5 / 16
5.侍女アニタは困惑する(2)
しおりを挟む
「ほんとの私は、ディアナの言う通り〈ヒョロガリメガネ〉なのよ」
と、瓶底眼鏡の少女――つまりフェリシア様が、ケラケラと笑った。
たしかに、ヒョロッとしてるし、寝巻のようなルームワンピースはダボダボで、ガリッとしている。
手にされていた本を読み終わるまで待っていると、とっぷり日が暮れていた。
寝そべっていたベッドからヒョロヒョロと立ち上がられ、テーブルに置かれたティーセットでお茶を淹れてくださろうとする。
「そ、そんなの、わたしがやりますから」
「いいのいいの。アニタは本を片付けてくれたし。お茶くらい淹れるわよ」
と言われては、黙って見ておくしかない。
けど、お尻をポリポリ掻くのはやめてほしい。公爵令嬢として。
簡素なお部屋には、馬車の本が運び込まれ、さらには続く荷馬車に山と積まれていた本まで運び込まれている。
フェリシア様が本を読まれてる間に、ダグさん夫妻と3人で全部、本棚に仕舞った。
「3年ぶりだったから、夢中で読んでしまったわ」
と、満足気に笑われるフェリシア様。
「ほ……、本がお好きなのですか?」
「ええ、そうよ。……あ、そうか。アニタがウチに来たのは、私の社交界デビューの後だったわね」
「は、はい……」
「はい、どうぞ」
と、わたしにお茶をさし出されたフェリシア様が、わたしの顔をまじまじとのぞき込まれた。
「……ど、どうか……、されましたでしょうか?」
「ううん。アニタって、可愛らしい顔してたのね」
「……えっと?」
「ぼんやりとしか見えてなかったのよ。眼鏡かけてなかったし」
「ああ……」
しょ、正直なところ、
――帰ろうかな……。
と、思わなかったと言えば嘘になる。
だけど、これはきっと、お疲れのフェリシア様の人生に必要なリフレッシュタイムなのだと思い直し、そんなときこそお仕えせずに、いつお仕えするのだと覚悟を決めた。
「うん、分かった。いいわよ」
「え……? よろしいのですか?」
「うん。来ちゃったもの追い返すのもアレだし、ダグとセルマも歳だしね。お給金も払うわよ」
「……よろしいのですか?」
「バネル家から支度金も貰ったし、王都の叔父様も当面はわたしに仕送りせざるを得ないでしょ? おカネには困ってないわ」
「その……、いかがでした?」
「ん? なにが?」
「バネル家の……、レンナルトという、……フェリシア様の旦那様は?」
「知らない」
「えっ!? なんと無礼な!! フェリシア様に会わせもしなかったのですか!?」
「違う違う」
「……え?」
「私、よく見えないから。たぶん、背が高かったわよ?」
「あ……、ああ……」
「アニタ……」
「はいっ! なんでしょうか!?」
「……そろそろ、次の本を読んでもいい?」
「あ……、い、いや、ダメです!」
「え、なんでよぉ?」
「お夕食が先です! 次の本に取り掛かられたら、また読み終わられるまで夢中になられるのでしょう!?」
「あら。短い間に、私のことがよく分かったわね?」
「……長年、お仕えさせていただいてきましたから。類推です、類推」
その場で、わたしはメイドから侍女に取り立てていただいた。
つまり、フェリシア様の側近だとお認めいただいたのだ。
誇らしくて感無量な気持ちと、
手早く食事を済ませ、ヒョロヒョロと本棚から本を選ばれているフェリシア様の〈ヒョロガリメガネ〉なお姿とに、
感情の整理が追い付かない。
凛とした公爵令嬢、来年には女公爵になられるはずのフェリシア・ストゥーレ様はどこに行った?
