優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第六章 これから

第2話 盛り合わせ

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 いつも通りの日々だ。
 あの後帰ってきた在琉と共に織理は学校へ向かった。誘拐されたとか、人形化だとかそんな事は当然知られていないので何も変わらない。前と同じように、別段話しかけられることもなく過ごし、お昼休みには匠と在琉を連れてご飯を食べて、また午後に臨む。

 ――平和だ、なんて考える日が来るとも思ってなかった。それだけここ最近は面倒ごとや気にかける事が多かった。それらが終わったのか、まだあるのかはわからない。ただ束の間の平和だとしても先のことはわからないのだからただ享受するしか無い。

 ノートに板書しながら、頭は違うことを考えて居た。

 攪真がいないのも最早馴染んでしまっているクラスではその事も話題にはならない。常に一席だけ空いている教室。同棲していなければ心配したのだろうか、なんて考えたりもする。

 ――いや、多分俺は気にしなかっただろうな。攪真のこと、好きでも嫌いでもなかったし。
 珍しい人ではあった。自分を恐れず、無駄に絡んでくる男。授業で負かしてしまったからそれ以降ずっと声をかけられ続けた。カフェに行ったり、甘い物をもらったり。それが若干ウザいような、でもどこか嬉しいような難しい気持ちになった記憶がある。まさかあそこまで自分を好いてくれているとは全く思わなかったし、正直今も納得はできていない。流石に弦をあの状態に落としてまで求められたのだからその気持ちを疑うことはなかったが。

 このまま4人で過ごせたら良いのに。織理の中に今ある願いはこれだった。誰かを選べなかったからこの同棲が始まった。選ばなくて良いから側に居させろと、そうしてそのままになっている結論。

 ――選ぶなら、誰だろう。授業の声を遠くに聞きながらそんなことを思う。

 今の在琉なら痛い事もしてこないし、正直息がしやすい。自分は人に導かれて生きるのが好きだ。彼ならきっと自分を囲い込んで縛ってくれる。何処か親近感が湧く時もあるし、何より可愛い。

 弦は1番選びたくなる優しさがある。けれどあの人を自分に縛ることに罪悪感もある。どこまでも寄り添い、自分の気持ちを読み取り、生きやすくお膳立てしてくれる人。ただ彼に甘えたら最後、自分は自力で立てなくなる気がした。何よりあの人はもっと幸せにしてくれる人と結ばれるべきだ。でもその姿を祝えるかと言えば……。

 攪真はどうだろう。あの感情を1人で受け止めるのはとても難しい。自分と対極にいる人間、歩み寄ってくれるけど自分が歩み寄れない。好きなのに重くて、面倒臭い時がある。4人で過ごしているから平気だけれど、もし2人きりになった時に攪真の心を受け止め続けることができる自信はなかった。

 ――なんか、自分は本当に我儘だな。選ぶ気がない、選びたくない。このままずっと4人で過ごして居たい。攪真のことは好きだけど1人で受け止められない。弦のことを好きだけど、あの人に釣り合う自分になれない。在琉のことを好きだけれど、2人になったらきっと堕落してしまう。

 悩むほどに堂々巡りになる気持ち。人の心とはこんなにも整理のつかない物なのかと今更ながら気がついた。

 織理はそもそも選ぶのが本当に苦手だった。選択肢など与えられずに生きてきたのだから当然と言えば当然か。流されるままに、不条理には能力を持って反抗するがそれだけ。食べれるのならなんでも良い、屋根があればどこでも良い、人にどう思われようと気にならない。そうして生きてきた。

 ――いつまで一緒にいて良いのだろう。本当は早く縁を切った方が良かったのでは。最初の頃の、重苦しい気持ちの頃に匠の元に逃げて仕舞えばどうなって居たのだろう。

 今に不満はない。それが恐ろしかった。人と関わりすぎてもう1人で立つことを忘れてしまった気がする。たったの半年で、だ。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、織理の意識は戻る。起立し礼をして騒がしくなったクラスに反して席にまた座る。

 ――帰ろう。やる事もない織理は帰り支度を始めた。
 

「織さん、帰ろ。オレ食事当番だから食品買いに行きたい」

 早々に帰り支度を終わらせた在琉が席に立ち寄る。いつも勝手に帰るくせに、と思わなくもなかったが織理は頷いた。在琉の口から出るとは思えない台詞に一瞬笑いそうになりつつ席を立つ。
 いつも一緒に帰ってくれる匠には手を振って別れを告げて、教室を出る。

「今日は何作るの?」
「なんも考えてない。でも柔らかいもののほうがいいって言ってたし……」
「……在琉って弦さんのこと考えられるんだ」

 ――意外だ。あまり弦さんに関わってる場面を見たことがないから。ちゃんとあの人のことを家族としては認めて居たのかと、……何故か嬉しくなる。
 そんな織理の失礼な発言に在琉は顔を顰めた。

「織さん? 流石に……今回はオレ足引っ張ったし……多分、人質にされてたのは本当だから。そうでなければあの人は普通に帰って来れる人だったよ」

 申し訳なさそうに言う彼があまりにも珍しくて織理は一瞬目を見開く。しかし、その言葉は織理にも刺さった。彼の言う通りだ。おそらく、弦1人なら自力で帰れたのだろう。だから以前の誘拐でも帰ってきたと言って居たわけで。

 だが今回は違った。お荷物が居たからあの様に怪我を負わされて帰ってきたのだ。相手が自分や在琉を壊す主導権を持っていては、弦だって何も動けないだろう。

「あの時の懇願、よく聞こえてた。……本当に、オレは何も出来なかったから」
「在琉……」

 織理はそっと在琉の手に自分の手を重ねた。流石に往来の場で抱きしめられなかったから仕方なく。
 ――在琉はいつからか役に立たない、と言う言葉をよく使うようになった気がする。あんなにも傲慢に見えた彼が、今は自分を無力と思い込み、押しつぶされそうになっている様に見えた。まるで自分の様で、織理は放って置けなかった。

 ――俺なんて人形になっていた事すら記憶にないのに。全部覚えているだけでも俺より余程凄いと思う。能力があっても何もできなかった自分の方が余程役立たずだ。

 けれどこればかりはどう伝えても本人の問題。人から「そんなことない」と言われても自分が納得できなければ意味がない。

 話を変える様に織理は少し気になって居た話題を出した。

「……在琉って、本当はどんな能力持ってたの?」

 自分の洗脳が効かない、瞬間記憶の能力者。それがどうやら全てではなかったと先日聞いた。無くした物を深掘りされるのは嫌かもしれない、けれど彼のことを知っておきたいと思った。

「脳の機能を拡張する能力、って言うのかな。天才扱いされてたよ」

 何一つ気にした様子もなく在琉は答えた。
 ――微妙にどんな能力か想像がつかない。そんな織理の困惑を見抜いたのか彼は追加した。

「間抜け面……。計算とか盤面把握とか……色々。織さんの能力が効かないのも残骸のおかげ。他者からの脳への干渉を防ぐ。脳への、ね」

 ――だから脳以外の攻撃には対処できない。暗にそう言った在琉の顔は自嘲を浮かべていた。

「能力って脳に付随してなかったんだってその時知った。記憶力だけのオレは要らないみたい」

 要らない、そう思ったのは自分でなのか人から言われたのか。ただそれ以上語らなかい在琉に織理もこれ以上は聞けなかった。聞いたところで気の利いた返しができるとも思えない、何よりあまり聞かれたくない話な様に感じたから。

 少しだけ気まずい空気の中、目的地に到着する。夕方のスーパーは人で賑わっている。

「結局何食べたい? 織さん決めて良いよ」

 何事もなかった様に話題を振った彼に織理は唾を飲む。そして考えた。
 ――何が、と言われると何が食べたいだろう。強いて言えばさっぱりした物だろうか。

 店内に入りなんとなく順路を進む。目を通してみてもピンとくるものはない。野菜、肉、魚……。

「……お刺身」

 鮮魚コーナーの一角。夕方の値引きシールが貼られた赤身の刺身が目についた。贅沢品、そうわかって居たがあの血のような生臭さの中にある旨みがなんとなく頭に過ぎる。

 織理の呟きに在琉は財布の中を確認した。

「まぁ、……たまには良いか。味噌汁の具と刺身買って帰ろう」

 料理当番とは。在琉のなんとも言えない雰囲気を感じつつ4人分のお刺身をカゴに入れた。
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