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後編一完結編一
第三十八話
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だが、いざドアの前に立つと、突然リースにも緊張が襲ってきた。一応向こうを発つ前に、母には「恋人を連れていく」とだけ報告していた。それがまさか王族の男のアルファで、そして母も会ったことのある幼なじみだと知ったら、母はどんな顔をするのだろう。
「いいですか?」
「ああ」
ひとつ深呼吸をして、ベルを鳴らす。すると息を整える間もなくバタバタと足音が近付いてきて、ついに扉が開いた。
「おかえりなさい、リース。と……」
目を滑らせた先の男に、母は目を丸くした。緊張のあまり、二人のことを直視できない。
「久しぶりね、会いたかったわ」
だが母はそう言って、先にアーサーを抱きしめた。その反応に、リースは思わず二人を見上げて硬直した。最後に会ったのは十年も前なのに、一目見ただけで分かるものなのか。そんなに迷いなく受け入れられるものなのか。
あまりに異質な組み合わせのはずなのに、なんだか懐かしいような。そんな不思議な光景を見つめているうち、ぼうっと気が遠くなった。そんなリースに、やっと母の腕が伸びてくる。
「おかえり。愛してるわ」
「ただいま。僕も……」
いつもと何も変わらないハグとキス。母はリースを見て微笑むと、今度は両手を大きく広げ、二人まとめて抱き寄せた。
「嬉しいわ、一緒にクリスマスを過ごせて。上がって、料理ができてるわよ」
母の腕の中で顔を見合わせる。そして、どちらからともなく笑ってしまった。
「改めて、アーサー・ケインです。息子さんと交際させていただいています」
食卓についた途端、アーサーがわざわざそんなことを言って頭を下げるものだから、リースも慌ててそれに続いた。これは完全によそ行きのアーサーだ。このモードの彼の口から「交際」などという言葉を聞くことには全く慣れなくて、ついドキドキしてしまう。
「う、うん。そうなんだ。急に驚かせてごめん」
だが母はそんな二人を見て、ただ嬉しそうに笑った。
「やだ、相変わらずしっかりしてるわね。本当に会いたかったのよ。元気だった?」
「はい……おかげさまで」
アーサーはそう言って、照れくさそうにはにかんだ。彼が言うには何度かここに来たことがあるらしいのだが、正直まだとても信じられない。自分で誘っておいて、きっと今、彼以上に緊張している。
「さ、食べましょ」
食卓には、三人で食べるには多すぎるほどの豪華な料理が並んでいる。チキンに魚料理、サラダやスープにフルーツまで。まるでコース料理が一気に運ばれてきたような光景に、気合い入ってるなあ、と内心苦笑する。
「……それにしてもまあ、エリオットさんの言った通りになっちゃったわね」
「……え?そうなの?」
「ええ、言ってたわよ。『アーサーの奴、リースに気がありますよ。あの二人、もしかしたら……』」
顔をしかめながらエリオットの真似をする母に、アーサーが激しく咳き込んだ。
「いえっ、僕は……。あー……」
「どう?似てるでしょ?」
ケラケラと笑う母にアーサーはすっかりあの完璧アルファの風情を失い、参ったように笑った。
「はい、とても……。……今思えば、昔からそうだったのかもしれません」
その様子に、本当にこの人は自分のことが好きなんだ一一と改めて思ってしまって、思わず顔が熱くなった。一体いつになったなら慣れるのだろう。そんな日は本当に来るのだろうか。
エリオット・ケイン一一その男は、父の親友だったらしい。幼いリースにとっては、大変気のいい親戚のおじさんのような存在だった。父よりも体格がよく力持ちだった彼と遊ぶのは、とても楽しかったような気がする。手を繋いでぐるぐる回ったり、リースとアーサーをまとめて抱き上げて肩に乗せたり。
どれも断片的な記憶ではあるけれど、そんな幸せな日々が沢山あったのだということを、少しづつ思い出せるようになつってきた。父との思い出も、その周りにあった優しい空気も。それは、記憶が戻る一一などという大袈裟な過程ではない。色褪せた昔の写真を見た時になんとなくその空気を思い出して懐かしくなるような、そんな心地の良い感覚だ。
食後には三人でクリスマスソングを歌い、母特製のケーキを切り分けた。例年より少しだけ大きなケーキに嬉しくなる。いつもと同じはずなのに、なんだか懐かしいものを見ているような気持ちになった。
その一切れを頬張ろうとしたその時、母がリビングの棚から古いアルバムを引っ張り出してきて、一枚の写真を指差した。
「見て、二人ともとっても可愛い」
その写真には、二人の子どもが写っていた。一人は口にクリームをつけてキョトンとした上目遣いでカメラを見つめ、もう一人はその子をじっと見つめている。右下に小さく印字された日付は、十二年前の今日。
「えっ、これ、僕たち?」
「そうよ。ほんっとうに懐かしいわ」
場所はアーサーの叔父の別宅だろうか。リースは写真の中で自分を見つめるその美少年に、じっと目を凝らした。言われてみれば確かに面影はある。だがそこに写っているアーサーはどこから見ても年相応の子どもで、今ほどの威厳も強かさも全くない。子どもだから当然と言われればそうなのだが、それだけではなかったであろう彼の半生を想うと胸が苦しくなる。きっとこの十年で、否が応でも強くならなければならなかったのだろう。
母は楽しそうに一緒に写っている写真を見つけ出しては、長々と思い出話を繰り返した。こんなにも一緒に写っている写真があったのかと驚愕する。なんとなく思い出せるものもあったし、全く忘れてしまっているものも沢山あった。だがアーサーの方はかなり詳細に色々なことを覚えているようで、母は嬉しそうに彼と思い出話に花を咲かせていた。
そんな二人の横顔を眺めながら、思わず口元が綻ぶ。こんなふうに笑える人だなんて全く知らなかった。自分が他人のことで、こんなにも幸せな気持ちになれるということも。
相変わらず盛り上がる二人の傍ら、リースはそっと息を吸った。胸の奥で、ずっと凍っていた何かがようやく溶けはじめているのを感じた。
――ああ、帰ってきたんだ。
何度も帰ってきたはずの自分の家で、どうして今日、こんなにも強くそう思うのだろう。
そしてここを出る時にはきっと、明るい未来へ踏み出していける。そんな気がしてならなかった。
「いいですか?」
「ああ」
ひとつ深呼吸をして、ベルを鳴らす。すると息を整える間もなくバタバタと足音が近付いてきて、ついに扉が開いた。
「おかえりなさい、リース。と……」
目を滑らせた先の男に、母は目を丸くした。緊張のあまり、二人のことを直視できない。
「久しぶりね、会いたかったわ」
だが母はそう言って、先にアーサーを抱きしめた。その反応に、リースは思わず二人を見上げて硬直した。最後に会ったのは十年も前なのに、一目見ただけで分かるものなのか。そんなに迷いなく受け入れられるものなのか。
あまりに異質な組み合わせのはずなのに、なんだか懐かしいような。そんな不思議な光景を見つめているうち、ぼうっと気が遠くなった。そんなリースに、やっと母の腕が伸びてくる。
「おかえり。愛してるわ」
「ただいま。僕も……」
いつもと何も変わらないハグとキス。母はリースを見て微笑むと、今度は両手を大きく広げ、二人まとめて抱き寄せた。
「嬉しいわ、一緒にクリスマスを過ごせて。上がって、料理ができてるわよ」
母の腕の中で顔を見合わせる。そして、どちらからともなく笑ってしまった。
「改めて、アーサー・ケインです。息子さんと交際させていただいています」
食卓についた途端、アーサーがわざわざそんなことを言って頭を下げるものだから、リースも慌ててそれに続いた。これは完全によそ行きのアーサーだ。このモードの彼の口から「交際」などという言葉を聞くことには全く慣れなくて、ついドキドキしてしまう。
「う、うん。そうなんだ。急に驚かせてごめん」
だが母はそんな二人を見て、ただ嬉しそうに笑った。
「やだ、相変わらずしっかりしてるわね。本当に会いたかったのよ。元気だった?」
「はい……おかげさまで」
アーサーはそう言って、照れくさそうにはにかんだ。彼が言うには何度かここに来たことがあるらしいのだが、正直まだとても信じられない。自分で誘っておいて、きっと今、彼以上に緊張している。
「さ、食べましょ」
食卓には、三人で食べるには多すぎるほどの豪華な料理が並んでいる。チキンに魚料理、サラダやスープにフルーツまで。まるでコース料理が一気に運ばれてきたような光景に、気合い入ってるなあ、と内心苦笑する。
「……それにしてもまあ、エリオットさんの言った通りになっちゃったわね」
「……え?そうなの?」
「ええ、言ってたわよ。『アーサーの奴、リースに気がありますよ。あの二人、もしかしたら……』」
顔をしかめながらエリオットの真似をする母に、アーサーが激しく咳き込んだ。
「いえっ、僕は……。あー……」
「どう?似てるでしょ?」
ケラケラと笑う母にアーサーはすっかりあの完璧アルファの風情を失い、参ったように笑った。
「はい、とても……。……今思えば、昔からそうだったのかもしれません」
その様子に、本当にこの人は自分のことが好きなんだ一一と改めて思ってしまって、思わず顔が熱くなった。一体いつになったなら慣れるのだろう。そんな日は本当に来るのだろうか。
エリオット・ケイン一一その男は、父の親友だったらしい。幼いリースにとっては、大変気のいい親戚のおじさんのような存在だった。父よりも体格がよく力持ちだった彼と遊ぶのは、とても楽しかったような気がする。手を繋いでぐるぐる回ったり、リースとアーサーをまとめて抱き上げて肩に乗せたり。
どれも断片的な記憶ではあるけれど、そんな幸せな日々が沢山あったのだということを、少しづつ思い出せるようになつってきた。父との思い出も、その周りにあった優しい空気も。それは、記憶が戻る一一などという大袈裟な過程ではない。色褪せた昔の写真を見た時になんとなくその空気を思い出して懐かしくなるような、そんな心地の良い感覚だ。
食後には三人でクリスマスソングを歌い、母特製のケーキを切り分けた。例年より少しだけ大きなケーキに嬉しくなる。いつもと同じはずなのに、なんだか懐かしいものを見ているような気持ちになった。
その一切れを頬張ろうとしたその時、母がリビングの棚から古いアルバムを引っ張り出してきて、一枚の写真を指差した。
「見て、二人ともとっても可愛い」
その写真には、二人の子どもが写っていた。一人は口にクリームをつけてキョトンとした上目遣いでカメラを見つめ、もう一人はその子をじっと見つめている。右下に小さく印字された日付は、十二年前の今日。
「えっ、これ、僕たち?」
「そうよ。ほんっとうに懐かしいわ」
場所はアーサーの叔父の別宅だろうか。リースは写真の中で自分を見つめるその美少年に、じっと目を凝らした。言われてみれば確かに面影はある。だがそこに写っているアーサーはどこから見ても年相応の子どもで、今ほどの威厳も強かさも全くない。子どもだから当然と言われればそうなのだが、それだけではなかったであろう彼の半生を想うと胸が苦しくなる。きっとこの十年で、否が応でも強くならなければならなかったのだろう。
母は楽しそうに一緒に写っている写真を見つけ出しては、長々と思い出話を繰り返した。こんなにも一緒に写っている写真があったのかと驚愕する。なんとなく思い出せるものもあったし、全く忘れてしまっているものも沢山あった。だがアーサーの方はかなり詳細に色々なことを覚えているようで、母は嬉しそうに彼と思い出話に花を咲かせていた。
そんな二人の横顔を眺めながら、思わず口元が綻ぶ。こんなふうに笑える人だなんて全く知らなかった。自分が他人のことで、こんなにも幸せな気持ちになれるということも。
相変わらず盛り上がる二人の傍ら、リースはそっと息を吸った。胸の奥で、ずっと凍っていた何かがようやく溶けはじめているのを感じた。
――ああ、帰ってきたんだ。
何度も帰ってきたはずの自分の家で、どうして今日、こんなにも強くそう思うのだろう。
そしてここを出る時にはきっと、明るい未来へ踏み出していける。そんな気がしてならなかった。
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