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最終章 第一話 最後の祭りが始まる、それは恋の終わりの始まり
祭りの前の静けさと、胸に秘めた熱
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自室のベッドに横になり、俺は一人、天井の染みをぼんやりと見上げていた。
部屋の電気は消してある。
唯一の光源は、枕元に置いたスマホの画面だけ。そこに映し出されているのは、明日から始まるLinkLive“卒業”文化祭の、緻密に組まれたタイムテーブルだった。
『10:00~ チームひより:兄妹イチャコラ♡思い出喫茶 OPEN(ゲスト出演:レイ)』
『13:00~ チーム夜々:女王様と魅惑の執事(メイド)演劇カフェ 開演(ゲスト出演:レイ)』
『15:00~ チームみなと:癒やしと絶叫の和風お化け屋敷 開場(ゲスト出演:レイ)』
……その全てに、俺の名前がゲストとして、当たり前のように刻まれている。
まるで、俺が彼女たちの物語に不可欠な存在だとでも言うように。
その一つ一つの文字が、ずっしりと重い。彼女たちの、二週間の努力と、そして俺への“想い”の重さだ。
スマホの画面をスワイプする。
指先が、事務所の出口で俺を待ち伏せしていた、メグの顔を思い出す。
『コウくん!明日のステージ、絶対見に来てくださいね!アタシが、アンタを一番輝かせてみせるッス!だから……アンタの隣は、アタシが予約済みってことで、そこんとこよろしく!』
いつもみたいなおふざけじゃない。
その瞳は、最高のステージを創り上げるというクリエイターの情熱と、そして、一人の女の子としての、本気の決意に燃えていた。最高のプロデューサーの顔をしていた。
俺は、あんなにも真剣なメグを、初めて見たかもしれない。
ため息をついて、もう一度画面をスワイプする。
アパートのエントランス、常夜灯の下で俺を待っていた、夜々先輩の姿が脳裏に蘇る。
『天城くん。明日は、せいぜい楽しませてもらうわ。そして、あなたに相応しいのが、未熟な妹なのか、それともこのわたくしなのか……その目で、見極めなさい。答えを、楽しみにしているわ』
その不敵な笑みは、絶対的な女王の自信に満ち溢れていた。
でも、俺だけは知っている。
あの気高い仮面の下に隠された、不器用で、脆くて、寂しがりな素顔を。
彼女もまた、この祭りに全てを賭けている。
そして、最後に思い出すのは、部屋のドアを開けた瞬間の、あの温かい光景。
『お兄ちゃん、見てて。ひよりが、最高のステージを作るから。そしたら……私の気持ち、ちゃんと、受け取ってね』
エプロン姿で、俺の好物だけが並んだ食卓を背に、彼女はそう言った。
それは、もう“妹”の顔ではなかった。
恋する相手に、自分のすべてを見てほしいと願う、真剣で、愛おしさに満ちた表情だった。
ソロデビュー。それは、俺自身の夢だ。誰かの代役ではない、
天城コウとしての声で、大きなステージに立つ。
考えただけで、胸が熱くなる。
でも、その夢の先には、今のこの温かい日常はないのかもしれない。
ひよりの「おかえり」も、メグの「おかえりなさい、推し!」も、夜々先輩の「おかえりなさい、下の階の君」も、もう聞けなくなるのかもしれない。
壁一枚を隔てた、この騒がしくて、愛おしい不協和音が、俺の日常から消えてしまうのかもしれない。
ふと、窓の外に目をやる。アパートの窓から見える、見慣れた夜景。
隣の2022号室と、上の303号室に、まだ明かりが灯っているのが見えた。
きっと彼女たちも、明日のステージのために、眠れない夜を過ごしているのだろう。メグは最後の演出チェックを、夜々先輩は脚本の最終確認を。
それぞれの部屋で、それぞれの戦いに備えている。
そして、リビングの方からは、ひよりが小さな声で歌を練習しているのが聞こえる。明日、喫茶店で披露する予定の、俺との思い出をテーマにした歌。
その、か細くも、心のこもった歌声が、ドアの隙間から俺の部屋まで届いてくる。
俺は、全員に囲まれている。
物理的にも、そして、その温かい想いにも。
このどうしようもなく愛おしい日常を、俺は本当に、手放すことができるのだろうか。
夢を追うこと。
それは、何かを捨てることなのかもしれない。
でも、俺が捨てようとしているものは、あまりにも温かくて、重すぎる。
「俺は、どんな答えを出すべきなんだ……?」
ベッドの上で、呟いた声は、誰にも届かない。
最後の祭りが終わる時、俺の声は、俺の心は、一体どこへ向かうのか。
