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第29話 燃やせ燃やせ
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地下二階の泉で身体を洗い、レンタルローブに首を通すと、漸く人心地つけた気がした。
あの緑茶のような池から出ると、身体中に細かい藻がまとわりついていたため、全身から放たれる雑巾のような匂いを我慢しつつ、地下二階の泉へと駆け込んだ。
「まさか風魔法と火魔法の組み合わせで、あんなに快適な風が得られるなんて、思ってもみませんでした」
長良さんは嬉しそうに話す。
二人の新・合成魔法『ドライヤー』は、濡れた身体を乾燥させるのに抜群の効果を発揮した。雨が降る階層なら、この魔法だけで一稼ぎ出来そうだ。
「でも、長良さんの『魔法維持力』を上げたからこそ、ドライヤーに出来たんじゃない?」
以前は、着弾から数秒で炎は消えてしまっていたが、『魔法維持力』をわずか2ポイント上げただけで、燃焼時間は飛躍的に伸び、3分近くも燃え続けるようになった。
また、『魔法拡大力』にポイントを振った効果も大きく、これまで約50センチほどに限られていた燃焼域は、およそ1メートルまで広がっている。
現在は両パラメーター共に12ポイントだが、もし50ポイントほどまで鍛え上げれば、視界を覆い尽くすほどの火の海を作り出せるかもしれない。
「全部を猫に振らなくて正解でしたね」
「黒板を見ているだけでは思いつけなかったよ」
その他にも、燃え続ける炎を活かした新しい戦法も編み出された。
それは、火球をぶつけて魔物の表面を炎で覆い、その炎に向かってガス玉をぶつけることで、確実に相手の至近距離で爆発を起こせるようになる、というものだ。
これは今までのように、二人でタイミングを合わせる必要がなくなったので、より安定して魔物を倒せる、新しい戦法となった。
◻︎◻︎◻︎
地下二階で大亀を一匹だけ倒し、その甲羅を持ち帰ることにした。やはり、先に魔物に炎をまとわせてからガス玉をぶつける戦法は格段に戦いやすい。多少タイミングがずれても、確実に爆発を起こせるのは有用だ。
二人で甲羅を抱え上げ、静まり返った通路を進む。まだ朝の八時を少し過ぎたばかりで、行き交う冒険者の姿はほとんどない。
やがてダンジョンの入り口まで戻ってくると、そこだけ妙に賑やかだった。革鎧を身に着けた四人の男性冒険者を、初心者用のレンタルローブをまとった冒険者たちが取り囲んでいる。
その人だかりが邪魔をして、買取窓口へ近づけそうになかったので、一旦甲羅を地面へと下ろした。
「なんだろう?」
「さあ? 査定中……ではなさそうですね」
長良さんも小首を傾げる。
自分たちのように、こんな早朝から魔物素材を持ち込む者は少ないはずだ。
視線を巡らせると、その輪の中心に一人だけ異彩を放つ人物がいる。一番背の高い、金髪の男だ。初心者用のローブをまとった女性たちに向けて、何やら楽しげにダンジョンについて語っている。
「あっ!」
そんな金髪の姿を見た、長良さんが小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「あれは、人気ダンジョン系動画配信者の『Rising Summer』ですよ!」
勢い込んで言うその声に、改めて人だかりの方を見直す。
「ああ……こないだ入り口で撮影してたような人たちか」
そう言いながら、何日か前のことを思い出す。ダンジョンと外との境界線付近で、魔法スキルを披露しながら撮影していた集団のことを。
「あのような泡沫配信者と一緒にしてはいけません! Rising Summerは、登録者数15万人超えの大人気配信者ですよ?」
「いやー、動画ってほしい情報が得られないから、あまり観ないんだよね……」
ダンジョン内には撮影機器を持ち込めない。
したがって、ダンジョン系の動画は情報が薄く、率先して視聴することはなかった。
「彼らはダンジョン内が撮影できないことを逆手に取り、下手ウマな紙芝居と巧妙な語り口で、ダンジョン内の出来事を紹介し、多くの支持を得たんです!」
長良さんは、絵が下手という共通点にシンパシーでも感じているのだろうか?
