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17.信じるしかない
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結婚してからゼインは変わった。
と、城内ではもっぱらの噂だ。でもそれに関してはハルも同意見だ。最近のゼインは以前と違って格段に人に優しくなった。
ハルとゼインが結婚してからひとつの季節が過ぎたころだった。
「妃殿下、お聞きになりました?」
ハルが部屋のワードローブの前で洋服を整理していると、ロランが明るい声で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「ゼイン殿下のことですよっ! 先ほど遠征からお帰りになられたのですが、なんと、無血開城です!」
「えっ? 相手は難攻不落のマイセラ城だろう?」
マイセラは優れた騎士団を従える軍事力に長けた国だ。小国とはいえ油断のならない好戦的な国家なはずだ。
マイセラからの度重なる侵略により、マイセラ近くの領土はかなりの被害を受けていた。それを食い止めるために防衛騎士団が常駐しており、さらに今回ゼイン率いる王立騎士団が戦いの場に向かった。
誰もが激戦になると予想していたのに。
「殿下がマイセラ王を説得なさったそうです。どのようにして説得したかまではわからないのですが、マイセラ王は降伏宣言をしたそうですよ!」
「ゼインさまはすごいな!」
ロランに言われても信じられないくらいの手柄だ。しかも、あの口下手なゼインが説得とは。ハルはそれにも驚いた。
「今後、マイセラは我が国の傘下になります。あの国が味方になればより国は強固になるでしょう」
「どんどん国が大きくなるね」
この国を引っ張っていくのはゼインだ。王太子であるゼインはゆくゆくはこの国の王となる人だ。そして国が大きくなればなるほどゼインの負担も増えることだろう。
「ゼインさまはお忙しいのかな……」
大手柄を立てたのだから、今日のゼインはあちこち引っ張りだこだろう。夜になっても部屋に戻って来ないかもしれない。
今回の遠征は半月以上かかった。その間、もちろんゼインは不在。今日は久しぶりにゼインに会えるのに。
「殿下は第一王立騎士団の団長と、魔導開発会議の議長を兼任されていますから。それに王太子としての役割もあります。ゼイン殿下でなければ務まらないほど多忙だと思います」
「そうだよね」
ゼインの体力はすごい。ひどいときは三日三晩寝ずに活動することもあると聞いた。ゼインならできてしまいそうだが、でも身体が心配だ。
「はぁ……」
ハルはワードローブにかかっているゼインの服に身を寄せる。
ここ最近ゼイン本人に会えないせいか、ゼインの服を抱きしめて眠るようになった。ゼインには申し訳ないが、そうすると心と身体が落ち着くのだ。
「あの、妃殿下。大変申しにくいのですが……」
ハルの様子を見ていたロランが遠慮がちに話しかけてきた。
「なに?」
「ご結婚されてから、オメガのヒート抑制薬はお飲みになっていらっしゃらないですよね?」
「うん、やめたよ」
オメガの初めての開花を迎えたあとから、ハルはヒート抑制薬を飲んでいた。
ヒートつまり発情期は、子を宿すためアルファの種を欲しがるオメガの生殖本能のひとつで、一週間ほど激しい性欲に襲われる。
アルファの精子やフェロモンを与えられればその期間も短くて済むし、身体はすごく楽になる。だがアルファの番がいない場合はその恩恵は受けられない。三ヶ月に一度そんな目に遭っては身体がもたないので、オメガは抑制薬を飲んでヒートが起こらないようにしているのだ。
今のハルにはゼインがいる。
ゼインとの子どもを望んでいるのに、ハルが抑制薬を飲むはずがない。
「やはりそうですよね。では妃殿下、ヒートが近いのでは……」
「ヒート?」
「はい。最近の妃殿下は殿下の服に惹かれていらっしゃるご様子です。もしかして、殿下の服を集めてその中に身を包みたいと思っていらっしゃいませんか?」
「えっ?」
ベッドの上にゼインの服を山にして、そこに埋もれて眠ることができたなら。
アルファの匂いをたくさん感じることができたなら。
そんなことを想像しただけで、ハルの胸の奥のほうが熱くなった。
「巣作りの時期ではありませんか? ほら、あの、ヒート前のオメガがアルファを迎えるためにする習性のことです」
「巣作り……」
知識として聞いたことはある。でも、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。
「妃殿下、この城は貴族も家臣も優秀な者が集まる場所でアルファがたくさんおります。妃殿下はまだ殿下と番になっておられません。万が一のことがあっては国の一大事になりますので、どうか部屋からの外出は控えめになさってください」
「そうか……」
オメガのヒートに当てられたアルファは、本能に抗えない。万が一ハルがヒートを起こしてそこにアルファが居合わせてしまったら、ハルはそのアルファの番にされる。
そうなったら、ゼインの妃ではいられない。
「必要があればすぐに人払いをいたします。体調に変化があったら教えてください」
「あ、ありがとう……気をつけるよ」
間違えてしまっただけでは済まされない。ゼイン以外のアルファの番になったらハルは二十歳にして廃妃となる。
ロランが部屋を出て行ってから、ハルはそっと自分のうなじに触れる。
「ゼインさまは番う気なんてないんだろうな……」
オメガがアルファと番うためには、ヒート性交中にアルファにうなじを咬んでもらう必要がある。
オメガは番になれるのは生涯でただひとりだけだ。ゼインと番になってしまえば他のアルファの存在に怯えることはなくなるが、ゼインがそんなことをしてくれる気配はまるでない。
結婚して二ヶ月、夜の行為どころかキスのひとつもしていない。
そんなことは誰にも話せない。ゼインと不仲だと噂されるのも嫌だし、口にすることで、ゼインに愛されていないことを認めることになる気がするのだ。
ゼインは城にいるときはハルと食事を共にしてくれるし、夜も一緒の寝室で眠ってくれている。だから周囲にはゼインと不仲とバレてはいないはず。なのに、ヒートのときにゼインがそばにいてくれなかったらどうなる……?
「ゼインさま……」
ハルはゼインの服を一着手に取り、胸に抱える。ゼインの服からは甘い花のようないい香りがする。この香りがたまらなく好きだ。ハルの不安も、体調不良も全部吹き飛ばしてくれる。
「お願い、見捨てないで……」
ヒートが来るのが怖い。ハルがどんなに苦しんでいても、ゼインに見向きもされないんじゃないだろうか。
いっそヒート抑制薬を飲んでしまおうかとも思う。でも、そんなことをしたらゼインと番うチャンスを失ってしまう。もちろん子どもも宿せない。ハルの役目はゼインの子どもを産んで、フラデリック家の地位を確固たるものにすることなのに。
ゼインを信じるしかない。
ハルはいつかの日のゼインの笑顔を思い出す。きっと大丈夫、ゼインは夫としての最低限の義務は果たしてくれる。
と、城内ではもっぱらの噂だ。でもそれに関してはハルも同意見だ。最近のゼインは以前と違って格段に人に優しくなった。
ハルとゼインが結婚してからひとつの季節が過ぎたころだった。
「妃殿下、お聞きになりました?」
ハルが部屋のワードローブの前で洋服を整理していると、ロランが明るい声で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「ゼイン殿下のことですよっ! 先ほど遠征からお帰りになられたのですが、なんと、無血開城です!」
「えっ? 相手は難攻不落のマイセラ城だろう?」
マイセラは優れた騎士団を従える軍事力に長けた国だ。小国とはいえ油断のならない好戦的な国家なはずだ。
マイセラからの度重なる侵略により、マイセラ近くの領土はかなりの被害を受けていた。それを食い止めるために防衛騎士団が常駐しており、さらに今回ゼイン率いる王立騎士団が戦いの場に向かった。
誰もが激戦になると予想していたのに。
「殿下がマイセラ王を説得なさったそうです。どのようにして説得したかまではわからないのですが、マイセラ王は降伏宣言をしたそうですよ!」
「ゼインさまはすごいな!」
ロランに言われても信じられないくらいの手柄だ。しかも、あの口下手なゼインが説得とは。ハルはそれにも驚いた。
「今後、マイセラは我が国の傘下になります。あの国が味方になればより国は強固になるでしょう」
「どんどん国が大きくなるね」
この国を引っ張っていくのはゼインだ。王太子であるゼインはゆくゆくはこの国の王となる人だ。そして国が大きくなればなるほどゼインの負担も増えることだろう。
「ゼインさまはお忙しいのかな……」
大手柄を立てたのだから、今日のゼインはあちこち引っ張りだこだろう。夜になっても部屋に戻って来ないかもしれない。
今回の遠征は半月以上かかった。その間、もちろんゼインは不在。今日は久しぶりにゼインに会えるのに。
「殿下は第一王立騎士団の団長と、魔導開発会議の議長を兼任されていますから。それに王太子としての役割もあります。ゼイン殿下でなければ務まらないほど多忙だと思います」
「そうだよね」
