私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨

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4、怒り

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――――――――――

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

静かな部屋に、ふたりの荒い息遣いが広がっていた。

この術は、術者にも大きな負担がかかる。
しかも、相手の身体を深く理解していないと、上手く作用しない。

「……っ、すごい。傷口がふさがってる」

「無理やり細胞を活性化させたの。
見た目には治っているように見えても、あと一ヶ月は絶対安静。
まあ、足がその状態じゃ、動き回れないでしょうけど」

そう――すぐに無茶をするルイスの性格を見越して、
ミランは、あえて足の治癒は自然回復に任せていた。

「……わかったよ……はぁ……」

さすがのルイスも、もう指一本動かす気力も残っていないのか、
ベッドに深く沈み込むように横たわった。

「これから、あなたに合った薬の処方を
私の信頼できる医者に託すわ。今後は、その人に診てもらって」

「……っ、君はもう診てくれないのか?」

どこか寂しそうに問いかけるルイスに、
ミランは何かを決意したような瞳で答えた。

「ええ。私は最後に、もう一仕事したら……この街を出ていくわ」

――もう一仕事。
それは、さっき馬車の中で決めたこと。

ルイスの中から、自分との記憶を完全に消し去ること。
そして、自分自身からもルイスの記憶を消し去ること。

すべてを――なかったことにするために。

「……それは残念だ。君のような優秀な薬師が
この街を去るなんて」

やっぱり、引き留めてはくれないのね。

昔のルイスなら、私を死に物狂いで引き止めたはず。
それこそ鎖で繋いででも、傍にいようとした――あの頃の彼なら。

淡い期待は、音もなく崩れ去った。

「もし、僕にできることがあるなら言ってくれ。
君に恩返しがしたい」

胸の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていたものが、一気に爆発する。

こんなにも私を壊したあなたが、
今さら「恩返しがしたい」だなんて……よくそんなことが言えるわね。

怒りが、ゆっくりと、しかし確実に沸き上がってくる。

“どうせ忘れるのなら”――言いたいことは、すべて言ってから記憶を消してやる。

ミランはギシッと音を立ててベッドに乗り上がると、
ルイスの腹の上にまたがるようにマウントポジションを取った。

完全に力尽きていたルイスは、驚いて目を見開くことしかできない。

「……っ いったい何を……!?」

「そうね。貴方が今、私のためにできることは――
黙って、動かずに、そうやって寝ていることよ」

鬼気迫るミランの声に、ルイスは完全に沈黙した。

「……少し、昔話でもしましょうか?」

そう呟いたミランの瞳は、
どこか悲しく、どこか決意に満ちていた。

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