9 / 20
9.殿下の計略
しおりを挟む
「殿下」
純白の上下に絢爛な金銀の刺繍が施された婚礼着を身につけたラルスは、婚礼の控えの間でアルバートの姿を見つけて畏れ多くも声をかけた。ラルスに気がついたアルバートはこちらを振り返り、「綺麗だ。よく似合っている」と微笑みかけてきた。
「殿下、説明してください。これはいったいどういうことなのですかっ?」
アルバートにつかみかかる勢いで、ラルスは問い詰める。
「すべては私の仕組んだことだ。どうやったらラルスと婚礼を挙げることができるのか考え抜いた末の決断なのだ」
「な、なぜ僕を……」
ラルスには自分が妃に選ばれる理由がわからない。いまだに信じられなくて、何かの茶番劇に思えてならない。
「憶えておらぬか? ラルスは私が唯一惚れた相手だ」
アルバートはそう言って、ラルスに金色の馬の蹄鉄を模した飾りが付いているペンダントを見せてきた。
「あ!」
そのペンダントははっきりと憶えている。いつかウィンネル家に戦乱のため身を寄せた男の子と「いつか必ず再会しよう」と約束を交わしたときのペンダントだ。
当時は十歳。貴族の男の子は自分のことをアルフォンスと名乗り、フィンと同様に身分違いのラルスに優しく接してくれた。
「アルフォンスが、殿下だったのですか?」
「そうだ。軍務伯の計略で、半年だけ身を隠すこととなり、名を偽って軍務伯の屋敷に潜むこととなったのだ」
「そうだったのですか……」
幼いラルスには、そのような大人の事情はまるでわからなかった。ただ「この御方を大切に扱いなさい」とウィンネル伯爵に言われただけだった。
「私が馬に乗って振り落とされそうになったとき、助けてくれたのはラルスだった」
「憶えてます……気性の荒い雄馬で、あの子はアルファを毛嫌いしていましたから」
あのとき、アルバートは身体が大きくて立派な馬を選んだ。当時十歳のアルバートは、どんな馬でも操れると思っていたのだろう。案の定暴れてアルバートを振り落とそうとし、それをラルスがなだめたことがあったのだ。
「ラルスは、私の贈った銀の蹄鉄のペンダントを大事にしてくれていたのだろう? 閨事のときにラルスの首にそれが光っていたのを見たとき、私は嬉しくてすべてを明かしてしまいそうになった」
閨のとき、アルバートはペンダントに口づけをしていたことを思い出した。あの官能的な夜に、アルバートが何度もラルスに向けてきた愛おしそうな視線は、閨の練習相手としてではなく、ラルス自身に対してのものだったのだろうか。
「あのときの泣き虫アルフォンスが殿下だったなんて」
「泣き虫とはなんだ。泣いたのはあの馬に振り落とされそうになったとき一度だけだ」
ムキになって怒るアルバートの態度が微笑ましくてラルスは思わず笑みがこぼれる。
「あれ以来、馬に乗れなくなった。恥ずかしくてこのまま城に帰れないと思っていたとき、私が馬に乗れるよう、毎日そばにいて助けてくれたのはラルスだった」
「覚えております。ですがあれは殿下がお選びになった馬との相性が悪かっただけです」
「それを教えてくれたのはラルスだった。他の者は私に意見することがなかったからな」
たしかに、王太子殿下の判断に口を挟めるものはいないだろう。でもあのときラルスはまだ子どもで、しかもアルフォンスが王太子だと知らなかった。だからつい無遠慮に接してしまったのだ。
「ラルス。すでに招待客は集まっているし、お前が私との婚礼を拒絶することはできない。ウィンネル伯爵にも許可は得ているし、父上も母上も、今までの慣例を変え、私の見染めた相手を妃とすることに賛成してくれている。お前はこのまま私の妃になるしかない。いいね?」
アルバートはラルスにグイッと迫ってくる。その圧に押されてラルスはたじろいだ。
純白の上下に絢爛な金銀の刺繍が施された婚礼着を身につけたラルスは、婚礼の控えの間でアルバートの姿を見つけて畏れ多くも声をかけた。ラルスに気がついたアルバートはこちらを振り返り、「綺麗だ。よく似合っている」と微笑みかけてきた。