その答えはまだ、秋の夜空の、星の向こう側だった。
俺は、鳴りやまない心臓の音を聞きながら、静かに目を閉じた。
部屋の電気は消してある。
唯一の光源は、枕元に置いたスマホの画面だけ。そこに映し出されているのは、明日から始まるLinkLive“卒業”文化祭の、緻密に組まれたタイムテーブルだった。
『10:00~ チームひより:兄妹イチャコラ♡思い出喫茶 OPEN(ゲスト出演:レイ)』
『13:00~ チーム夜々:女王様と魅惑の執事(メイド)演劇カフェ 開演(ゲスト出演:レイ)』
『15:00~ チームみなと:癒やしと絶叫の和風お化け屋敷 開場(ゲスト出演:レイ)』
……その全てに、俺の名前がゲストとして、当たり前のように刻まれている。
まるで、俺が彼女たちの物語に不可欠な存在だとでも言うように。
その一つ一つの文字が、ずっしりと重い。彼女たちの、二週間の努力と、そして俺への“想い”の重さだ。
スマホの画面をスワイプする。
指先が、事務所の出口で俺を待ち伏せしていた、メグの顔を思い出す。
『コウくん!明日のステージ、絶対見に来てくださいね!アタシが、アンタを一番輝かせてみせるッス!だから……アンタの隣は、アタシが予約済みってことで、そこんとこよろしく!』
いつもみたいなおふざけじゃない。
その瞳は、最高のステージを創り上げるというクリエイターの情熱と、そして、一人の女の子としての、本気の決意に燃えていた。最高のプロデューサーの顔をしていた。
俺は、あんなにも真剣なメグを、初めて見たかもしれない。
ため息をついて、もう一度画面をスワイプする。
アパートのエントランス、常夜灯の下で俺を待っていた、夜々先輩の姿が脳裏に蘇る。
『天城くん。明日は、せいぜい楽しませてもらうわ。そして、あなたに相応しいのが、未熟な妹なのか、それともこのわたくしなのか……その目で、見極めなさい。答えを、楽しみにしているわ』
その不敵な笑みは、絶対的な女王の自信に満ち溢れていた。
でも、俺だけは知っている。
あの気高い仮面の下に隠された、不器用で、脆くて、寂しがりな素顔を。
彼女もまた、この祭りに全てを賭けている。
そして、最後に思い出すのは、部屋のドアを開けた瞬間の、あの温かい光景。
『お兄ちゃん、見てて。ひよりが、最高のステージを作るから。そしたら……私の気持ち、ちゃんと、受け取ってね』
エプロン姿で、俺の好物だけが並んだ食卓を背に、彼女はそう言った。
それは、もう“妹”の顔ではなかった。
恋する相手に、自分のすべてを見てほしいと願う、真剣で、愛おしさに満ちた表情だった。
ソロデビュー。それは、俺自身の夢だ。誰かの代役ではない、
天城コウとしての声で、大きなステージに立つ。
考えただけで、胸が熱くなる。
でも、その夢の先には、今のこの温かい日常はないのかもしれない。
ひよりの「おかえり」も、メグの「おかえりなさい、推し!」も、夜々先輩の「おかえりなさい、下の階の君」も、もう聞けなくなるのかもしれない。
壁一枚を隔てた、この騒がしくて、愛おしい不協和音が、俺の日常から消えてしまうのかもしれない。
ふと、窓の外に目をやる。アパートの窓から見える、見慣れた夜景。
隣の2022号室と、上の303号室に、まだ明かりが灯っているのが見えた。
きっと彼女たちも、明日のステージのために、眠れない夜を過ごしているのだろう。メグは最後の演出チェックを、夜々先輩は脚本の最終確認を。
それぞれの部屋で、それぞれの戦いに備えている。
そして、リビングの方からは、ひよりが小さな声で歌を練習しているのが聞こえる。明日、喫茶店で披露する予定の、俺との思い出をテーマにした歌。
その、か細くも、心のこもった歌声が、ドアの隙間から俺の部屋まで届いてくる。
俺は、全員に囲まれている。
物理的にも、そして、その温かい想いにも。
このどうしようもなく愛おしい日常を、俺は本当に、手放すことができるのだろうか。
夢を追うこと。
それは、何かを捨てることなのかもしれない。
でも、俺が捨てようとしているものは、あまりにも温かくて、重すぎる。
「俺は、どんな答えを出すべきなんだ……?」
ベッドの上で、呟いた声は、誰にも届かない。
最後の祭りが終わる時、俺の声は、俺の心は、一体どこへ向かうのか。
その答えはまだ、秋の夜空の、星の向こう側だった。
俺は、鳴りやまない心臓の音を聞きながら、静かに目を閉じた。
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