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10.想い
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「妃は誰なんだと注目が集まっている。ここでラルスが逃げたら私は国中の笑い者だ。逃しはせぬぞ」
「そんな、強引に……」
「こうでもしなければ、ラルスは私のものにはならないだろう? まともに求婚して、お前はそれを受けたか? 身分がなんだ、資格がなんだと面倒なことを考えて断るだろう?」
「そ、それは……」
それは否定はできない。今だって大勢の前に平民の自分が妃として顔を出すことに申し訳なさを感じている。相手は貴族の中の貴族、王太子殿下だ。そんな御方の妃になるなんて信じられない。
「それに周囲もだ。いまだ妃は身分の高い者から選ぶようにと口うるさい者たちもいる。事前にラルスを選ぶことを知ったら、お前に何かを仕掛けてくるとも限らない。だがこうして発表とともに妃にしてしまえば手出しができなくなる。お前を守るためでもあったのだ。理解してくれ」
たしかにアルバートの言うとおりかもしれない。平民のラルスひとりを消すことなど容易いことだろう。だが妃という立場になってしまえば、アルバートとともに城で暮らすことができるようになる。
「お前の意思も確認済みだ。ミンシアとフィンから聞いた。ラルスは私を嫌ってはないのだろう?」
「フィンもこのことを知っていたのですかっ?」
「ああ。ラルスに私のことをどう思っているのか、脈はありそうなのか聞いてほしいと頼んでおいた」
閨事の身代わりになった次の日、フィンはラルスの気持ちを訊ねてきた。あれもアルバートの差し金だったのか。
「閨の練習台の話そのものも、私が考え出したずるい策だ」
「え……?」
「他にラルスとゆっくり会う方法がなかったからな。私はその慣例を利用したのだ。フィンとふたりで画策し、ラルスを私の元に呼び寄せたのだ。フィンには協力してくれたこと、とても感謝している」
「じゃ、じゃあ僕はフィンの身代わりじゃなくて……」
「そうだ。伯爵令息の身代わりということにして、私がラルスを呼んだ。どうしても事前にラルスに会っておきたかったのだ。お前の気持ちを確認しておきたくてな」
「そんな……」
知らなかった。てっきり自分はただの練習台だとばかり思っていた。
「一生懸命にフィンのふりをするラルスは、なかなか可愛らしかったぞ」
「で、殿下っ!?」
ラルスはずっとアルバートを騙しているつもりでいた。
でも本当はアルバートはラルスがフィンに扮していることを知っていたのだ。そんなこととは思わないラルスは、必死になって伯爵令息のふりをしていたのに。
「万が一ラルスに好きな相手がいたら、私はラルスを諦めなければならない。だからあの夜ラルスに会うのは怖かったが、ラルスは最後まで私を受け入れてくれた。幸せな夜だった」
アルバートは何度もラルスの意思を確認してきた。あれは、もしラルスの気持ちが他にあったら妃にすることを諦めるためのものだったのだ。
「ラルス。少しでも好きだと思ってくれるのならば、私の求婚を受け入れてほしい。後生大事にする。誰よりも愛することを誓うから、私の妃になってくれまいか?」
ひたむきなアルバートの碧色の瞳に見惚れて、ラルスは動けない。
控え室の扉の向こう側からは、人々の賑わいの声が聞こえてくる。祝いの曲が演奏され、今か今かとふたりの登場を待っているようだ。
まさか、こんなことになるとは想像すらしていなかった。
今ここでアルバートの求婚を受けたら、即座に婚礼を挙げることになる。あの扉をアルバートと開けたら最後、この国の妃殿下になるのだ。
そんな重大な覚悟を今、決断しなければならない。
「ラルス」
アルバートはそっとラルスを抱きしめてきて、なだめるように、背中を何度もさする。
「お前には十分に素質がある。心を読むのが得意ではないか」
「あれは人ではなく馬を相手にしてます……」
「同じだ。お前の観察眼は見事なものだ。そばにいて私を支えてくれないか? 妃としても、よい国に導くための同志としても」
「そんな大それたこと……」
「ラルス。私にはラルスしかいない。私を生涯独り身にするつもりか? 辛い思いはさせない。私が必ず守る。神に誓って守ってみせるから結婚してほしい」
アルバートの真摯な気持ちがラルスの不安を取り払っていく。アルバートがそばにいてくれるなら、何も怖くない。
なによりも好きな人の隣で、一番近い場所にいて、アルバートを支え愛することができたなら。
「お、願いします……。殿下のそばにいたいです。おこがましいけど、す、好きです。大好きなのです。僕は殿下を愛したい。殿下と一緒にいて、貴方さまの力になれるように頑張りますから」
「ラルス……」
アルバートは固くラルスの身体を抱きしめる。その抱擁がラルスの胸のよどみを洗い流していく。
「共に行こう。皆が待ち構えている。私ではなくて、妃の顔をひと目見たいがために、ここに集まっているのだからな」
アルバートは悪戯っぽく笑った。アルバートの婚礼を祝うために集まってくれた招待客に対してなんたることを言うのだろう。
「はい。殿下」
ラルスは大きく頷き、アルバートと並んで扉の向こう側へと踏み出していった。
「そんな、強引に……」
「こうでもしなければ、ラルスは私のものにはならないだろう? まともに求婚して、お前はそれを受けたか? 身分がなんだ、資格がなんだと面倒なことを考えて断るだろう?」
「そ、それは……」
それは否定はできない。今だって大勢の前に平民の自分が妃として顔を出すことに申し訳なさを感じている。相手は貴族の中の貴族、王太子殿下だ。そんな御方の妃になるなんて信じられない。
「それに周囲もだ。いまだ妃は身分の高い者から選ぶようにと口うるさい者たちもいる。事前にラルスを選ぶことを知ったら、お前に何かを仕掛けてくるとも限らない。だがこうして発表とともに妃にしてしまえば手出しができなくなる。お前を守るためでもあったのだ。理解してくれ」
たしかにアルバートの言うとおりかもしれない。平民のラルスひとりを消すことなど容易いことだろう。だが妃という立場になってしまえば、アルバートとともに城で暮らすことができるようになる。
「お前の意思も確認済みだ。ミンシアとフィンから聞いた。ラルスは私を嫌ってはないのだろう?」
「フィンもこのことを知っていたのですかっ?」
「ああ。ラルスに私のことをどう思っているのか、脈はありそうなのか聞いてほしいと頼んでおいた」
閨事の身代わりになった次の日、フィンはラルスの気持ちを訊ねてきた。あれもアルバートの差し金だったのか。
「閨の練習台の話そのものも、私が考え出したずるい策だ」
「え……?」
「他にラルスとゆっくり会う方法がなかったからな。私はその慣例を利用したのだ。フィンとふたりで画策し、ラルスを私の元に呼び寄せたのだ。フィンには協力してくれたこと、とても感謝している」
「じゃ、じゃあ僕はフィンの身代わりじゃなくて……」
「そうだ。伯爵令息の身代わりということにして、私がラルスを呼んだ。どうしても事前にラルスに会っておきたかったのだ。お前の気持ちを確認しておきたくてな」
「そんな……」
知らなかった。てっきり自分はただの練習台だとばかり思っていた。
「一生懸命にフィンのふりをするラルスは、なかなか可愛らしかったぞ」
「で、殿下っ!?」
ラルスはずっとアルバートを騙しているつもりでいた。
でも本当はアルバートはラルスがフィンに扮していることを知っていたのだ。そんなこととは思わないラルスは、必死になって伯爵令息のふりをしていたのに。
「万が一ラルスに好きな相手がいたら、私はラルスを諦めなければならない。だからあの夜ラルスに会うのは怖かったが、ラルスは最後まで私を受け入れてくれた。幸せな夜だった」
アルバートは何度もラルスの意思を確認してきた。あれは、もしラルスの気持ちが他にあったら妃にすることを諦めるためのものだったのだ。
「ラルス。少しでも好きだと思ってくれるのならば、私の求婚を受け入れてほしい。後生大事にする。誰よりも愛することを誓うから、私の妃になってくれまいか?」
ひたむきなアルバートの碧色の瞳に見惚れて、ラルスは動けない。
控え室の扉の向こう側からは、人々の賑わいの声が聞こえてくる。祝いの曲が演奏され、今か今かとふたりの登場を待っているようだ。
まさか、こんなことになるとは想像すらしていなかった。
今ここでアルバートの求婚を受けたら、即座に婚礼を挙げることになる。あの扉をアルバートと開けたら最後、この国の妃殿下になるのだ。
そんな重大な覚悟を今、決断しなければならない。
「ラルス」
アルバートはそっとラルスを抱きしめてきて、なだめるように、背中を何度もさする。
「お前には十分に素質がある。心を読むのが得意ではないか」
「あれは人ではなく馬を相手にしてます……」
「同じだ。お前の観察眼は見事なものだ。そばにいて私を支えてくれないか? 妃としても、よい国に導くための同志としても」
「そんな大それたこと……」
「ラルス。私にはラルスしかいない。私を生涯独り身にするつもりか? 辛い思いはさせない。私が必ず守る。神に誓って守ってみせるから結婚してほしい」
アルバートの真摯な気持ちがラルスの不安を取り払っていく。アルバートがそばにいてくれるなら、何も怖くない。
なによりも好きな人の隣で、一番近い場所にいて、アルバートを支え愛することができたなら。
「お、願いします……。殿下のそばにいたいです。おこがましいけど、す、好きです。大好きなのです。僕は殿下を愛したい。殿下と一緒にいて、貴方さまの力になれるように頑張りますから」
「ラルス……」
アルバートは固くラルスの身体を抱きしめる。その抱擁がラルスの胸のよどみを洗い流していく。
「共に行こう。皆が待ち構えている。私ではなくて、妃の顔をひと目見たいがために、ここに集まっているのだからな」
アルバートは悪戯っぽく笑った。アルバートの婚礼を祝うために集まってくれた招待客に対してなんたることを言うのだろう。
「はい。殿下」
ラルスは大きく頷き、アルバートと並んで扉の向こう側へと踏み出していった。
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