「きっと、今だけのことですよ」
と、微笑むダグ夫妻の言葉を信じることにして、わたしにあてがってもらった部屋で、ようやく自分の荷ほどきをした。
と、瓶底眼鏡の少女――つまりフェリシア様が、ケラケラと笑った。
たしかに、ヒョロッとしてるし、寝巻のようなルームワンピースはダボダボで、ガリッとしている。
手にされていた本を読み終わるまで待っていると、とっぷり日が暮れていた。
寝そべっていたベッドからヒョロヒョロと立ち上がられ、テーブルに置かれたティーセットでお茶を淹れてくださろうとする。
「そ、そんなの、わたしがやりますから」
「いいのいいの。アニタは本を片付けてくれたし。お茶くらい淹れるわよ」
と言われては、黙って見ておくしかない。
けど、お尻をポリポリ掻くのはやめてほしい。公爵令嬢として。
簡素なお部屋には、馬車の本が運び込まれ、さらには続く荷馬車に山と積まれていた本まで運び込まれている。
フェリシア様が本を読まれてる間に、ダグさん夫妻と3人で全部、本棚に仕舞った。
「3年ぶりだったから、夢中で読んでしまったわ」
と、満足気に笑われるフェリシア様。
「ほ……、本がお好きなのですか?」
「ええ、そうよ。……あ、そうか。アニタがウチに来たのは、私の社交界デビューの後だったわね」
「は、はい……」
「はい、どうぞ」
と、わたしにお茶をさし出されたフェリシア様が、わたしの顔をまじまじとのぞき込まれた。
「……ど、どうか……、されましたでしょうか?」
「ううん。アニタって、可愛らしい顔してたのね」
「……えっと?」
「ぼんやりとしか見えてなかったのよ。眼鏡かけてなかったし」
「ああ……」
しょ、正直なところ、
――帰ろうかな……。
と、思わなかったと言えば嘘になる。
だけど、これはきっと、お疲れのフェリシア様の人生に必要なリフレッシュタイムなのだと思い直し、そんなときこそお仕えせずに、いつお仕えするのだと覚悟を決めた。
「うん、分かった。いいわよ」
「え……? よろしいのですか?」
「うん。来ちゃったもの追い返すのもアレだし、ダグとセルマも歳だしね。お給金も払うわよ」
「……よろしいのですか?」
「バネル家から支度金も貰ったし、王都の叔父様も当面はわたしに仕送りせざるを得ないでしょ? おカネには困ってないわ」
「その……、いかがでした?」
「ん? なにが?」
「バネル家の……、レンナルトという、……フェリシア様の旦那様は?」
「知らない」
「えっ!? なんと無礼な!! フェリシア様に会わせもしなかったのですか!?」
「違う違う」
「……え?」
「私、よく見えないから。たぶん、背が高かったわよ?」
「あ……、ああ……」
「アニタ……」
「はいっ! なんでしょうか!?」
「……そろそろ、次の本を読んでもいい?」
「あ……、い、いや、ダメです!」
「え、なんでよぉ?」
「お夕食が先です! 次の本に取り掛かられたら、また読み終わられるまで夢中になられるのでしょう!?」
「あら。短い間に、私のことがよく分かったわね?」
「……長年、お仕えさせていただいてきましたから。類推です、類推」
その場で、わたしはメイドから侍女に取り立てていただいた。
つまり、フェリシア様の側近だとお認めいただいたのだ。
誇らしくて感無量な気持ちと、
手早く食事を済ませ、ヒョロヒョロと本棚から本を選ばれているフェリシア様の〈ヒョロガリメガネ〉なお姿とに、
感情の整理が追い付かない。
凛とした公爵令嬢、来年には女公爵になられるはずのフェリシア・ストゥーレ様はどこに行った?