「見てください、あの金髪の男性を。彼の名前は『ライガー』。リスナーからは『ライさま』と呼ばれています」
怒りの獣神かよ……。
「甘い顔と希少スキル『雷魔法』で名を馳せた、Rising Summerの若きリーダーです。今日はリスナーたちと一緒にダンジョンへ潜る企画のようですね」
長良さんが言うように、確かにいい男だ。
顔立ちは女性にも見える中性的な雰囲気で、さらさらの金髪が目を引く。スタイルも抜群で、脚なんて自分の百倍は長い気がする。
あの美しさなら、男の自分でも惚れてしまいそうだ。
「生で見ても、とても良いお顔ですね。あのような美しい男性とダンジョンに潜れるなら、五万円という高額な企画参加料金にも納得がいきます」
長良さんが、いつになく感心した声で言った。
あまり他者の顔について語ることのない彼女が、手放しで褒めるものだから、胸の奥がほんの少しだけチクリとした。
……あと、五万円って高いなおい。
思わずつまらなさそうな顔を浮かべると、すぐ横から長良さんがこちらの表情を覗き込み、顎を少しだけ上げてニヤリと笑った。
くそっ。嫉妬させるために、わざと褒めたのか。
「ライさまの本名は森山雷河。香川県坂出市の出身で、現在22歳。自動車の免許を取るときに、二度ほど試験に落ちたそうです」
随分と自然に富んだ本名だな。
「妙に詳しいね……」
「ググったら、そう出てきました」
そういう情報は、あまり鵜呑みにしない方がいいと思うな……。
「彼らの主な戦闘スタイルは、ライさまが電撃で魔物を一瞬痺れさせ、その隙に他の三人が槍で突くというものです。あと、ライさまはダンジョンの外でも一部の雷魔法が使えるそうで、特に乾燥した冬場は自由に電撃を放てるとのこと」
あ、それなら自分も雷魔法使いかも。
そうこうしていると、件のライさまがこちらのことに気付き、リスナーたちに声をかけた。
「ちょっとみんなゴメン。彼女たちが買取窓口を利用するようだ。少し道を開けてくれ」
彼がそう言うと、リスナーの皆様が左右へと分かれ、一本の道が出来上がった。
Rising Summerの一行に軽く会釈をしてから、二人で甲羅を持ち上げる。
買取窓口へ向かって歩いていくと、ちょうどライさまのすぐ横を通り過ぎる形になった。
そのとき、突然彼がこちらに声をかけてくる。
「ねぇ、その魔物の甲羅はどこで手に入れたの?」
柔らかい声音だった。
「ええと、地下二階の湖沼地帯ですね」
長良さんが質問に答えた。
「湖沼地帯っていうと、地面が湿ってたりするよね……あまり僕たち向きではないか」
ひとしきり考えた後、ライさまは軽く目を細める。
「……うん、ありがとう。道を塞いじゃってごめんね」
そう言うと、揃えた二本の指を顔の横で小さく振った。
その仕草は、どうにも絵になるので気に食わない。
やはり湿った場所で雷魔法を使うと、周りにいるみんなもビリッとしてしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、素材の換金を済ませ、ダンジョンの外へと移動した。
◻︎◻︎◻︎
更衣室のシャワーで身体を流したが、それでも藻の匂いがまだ残っている気がする。
シャツの襟元をつまみ上げ、そっと匂いを確かめていると、着替えを終えた長良さんが現れた。
「お待たせしました。やはりまだ匂いが残っていますか? 私も一度、お風呂でしっかりと洗い流したいと思っていまして」
「じゃあ、一旦家に帰ろうか。昼からのことは後で決めよう」
今回は、色々と実りの多い探索だった。
泉の先にあった謎の部屋と、謎の石碑。
そして、高めたパラメーターによる強力な魔法。
自分も来月にはパラメーターの再設定ができるはずだ。彼女のように魔法の能力を高めるべきか、それとも他の項目に割り振ってみるか。今から楽しみで仕方がない。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか自宅へと到着していた。
……長良さんも。
「あれ? うちのお風呂使う感じだった? でも着替えとかは……」
「それなら大丈夫です。……ほら」
玄関の前には、少し大きめの段ボール箱が置かれていた。箱は無骨な茶色で、ところどころに配送業者のスタンプや注意書きのシールが貼られている。
宛名ラベルには、くっきりと『株式会社 異界薬理機構』の文字が記されていた。
「お風呂セットや着替え、その他諸々、この家用にすべて買い揃えました」
長良さんはそう言うと、カバンから鍵を取り出し、箱を抱えて家の中へ入っていった。
「合鍵……?」
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
あの緑茶のような池から出ると、身体中に細かい藻がまとわりついていたため、全身から放たれる雑巾のような匂いを我慢しつつ、地下二階の泉へと駆け込んだ。
「まさか風魔法と火魔法の組み合わせで、あんなに快適な風が得られるなんて、思ってもみませんでした」
長良さんは嬉しそうに話す。
二人の新・合成魔法『ドライヤー』は、濡れた身体を乾燥させるのに抜群の効果を発揮した。雨が降る階層なら、この魔法だけで一稼ぎ出来そうだ。
「でも、長良さんの『魔法維持力』を上げたからこそ、ドライヤーに出来たんじゃない?」
以前は、着弾から数秒で炎は消えてしまっていたが、『魔法維持力』をわずか2ポイント上げただけで、燃焼時間は飛躍的に伸び、3分近くも燃え続けるようになった。
また、『魔法拡大力』にポイントを振った効果も大きく、これまで約50センチほどに限られていた燃焼域は、およそ1メートルまで広がっている。
現在は両パラメーター共に12ポイントだが、もし50ポイントほどまで鍛え上げれば、視界を覆い尽くすほどの火の海を作り出せるかもしれない。
「全部を猫に振らなくて正解でしたね」
「黒板を見ているだけでは思いつけなかったよ」
その他にも、燃え続ける炎を活かした新しい戦法も編み出された。
それは、火球をぶつけて魔物の表面を炎で覆い、その炎に向かってガス玉をぶつけることで、確実に相手の至近距離で爆発を起こせるようになる、というものだ。
これは今までのように、二人でタイミングを合わせる必要がなくなったので、より安定して魔物を倒せる、新しい戦法となった。
◻︎◻︎◻︎
地下二階で大亀を一匹だけ倒し、その甲羅を持ち帰ることにした。やはり、先に魔物に炎をまとわせてからガス玉をぶつける戦法は格段に戦いやすい。多少タイミングがずれても、確実に爆発を起こせるのは有用だ。
二人で甲羅を抱え上げ、静まり返った通路を進む。まだ朝の八時を少し過ぎたばかりで、行き交う冒険者の姿はほとんどない。
やがてダンジョンの入り口まで戻ってくると、そこだけ妙に賑やかだった。革鎧を身に着けた四人の男性冒険者を、初心者用のレンタルローブをまとった冒険者たちが取り囲んでいる。
その人だかりが邪魔をして、買取窓口へ近づけそうになかったので、一旦甲羅を地面へと下ろした。
「なんだろう?」
「さあ? 査定中……ではなさそうですね」
長良さんも小首を傾げる。
自分たちのように、こんな早朝から魔物素材を持ち込む者は少ないはずだ。
視線を巡らせると、その輪の中心に一人だけ異彩を放つ人物がいる。一番背の高い、金髪の男だ。初心者用のローブをまとった女性たちに向けて、何やら楽しげにダンジョンについて語っている。
「あっ!」
そんな金髪の姿を見た、長良さんが小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「あれは、人気ダンジョン系動画配信者の『Rising Summer』ですよ!」
勢い込んで言うその声に、改めて人だかりの方を見直す。
「ああ……こないだ入り口で撮影してたような人たちか」
そう言いながら、何日か前のことを思い出す。ダンジョンと外との境界線付近で、魔法スキルを披露しながら撮影していた集団のことを。
「あのような泡沫配信者と一緒にしてはいけません! Rising Summerは、登録者数15万人超えの大人気配信者ですよ?」
「いやー、動画ってほしい情報が得られないから、あまり観ないんだよね……」
ダンジョン内には撮影機器を持ち込めない。
したがって、ダンジョン系の動画は情報が薄く、率先して視聴することはなかった。
「彼らはダンジョン内が撮影できないことを逆手に取り、下手ウマな紙芝居と巧妙な語り口で、ダンジョン内の出来事を紹介し、多くの支持を得たんです!」
長良さんは、絵が下手という共通点にシンパシーでも感じているのだろうか?
「見てください、あの金髪の男性を。彼の名前は『ライガー』。リスナーからは『ライさま』と呼ばれています」
怒りの獣神かよ……。
「甘い顔と希少スキル『雷魔法』で名を馳せた、Rising Summerの若きリーダーです。今日はリスナーたちと一緒にダンジョンへ潜る企画のようですね」
長良さんが言うように、確かにいい男だ。
顔立ちは女性にも見える中性的な雰囲気で、さらさらの金髪が目を引く。スタイルも抜群で、脚なんて自分の百倍は長い気がする。
あの美しさなら、男の自分でも惚れてしまいそうだ。
「生で見ても、とても良いお顔ですね。あのような美しい男性とダンジョンに潜れるなら、五万円という高額な企画参加料金にも納得がいきます」
長良さんが、いつになく感心した声で言った。
あまり他者の顔について語ることのない彼女が、手放しで褒めるものだから、胸の奥がほんの少しだけチクリとした。
……あと、五万円って高いなおい。
思わずつまらなさそうな顔を浮かべると、すぐ横から長良さんがこちらの表情を覗き込み、顎を少しだけ上げてニヤリと笑った。
くそっ。嫉妬させるために、わざと褒めたのか。
「ライさまの本名は森山雷河。香川県坂出市の出身で、現在22歳。自動車の免許を取るときに、二度ほど試験に落ちたそうです」
随分と自然に富んだ本名だな。
「妙に詳しいね……」
「ググったら、そう出てきました」
そういう情報は、あまり鵜呑みにしない方がいいと思うな……。
「彼らの主な戦闘スタイルは、ライさまが電撃で魔物を一瞬痺れさせ、その隙に他の三人が槍で突くというものです。あと、ライさまはダンジョンの外でも一部の雷魔法が使えるそうで、特に乾燥した冬場は自由に電撃を放てるとのこと」
あ、それなら自分も雷魔法使いかも。
そうこうしていると、件のライさまがこちらのことに気付き、リスナーたちに声をかけた。
「ちょっとみんなゴメン。彼女たちが買取窓口を利用するようだ。少し道を開けてくれ」
彼がそう言うと、リスナーの皆様が左右へと分かれ、一本の道が出来上がった。
Rising Summerの一行に軽く会釈をしてから、二人で甲羅を持ち上げる。
買取窓口へ向かって歩いていくと、ちょうどライさまのすぐ横を通り過ぎる形になった。
そのとき、突然彼がこちらに声をかけてくる。
「ねぇ、その魔物の甲羅はどこで手に入れたの?」
柔らかい声音だった。
「ええと、地下二階の湖沼地帯ですね」
長良さんが質問に答えた。
「湖沼地帯っていうと、地面が湿ってたりするよね……あまり僕たち向きではないか」
ひとしきり考えた後、ライさまは軽く目を細める。
「……うん、ありがとう。道を塞いじゃってごめんね」
そう言うと、揃えた二本の指を顔の横で小さく振った。
その仕草は、どうにも絵になるので気に食わない。
やはり湿った場所で雷魔法を使うと、周りにいるみんなもビリッとしてしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、素材の換金を済ませ、ダンジョンの外へと移動した。
◻︎◻︎◻︎
更衣室のシャワーで身体を流したが、それでも藻の匂いがまだ残っている気がする。
シャツの襟元をつまみ上げ、そっと匂いを確かめていると、着替えを終えた長良さんが現れた。
「お待たせしました。やはりまだ匂いが残っていますか? 私も一度、お風呂でしっかりと洗い流したいと思っていまして」
「じゃあ、一旦家に帰ろうか。昼からのことは後で決めよう」
今回は、色々と実りの多い探索だった。
泉の先にあった謎の部屋と、謎の石碑。
そして、高めたパラメーターによる強力な魔法。
自分も来月にはパラメーターの再設定ができるはずだ。彼女のように魔法の能力を高めるべきか、それとも他の項目に割り振ってみるか。今から楽しみで仕方がない。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか自宅へと到着していた。
……長良さんも。
「あれ? うちのお風呂使う感じだった? でも着替えとかは……」
「それなら大丈夫です。……ほら」
玄関の前には、少し大きめの段ボール箱が置かれていた。箱は無骨な茶色で、ところどころに配送業者のスタンプや注意書きのシールが貼られている。
宛名ラベルには、くっきりと『株式会社 異界薬理機構』の文字が記されていた。
「お風呂セットや着替え、その他諸々、この家用にすべて買い揃えました」
長良さんはそう言うと、カバンから鍵を取り出し、箱を抱えて家の中へ入っていった。
「合鍵……?」
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