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7話 ベルリナ 十五歳
しおりを挟む―― Berlina side――
あれから三年。
私が成人を迎えるまで、あと半年に差し迫ったある春の日の出来事。
花曇りの空の下、庭の花々をぼんやりと眺めながら、私は大きくため息をついた。今日は私の心の憂いを映したような空で、満開を迎えた白いモッコウバラのアーチがやや陰って見える。
「キャロル。私って子供っぽいのかしら」
「難しい質問でございますね。今のお嬢様は大人とも、子供とも言えない、危うい美しさがありますわ。今しかない、花の蕾が開く直前と言いますか、まるで禁断の果実に手を出すような気分と言いますか…」
キャロルは未成熟な美について、紅潮した頬に手を当てうっとりと語る。彼女はとても有能で、頼りになるお姉さんのような存在だけれど。たまに身の危険を感じることがあるのは何故かしら。
「……詳しく教えてくれてありがとう。私、何だか時々キャロルが怖いわ」
「何故でございますか!? そうですわ。落ち込んだ気分の時には、お庭でお茶を召し上がるのが一番です。今日は少し雲がかかってはおりますが、雨も降りそうにないですし気温も暖かいですもの」
キャロルの優しい提案に、それも良いかもしれない。そう思い、ガゼボへと足を向けた。
真っ白なガゼボに這う蔓薔薇は満開で、辺りに漂う芳醇な香りに包まれると、ベラード公爵様に抱きしめられているみたいだった。
今日のお茶も勿論、ベラード公爵様の薔薇茶専門店にて購入したもの。飲みやすいよう、紅茶、ローズヒップ、ピーチをオリジナルでブレンドしたフレーバーティーだ。
薔薇茶の入ったカップを見つめ、口に運ぶ。甘酸っぱい味わいとともに、薔薇の香りが鼻をぬけると、ジワリと涙が浮かんだ。
ベラード公爵様は優しくて、お手紙は頻繁に下さるし、王都へ来られた際にはプレゼントも沢山準備してくださる。
優しい彼に不満を抱くなんてどうかしている。
そう思うのに…。
ベラード公爵様はお仕事で王都に訪れる際は、必ず我が家に滞在されていた。それなのに、三年前、薔薇茶専門店への視察に同行して以降、王都に訪れた際はホテルに滞在されるようになった。
それに以前は、手を広げればすぐに抱き上げてくれていたのに、今はしてくれない。一度やんわりと躱されてしまってからは、また拒絶されるのが怖くて出来なくなった。
お友達は既に婚約していたり、私くらいの年齢になると、……口付けを交わしたり、それ以上のことだって……しているみたい。
成人まで、他の男性と仲良しにならずに待っていてと言われたけれど。
本当は、私の気持ちはご迷惑なのではないかと。お父様とお母様の手前、私の存在を蔑ろにも出来ないのではないかと、そう思ってしまう。
それに、ベラード公爵様は幼児趣味でいらっしゃるという噂も耳にした。私が大きくなったから、だから興味が薄れてしまったのかしら。
胸もお尻も、しっかりと成長してしまったわ。もっとツルンとした体型なら…。
「ベルリナお嬢様? 涙がっ!! どうされたのですか」
「ベラード公爵様にとって、私の気持ちは迷惑なんじゃないかしら」
「へっ??」
「だって。うちの屋敷に泊まってくれなくなったし、すごく距離を感じるの」
「それは……」
キャロルの額には汗が伝い、瞳が泳いでいる。諜報活動にも長けた彼女のことだ。何か知っているのかもしれない。
「何か知っているの?」
「いえいえいえ。ワタシハナニモシリマセン」
キャロルは口を真一文字に引き結んだ。明らかに怪しい行動に、私は彼女の手をキュッと握りしめ懇願した。
「私にとって悪い話でも受け入れるわ。だから、教えて欲しいの」
「ひぃぃぃーっ! 手が! 手が溶けちゃいますっ!!」
「キャロル、お願い…」
「その、お嬢様には大変申し上げ難いのですが……」
「やっぱり! ベラード公爵様は幼児趣味でいらっしゃるの?」
私はキャロルに抱きつく勢いで必死で問い詰める。
キャロルは私の『お願い』に弱い。いつもはこんな風に無理矢理情報を引き出す事はしない。でも、今はベラード公爵様の気持ちが知りたい。
「ベルリナ、僕に幼児趣味は無いよ」
甘く澄み通った声に、心臓は大きく跳ねる。今日は訪問の予定なんて無かったはず。
後ろを振り返ると、苦笑いを浮かべたベラード公爵様が佇んでいた。ワインレッドの生地に、黒い糸で繊細な刺繍を施されたスーツがとてもよく似合っている。
「ベラード公爵様……」
「どうしてそんな突拍子も無い事を考えるんだ」
「それは……」
私は押し黙る。彼は困ったように微笑むと、ガゼボのソファーに私をエスコートした。
「僕も、お茶をご一緒しても構わないかな」
「勿論ですっ」
ベラード公爵様は向かいのソファーに腰を掛けると、私が口を開くのを待った。
「……私、あと半年で成人を迎えます」
「うん。とても楽しみだね」
「ベラード公爵様、私の事が迷惑であれば、この場で言って欲しいのです」
「な、何故そんな風に思ったの!?」
彼はガチャンと音を鳴らしてカップをソーサーに置いた。いつでも完璧な所作の彼にしては珍しい。
「女性の方から、こんなことを申し上げるのは恥ずべきことなのは分かっています。でも、数年前からベラード公爵様の態度が、急に変わってしまったように思うのです。いくら考えてもその理由が分からなくて、ずっと不安なのです…」
「それはベルリナを、一人の女性として接するようにしたからだよ」
「屋敷にもお泊まりにならなくなったし、……抱き締めてくれなくなりました」
「君を子供扱いしたくなかったんだ」
「お友達は、……もっと凄いことをしていますっ」
「凄いこと!?」
自分の発言に頬が熱くなる。私は俯き、膝の上でギュッと手を握り締めた。あと半年で答えは出るのに、届きそうで届かない、そんな距離がもどかしい。
お友達の話を聞くたびに、羨ましくて、何故彼とは十五歳も歳が違うのかと、もっと早くに生まれていればと、心が掻き乱された。
瞳にジワジワと涙が溜まり、今にも溢れてしまいそうだ。
「ベルリナ、不安にさせてごめんね」
「ごめんなさい……。私が勝手に期待して、勝手に不安になっているのです」
「……僕も君に触れたい」
ベラード公爵様からの思いがけない答えに、勢いよく顔を上げる。彼は困ったような、観念したような、そんな顔をしていた。
「なら何故触れてくれないのですか」
「クラレンス卿との約束だから」
「お父様と?」
「君が成人するまでは絶対手出しするな、手を出したら婚約の話は無しだって」
「婚約?」
「あっ……」
しまったと言わんばかりに、ベラード公爵様は気まずそうに口元を押さえた。キャロルの方を伺い見ると、彼女もまたダラダラと冷や汗をかいている。どうやら私の知らない間に、お父様と密約を交わしているようだ。
「ベラード公爵様、お隣に、座ってもよろしいですか?」
驚きのあまり、いつの間にか涙も乾いていた。私はベラード公爵様の答えも聞かないまま立ち上がると、彼の座る二人掛けのソファーにポスリと座る。
ベラード公爵様が私と距離を置こうと、少し腰をずらすから、私はその分距離を詰めた。ジワジワとウサギを追い詰める猟師の気分だ。
とうとうソファーの端に辿り着く。もう逃げる場所は無い。彼が立ち上がって逃げてしまわないように、そっと彼のスーツの裾を握った。
「詳しく、教えて頂けませんか…?」
頬を真っ赤に染めて、困ったように私を見つめる公爵様が可愛らしい。可愛らしいウサギを捕獲するまであと少しだわ、なんて思ったのは内緒だ。
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