「きっと、今だけのことですよ」
と、微笑むダグ夫妻の言葉を信じることにして、わたしにあてがってもらった部屋で、ようやく自分の荷ほどきをした。
150
あなたにおすすめの小説
図書館の堕天司書 ―私達も図書館から禁帯出です―
ふわふわ
恋愛
有能司書レリアンは、蔵書管理ログ不整合の責任を押し付けられ、王太子の判断で解任されてしまう。
だがその不祥事の原因は、無能な同僚テラシーの入力ミスだった。
解任されたレリアンが向かったのは、誰も使っていない最下層。
そこに山積みになっていた禁帯出蔵書を、一冊ずつ、ただ静かに確認し始める。
――それだけだった。
だが、図書館の安定率は上昇する。
揺れは消え、事故はなくなり、百年ぶりの大拡張すら収束する。
やがて図書館は彼女を“常駐司書”として自動登録。
王太子が気づいたときには、
図書館はすでに「彼女を基準に」最適化されていた。
これは、追放でも復讐でもない。
有能な現場が、静かに世界の基準になる物語。
《常駐司書:最適》
---
もしアルファポリス向けにもう少し分かりやすくするなら、やや説明を足したバージョンも作れます。
煽り強めにしますか?
それとも今の静かな完成形で行きますか?
もう悪役令嬢じゃないんで、婚約破棄してください!
翠月 瑠々奈
恋愛
目が覚めたら、冷酷無情の悪役令嬢だった。
しかも舞台は、主人公が異世界から来た少女って設定の乙女ゲーム。彼女は、この国の王太子殿下と結ばれてハッピーエンドになるはず。
て、ことは。
このままじゃ……現在婚約者のアタシは、破棄されて国外追放になる、ということ。
普通なら焦るし、困るだろう。
けど、アタシには願ったり叶ったりだった。
だって、そもそも……好きな人は、王太子殿下じゃないもの。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
婚約破棄までの七日間
たぬきち25番
恋愛
突然、乙女ゲームの中の悪役令嬢ロゼッタに転生したことに気付いた私。しかも、気付いたのが婚約破棄の七日前!! 七日前って、どうすればいいの?!
※少しだけ内容を変更いたしました!!
※他サイト様でも掲載始めました!
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
白い仮面の結婚を捨てた私が、裁かれない場所を作るまで
ふわふわ
恋愛
誰もが羨む、名門貴族との理想の結婚。
そう囁かれていたジェシカの結婚は、完璧な仮面で塗り固められた**「白い誓約」**だった。
愛のない夫。
見ないふりをする一族。
そして、妻として“正しく在ること”だけを求められる日々。
裏切りを知ったとき、ジェシカは泣き叫ぶことも、復讐を誓うこともしなかった。
彼女が選んだのは――沈黙と、準備。
名を問われず、理由も裁きもない。
ただ「何者でもなくいられる時間」が流れる、不思議な場所。
そこに人が集まり始めたとき、
秩序は静かに軋み、
制度は“裁けないもの”を前に立ち尽くす。
これは、声高な革命の物語ではない。
ざまぁを叫ぶ復讐譚でもない。
白い仮面を外したひとりの女性が、
名を持たずに立ち続けた結果、世界のほうが変わってしまった――
そんな、静かで確かな再生の物語。
【完結済】呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。
まりぃべる
恋愛
異世界に来てしまった女性。自分の身に起きた事が良く分からないと驚きながらも王宮内の問題を解決しながら前向きに生きていく話。
その内に未知なる力が…?
完結しました。
初めての作品です。拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです。
これでも一生懸命書いてますので、誹謗中傷はお止めいただけると幸いです。
【完結】運命の番じゃないけれど
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
人間の伯爵令嬢ヴィオラと、竜人の侯爵令息ジャサントは幼い頃に怪我を負わせた為に結ばれた婚約者同士。
竜人には運命の番と呼ばれる唯一無二の存在がいる。
二人は運命の番ではないけれど――。
※作者の脳内異世界の、全五話、一万字越の短いお話です。
※シリアス成分は無いです。
※魔女のいる世界観です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる