19 / 41
19.オメガを狙う者
しおりを挟む
ゼインは朝早くに出かけていった。ハルを起こさずに行ってしまったので、正確な時刻まではわからないが、夜明け前には城を出発したらしいと従者たちから聞いた。
ゼインがいない間、ハルがやっていることは国政の勉強だ。将来、国王となるゼインを支えるためにも、王妃としての任務をうまくやっていくためにも、まずアレドナール国について学ばなければならない。
アレドナールの国法も歴史も、どんな人物がどこを統治しているのかも知らないのでは、この先話にならないからだ。
いつもはロランがそばにいてくれる。だが今日はロランが朝から町へ買い出しに出かけているから、ハルはひとりで部屋にこもって勉強していた。
勉強しているうちに、書物を見たくなった。アレドナールの建国について学ぶのによさそうな書物が城の地下の書庫にあったことを思い出す。
ハルは椅子から立ち上がり、さっとローブを羽織る。引き出しにしまってあった緊急用のヒート抑制薬も念のため持っていく。
書庫に行くくらいなら大丈夫だ。朝から微熱が続いているのだが、いつもどおりに動けている。
ハルは城の中央にある大階段を下って、地下へと向かう。
その途中、不穏な声を耳にした。
「なんかオメガの匂いがするな」
「あぁ、本当だ」
書庫から出てきた男たちの声に反応して、ハルは思わず近くにあった物置き部屋の中へ身を隠す。この部屋は扉もなく、すり抜けられるほどの大きさの四角い窓もある。
ハルは外から見つからないよう、壁の隅に小さく縮こまった。
ハルは今いつヒートが来てもおかしくない時期だ。まさか自分では自覚がなくとも、オメガのフェロモンの匂いがしているのだろうか。
ハルは息をひそめて男たちが通り過ぎるのを待つ。
「これ、ヒートじゃないのか?」
「運がいいな、ヒートのオメガだったら襲っても罪には問われないぞ」
ふたりの男の足元が見えた。ひとりは一般的な貴族の黒いブーツ。もうひとりはやたらと派手な銀色のブーツだった。
こんなブーツを履くのは城内でひとりしかいない。声も間違いない。靴も女も取っ替え引っ替えするレーデン伯爵だ。
ヒートのオメガを襲っても罪に問われないとはよく言ったものだ。
たしかに現法律では、本能のせいになり、アルファが罰せられることはない。だが今まさにその法律をゼインが変えようとしている。うなじを噛まれたオメガだけが「自己防衛が足りなかった」と泣き寝入りするような法律は間違っていると世論でも言われているのに。
「あ……」
なんだか頭がクラクラしてきた。微かだが、あまり好ましくない匂いを感じる。これはアルファのフェロモンだ。
レーデンたちは、オメガをあぶり出そうとわざとフェロモンを出しているのだろう。
こんなところでヒートになってたまるものか。
「こっちから匂わないか?」
レーデンたちが一度ハルの目前を通り過ぎていったと思ったのに、すぐに引き返してきた。ハルは身を固くして、見つからないことを祈り続ける。
「正解、こっちだ!」
レーデンたちはハルの隠れている場所をあっさり通り過ぎて、どこかへ行ってしまった。
ハルはゆっくりと部屋の外へ出る。近くにレーデンたちの姿はなかった。
ハルは助かった。
はじめからレーデンたちの狙いはハルではなかったのだ。ハルはまだヒートを起こしていないからアルファに狙われるようなことはなかったのだ。
でも、だとしたらハルの他にヒートを起こしているオメガが近くにいるということになる。
ハルはレーデンたちの行方を追って駆けていく。
幸いにもレーデンたちはフェロモンをわざと出しながら歩いていた。だからこの匂いを辿れば追いつけるはずだ。
今、まさにアルファに襲われようとしているオメガを見捨てるわけにはいかない。
匂いを辿った先は、地下にある薬草庫だった。城の裏庭で栽培した薬草を乾燥させて、保管するための部屋だ。
扉は閉まっている。が、鍵はかかっていない。
そして扉の向こうから決して穏やかではない人の声がする。
迷っている暇はない。
ハルは勢いよく扉を開けた。
オメガとアルファのフェロモンをほのかに感じる。そして、部屋の奥では、ヒートで動けなくなったオメガの男に対して男ふたりがかりで身体を拘束し、今まさに襲いかかろうとしているところだった。
「お前ら、そこで何をしている? その手を放せ!」
ハルはズカズカと部屋の奥へと進んでいく。
「妃殿下っ? な、なぜこんなところに!」
レーデンたちは慌ててオメガの男から手を放し、ハルを見て怯えている。
「法の目をくぐり抜けて、何をしようと考えた? 貴族らしくない、下劣な真似はやめなさい。国の品位に関わるっ!」
ハルは必死で声を荒げる。
本当はこんなことをするのは苦手だ。それに、さっきから軽い眩暈を感じる。だが体調不良を悟られてはならない。
