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8. 宰相子息との見合い「レオンハルト視点」
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伯爵邸の正門前に、紋章入りの黒塗りの馬車が止まった。
御者が扉を開けると、ゆっくりと一人の青年が降り立つ。
陽光を受けてきらりと光る銀髪。
すっと通った鼻筋、整った輪郭。
そして、氷のように澄んだ青い瞳。
宰相子息――レオンハルト。
その存在感だけで、周囲の空気が引き締まる。
レオンハルトは容姿端麗で頭脳に恵まれていて、将来を有望視されている青年だ。
ただ、女性と接するのが苦手だった。
女性の数が少ないこの国では、貴族令嬢は常に注目の的だ。
ましてや高位令嬢ともなれば、政略の中心。
だが同時に――
高位令嬢の多くは、自身の価値を理解しているがゆえに、強く、気位も高い。
そしてレオンハルトは。
(……ああいう手合いは、苦手だ)
心の中で小さくため息をついた。
父である宰相からは、
「冷静に見極めろ」とだけ言われている。
冷静に。
合理的に。
感情は排除して。
それが彼の得意分野のはずだった。
⸻
応接間の扉が開く。
「ようこそお越しくださいました、レオンハルト様」
穏やかな声。
彼は顔を上げる。
そこに立っていたのは――
想像していた“高位令嬢”とは、まるで違う少女だった。
柔らかな微笑み。
威圧も誇示もない、静かな佇まい。
けれど、室内の魔力の流れがわずかに変わる。
(……濃い)
押し付けがましくない。
だが確かに高純度。
無意識に制御され、安定している。
レオンハルトの青い瞳がわずかに細められた。
「……本日はお時間をいただき、感謝いたします」
形式通りの挨拶。
少女は緩やかに礼を返した。
「こちらこそ、遠路ありがとうございます。お疲れではありませんか?」
その言葉は、社交辞令というより本気の気遣いだった。
レオンハルトは一瞬、返答に詰まる。
(……演技、ではない?)
「問題ありません」
やや硬い声になってしまう。
自覚はある。
彼は、柔らかい空気が得意ではない。
⸻
席に着く。
紅茶の香りが立ち昇る。
沈黙が数秒続いた。
普通ならば、ここで令嬢側が自らの価値をほのめかす。
魔力量、家格、将来性。
だが彼女は違った。
「レオンハルト様は、王城で政務補佐をなさっていると伺いました」
「……ええ」
「大変なお役目ですね」
ただそれだけ。
誇示も探りもない。
レオンハルトは思わず問い返す。
「あなたは……ご自身の話はなさらないのですか」
少女は小さく首を傾げた。
「私の話、ですか?」
いつもの流れなら、ここで自信に満ちた言葉が来る。
だが彼女は少し考え、
「……必要ならお話しします。でも」
柔らかく微笑む。
「今日はまず、レオンハルト様がどんな方かを知りたいです」
静かに、真っ直ぐに。
青い瞳と視線が交わる。
心臓が、一瞬だけ強く打った。
(なぜ、動揺する)
彼は感情制御が得意だ。
政務でも交渉でも冷静沈着。
だが。
この穏やかさは、計算しづらい。
「……私を知って、どうなさるおつもりですか」
少し意地悪な問い。
無意識の防御だ。
少女は、困ったように笑った。
「どう、とは?」
「私は、扱いやすい人間ではありません」
つい本音が出る。
強気な女性なら、ここで挑発するだろう。
だが彼女は、
「そうなのですね」
と、ただ受け止めた。
こちらが求婚する側で、見合いをしに来た立場だというのに、慣れなくてつい不甲斐ない態度をとってしまっているレオンハルトを前にして、少し困ったような表情の笑顔を浮かべている。
令嬢によっては激高していてもおかしくない。
ただ、穏やか。
レオンハルトは視線をそらした。
「……変わった方ですね」
「よく言われます」
「褒めてはいません」
「では、これから褒めていただけるよう頑張りますね」
――くすり。
柔らかい笑い声。
レオンハルトの耳が、わずかに赤くなる。
(……強くない)
(だが、侮れない)
この少女は、威圧しない。
押さない。
だが確実に、距離を詰めてくる。
気付けば、彼の青い瞳は彼女を観察するのではなく、見つめていた。
そして初めて思う。
(強気な女性より……こういう方が、厄介だ)
穏やかな令嬢。
そして――
