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十年前の出来事
しおりを挟む――Myuze side――
ベルリナが誕生してから三年。僕は十八歳になった。
ベラード公爵領で新しく立ち上げた化粧品事業は大成功を収めた。薔薇は多くの貴族女性に愛される花だ。その薔薇を使用した化粧品となれば尚更のこと。
特に注目を集めたのは、ローズエキスを使用した化粧品だった。ローズエキスは希少性、美容効果が高いことから、高額商品であるにも関わらず、数ヶ月の予約待ち状態だ。
もちろん特効薬や化粧品事業は、僕の個人名義だ。公爵家の事業とした場合、父上や母上が収益を好き勝手に使い込むと予想したからだ。
従業員は領地の人々を中心に起用している。領民は父上の悪政の一番の被害者だ。仕事を提供することで、少しでも彼らの生活の助けになればとは思っているけど……。
結果、税収が上がり父上や母上の懐を温めてしまうのも事実だった。
そんなある日。
執務室のドアが勢いよく開かれる。ノックも声掛けもなく、このような常識の無い行動をするのは、あの二人しかいないだろう。
「父上、母上。今日はどういったご用件でしょうか」
父上と母上は無遠慮に執務室内へ侵入すると、応接用のソファーにドサリと腰をかける。いつもの高慢な態度とは違い、今日の二人はヤケに上機嫌で、不気味な笑顔を貼り付けていた。
「ミュゼ、今日はお前にアドバイスをしに来てやったんだ」
「……アドバイス、ですか?」
「お前の開発した特効薬や化粧品だが、そろそろベラード公爵家当主である私の事業にしてやろうかと思ってな」
「そうよ。あのローズなんとかを使った化粧品事業も波に乗ってるそうじゃない。さすが私の愛する息子だわ」
いつもは遊ぶための金を要求してきていたのに、今日は事業その物を要求してきた。その方が多額の財産が手に入ると、愛人にでも入れ知恵されたのかもしれない。
特効薬や化粧品事業が成功してからというもの、こうして両親は僕に頻繁に会いに来るようになった。
最新の流行を取り入れたスーツにドレス。贅を尽くした煌びやかな装飾品。
領民から多額の税を搾取した結果にしか見えなくて、そんな両親に嫌気がさす。
「僕の手掛けた事業を、父上に譲る予定はありません」
「なっ……!」
僕の答えに、父上は一瞬顔を赤くし怒りを露わにしたが、嘘くさい笑顔で話を続けた。
「……ミュゼ。ベラード公爵家の名前を使った方が、もっと事業を拡大できるだろう。私はお前のことを思って言ってやってるんだ」
「……僕がベラード公爵領に会社を設立したことで、税収はかなり上がったはずです。それにも関わらず、また最近多額の借り入れをされたそうですね。そんな人に事業を任せるなどできません」
「な、なんて口の聞き方だ! お前みたいな化け物の作った会社を引き取ってやろうと言ってるんだ。さっさと引き渡せっ!」
怒鳴り声と共に、頬に熱い衝撃を感じる。カシャンッという音とともに、僕の付けていた仮面が床に落ちた。
顔の痛みよりも、父親からの『化け物』と言う言葉に、胸が引き裂かれるような痛みが走る。
諦めていたはずなのに、期待などしていなかったはずなのに、心のどこかで努力すれば彼らに愛される日がくるのではないかと期待していたのかもしれない。
そんな自分に、小さく笑いが漏れる。
「父上、母上。あなたは達は今まで、領民の生活を顧みたことはありますか」
「なぜあんな下賤な者達のことを、この私が考えねばならんのだ。そんなことよりも早くその顔を隠せ。気味が悪いっ」
僕はあえて仮面を拾わず、ゆっくりと父上に歩み寄った。父上は反撃を恐れてか、顔を歪めて一歩ずつ後ずさる。
「父上には何を言っても無駄のようですね。……でもおかげでスッキリしました」
「この私に向かって、無駄とはなんだっ」
「先日、僕が今まで成し遂げた功績から、国王陛下から何か望むものはないかと聞かれました」
「そ、そうか。やるじゃないか」
国王陛下の名前を聞くと、父上は手のひらを返したように褒めはじめた。母上も手を叩いて喜び、まるで自分たちが褒美を受け取る勢いだ。
「……僕は今すぐ公爵位を継承したい。そう望みました」
父上の目を見て、はっきりと告げると、執務室内はシンと静まり返った。
この現場をずっと見守っていた執事長に目配せする。執事長は執務机の上に置いてある封筒を、静かに僕に差し出した。
父上と母上はその封筒を目にした途端、顔を青くした。彼らでも、この封筒がどこから届けられたのか、差出人は誰なのか、察しが付いたようだ。
「先日国王陛下より承認を頂きました」
「私の許可も無しになんてことをしてくれたんだ!」
「愛人と過ごしているタウンハウスに、何度も手紙を送りましたが、返事は無かったので、国王陛下にはありのままをお話しました」
「う、うそだ」
「手紙を無視され続け、国王陛下は大層ご立腹です。来月、王都にて継承の儀を執り行う予定です。そろそろ新聞にも取りだたされるかと」
「……私達はどうなるんだっ。これでは自由に金を使えないじゃないか!」
国王陛下からの書状を振るえる手で握りしめながら、出てくる言葉は自分のことばかりだった。
僕は仮面を拾い上げ、「父上と母上がお帰りだ。お送りしろ」と廊下で待機する護衛騎士に告げる。二人は肩を落とし、自分の置かれている状況を理解したのか護衛騎士に大人しく従っていた。
父上と母上の後ろ姿を見送りながら、この二人にはもう会うことはないだろうと確信する。
今後は必要最低限の生活費を渡し、タウンハウスで大人しく過ごしてもらう予定だ。もちろん悪事を考えないよう、何人か僕の手の者を忍ばせ監視させる。
なんだか心も体も酷く疲れてしまって、クラレンス家の小さな天使が思い出された。
「会いたいな……」
僕はそう呟くと執務机に突っ伏した。
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