ゼインがいない間、ハルがやっていることは国政の勉強だ。将来、国王となるゼインを支えるためにも、王妃としての任務をうまくやっていくためにも、まずアレドナール国について学ばなければならない。
アレドナールの国法も歴史も、どんな人物がどこを統治しているのかも知らないのでは、この先話にならないからだ。
いつもはロランがそばにいてくれる。だが今日はロランが朝から町へ買い出しに出かけているから、ハルはひとりで部屋にこもって勉強していた。
勉強しているうちに、書物を見たくなった。アレドナールの建国について学ぶのによさそうな書物が城の地下の書庫にあったことを思い出す。
ハルは椅子から立ち上がり、さっとローブを羽織る。引き出しにしまってあった緊急用のヒート抑制薬も念のため持っていく。
書庫に行くくらいなら大丈夫だ。朝から微熱が続いているのだが、いつもどおりに動けている。
ハルは城の中央にある大階段を下って、地下へと向かう。
その途中、不穏な声を耳にした。
「なんかオメガの匂いがするな」
「あぁ、本当だ」
書庫から出てきた男たちの声に反応して、ハルは思わず近くにあった物置き部屋の中へ身を隠す。この部屋は扉もなく、すり抜けられるほどの大きさの四角い窓もある。
ハルは外から見つからないよう、壁の隅に小さく縮こまった。
ハルは今いつヒートが来てもおかしくない時期だ。まさか自分では自覚がなくとも、オメガのフェロモンの匂いがしているのだろうか。
ハルは息をひそめて男たちが通り過ぎるのを待つ。
「これ、ヒートじゃないのか?」
「運がいいな、ヒートのオメガだったら襲っても罪には問われないぞ」
ふたりの男の足元が見えた。ひとりは一般的な貴族の黒いブーツ。もうひとりはやたらと派手な銀色のブーツだった。
こんなブーツを履くのは城内でひとりしかいない。声も間違いない。靴も女も取っ替え引っ替えするレーデン伯爵だ。
ヒートのオメガを襲っても罪に問われないとはよく言ったものだ。
たしかに現法律では、本能のせいになり、アルファが罰せられることはない。だが今まさにその法律をゼインが変えようとしている。うなじを噛まれたオメガだけが「自己防衛が足りなかった」と泣き寝入りするような法律は間違っていると世論でも言われているのに。
「あ……」
なんだか頭がクラクラしてきた。微かだが、あまり好ましくない匂いを感じる。これはアルファのフェロモンだ。
レーデンたちは、オメガをあぶり出そうとわざとフェロモンを出しているのだろう。
こんなところでヒートになってたまるものか。
「こっちから匂わないか?」
レーデンたちが一度ハルの目前を通り過ぎていったと思ったのに、すぐに引き返してきた。ハルは身を固くして、見つからないことを祈り続ける。
「正解、こっちだ!」
レーデンたちはハルの隠れている場所をあっさり通り過ぎて、どこかへ行ってしまった。
ハルはゆっくりと部屋の外へ出る。近くにレーデンたちの姿はなかった。
ハルは助かった。
はじめからレーデンたちの狙いはハルではなかったのだ。ハルはまだヒートを起こしていないからアルファに狙われるようなことはなかったのだ。
でも、だとしたらハルの他にヒートを起こしているオメガが近くにいるということになる。
ハルはレーデンたちの行方を追って駆けていく。
幸いにもレーデンたちはフェロモンをわざと出しながら歩いていた。だからこの匂いを辿れば追いつけるはずだ。
今、まさにアルファに襲われようとしているオメガを見捨てるわけにはいかない。
匂いを辿った先は、地下にある薬草庫だった。城の裏庭で栽培した薬草を乾燥させて、保管するための部屋だ。
扉は閉まっている。が、鍵はかかっていない。
そして扉の向こうから決して穏やかではない人の声がする。
迷っている暇はない。
ハルは勢いよく扉を開けた。
オメガとアルファのフェロモンをほのかに感じる。そして、部屋の奥では、ヒートで動けなくなったオメガの男に対して男ふたりがかりで身体を拘束し、今まさに襲いかかろうとしているところだった。
「お前ら、そこで何をしている? その手を放せ!」
ハルはズカズカと部屋の奥へと進んでいく。
「妃殿下っ? な、なぜこんなところに!」
レーデンたちは慌ててオメガの男から手を放し、ハルを見て怯えている。
「法の目をくぐり抜けて、何をしようと考えた? 貴族らしくない、下劣な真似はやめなさい。国の品位に関わるっ!」
ハルは必死で声を荒げる。
本当はこんなことをするのは苦手だ。それに、さっきから軽い眩暈を感じる。だが体調不良を悟られてはならない。
434
あなたにおすすめの小説
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる