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十年前の出来事
しおりを挟む――Myuze side――
王都にて爵位継承の儀は滞りなく行われた。
ロンサール学園を卒業してからというもの、特効薬や化粧品事業に加え、領地のこと、爵位のこと、両親のこと……。やることが山積みすぎて、気が付けばクラレンス邸を訪れるのは二年ぶりとなってしまった。
「ミュゼ、いや、……ベラード公爵様。このたびはおめでとうございます」
「クラレンス卿、やめてよ。いつもみたいにミュゼでいいから」
「そうか。じゃぁ、これからも非公式な場ではミュゼと呼ばせてもらうよ」
今更、クラレンス卿からベラード公爵様と呼ばれるのは照れくさ過ぎる。
化粧品事業に関する相談をするため、サクラ夫人とは手紙のやりとりを頻繁におこなっていた。でも実際にクラレンス夫妻に会うのは本当に久しぶりで、彼らの変わらない出迎えに心が温かくなる。
一つ変わったことがあるとしたら、サクラ夫人の腕の中に、男の子の赤ちゃんが抱かれていることだ。
「ミュゼ様、手紙にも書きましたが、この子がアベルです」
「うわっ! サクラ夫人そっくりだね」
「そうなんだ。サクラに似て、美の女神も嫉妬するほどの美男子だろう!」
クラレンス卿は、溶けきった笑みでアベルの自慢話を始めた。そんな彼を、サクラ夫人は頬を桃色に染め、愛おしげに見つめる。
クラレンス卿譲りのシルバーブロンドに、サクラ夫人と似た切れ長の真っ黒な瞳。将来、目を見張るような美男子に育ちそうだ。
「おとーしゃま、だーれ?」
クラレンス卿のズボンをキュッと掴み、小さな天使がおずおずと顔を覗かせた。
三歳になったベルリナの神々しいまでの可愛らしさに、一瞬目をやられる。
「久しぶりだね。最後に会ったのはベルリナが一歳の時だから、僕のことは覚えていないかな」
「ベルリナ。この方はベラード公爵様だよ」
「べらーど……こーしゃくしゃま?」
「うん。ベルリナ、よろしくね」
少し拙さの残る喋り方が愛らしい。僕はベルリナの前に膝を付くと手を差し出した。
ベルリナは僕の手と顔を交互に見つめると、ハッと何かに気がついたのか、握手をせず腕の中に潜り込んできた。
「えっ!? べ、ベルリナ?」
いきなりのことで、どうしたら良いのか分からず戸惑っていると、サクラ夫人はクスクスと笑いはじめた。
「きっとベルリナは、ミュゼ様が抱っこをしてくれると思ったんじゃないかと」
「……抱っこ、してもいいの?」
「うん、いいよ」
ベルリナはこちらを見上げ、ふわりと首元に抱きつく。
僕は仮面を付けているのに、ベルリナは嫌がったり怖がったりする様子はなかった。不思議な子だ。
僕は少し震える手で、小さな体に手をまわし、そっと抱き上げる。目線が同じになり、改めて彼女の可愛らしさを実感する。
「べらーどこーしゃくしゃまから、おはなのかおりがする」
「お花?」
「ふふふ。今庭の薔薇が満開なんです。きっとミュゼ様から同じ香りがしたのかも」
「おにわ……。べる、おさんぽいきたい!」
庭の薔薇を思い出したのか、ベルリナは頬を紅潮させて腕の中でソワソワし始めた。
「じゃぁ、ベルリナ、お父様が連れて行ってやろう。こちらにおいで」
クラレンス卿が手を広げると、ベルリナは口を尖らせ「べらーどこーしゃくしゃまといくのーっ」と首元に抱きつく。
ベルリナに振られて、この世の終わりのように落ち込むクラレンス卿は気の毒だけど……。小さな天使が僕を選んでくれたのが嬉しくて、つい口元が弛んでしまった。
「べるのいえのおにわ、とってもきれいなの」
「本当だね」
ベルリナを抱っこしたまま庭先にでると、薔薇をはじめ、初夏を彩るラベンダーやネモフィラなど、多くの花々が咲き誇っていた。
よく手入れされた広大な庭の中心には真っ白なガセボがあり「ここでね、いつもおかーさまとおかしをたべるの」とベルリナが嬉しそうに教えてくれた。
「じゃあ、僕たちもここでお茶をしようか」
「やったー」
ベルリナは花が咲いたように笑う。
サクラ夫人との手紙のやり取りで知っていたけど、ベルリナはクラレンス卿の見目を嫌がる様子が全くなかった。
申し訳ないけど、同じ境遇の僕から見ても、クラレンス卿はものすごく見目が悪い。
