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5.侍女アニタは困惑する(2)
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「ほんとの私は、ディアナの言う通り〈ヒョロガリメガネ〉なのよ」
と、瓶底眼鏡の少女――つまりフェリシア様が、ケラケラと笑った。
たしかに、ヒョロッとしてるし、寝巻のようなルームワンピースはダボダボで、ガリッとしている。
手にされていた本を読み終わるまで待っていると、とっぷり日が暮れていた。
寝そべっていたベッドからヒョロヒョロと立ち上がられ、テーブルに置かれたティーセットでお茶を淹れてくださろうとする。
「そ、そんなの、わたしがやりますから」
「いいのいいの。アニタは本を片付けてくれたし。お茶くらい淹れるわよ」
と言われては、黙って見ておくしかない。
けど、お尻をポリポリ掻くのはやめてほしい。公爵令嬢として。
簡素なお部屋には、馬車の本が運び込まれ、さらには続く荷馬車に山と積まれていた本まで運び込まれている。
フェリシア様が本を読まれてる間に、ダグさん夫妻と3人で全部、本棚に仕舞った。
「3年ぶりだったから、夢中で読んでしまったわ」
と、満足気に笑われるフェリシア様。
「ほ……、本がお好きなのですか?」
「ええ、そうよ。……あ、そうか。アニタがウチに来たのは、私の社交界デビューの後だったわね」
「は、はい……」
「はい、どうぞ」
と、わたしにお茶をさし出されたフェリシア様が、わたしの顔をまじまじとのぞき込まれた。
「……ど、どうか……、されましたでしょうか?」
「ううん。アニタって、可愛らしい顔してたのね」
「……えっと?」
「ぼんやりとしか見えてなかったのよ。眼鏡かけてなかったし」
「ああ……」
しょ、正直なところ、
――帰ろうかな……。
と、思わなかったと言えば嘘になる。
だけど、これはきっと、お疲れのフェリシア様の人生に必要なリフレッシュタイムなのだと思い直し、そんなときこそお仕えせずに、いつお仕えするのだと覚悟を決めた。
「うん、分かった。いいわよ」
「え……? よろしいのですか?」
「うん。来ちゃったもの追い返すのもアレだし、ダグとセルマも歳だしね。お給金も払うわよ」
「……よろしいのですか?」
「バネル家から支度金も貰ったし、王都の叔父様も当面はわたしに仕送りせざるを得ないでしょ? おカネには困ってないわ」
「その……、いかがでした?」
「ん? なにが?」
「バネル家の……、レンナルトという、……フェリシア様の旦那様は?」
「知らない」
「えっ!? なんと無礼な!! フェリシア様に会わせもしなかったのですか!?」
「違う違う」
「……え?」
「私、よく見えないから。たぶん、背が高かったわよ?」
「あ……、ああ……」
「アニタ……」
「はいっ! なんでしょうか!?」
「……そろそろ、次の本を読んでもいい?」
「あ……、い、いや、ダメです!」
「え、なんでよぉ?」
「お夕食が先です! 次の本に取り掛かられたら、また読み終わられるまで夢中になられるのでしょう!?」
「あら。短い間に、私のことがよく分かったわね?」
「……長年、お仕えさせていただいてきましたから。類推です、類推」
その場で、わたしはメイドから侍女に取り立てていただいた。
つまり、フェリシア様の側近だとお認めいただいたのだ。
誇らしくて感無量な気持ちと、
手早く食事を済ませ、ヒョロヒョロと本棚から本を選ばれているフェリシア様の〈ヒョロガリメガネ〉なお姿とに、
感情の整理が追い付かない。
凛とした公爵令嬢、来年には女公爵になられるはずのフェリシア・ストゥーレ様はどこに行った?
「きっと、今だけのことですよ」
と、微笑むダグ夫妻の言葉を信じることにして、わたしにあてがってもらった部屋で、ようやく自分の荷ほどきをした。
と、瓶底眼鏡の少女――つまりフェリシア様が、ケラケラと笑った。
たしかに、ヒョロッとしてるし、寝巻のようなルームワンピースはダボダボで、ガリッとしている。
手にされていた本を読み終わるまで待っていると、とっぷり日が暮れていた。
寝そべっていたベッドからヒョロヒョロと立ち上がられ、テーブルに置かれたティーセットでお茶を淹れてくださろうとする。
「そ、そんなの、わたしがやりますから」
「いいのいいの。アニタは本を片付けてくれたし。お茶くらい淹れるわよ」
と言われては、黙って見ておくしかない。
けど、お尻をポリポリ掻くのはやめてほしい。公爵令嬢として。
簡素なお部屋には、馬車の本が運び込まれ、さらには続く荷馬車に山と積まれていた本まで運び込まれている。
フェリシア様が本を読まれてる間に、ダグさん夫妻と3人で全部、本棚に仕舞った。
「3年ぶりだったから、夢中で読んでしまったわ」
と、満足気に笑われるフェリシア様。
「ほ……、本がお好きなのですか?」
「ええ、そうよ。……あ、そうか。アニタがウチに来たのは、私の社交界デビューの後だったわね」
「は、はい……」
「はい、どうぞ」
と、わたしにお茶をさし出されたフェリシア様が、わたしの顔をまじまじとのぞき込まれた。
「……ど、どうか……、されましたでしょうか?」
「ううん。アニタって、可愛らしい顔してたのね」
「……えっと?」
「ぼんやりとしか見えてなかったのよ。眼鏡かけてなかったし」
「ああ……」
しょ、正直なところ、
――帰ろうかな……。
と、思わなかったと言えば嘘になる。
だけど、これはきっと、お疲れのフェリシア様の人生に必要なリフレッシュタイムなのだと思い直し、そんなときこそお仕えせずに、いつお仕えするのだと覚悟を決めた。
「うん、分かった。いいわよ」
「え……? よろしいのですか?」
「うん。来ちゃったもの追い返すのもアレだし、ダグとセルマも歳だしね。お給金も払うわよ」
「……よろしいのですか?」
「バネル家から支度金も貰ったし、王都の叔父様も当面はわたしに仕送りせざるを得ないでしょ? おカネには困ってないわ」
「その……、いかがでした?」
「ん? なにが?」
「バネル家の……、レンナルトという、……フェリシア様の旦那様は?」
「知らない」
「えっ!? なんと無礼な!! フェリシア様に会わせもしなかったのですか!?」
「違う違う」
「……え?」
「私、よく見えないから。たぶん、背が高かったわよ?」
「あ……、ああ……」
「アニタ……」
「はいっ! なんでしょうか!?」
「……そろそろ、次の本を読んでもいい?」
「あ……、い、いや、ダメです!」
「え、なんでよぉ?」
「お夕食が先です! 次の本に取り掛かられたら、また読み終わられるまで夢中になられるのでしょう!?」
「あら。短い間に、私のことがよく分かったわね?」
「……長年、お仕えさせていただいてきましたから。類推です、類推」
その場で、わたしはメイドから侍女に取り立てていただいた。
つまり、フェリシア様の側近だとお認めいただいたのだ。
誇らしくて感無量な気持ちと、
手早く食事を済ませ、ヒョロヒョロと本棚から本を選ばれているフェリシア様の〈ヒョロガリメガネ〉なお姿とに、
感情の整理が追い付かない。
凛とした公爵令嬢、来年には女公爵になられるはずのフェリシア・ストゥーレ様はどこに行った?
「きっと、今だけのことですよ」
と、微笑むダグ夫妻の言葉を信じることにして、わたしにあてがってもらった部屋で、ようやく自分の荷ほどきをした。
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