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4.侍女アニタは困惑する(1)
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「アニタ。ほんとうに行くのかい? ……きっと、お給金も出ないよ?」
と、メイド長がわたしを引き留めた。
「ありがとうございます。だけど、フェリシア様をおひとりにすることは、やっぱりわたしには出来ません」
ストゥーレ公爵家のメイドに雇ってもらい3年。フェリシア様のお側で仕えさせていただき、そのすべてに魅了されてきた。
ながく伸ばされた銀髪は透き通るかのようにいつも光り輝いていて、スラリとした長身にちいさなお顔。
化粧映えのする美しいお顔立ち。
知性あふれる凛とした立ち姿、なにより芯の強いご性格。
わたしより4つも年下だとは思えない、すべてがわたしの憧れだ。
わたしに来る縁談もすべて断り、生涯をフェリシア様に捧げるつもりでいた。
なのに――、
「あの仕打ちは、許せません……」
わたしが語気を強めると、メイド長がため息を吐いて、肩をさげた。
「……そりゃ、本邸のメイドはみんな、アニタと同じ気持ちだよ」
そして、ちいさな巾着をわたしに握らせてくれた。ズシリとした重さで、中には銅貨が詰められていると分かった。
「みんなからの餞別だよ。……みんなの分まで、フェリシア様に仕えておくれ」
「……ありがとうございます」
「言っておくけど、フェリシア様のご命令は『本邸を守るように』ってことだったんんだからね?」
「わかっています」
「……フェリシア様から追い返されたら、恥ずかしがらずに帰ってくるんだよ? そして、餞別は返しておくれ」
と、メイド長がニヤリと笑った。
本邸のメイドたちは、ほんとうに優しくていい人ばかりだ。
泣きそうになるのをグッとこらえた。
Ψ
乗り合い馬車でリルブロルに向かう。
バネル家に寄って行かれるフェリシア様より先に到着できるはずだ。
来年、フェリシア様が公爵位を継承された後、第3王子殿下を公爵配偶者にお迎えされるはずだった。
――全部、ディアナ様のせいだ……。
もちろん、叔父君であるストゥーレ公爵の差し金であることは解ってる。
だけど、ディアナ様はあの甘ったるい声で、いつもフェリシア様に突っかかって、わたしたちにも嫌味ばかりだった。
ふわふわにカールした金髪がご自慢なのか、お美しいフェリシア様の容姿まで貶す始末。嫉妬するにも、もう少しやりようがあるはずだ。
数日でリルブロルに着いて、鄙びた聖堂を訪ねる。
キャンキャンッ!
と、犬の鳴き声がして、モクモクの白い毛をした小犬がわたしに飛び付いてきた。
尻もちをついたわたしの顔をペロペロ舐められる。
「こら、イェスペル! ……すみませんね、お嬢さん。お怪我はありませんか?」
と、老人が白犬を抱きあげた。
ダグと名乗った老人は、聖堂の管理人だという。
腕の中ではしゃぐ白犬は見たことのない犬種で、王都からはるか遠くまで来たことを実感させられた。
訳を話すと、ダグさんは優しげに微笑んで聖堂の中に案内してくれる。
「ちょうど今日の夕方には、フェリシア様の馬車が到着されるはずです。お仕えを許されるかどうかは、フェリシア様に直接尋ねられるといい」
管理人用の小部屋に通してもらい、ダグさんの奥さん、セルマさんがお茶を淹れてくれた。
その間も、白犬のイェスペルが楽しそうに駆け回っては、ダグさんとセルマさんの足に交互にしがみつき、尻尾をせわしげに振っている。
窓の外では、春の新芽がふき出したばかりのブナ林が、一面の鮮やかな緑色に染まって、幻想的でさえあった。
なにもかもが、ほのぼのとした田舎の情景だ。
――フェリシア様は長年、叔父君との暗闘で神経をすり減らしてこられたのだ。……穏やかな時間も必要なのかもしれない。
あたたかなお茶をいただきながら、そんなことを考えていた。
やがて、空が茜色に染まり、王都の屋敷を発たれたときと同じバネル家の豪壮な馬車が到着した。
――ダメと言われても、近くで雑用仕事でも見つけて、お側に……。
と、奥歯を噛み締め、馬車の扉が開くのを睨みつけた。
ヒョロッと、三つ編みのおさげの少女が出てきた。
寝巻のようなラフな格好。
そして、レンズのぶ厚い、いわゆる瓶底眼鏡をかけ、手には本を開いている。
――だれっ?
フェリシア様はどうしたのかと、馬車の奥をのぞいたら、本が乱雑に積んである。
ダグさんとセルマさんが、恭しくあたまを下げた。
「フェリシア様。ようこそご到着なさいました」
キュッ! キュッ! キュッ! と、なんども首を振って、瓶底眼鏡の少女とダグさんを見比べた。
「ああ……、うん。いま、本、読んでるから……」
と、瓶底眼鏡は本に視線を落したまま、聖堂のなかにヒョロヒョロと入っていく。
いや、ほんとに、……だれ?