「殿下、説明してください。これはいったいどういうことなのですかっ?」
アルバートにつかみかかる勢いで、ラルスは問い詰める。
「すべては私の仕組んだことだ。どうやったらラルスと婚礼を挙げることができるのか考え抜いた末の決断なのだ」
「な、なぜ僕を……」
ラルスには自分が妃に選ばれる理由がわからない。いまだに信じられなくて、何かの茶番劇に思えてならない。
「憶えておらぬか? ラルスは私が唯一惚れた相手だ」
アルバートはそう言って、ラルスに金色の馬の蹄鉄を模した飾りが付いているペンダントを見せてきた。
「あ!」
そのペンダントははっきりと憶えている。いつかウィンネル家に戦乱のため身を寄せた男の子と「いつか必ず再会しよう」と約束を交わしたときのペンダントだ。
当時は十歳。貴族の男の子は自分のことをアルフォンスと名乗り、フィンと同様に身分違いのラルスに優しく接してくれた。
「アルフォンスが、殿下だったのですか?」
「そうだ。軍務伯の計略で、半年だけ身を隠すこととなり、名を偽って軍務伯の屋敷に潜むこととなったのだ」
「そうだったのですか……」
幼いラルスには、そのような大人の事情はまるでわからなかった。ただ「この御方を大切に扱いなさい」とウィンネル伯爵に言われただけだった。
「私が馬に乗って振り落とされそうになったとき、助けてくれたのはラルスだった」
「憶えてます……気性の荒い雄馬で、あの子はアルファを毛嫌いしていましたから」
あのとき、アルバートは身体が大きくて立派な馬を選んだ。当時十歳のアルバートは、どんな馬でも操れると思っていたのだろう。案の定暴れてアルバートを振り落とそうとし、それをラルスがなだめたことがあったのだ。
「ラルスは、私の贈った銀の蹄鉄のペンダントを大事にしてくれていたのだろう? 閨事のときにラルスの首にそれが光っていたのを見たとき、私は嬉しくてすべてを明かしてしまいそうになった」
閨のとき、アルバートはペンダントに口づけをしていたことを思い出した。あの官能的な夜に、アルバートが何度もラルスに向けてきた愛おしそうな視線は、閨の練習相手としてではなく、ラルス自身に対してのものだったのだろうか。
「あのときの泣き虫アルフォンスが殿下だったなんて」
「泣き虫とはなんだ。泣いたのはあの馬に振り落とされそうになったとき一度だけだ」
ムキになって怒るアルバートの態度が微笑ましくてラルスは思わず笑みがこぼれる。
「あれ以来、馬に乗れなくなった。恥ずかしくてこのまま城に帰れないと思っていたとき、私が馬に乗れるよう、毎日そばにいて助けてくれたのはラルスだった」
「覚えております。ですがあれは殿下がお選びになった馬との相性が悪かっただけです」
「それを教えてくれたのはラルスだった。他の者は私に意見することがなかったからな」
たしかに、王太子殿下の判断に口を挟めるものはいないだろう。でもあのときラルスはまだ子どもで、しかもアルフォンスが王太子だと知らなかった。だからつい無遠慮に接してしまったのだ。
「ラルス。すでに招待客は集まっているし、お前が私との婚礼を拒絶することはできない。ウィンネル伯爵にも許可は得ているし、父上も母上も、今までの慣例を変え、私の見染めた相手を妃とすることに賛成してくれている。お前はこのまま私の妃になるしかない。いいね?」
アルバートはラルスにグイッと迫ってくる。その圧に押されてラルスはたじろいだ。
1,073
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。
鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。
死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。
君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる