イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。

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第9章『きょうも、なんでもない一日。』

『女王様とカップ麺』

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深夜0時を過ぎた頃、マンションの静寂を破るように、夜々のお腹が鳴った。



「………………」



キッチンの壁時計をちらりと見る。

冷蔵庫には残り物のパスタソース。だが、麺はない。冷凍ごはんもない。

代わりに、棚の奥から発見されたのは――



「おぉ……ノワール=クロエ、緊急事態用の糧を見つけたわ」



満足げにカップ麺を掲げる夜々。味はシーフード。賞味期限もギリギリセーフ。



「さあ、我が深夜の晩餐よ。湯を沸かすがいい!」



電気ケトルにスイッチを入れ、湯気が立ち始める。

すっぴんに部屋着、髪は三つ編みのまま。完璧な「オフ女王様」モードである。



「よし……注ぐわよ」



カップにお湯をそそぎ、蓋をピタッと──



……閉まらない。



「………………あれ?」



湯気で反り返ったフタが、カポカポと浮いてしまう。



「え、ちょっと待って、いやいやいや、閉じなさいよ。女王命令よ?」



言い聞かせても、紙は言うことを聞かない。



「ふた押さえ……ふた押さえ……っ!」



近くにあったものを試していく。



・コミックス第8巻(重さ不足)

・スマホ(傾いて滑る)

・箸ずれる

・ハンガー(意味不明)



「くっ……全ての民に見せられない姿すぎる……!」



最後は指で押さえる、という原始的手段に出た夜々。



そのまましゃがんでカウントを始める。



「いーち、にーい、さーん……っつー! あっつ!」



悲鳴を上げて指を引っ込める。



「なんで……! なんでこんな戦いが……!!」



女王様、カップ麺相手に敗北の危機。



ようやく3分が経過し、湯気がほどよく落ち着いた頃。

夜々は立ち上がり、カップを持ち上げた。



だがその瞬間、底がわずかに濡れていたためか――



「──ひゃっ!? や、やばっ……!」



滑った。

そして。



バシャアッ!



「きゃああああ!? 麺がぁあああっ!!」



フローリングに飛び散る、白いスープと柔らかくなりすぎた麺。



「……ぅう、せっかく……せっかく、私の夜食だったのに……っ」



床に膝をつき、しゃがみ込む夜々。

笑ってしまうほど、情けない格好だった。



「こんなとこ……誰にも……見られたくないわよ……」



その言葉が、フラグになるとは思いもせず。



◇ ◇ ◇



翌日。事務所の休憩スペース。

カップ麺の自販機を前にして、夜々は虚空を見つめていた。



(今日は大人しく、ボタン一つで済むやつにしとこ……)



だが、何かが気になった。

昨日の敗戦がフラッシュバックする。

お湯が多かったのか、スープが熱すぎたのか、蓋が裏切ったのか――。



そこへ。



「……夜々さん、昨日、夜中に叫びませんでした?」



唐突に背後から聞こえた低音ボイス。



「ッ……!?」



振り返れば、そこに立っていたのは――天城コウ。



マイペースで、どこか間の抜けた顔をしている。だが、その表情に含み笑いがあるのが気に障った。



「え、なに? どういうこと?」



夜々が眉をひそめて問い返すと、コウはスマホを取り出し、イヤホンを差し出した。



「昨日の自分の配信アーカイブ、チェックしてたらさ……これ、10分50秒あたり」



何の気なしに受け取ったイヤホンを耳に当てた瞬間。



『麺がぁあああっ!!』



夜々の叫び声が、鮮明に。



「うわああああああっ!?!?」



イヤホンを弾き飛ばし、顔を真っ赤に染める。



「な、なんで入ってるの!? 嘘でしょ!? 配信されてたの!? え、待って待って、あれ私じゃないしっ!」



必死の言い訳。だがコウは、にやにやと笑いながらコーヒーを飲んでいる。



「いやあ……夜中に何が起きてたのか、想像しちゃうよなあ……」



「やめろおおおお!!」



「たぶん……蓋が閉まらなかったとか?」



図星すぎて、夜々は椅子の陰に隠れる。



「わ、笑ったら……殺す……!」



それでも笑いを堪えきれないコウに背を向け、夜々はそそくさとその場を立ち去った。



◇ ◇ ◇



夜、自室。



こっそり配信アーカイブを開いた夜々。

イヤホンを耳に押し込んで、10分50秒に再生バーを合わせる。



──『麺がぁあああっ!!』



自分の悲鳴が、思ったよりも情けなく響いた。



「……まじで入ってる……バカ……」



毛布を頭からかぶって、しばらくそのまま動けなかった。



でも、少しだけ笑ってしまったのも事実で。



「……誰にも見せないって、決めてたのに」



誰かが、聞いてくれるだけで。

ほんの少し、気が楽になることって……あるのかも。



夜々はカップ麺のパッケージを抱きしめながら、電気を消した。
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