と、メイド長がわたしを引き留めた。
「ありがとうございます。だけど、フェリシア様をおひとりにすることは、やっぱりわたしには出来ません」
ストゥーレ公爵家のメイドに雇ってもらい3年。フェリシア様のお側で仕えさせていただき、そのすべてに魅了されてきた。
ながく伸ばされた銀髪は透き通るかのようにいつも光り輝いていて、スラリとした長身にちいさなお顔。
化粧映えのする美しいお顔立ち。
知性あふれる凛とした立ち姿、なにより芯の強いご性格。
わたしより4つも年下だとは思えない、すべてがわたしの憧れだ。
わたしに来る縁談もすべて断り、生涯をフェリシア様に捧げるつもりでいた。
なのに――、
「あの仕打ちは、許せません……」
わたしが語気を強めると、メイド長がため息を吐いて、肩をさげた。
「……そりゃ、本邸のメイドはみんな、アニタと同じ気持ちだよ」
そして、ちいさな巾着をわたしに握らせてくれた。ズシリとした重さで、中には銅貨が詰められていると分かった。
「みんなからの餞別だよ。……みんなの分まで、フェリシア様に仕えておくれ」
「……ありがとうございます」
「言っておくけど、フェリシア様のご命令は『本邸を守るように』ってことだったんんだからね?」
「わかっています」
「……フェリシア様から追い返されたら、恥ずかしがらずに帰ってくるんだよ? そして、餞別は返しておくれ」
と、メイド長がニヤリと笑った。
本邸のメイドたちは、ほんとうに優しくていい人ばかりだ。
泣きそうになるのをグッとこらえた。
Ψ
乗り合い馬車でリルブロルに向かう。
バネル家に寄って行かれるフェリシア様より先に到着できるはずだ。
来年、フェリシア様が公爵位を継承された後、第3王子殿下を公爵配偶者にお迎えされるはずだった。
――全部、ディアナ様のせいだ……。
もちろん、叔父君であるストゥーレ公爵の差し金であることは解ってる。
だけど、ディアナ様はあの甘ったるい声で、いつもフェリシア様に突っかかって、わたしたちにも嫌味ばかりだった。
ふわふわにカールした金髪がご自慢なのか、お美しいフェリシア様の容姿まで貶す始末。嫉妬するにも、もう少しやりようがあるはずだ。
数日でリルブロルに着いて、鄙びた聖堂を訪ねる。
キャンキャンッ!
と、犬の鳴き声がして、モクモクの白い毛をした小犬がわたしに飛び付いてきた。
尻もちをついたわたしの顔をペロペロ舐められる。
「こら、イェスペル! ……すみませんね、お嬢さん。お怪我はありませんか?」
と、老人が白犬を抱きあげた。
ダグと名乗った老人は、聖堂の管理人だという。
腕の中ではしゃぐ白犬は見たことのない犬種で、王都からはるか遠くまで来たことを実感させられた。
訳を話すと、ダグさんは優しげに微笑んで聖堂の中に案内してくれる。
「ちょうど今日の夕方には、フェリシア様の馬車が到着されるはずです。お仕えを許されるかどうかは、フェリシア様に直接尋ねられるといい」
管理人用の小部屋に通してもらい、ダグさんの奥さん、セルマさんがお茶を淹れてくれた。
その間も、白犬のイェスペルが楽しそうに駆け回っては、ダグさんとセルマさんの足に交互にしがみつき、尻尾をせわしげに振っている。
窓の外では、春の新芽がふき出したばかりのブナ林が、一面の鮮やかな緑色に染まって、幻想的でさえあった。
なにもかもが、ほのぼのとした田舎の情景だ。
――フェリシア様は長年、叔父君との暗闘で神経をすり減らしてこられたのだ。……穏やかな時間も必要なのかもしれない。
あたたかなお茶をいただきながら、そんなことを考えていた。
やがて、空が茜色に染まり、王都の屋敷を発たれたときと同じバネル家の豪壮な馬車が到着した。
――ダメと言われても、近くで雑用仕事でも見つけて、お側に……。
と、奥歯を噛み締め、馬車の扉が開くのを睨みつけた。
ヒョロッと、三つ編みのおさげの少女が出てきた。
寝巻のようなラフな格好。
そして、レンズのぶ厚い、いわゆる瓶底眼鏡をかけ、手には本を開いている。
――だれっ?
フェリシア様はどうしたのかと、馬車の奥をのぞいたら、本が乱雑に積んである。
ダグさんとセルマさんが、恭しくあたまを下げた。
「フェリシア様。ようこそご到着なさいました」
キュッ! キュッ! キュッ! と、なんども首を振って、瓶底眼鏡の少女とダグさんを見比べた。
「ああ……、うん。いま、本、読んでるから……」
と、瓶底眼鏡は本に視線を落したまま、聖堂のなかにヒョロヒョロと入っていく。
いや、ほんとに、……だれ?
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