさらりと意味のわからないことを言い出し、ラルスは黙ってなどいられない。
「あのっ、僕は厩係で式には参列しません。招待状も受け取っていませんし……」
「招待状はございません。ラルスさまが主賓というお立場になられるのですから」
「主賓……?」
ミンシアの話がまるで見えてこない。訝しげな様子のラルスにフィンが「あのね」とニコニコと怪しげな含み笑いをしながら話しかけてきた。
「アルバート王太子殿下の妃になられるのは、ラルスだから」
「えっ?」
「これは今日まで極秘にされてきたことだ。今日集まる人たちは、妃は誰なのかとさまざまな憶測を立てている。でも誰もラルスとは思っていないみたいだ。まさか殿下のお相手が平民から選ばれるとは予想だにしていないだろうからね」
「フィン、ごめん。僕にはまったく話が見えないよ」
「とにかく支度をして、殿下に会いに行こう。こんなことを企てた本人に直接話を聞いたほうがいい」
狐につままれたような気分のまま、ラルスはアルバートの侍女たちにあれよあれよと支度をさせられた。
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