花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月

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第二副団長

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 窓から差し込む朝日で目が覚めた。身を起こし、見渡すが部屋の中にノルファの姿はなかった。

(確実に知り合いどころの話ではなくなった…)

 あの後、急激に眠気がきて寝てしまった。眠らされたが正しいか…急に無効化が解け、魔法が発動された感じがした。
 マルスは、フッと自分がピッタリサイズの服を着ているのに気づいた。

(シャツが新しくなってる…ズボンも穿いてる…まるで何もようだ。あの男がやったんだろうな)

 わざわざ買って着せてくれたのだろう。服は俺の液体で汚れてしまったし―――射精した時を思い出し、ブワッと顔に熱が集まった。

「あれも精神を揺さぶる拷問の一部だったのだろうか?」

 何度も優しく名前を呼び、熱く、鋭く、自分を食い殺そうとするノルファの黒い瞳が脳裏に焼き付いて離れない。

(花街に来るなと言っていたが、副団長もやましい事を何かしているのだろうか?)

 ベッドから立ち上がり、椅子に目を向ける。昨日取られた短剣と小袋が置いてあった。

「嘘だろう…」

 小袋の中身にマルスは驚愕した。一晩では高すぎる金額が入っていたからだ。貴族が通う高級娼館でもこんなに払わないだろう。

「副団長の金銭感覚はどうなってるんだ、この袋一つで庶民は半年暮らせるぞ」

 大金を平然と宿に置いていった相手にため息が出る。ここに置いていく訳にもいかない。

 小袋を懐に入れ、自分が借りた宿へと向かう。ちなみに寝ていた宿の代金はしっかりと払われていた。
「代金多めに頂いております!また是非いらして下さいね!」と女主人に満面の笑顔で言われ、マルスは気まずくなった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 花街から帰り、身支度を整えたマルスは森に来ていた。魔導師団と騎士団が住む建物の裏には大きく広がる森がある。
 人気がなく誰にもバレずに動けるので、毎朝ここで鍛錬するのがマルスの日課だ。

(昨日、副団長は全てを見切っていた。やはり戦闘能力は騎士団の方が上だな。俺には倒せないか?)

 ヒュッ、シュッと短剣で空を切る音が静寂な森に響き渡る。敵を想像し、交わしながら短剣を構え振り落とす。

「いや、事前に罠を張って足の腱を切ってから首を切れば…イケるか」
「首を切ったら死ぬだろ」

 振り向き様に声の主の首元へ短剣を突きつける。鎧を着ているのに音もなく、近づいてきた男を恨みがましく睨みつける。

「気配なく、俺の後ろに立つの止めてください。

 嫌味っぽく聞こえるように強調し、ノルファに突きつけた短剣を離す。

「…朝は先に出てしまい、すまなかった。外せない軍議があったんだ」
「そうですか、よかったです」

(起きた時、副団長が隣にいたら確実に寝首を掻いていただろう。寝ていてもこの男だったら避けられそうだが…)

「それより、マルス。昨日言った事を忘れたか?」

 斜め頭上から見下ろす視線は鎧を着ているせいか、より鋭さを増している気がする。きっと名前を呼べと言っているのだとマルスは気づいた。

「覚えていますが、辞退いたします」
「ダメだ、呼べ」
「嫌です、無理です。今、持ち金が無いので服の代金は後でお支払いします。それと置いてあった袋ですが――」

 マルスは会話を逸らそうと試みるが、グイッと顎を掴まれノルファが顔を近寄せてきた。

「呼ばなければ、昨日の続きをここで

 睨みつけてくる瞳に身体が硬直するが、負けじとマルスも睨み返す。

(きっとその言葉に嘘はないだろう。今、ここで男の名前を呼ばなければ言葉通りにされる…だからと言ってただ従うのは癇に障る)

「では、俺と手合わせしてくれませんか?一本取った方が勝ちです。第二副団長が勝ったら…名前を呼びます」
「いいだろう。一つ聞くが、お前は俺から一本取れるのか?」

 昨日の狭い部屋ではなく、ここは森だ。魔法無力化なんてどうにでもなる。

「…昨日のようにはいきません。魔導師を舐めないで下さいよ」

 魔導師団と騎士団はそもそも戦闘方法が違う。だが、マルスはこのチャンスに少し浮かれていた。
 騎士団それも副団長クラスと手合わせ出来るなど、そうそう巡ってこないからだ。

(昨日は散々だったが…俺の本気がどこまで第二副団長このおとこに通じるか、試してやる!)



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一定の距離まで離れ、マルスは落ちていた小石を拾いノルファに見せる。

「この小石が落ちたら、開始の合図です」
「ああ」

 サッと小石を空中に放り投げるが、視線はノルファから外さない。一挙一動を見逃さないためだ。
 視界の隅でカツンと小石が落ちた瞬間、マルスは手のひらを地面にかざす。

「飛んで雷光らいこうまとえ!」

 辺り一面に広がる小石が浮かび上がり、一粒一粒がバチバチと見えるほどの光を放つ。

「それは当たったら痛そうだな」
「当たったら嬉しいですけどね、向かいてぜろ!」

 ノルファに向かって、一気に何千という小石がバチバチと音を立てながら飛んでいった―――次の瞬間、ブォンッと謎の音と共に強風が舞い上がった。

「うっ…!なんだ!?」

 突然起こった強風をマルスは腕で防いだ。目を細め、前方を見るが舞い上がった砂埃で、視界が悪く何も見えない。

「第二副団長はどこだ…」
「ここだ」

 至近距離まで詰めてきたノルファが視界に入った。同時に首を突こうとする手刀に気づき、マルスは鎧の胸元を思い切り蹴り上げ、その反動を利用し後ろへ逃れた。

(危なかった。回復魔法で治せるとは言え、副団長の手刀が当たったら一瞬で喉が潰される)

 視界が少し良くなり、目の前のノルファに驚愕した。

「なっ!無傷!?アレをどうしたんですか!?」
「アレか?当たったらさすがに無傷じゃいられないだろうから、当たる前に長剣で払っただけだ」

(長剣だけで俺の魔法を吹っ飛ばしたって事か!?あの強風は長剣を振った時に起こったのか…魔法も使わずにそんなことが出来るとは…)

 本当に規格外な事ばかり、この男は起こしてくれるな―――マルスは無意識に微笑んだ。

「………マルス」

 ノルファがに驚き、隙を作ったのをマルスは見逃さなかった。

「まだ終わってませんよ!刃に炎を授けよ!」

 手にした短剣の刃が赤く燃え上がり、ノルファ目掛けて短剣を振りかざす。ノルファは長剣を構え、弾き返そうと短剣を受けた瞬間、バキンッと長剣が真っ二つに折れた。

「あ、すみません。折っちゃいました」
「短剣で折られるとは…」

 切り口を見て感心しているノルファに対し、マルスはしてやったりとほくそ笑んだ。

「全く…魔導師にしておくのが勿体ないな。騎士団にスカウトしたいくらいだ」
「お褒めに預かり光栄です。俺は魔導師団が好きなので、ご遠慮ください」
「残念だ」

 言い終わると同時にノルファから腕を掴まれるが、短剣を使って振り払った。すぐに後方回転で距離を取る。

(接近戦は不利だ)

 短剣の魔法を解き、手のひらを前方に向かって伸ばし魔力を集中させる。

「重圧にてその者を地面に縛れ!」

 声と同時にノルファの足下へ魔法陣が現れ、ズシリと身体全体に重力がかかる。重みで身体が前倒しになり、ノルファは片膝をついた。

「ははっ、動けないでしょう?騎士団の鎧は十キロ以上ありますからね」

 マルスは地面を蹴り上げ、ノルファの頭上を飛び越える。そして、動けずにいるノルファの喉元に短剣を突きつけた。

「俺の勝ちです!」
「…そうでもないさ」

 突然動けないはずのノルファが、短剣を握っていた方の手首を掴んできた。そのまま後方へ足払いを仕掛けられ、マルスは倒れた。

「え…」

 次の瞬間、マルスは空を仰ぎ見ていた。見事に地面へ倒され、先程まで手元にあった短剣が首元へ突きつけられている。

「詰めが甘いぞ、マルス」

 返す言葉もなく、ググっとマルスは眉間にしわを寄せた。勝利を確信してしまい、隙を作ってしまった。悔しい、悔しいが―――

「…俺の負けですね」

 やはり騎士団の第二副団長は強かった。負けたが、マルスは清々しい気持ちになった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 倒れたままでいると手を引かれ、立たされた。短剣を鞘に戻し、砂を払っているとノルファが観察するように見つめていた。

「なんですか?」
「…さっき、笑っていたな……」
「俺が?笑ってましたか?」
「笑っていた」

(うん?全くもって、笑った記憶がない)

 息をするように、自然に笑っていたことに、マルスは気づいていない。無意識に笑っていたので、記憶にあるはずがなかった。
 ノルファの手がマルスの頬に触れ、視線を合わせてきた。熱望に満ちた視線が絡みついてくる。

「もう一度、笑ってくれ」

 黒い瞳が近い。昨日の夜を思い出し、顔が熱くなった。きっと耳まで真っ赤だ…触れている手が優しく、くすぐったい―――

「ノルファ」

 咄嗟に声に出し、名前を呼ぶと触れていた手がピタリと止まった。突然呼ばれた名前にノルファが凝視していたが、恥ずかしくなったマルスは視線をそらした。

「約束通り、名前で呼びます。悔しいですが、ノルファと手合わせ出来て楽しかったです」
「マルス…」
「はい?」

 顔を上げた途端、ノルファの唇が重なってきた。軽く触れただけの唇は、驚く間もなく、すぐに離れていった。

「え?」
「ありがとう」
「あ、はい…」

 名前を呼んだだけで、嬉しそうに微笑むノルファに呆然としてしまい、言葉が続かない。
 朝日に照らされ、黒い髪がキラキラと光って綺麗だ…ボーっと眺めているとノルファの唇が再び近寄ってきた。この黒い狼に全てを食われてしまいそうだ―――

「いやいやいや、何しようとしてるんですか」

 ハッと気がつき、マルスは慌ててノルファの口を手で押さえた。

「…ダメか?」
「ダメです」
「残念だ」

 口を覆っていた手にノルファがそのまま口づけをしてきたので、マルスは急いで手を離した。

「そ、そういえば、宿に置いてあったお金ですがお返します」
「お前を買った金だ。返すな」
「買ってもらった覚えがないので、受け取れません」
「…また花街へ行く気か?」

 肌がピリピリとした。ノルファは怒ると魔力が溢れるらしく、ある意味分かりやすい。

(プライベートと言ってもこの男は信じないだろう。変なことを言えば、また昨日のような状況になりかねない)

「……やらなければならない事があるんです。何度も言いますが、身体は売ってません。でも花街で動きたいので…赤い花を持って立ってたんです………」

 前方にいる男の威圧感が凄い…最後の方は声が小さくなり、下を向きながらごにょごにょ言っている感じになってしまった。

「そのやらなければならない事は、言えないのか?」
「…言えません」
「花持ちは嘘だったのか?」
「…はい」
「そうか」

 ピリピリした感じがなくなったので、どうやら怒りが収まったようだ。威圧感は変わらないが―――

「では、俺がお前の花持ちの相手になってやろう」
「え?」
「そうすれば、花持ちとして花街に立てるだろ。一緒にいれば、に声をかけられることもなくなる」
「!?」

 他の男に声をかけられているのを目撃されていたらしい。いつから見られてたんだろうか…鋭さを増した黒い瞳が怖すぎる。

「マルス、分かったな?」
「…はい」

 有無を言わせぬ眼差しに頷くしかない。ハッキリ言って拒否権がない。

(仕方ない。邪魔されるよりはマシだ。何かあったら、撒けばいいか…重圧の魔法は効いてたみたいだから、さらに重ねて――)

 試行錯誤しているとノルファが再び頬に触れてきたが、振り払うことはしない。

「触りすぎですよ」
「マルス、お前の緑色の瞳は綺麗だ」

 全身が金縛りにかかったような気がした。スーッと自分の中の何かが冷えていく。

「…俺はそう思いません。嫌いですから」
「何故だ?」
「言いたくありません」

 眉間にしわが寄っていたらしく、ノルファにグリグリと眉間を揉まれた。

「俺は好きだ、マルス」

 ノルファの黒い瞳を見つめる。鋭さはどこにもなく、優しくマルスを見つめ返してくれている。

(俺はこの瞳が嫌いだよ、ノルファ)

 宰相の瞳を思い出す。自分と同じ緑色。トルマトン家の証である緑色の瞳。

 この瞳のせいで、俺は人生を縛りつけられたのだからーーー
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