【本編完結】完璧アルファの寮長が、僕に本気でパートナー申請なんてするわけない

中村梅雨(ナカムラツユ)

文字の大きさ
10 / 42
前編

第九話

しおりを挟む
その日は結局、ほとんどを自室で過ごした。
昨日処理室に二人がいたことを誰かが漏らしたのだろう。朝食を取りに行っただけで周りの卑俗な視線がまとわりついてきて、それがあまりに鬱陶しかったので昼食もスキップして部屋で寝ていた。唯一の友人であるジュリアンも、今日に限って地元の彼女に会いに帰ってしまっていたのだ。

昼に起きた時に僅かにヒートの気配があったので、アーサーから貰った座薬を入れてみた。一人の部屋で力を抜いてやってみれば、それは驚くほどすんなりと入ってしまった。

だが、座薬を押し込んだ指先をそっと引き抜いた瞬間。ふと、昨日のことが頭をよぎった。
あの大きな手が、自分の腰を支えて、ためらいなく薬を押し込んだ感触。どこか優しかった指の温度まで。
あの時、あまりに強いヒートで頭は朦朧としていたはずなのに、全部不思議なほど詳細に体が覚えている。

「ん……」

喉の奥で小さな音が漏れる。
指先が空気に触れた途端、そこに残っていたぬるい感触が、急に熱を帯びた記憶に変わっていく。
嫌なはずなのに、胸の奥のどこかがじわりと疼いて、身体の内側から何かがこみ上げてくる。

「ん……はあ……」

せっかくあんな高価な薬を使ったのに、こんなの本末転倒だ。そう分かっていながらも、手が自然と前に伸びてしまう。

嫌だ思うのに、どうしたって頭の中に浮かんでくる。制服の袖口から見えた手首の筋、近くで感じた匂いーー
そしてあの、生物として興奮しきっていることが一目でわかるほどの眼光。
あんな顔、今まで他の誰かに見せたことがあるのだろうか。

ただヒートに当てられただけだと頭では分かっているはずなのに、アーサーにあの顔をさせたことにどこか優越感のようなものを感じてしまっている自分がいる。

ーーあの手が、本気でここに触れたら、一体どうなってしまうんだろう?

「……っ」

そう思った瞬間ドクンと右手の中が脈打ち、生暖かく湿った。それと同時にすうと頭から熱が引き、大きな自己嫌悪がひやりと胸に滴った。

「だめだ、なに考えてるんだ、僕……」

右手を乱暴にティッシュになすりつける。最悪だ。両手で頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。
自分で拒否したくせに、今更こんなことを考えてどうする。
なんの意味もない行為だ。ただ寮長としての義務的な、寮の風紀を保つための行為だと、昨日も、今朝だってはっきりとそう言われたじゃないか。

ーー僕だってそのつもりだ。

そう何度も言い聞かせるのに、指先に残った記憶がじわじわと胸をくすぐって、思考を侵食していく。

「……ほんとに……失敗した……」

こんなふうに心乱されるなら、やっぱり承認なんかするんじゃなかった。
枕に顔を埋め、ひとつ深く息を吐く。
沈黙だけが部屋に満ちる。窓の外から差し込む柔らかな午後の光が、あのかすかに揺れる睫毛の影を思い出させた。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる

さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。 ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。 來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。 すると、來が獣のように押し倒してきて……。 「その顔、煽ってんだろ? 俺を」 アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。 ※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 ※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。 ☆登場人物☆ 楠見野聖利(くすみのひじり) 高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。 中等部から学年トップの秀才。 來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。 ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。 海瀬來(かいせらい) 高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。 聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。 海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。 聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

内緒のΩと12人の番-α魔王は今日から人間Ωになりました-

春日日和
BL
乙女ゲームの魔王はαとして優れていた。 ゲームのシナリオで魔王はやられて、僅かな魔力を残して生きていた。 そんな時、魔王によって押さえつけていた魔物達が暴れ始めた。 再び魔物達を止めるためには魔王が復活しなくてはいけない。 しかし魔王の力は英雄達によって奪われていた。 取り戻すために魔王は僅かな魔力で人間に変身して英雄達に近付く事に… しかし、βになっていると思っていたがΩの人間になっていた。 それどころか元のα魔王にも戻れなくなり、魔力が戻れば元の魔王になる事を信じて親友になる事を決意した。 でも、彼らは何故か変な目で見てきて番になろうとする。 全ては人間の愛する者のために… 12人の英雄と魔族×元α魔王、現Ω見た目16歳の転生者

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした

圭琴子
BL
 この世界は、αとβとΩで出来てる。  生まれながらにエリートのαや、人口の大多数を占める『普通』のβにはさして意識するほどの事でもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。  今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。    βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。  小学校に入る時に義務付けられている血液検査日に、俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。  従って俺は戸籍上、β籍になっている。  あとは、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。  俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。  今まで、俺に『好き』と言った連中は、みんなΩの発情期に当てられた奴らばかりだった。  だから『好き』と言われて、ピンときたことはない。  だけど。優しいキスに、心が動いて、いつの間にかそのひとを『好き』になっていた。  学園の事実上のトップで、生まれた時から許嫁が居て、俺のことを遊びだと言い切るあいつを。  どんなに酷いことをされても、一度愛したあのひとを、忘れることは出来なかった。  『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとだったから。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

セカンドライフ!

みなみ ゆうき
BL
主人公 光希《みつき》(高1)は恵まれた容姿で常に女の子に囲まれる生活を送っていた。 来るもの拒まず去るもの追わずというスタンスでリア充を満喫しているつもりだったのだが、 ある日、それまで自分で認識していた自分というものが全て崩れ去る出来事が。 全てに嫌気がさし、引きこもりになろうと考えた光希だったが、あえなく断念。 従兄弟が理事長を務める山奥の全寮制男子校で今までの自分を全て捨て、修行僧のような生活を送ることを決意する。 下半身ゆるめ、気紛れ、自己中、ちょっとナルシストな主人公が今までと全く違う自分になって地味で真面目なセカンドライフを送ろうと奮闘するが、色んな意味で目を付けられトラブルになっていく話。 2019/7/26 本編完結。 番外編も投入予定。 ムーンライトノベルズ様にも同時投稿。

処理中です...