ベルリナを見るあの溶けきった笑顔。クラレンス卿にはとても感謝しているし、人として大好きだけど、……正直、ちょっと目を逸らしたいなって思ってしまった。クラレンス卿、ごめんね。
ベルリナは生まれた時から一緒に過ごしているから、彼の容姿に耐性ができたのかもしれないけど……。
ガセボに向かう途中そんなことを考えていたら、ベルリナが僕の顔を覗き込んできた。
「べらーどこーしゃくしゃまのめ、まっかなバラみたいね」
「えっ……?」
「とってもきれいなのに、どうしてかめんでかくしちゃうの?」
あまりにも真っ直ぐに見つめるから、仮面越しなのに、何もかも見透かされてしまいそうで思わず目を逸らす。
クラレンス卿が大丈夫だからといって、僕の容姿も受け入れられるという補償はない。
実の両親でさえ、最後まで僕の容姿をみて嫌悪を露わにしたんだから。
でも、……もしかしたらベルリナは僕を受け入れてくれるんじゃ、なんて淡い期待をしてしまう自分もいて、つい口にしてしまった。
「ぼ、僕は君の父上のような見た目をしているんだ」
「おとーしゃま?」
「そうだよ。とても、その、……醜い見た目をこの綺麗な仮面でかくしているんだ」
「みにくい?」
「うん。……みんなから嫌われるほどの、その、……ブサイクってことだよ」
「…………」
ベルリナは僕の言葉を聞くと、俯いて口を閉ざしてしまった。小さな体は僅かに震えていて、こんな僕に抱っこされているのが、嫌になってしまったのかもしれない。
少しずつ、気持ちが暗闇の中に沈んでいく。
この人なら僕を受け入れてくれるんじゃないか。そうやって期待して。仮面をはずすたび、嫌悪と蔑みの視線を幾度と向けられてきたことを思い出す。
何度も経験しても、……慣れないものだな。
「……おとーしゃまは、ぶさいくなんかじゃないもん」
「えっ?」
ベルリナは小さな声で何かを呟くと、勢いよく顔を上げ、星空を映した海のように輝く瞳でこちらを見つめた。
「おとーしゃまはかっこいいもの」
「か、かっこいい……?」
「そーだよ。べるは、おとーしゃまよりかっこいいひと、みたことないの」
ベルリナは『ブサイク』と『かっこいい』の言葉の意味を間違えて覚えているんじゃないだろうか。確かにクラレンス卿ほど見目の悪い男性は、あまり見たことがない。
僕がどうしたものかと悩んでいると、ベルリナは僕の仮面に手を伸ばしてきた。
「ベ、ベルリナ?」
「べるはおとーしゃまのキリッとした、おっきなおめめも、たかいおはなも、ぜーんぶだいすきなの」
「う、うん」
「だからね……」
ベルリナが小さな手で僕の仮面を外すと、眩いばかりの笑顔をこちらへ向けた。
「おとーしゃまみたいなら、べらーどこーしゃくしゃまは、とっってもかっこいいってことだよ」
ザァッと吹き抜ける風の音と共に、薔薇の花びらが舞い上がる。ベルリナの真っ黒な髪がフワリと揺れ、そこから覗くふわふわのほっぺが、じわりと桃色へと染まっていくのが見えた。
ベルリナは切れ長の瞳をこれでもかと言わんばかりに大きく見開くと、小さな手で頬を押さえ、プルプルと震えはじめる。
「ベルリナ、だ、大丈夫?」
「お、おーじしゃまだ……」
「おじ様……?」
「こーしゃくしゃまは、うさぎのくにのおーじしゃまだったのね」
聞き間違いで無ければ、ベルリナは僕をおじさまではなく王子様だと言った。しかもウサギの国の王子様。それはもうキラキラとした目で。
「王子、様?」
「うん。だって、まっしろなふわふわのかみに、まっかなおめめだもの」
「嫌じゃ、ないの?」
「どーして?」
「気持ち悪く、……ないの?」
「べるはべらーどこーしゃくしゃま、すてきっておもうの」
ベルリナの小さな手が僕の頬を包む。
「だから、なかないで……」
「ご、ごめ……」
いつの間にか僕の頬には涙が流れていて、こんな小さな子の前で泣いちゃうなんて、大人なのに、公爵なのに、とても恥ずかしくて、僕は思わずギュッと目を瞑る。
「べるがなくとね、おとーしゃまがこうやってくれるの」
「えっ!?」
僕の頬にフワリとなにか柔らかいものが触れ、一瞬頭が真っ白になる。暫くして、それはベルリナの唇だと気付き、体中の血液が一気に顔に集まるような感覚を覚えた。
涙は一瞬で止まり、それからベルリナとお茶をしたんだけど、その時の記憶はあまりない。
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