私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨

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5、出会い

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――――――――――

この街は昔から、騎士団の遠征地としてよく使われていた。
そして当然のように、怪我をした騎士たちは街の薬師に手当てを受けていた。

この街で一番腕が良いと評判の薬師――彼女の名はミラン。
研究熱心で「彼女にかかれば治らない病はない」とまで言われていた。

ある日、いつものように家で薬を調合していたミランのもとに、
一人の騎士が血相を変えて駆け込んでくる。

「団長が、部下をかばって大怪我を!」

ミランはすぐに薬箱を掴み、現場へと駆け出した。

「……っつ、大丈夫だ、このくらいすぐに治る!
それよりも、私の血のせいで魔物が街に入ってしまう……
早く対処しなければ!!」

倒れそうなほどの重傷を負いながら、
騎士団長は街の安全を第一に考え、再び前線に戻ろうとしていた。

その姿に呆れたミランは、思わず叫ぶ。

「あなた、バカですか!?
こんな状態で戻れるわけがないでしょう!!」

これが――薬師ミランと騎士団長ルイスの、最初の出会いだった。

今まで一般人の女性に怒鳴られたことなどなかったルイスは、
言葉を失い、驚いた顔で固まっていた。

「……い、いや、しかし……」

「黙りなさい!
血の匂いで寄ってくる魔物なんて、私の魔除けで十分防げます!
それに、あなたにはたくさんの部下がいるでしょう?
それとも、自分の部下が信じられないとでも?」

――――――――――

その日はどうにか彼をベッドに寝かせ、
「薬が臭い」だの「苦い」だのと文句を言う団長を押さえ込み、
ミランは治療を終えた。

――――――――――

それからというもの……

「ミラン様! どうか、この前のお礼をさせてください!!」

「……はぁ、あなたも暇人ね。
いい加減にしてくれない? お礼だって、会うたびに花束、髪飾り、ネックレス……。
何度“もう十分”って言えば気が済むの?」

「いやっ! あれはたまたま、もらったもので……
それをお裾分けしただけなんです!」

(どこに男が、花束や髪飾りやネックレスを“お裾分け”するのよ)

怪我の治療を終えてからというもの、
団長ルイスは何かと理由をつけてミランに会いに来るようになった。

「そんな下手な嘘つかなくていいわ。
私はね、お礼が欲しくて薬師をやってるわけじゃないの。
確かに、贈り物は嬉しいけれど……もう十分よ。ありがとう。

私が呼ばれる時は、たいてい誰かが大怪我をした時。
……また、私が呼ばれないことを祈ってるわ」

ミランは、自分に向けられる好意に戸惑いつつも、
“その気がないのに勘違いさせてしまうのは不誠実”だと考え、
毅然とした態度を貫いていた。

「……私、これから用事があるの。失礼するわ」

そう言って立ち去ろうとするミランを、慌ててルイスが引き止める。

「っつ……ちょ、ちょっと待ってくれ! ……ああ、もう! 正直に話すから!」

「……正直に?」

嫌な予感がして、ミランは眉間にしわを寄せた。

「……このままじゃ、他の男にさらわれそうで怖い。
私は君に惚れてしまったんだ。付き合ってほしい!!」

……ついに言われてしまった。
ミランは深いため息をつく。

「……あなたの気持ちには、少し前から気づいていたわ」

「……え?」

ミランは苦笑しながら答える。

「ふふ、あれだけ熱い視線と贈り物をもらえば、嫌でもわかるわよ。
でも残念だけど……あなたとは付き合えない」

「……どうして?」

「……変に思うかもしれないけど、私、恋愛ってよくわからないの。
誰かを好きになったことがなくて……。
だから、あなたと付き合っても、きっとあなたを苦しめるだけ」

「苦しむなんて、そんなわけない!
君と会えなくなることのほうが、よっぽど苦しい!
恋愛がわからないなら、俺がわからせてやる!
だから――俺と付き合ってほしいんだ!!」

ルイスは捨て犬のような目をうるうるさせて見上げてくる。

「君が他の男と一緒にいるのを見るたび、
胸が苦しくて死にそうになる……!
昨日はパン屋の息子、その前は黒ローブの男、花屋の男……
みんな君をいやらしい目で見てた!」

(……え、なんでそんなに私のこと知ってるの?)

「一番許せないのは、一週間前、旅芸人が君の髪に触れたときだ!
君に触れていいのは、私だけなのに……!!」

……怖い。怖すぎる。
この男、本気で関わっちゃいけないタイプでは……?
でも、ここで正面から断ったとして、素直に引き下がると思えない。

「ああ、君が愛おしくて気が狂いそうだ……」

……やっぱりダメだ。
ここは一旦付き合って、あとで向こうから“別れてください”って言わせるしかない。

「……ええ、わかったわ。
お試し、ということで。あなたと付き合ってみましょう」

ミランは、しぶしぶ――という雰囲気を隠す気もなく、承諾の言葉を告げた。

それを聞いたルイスは、一瞬呆けた顔をしたあと、心から嬉しそうに笑った。

『ああ、ミランは私の運命の人だ。
君以外の人なんて考えられないよ』

――――――――――
――――――――――――――――

それからというもの、
ルイスの強すぎる押しにミランはどんどん流され、

いつの間にか、ミランの心も麻痺していった。

そしてお互いを“運命の相手”だと信じるようになってしまったのだった。


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