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第30話 フルアーマー
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──サアアアアアア
かすかに聞こえてくるシャワーの音をBGMに、リビングで一人、領収書の整理を行なっている。
指毛については、先ほどバスルームで全てを剃り落とし、今はツルツルのピカピカだ。
「ええっと……」
【品名】英国王室御用達シースポンジ
【注文日】7/1
【受領日】7/3
【用途】ダンジョン帰還後の洗浄・衛生維持
【分類】消耗品費
【備考】天然海綿・特大
【品名】今治タオルセット
【注文日】7/1
【受領日】7/3
【用途】ダンジョン帰還後の身体拭き取り用
【分類】消耗品費
【備考】業務用
【品名】シチシタン・バスオイル
【注文日】7/1
【受領日】7/3
【用途】ダンジョン帰還後の除菌・保湿
【分類】消耗品費
【備考】フランス製
……これ本当に経費で落ちるんだろうか?
『ダンジョン』って付ければ何でもありなの?
後から税理士さんに張り倒されそうで怖い。
長良さんは我が家を第二の拠点とすべく、メンテナンス道具と称して、大量の私物を会社名義で購入していた。
彼女は自分よりも遥かに税理に詳しいので、今回購入した物品が、問題なく経費として処理できることを知っているのだろうが、風呂上がりに身体に塗る油なんて、本当に大丈夫なのか不安に思う。
全ての処理を終え、クリアケースを閉じたタイミングで、長良さんがリビングへと戻ってきた。
バスローブ姿で。
「シャワー、ありがとうございました」
「あ、あぁ、うん……」
急いで目を逸らす。
何で彼女は今治親善大使のような姿で出てくるんだ。
同級生のバスローブ姿なんて直視できないぞ……。
「あら、何か一言ありませんか?」
「えっ、どう言うこと?」
「濡れた肌が綺麗だね、とか、神経伝達物質のドーパミン・ノルアドレナリン・性ホルモンの相互作用により、脳と自律神経系の活性が高まるよね、とか」
そう言いながら、彼女はソファの隣にゆっくりと腰を下ろした。
「ちょちょちょ、なんでそこに座るの!? そんな防御力皆無の装備で近づかないでよ!」
「ご安心ください。中にはちゃんと付けています。ダンジョン内では私の下着姿をずっと見ていた訳ですし、問題ないのでは?」
「あるから! 別の問題があるから早く服を着てきてよ!」
そう強く伝えると、長良さんはクスクスと笑いながらバスルームへ戻っていった。
◻︎◻︎◻︎
今日のお昼もダンジョン産の魚料理だ。
一尾丸々貰ってきたため、どれだけ食べても全然減っていかない。アヤカさんにいくらかお裾分けすべきだったな。
そんな魔魚の焼き魚を口にした長良さんが、ふと首を傾げた。
「ん?」
「どうしたの? 傷んでた?」
「いえ、そうではなくて……」
自分も焼き魚を食べてみるが、おかしな味はしない。むしろ美味しい。
もう一欠片を食べた長良さんは、目を見開いた。
「こ、これは……?」
「え?」
長良さんは箸をテーブルに置き、椅子から立ち上がる。
そして人差し指を上に向けたかと思うと、なんとその指先から小さな炎を発生させた。
!!!
「まぁ、本当に出来てしまいましたね……」
「は!? 何で魔法が使えるの!?」
たしか、ごく稀にダンジョンの外でも魔法やスキルが使える冒険者がいるとは聞いているが、何故いま長良さんが……。
「あ、魚?」
「そう……みたいですね。……魚を食べた時に、何か身体に染み込んでくるものを感じたので、もしやと思いまして」
「昨日も同じ魚を食べていたよね……って、あぁ! 『魔素吸収力』を2.0に上げたからか!」
ダンジョン内で、パラメーターを割り振った能力に関して、一通りの確認はしたものの、猫従力と魔素吸収力に関しては、分からないままだった。
もちろん異界言語能力もだが。
「これが知れ渡ったら、社会的な不安を招くことになりませんか?」
「長良さんが放火をして回るとか?」
「証拠も残りませんしね」
今でも、ダンジョン外でスキルが使えると自称しているものはいる。
ただ、先のライさまのように、多少ビリッとする程度の威力だったり、水を指先からチョロチョロ出すくらいの、ささやかな能力だ。
しかし、長良さんのように何十メートルも先に、1メートル四方の炎を発生させられるとなると、それを不安に感じる人も出てくるだろう。
うーん。
「……あの水中部屋が他の人に見つかるまで、黙っておかない?」
「それが穏当かもしれませんね。……では、私の内なる力が暴走を始めた時、伊吹くんがちゃんと鎮めてくださいね?」
「お、おう……」
何だかんだ、長良さんの方が厨二じゃないか。
◻︎◻︎◻︎
昼食を済ませた後、再びダンジョンへとやってきた。
今度こそ、ワニ革装備を含む全ての防具を身につけての探索だ。
ワニ革で仕立てたジャケットは、レンタルローブのようにスカスカしておらず、前面の留め具を閉じると、胸元には確かな安心感が宿った。
ようやく初心者を脱し、一歩前へと進めた気がする。
全体の色味は薄灰色で、パッと見では高級そうには見えない。
長良さんのように、全身を一色でまとめた方が格好がついただろうか。
「お待たせしました」
背後から落ち着いた声が届く。
振り返ると、自分と同じく全身に黒いレザー装備を纏った長良さんが立っていた。
顔の半分ほどを覆う、高く広い襟。その奥から覗く瞳が、いつも以上に鋭く見える。
装備の基本的なデザインは自分と変わらないはずなのに、彼女のものは身体の線をやや強調する仕立てになっていた。
無駄のないシルエットが戦闘的で美しい。
長くしなやかでムチムチした脚は、見る者に余計な想像を抱かせるほど魅力的で、彼女の隣に並び立つものは、相当なスペックを要求されるだろう。
「………………」
「……早く褒めてください」
長良さんは腰に手を当て、艶かしいポーズをとっている。
「同じ種族か疑わしいくらいに綺麗だと思うし、よく似合ってる」
「ふふふふ……」
「ただ、一緒に行動する人のことも考えてほしい! どうしよう! 20メートルくらい後ろから付いていっていい?」
「そんなのは絶対にダメですよ。しっかりと横並びで最下層を目指しましょう」
彼女はそう言うと、地面に置いていたバックパックを背負い直し、槍を肩に担いだ。
「………………」
『脚長力』ってパラメーターを、急いで見つけなくては……。
◻︎◻︎◻︎
──ッターン!
少し先から、鋭い破裂音が響いた。
長良さんと視線を交わし軽く頷くと、道を外れて音のする方へ走り出す。
足元の感触を感じる間もなく、開けた草地を勢いよく駆け抜けた。
そのまま森へ入ると、伸びた枝葉をかき分けながら歩を早める。
やがて森を抜けると、視界が一気に開けた。
切り立った木立の先──こちらに背を向けて立つ、ローブ姿の女性たち。
……見覚えがある。
「あ……」
「あー、ライさまの取り巻きか」
どうやら先ほどの破裂音は、ライさまの雷魔法によるものらしい。
倒したウサギ型モンスターを誇らしげに掲げる男の姿も見えた。
特に事件性がなかったことに胸を撫で下ろし、元来た道を引き返そうとした、その時。集団の最後尾にいた女性がこちらを振り返った。
妙に睨まれている気がする……。
「知り合い?」
「いえ、違いますが……」
冒険者の手の内を無断で覗くのはあまり褒められたことではない。
何かを言われる前に、小さく頭を下げてその場を離れた。
◻︎◻︎◻︎
再び草地まで戻ると、すぐ先に地下二階へと続く道が見えた。
「……どんな雷なのか見たかったなあ」
「もう少しコッソリと近づくべきでしたね」
そんな話を交わしつつ、草地を進んでいると、ダンジョンの入り口方面から歩いてくる3人の冒険者の姿が見えた。
彼らもまた踏み固められた土の道から外れ、草の上を歩いてくる。
その向かう先は──
「……警戒を」
「了解」
そう短く返事をし、担いでいた槍を両手で握りしめた。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
かすかに聞こえてくるシャワーの音をBGMに、リビングで一人、領収書の整理を行なっている。
指毛については、先ほどバスルームで全てを剃り落とし、今はツルツルのピカピカだ。
「ええっと……」
【品名】英国王室御用達シースポンジ
【注文日】7/1
【受領日】7/3
【用途】ダンジョン帰還後の洗浄・衛生維持
【分類】消耗品費
【備考】天然海綿・特大
【品名】今治タオルセット
【注文日】7/1
【受領日】7/3
【用途】ダンジョン帰還後の身体拭き取り用
【分類】消耗品費
【備考】業務用
【品名】シチシタン・バスオイル
【注文日】7/1
【受領日】7/3
【用途】ダンジョン帰還後の除菌・保湿
【分類】消耗品費
【備考】フランス製
……これ本当に経費で落ちるんだろうか?
『ダンジョン』って付ければ何でもありなの?
後から税理士さんに張り倒されそうで怖い。
長良さんは我が家を第二の拠点とすべく、メンテナンス道具と称して、大量の私物を会社名義で購入していた。
彼女は自分よりも遥かに税理に詳しいので、今回購入した物品が、問題なく経費として処理できることを知っているのだろうが、風呂上がりに身体に塗る油なんて、本当に大丈夫なのか不安に思う。
全ての処理を終え、クリアケースを閉じたタイミングで、長良さんがリビングへと戻ってきた。
バスローブ姿で。
「シャワー、ありがとうございました」
「あ、あぁ、うん……」
急いで目を逸らす。
何で彼女は今治親善大使のような姿で出てくるんだ。
同級生のバスローブ姿なんて直視できないぞ……。
「あら、何か一言ありませんか?」
「えっ、どう言うこと?」
「濡れた肌が綺麗だね、とか、神経伝達物質のドーパミン・ノルアドレナリン・性ホルモンの相互作用により、脳と自律神経系の活性が高まるよね、とか」
そう言いながら、彼女はソファの隣にゆっくりと腰を下ろした。
「ちょちょちょ、なんでそこに座るの!? そんな防御力皆無の装備で近づかないでよ!」
「ご安心ください。中にはちゃんと付けています。ダンジョン内では私の下着姿をずっと見ていた訳ですし、問題ないのでは?」
「あるから! 別の問題があるから早く服を着てきてよ!」
そう強く伝えると、長良さんはクスクスと笑いながらバスルームへ戻っていった。
◻︎◻︎◻︎
今日のお昼もダンジョン産の魚料理だ。
一尾丸々貰ってきたため、どれだけ食べても全然減っていかない。アヤカさんにいくらかお裾分けすべきだったな。
そんな魔魚の焼き魚を口にした長良さんが、ふと首を傾げた。
「ん?」
「どうしたの? 傷んでた?」
「いえ、そうではなくて……」
自分も焼き魚を食べてみるが、おかしな味はしない。むしろ美味しい。
もう一欠片を食べた長良さんは、目を見開いた。
「こ、これは……?」
「え?」
長良さんは箸をテーブルに置き、椅子から立ち上がる。
そして人差し指を上に向けたかと思うと、なんとその指先から小さな炎を発生させた。
!!!
「まぁ、本当に出来てしまいましたね……」
「は!? 何で魔法が使えるの!?」
たしか、ごく稀にダンジョンの外でも魔法やスキルが使える冒険者がいるとは聞いているが、何故いま長良さんが……。
「あ、魚?」
「そう……みたいですね。……魚を食べた時に、何か身体に染み込んでくるものを感じたので、もしやと思いまして」
「昨日も同じ魚を食べていたよね……って、あぁ! 『魔素吸収力』を2.0に上げたからか!」
ダンジョン内で、パラメーターを割り振った能力に関して、一通りの確認はしたものの、猫従力と魔素吸収力に関しては、分からないままだった。
もちろん異界言語能力もだが。
「これが知れ渡ったら、社会的な不安を招くことになりませんか?」
「長良さんが放火をして回るとか?」
「証拠も残りませんしね」
今でも、ダンジョン外でスキルが使えると自称しているものはいる。
ただ、先のライさまのように、多少ビリッとする程度の威力だったり、水を指先からチョロチョロ出すくらいの、ささやかな能力だ。
しかし、長良さんのように何十メートルも先に、1メートル四方の炎を発生させられるとなると、それを不安に感じる人も出てくるだろう。
うーん。
「……あの水中部屋が他の人に見つかるまで、黙っておかない?」
「それが穏当かもしれませんね。……では、私の内なる力が暴走を始めた時、伊吹くんがちゃんと鎮めてくださいね?」
「お、おう……」
何だかんだ、長良さんの方が厨二じゃないか。
◻︎◻︎◻︎
昼食を済ませた後、再びダンジョンへとやってきた。
今度こそ、ワニ革装備を含む全ての防具を身につけての探索だ。
ワニ革で仕立てたジャケットは、レンタルローブのようにスカスカしておらず、前面の留め具を閉じると、胸元には確かな安心感が宿った。
ようやく初心者を脱し、一歩前へと進めた気がする。
全体の色味は薄灰色で、パッと見では高級そうには見えない。
長良さんのように、全身を一色でまとめた方が格好がついただろうか。
「お待たせしました」
背後から落ち着いた声が届く。
振り返ると、自分と同じく全身に黒いレザー装備を纏った長良さんが立っていた。
顔の半分ほどを覆う、高く広い襟。その奥から覗く瞳が、いつも以上に鋭く見える。
装備の基本的なデザインは自分と変わらないはずなのに、彼女のものは身体の線をやや強調する仕立てになっていた。
無駄のないシルエットが戦闘的で美しい。
長くしなやかでムチムチした脚は、見る者に余計な想像を抱かせるほど魅力的で、彼女の隣に並び立つものは、相当なスペックを要求されるだろう。
「………………」
「……早く褒めてください」
長良さんは腰に手を当て、艶かしいポーズをとっている。
「同じ種族か疑わしいくらいに綺麗だと思うし、よく似合ってる」
「ふふふふ……」
「ただ、一緒に行動する人のことも考えてほしい! どうしよう! 20メートルくらい後ろから付いていっていい?」
「そんなのは絶対にダメですよ。しっかりと横並びで最下層を目指しましょう」
彼女はそう言うと、地面に置いていたバックパックを背負い直し、槍を肩に担いだ。
「………………」
『脚長力』ってパラメーターを、急いで見つけなくては……。
◻︎◻︎◻︎
──ッターン!
少し先から、鋭い破裂音が響いた。
長良さんと視線を交わし軽く頷くと、道を外れて音のする方へ走り出す。
足元の感触を感じる間もなく、開けた草地を勢いよく駆け抜けた。
そのまま森へ入ると、伸びた枝葉をかき分けながら歩を早める。
やがて森を抜けると、視界が一気に開けた。
切り立った木立の先──こちらに背を向けて立つ、ローブ姿の女性たち。
……見覚えがある。
「あ……」
「あー、ライさまの取り巻きか」
どうやら先ほどの破裂音は、ライさまの雷魔法によるものらしい。
倒したウサギ型モンスターを誇らしげに掲げる男の姿も見えた。
特に事件性がなかったことに胸を撫で下ろし、元来た道を引き返そうとした、その時。集団の最後尾にいた女性がこちらを振り返った。
妙に睨まれている気がする……。
「知り合い?」
「いえ、違いますが……」
冒険者の手の内を無断で覗くのはあまり褒められたことではない。
何かを言われる前に、小さく頭を下げてその場を離れた。
◻︎◻︎◻︎
再び草地まで戻ると、すぐ先に地下二階へと続く道が見えた。
「……どんな雷なのか見たかったなあ」
「もう少しコッソリと近づくべきでしたね」
そんな話を交わしつつ、草地を進んでいると、ダンジョンの入り口方面から歩いてくる3人の冒険者の姿が見えた。
彼らもまた踏み固められた土の道から外れ、草の上を歩いてくる。
その向かう先は──
「……警戒を」
「了解」
そう短く返事をし、担いでいた槍を両手で握りしめた。
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