彼にとって、予想外の存在。
この見合いは、合理的に終わるはずだった。
だがその予定は、静かに崩れ始めていた。
御者が扉を開けると、ゆっくりと一人の青年が降り立つ。
陽光を受けてきらりと光る銀髪。
すっと通った鼻筋、整った輪郭。
そして、氷のように澄んだ青い瞳。
宰相子息――レオンハルト。
その存在感だけで、周囲の空気が引き締まる。
レオンハルトは容姿端麗で頭脳に恵まれていて、将来を有望視されている青年だ。
ただ、女性と接するのが苦手だった。
女性の数が少ないこの国では、貴族令嬢は常に注目の的だ。
ましてや高位令嬢ともなれば、政略の中心。
だが同時に――
高位令嬢の多くは、自身の価値を理解しているがゆえに、強く、気位も高い。
そしてレオンハルトは。
(……ああいう手合いは、苦手だ)
心の中で小さくため息をついた。
父である宰相からは、
「冷静に見極めろ」とだけ言われている。
冷静に。
合理的に。
感情は排除して。
それが彼の得意分野のはずだった。
⸻
応接間の扉が開く。
「ようこそお越しくださいました、レオンハルト様」
穏やかな声。
彼は顔を上げる。
そこに立っていたのは――
想像していた“高位令嬢”とは、まるで違う少女だった。
柔らかな微笑み。
威圧も誇示もない、静かな佇まい。
けれど、室内の魔力の流れがわずかに変わる。
(……濃い)
押し付けがましくない。
だが確かに高純度。
無意識に制御され、安定している。
レオンハルトの青い瞳がわずかに細められた。
「……本日はお時間をいただき、感謝いたします」
形式通りの挨拶。
少女は緩やかに礼を返した。
「こちらこそ、遠路ありがとうございます。お疲れではありませんか?」
その言葉は、社交辞令というより本気の気遣いだった。
レオンハルトは一瞬、返答に詰まる。
(……演技、ではない?)
「問題ありません」
やや硬い声になってしまう。
自覚はある。
彼は、柔らかい空気が得意ではない。
⸻
席に着く。
紅茶の香りが立ち昇る。
沈黙が数秒続いた。
普通ならば、ここで令嬢側が自らの価値をほのめかす。
魔力量、家格、将来性。
だが彼女は違った。
「レオンハルト様は、王城で政務補佐をなさっていると伺いました」
「……ええ」
「大変なお役目ですね」
ただそれだけ。
誇示も探りもない。
レオンハルトは思わず問い返す。
「あなたは……ご自身の話はなさらないのですか」
少女は小さく首を傾げた。
「私の話、ですか?」
いつもの流れなら、ここで自信に満ちた言葉が来る。
だが彼女は少し考え、
「……必要ならお話しします。でも」
柔らかく微笑む。
「今日はまず、レオンハルト様がどんな方かを知りたいです」
静かに、真っ直ぐに。
青い瞳と視線が交わる。
心臓が、一瞬だけ強く打った。
(なぜ、動揺する)
彼は感情制御が得意だ。
政務でも交渉でも冷静沈着。
だが。
この穏やかさは、計算しづらい。
「……私を知って、どうなさるおつもりですか」
少し意地悪な問い。
無意識の防御だ。
少女は、困ったように笑った。
「どう、とは?」
「私は、扱いやすい人間ではありません」
つい本音が出る。
強気な女性なら、ここで挑発するだろう。
だが彼女は、
「そうなのですね」
と、ただ受け止めた。
こちらが求婚する側で、見合いをしに来た立場だというのに、慣れなくてつい不甲斐ない態度をとってしまっているレオンハルトを前にして、少し困ったような表情の笑顔を浮かべている。
令嬢によっては激高していてもおかしくない。
ただ、穏やか。
レオンハルトは視線をそらした。
「……変わった方ですね」
「よく言われます」
「褒めてはいません」
「では、これから褒めていただけるよう頑張りますね」
――くすり。
柔らかい笑い声。
レオンハルトの耳が、わずかに赤くなる。
(……強くない)
(だが、侮れない)
この少女は、威圧しない。
押さない。
だが確実に、距離を詰めてくる。
気付けば、彼の青い瞳は彼女を観察するのではなく、見つめていた。
そして初めて思う。
(強気な女性より……こういう方が、厄介だ)
穏やかな令嬢。
そして――
彼にとって、予想外の存在。
この見合いは、合理的に終わるはずだった。
だがその予定は、静かに崩れ始めていた。
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