ゼインの体力はすごい。ひどいときは三日三晩寝ずに活動することもあると聞いた。ゼインならできてしまいそうだが、でも身体が心配だ。
「はぁ……」
ハルはワードローブにかかっているゼインの服に身を寄せる。
ここ最近ゼイン本人に会えないせいか、ゼインの服を抱きしめて眠るようになった。ゼインには申し訳ないが、そうすると心と身体が落ち着くのだ。
「あの、妃殿下。大変申しにくいのですが……」
ハルの様子を見ていたロランが遠慮がちに話しかけてきた。
「なに?」
「ご結婚されてから、オメガのヒート抑制薬はお飲みになっていらっしゃらないですよね?」
「うん、やめたよ」
オメガの初めての開花を迎えたあとから、ハルはヒート抑制薬を飲んでいた。
ヒートつまり発情期は、子を宿すためアルファの種を欲しがるオメガの生殖本能のひとつで、一週間ほど激しい性欲に襲われる。
アルファの精子やフェロモンを与えられればその期間も短くて済むし、身体はすごく楽になる。だがアルファの番がいない場合はその恩恵は受けられない。三ヶ月に一度そんな目に遭っては身体がもたないので、オメガは抑制薬を飲んでヒートが起こらないようにしているのだ。
今のハルにはゼインがいる。
ゼインとの子どもを望んでいるのに、ハルが抑制薬を飲むはずがない。
「やはりそうですよね。では妃殿下、ヒートが近いのでは……」
「ヒート?」
「はい。最近の妃殿下は殿下の服に惹かれていらっしゃるご様子です。もしかして、殿下の服を集めてその中に身を包みたいと思っていらっしゃいませんか?」
「えっ?」
ベッドの上にゼインの服を山にして、そこに埋もれて眠ることができたなら。
アルファの匂いをたくさん感じることができたなら。
そんなことを想像しただけで、ハルの胸の奥のほうが熱くなった。
「巣作りの時期ではありませんか? ほら、あの、ヒート前のオメガがアルファを迎えるためにする習性のことです」
「巣作り……」
知識として聞いたことはある。でも、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。
「妃殿下、この城は貴族も家臣も優秀な者が集まる場所でアルファがたくさんおります。妃殿下はまだ殿下と番になっておられません。万が一のことがあっては国の一大事になりますので、どうか部屋からの外出は控えめになさってください」
「そうか……」
オメガのヒートに当てられたアルファは、本能に抗えない。万が一ハルがヒートを起こしてそこにアルファが居合わせてしまったら、ハルはそのアルファの番にされる。
そうなったら、ゼインの妃ではいられない。
「必要があればすぐに人払いをいたします。体調に変化があったら教えてください」
「あ、ありがとう……気をつけるよ」
間違えてしまっただけでは済まされない。ゼイン以外のアルファの番になったらハルは二十歳にして廃妃となる。
ロランが部屋を出て行ってから、ハルはそっと自分のうなじに触れる。
「ゼインさまは番う気なんてないんだろうな……」
オメガがアルファと番うためには、ヒート性交中にアルファにうなじを咬んでもらう必要がある。
オメガは番になれるのは生涯でただひとりだけだ。ゼインと番になってしまえば他のアルファの存在に怯えることはなくなるが、ゼインがそんなことをしてくれる気配はまるでない。
結婚して二ヶ月、夜の行為どころかキスのひとつもしていない。
そんなことは誰にも話せない。ゼインと不仲だと噂されるのも嫌だし、口にすることで、ゼインに愛されていないことを認めることになる気がするのだ。
ゼインは城にいるときはハルと食事を共にしてくれるし、夜も一緒の寝室で眠ってくれている。だから周囲にはゼインと不仲とバレてはいないはず。なのに、ヒートのときにゼインがそばにいてくれなかったらどうなる……?
「ゼインさま……」
ハルはゼインの服を一着手に取り、胸に抱える。ゼインの服からは甘い花のようないい香りがする。この香りがたまらなく好きだ。ハルの不安も、体調不良も全部吹き飛ばしてくれる。
「お願い、見捨てないで……」
ヒートが来るのが怖い。ハルがどんなに苦しんでいても、ゼインに見向きもされないんじゃないだろうか。
いっそヒート抑制薬を飲んでしまおうかとも思う。でも、そんなことをしたらゼインと番うチャンスを失ってしまう。もちろん子どもも宿せない。ハルの役目はゼインの子どもを産んで、フラデリック家の地位を確固たるものにすることなのに。
ゼインを信じるしかない。
ハルはいつかの日のゼインの笑顔を思い出す。きっと大丈夫、ゼインは夫としての最低限の義務は果たしてくれる。
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