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15.女公爵フェリシアは夢を膨らませる
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「フェリシア様。リルブロル産トリュフの取り扱いは、ぜひバネル家にお任せくださいませんか?」
と、レオンがわたしに片膝を突いた。
それにしても、このレオンという従士は、なんでいつも裏声なのだろう?
興味深いけど、人にはそれぞれ事情というものがある。詮索するのはやめておこう。
「あら、レオン? それは、独占契約の申し出……、ということかしら?」
「その通りです」
「ふふっ。さすがバネル家ね。従士であっても商いに目ざとい」
「お褒めのお言葉、光栄です」
「でも、バネル家に独占させたら、他の商家と値段を競ってもらえないわねぇ……」
「もちろん、市場卸価格より高く買い取ります。……見れば、品質も良い。遠国から輸入するものと比べ香りが複雑で芳醇。傷や虫食い、ひび割れも見当たらず、変色もない。硬さも充分。かなり、価格を上乗せして購入させていただけるかと」
「あら、そう。それは嬉しいわね」
「はい」
「ふふっ。バネル家では従士まで高価なトリュフに詳しいだなんて……。ほんとうに待遇がいいのね」
「あ、いや、それは……、その、たまたまです! たまたま、……食べたことがありまして……」
なんだか慌てだしたレオンを、ラグナルが制して、バネル家の本拠から調達担当の長を呼ぶことになった。
レオンとラグナルの関係も不思議だ。
たぶん対等な従士同士だと思うのだけど、ときどき、どちらかが上の立場になったり、どちらかが下になったり入れ替わる。
いずれ、世界中の本を読み尽くしたら、一度、ふたりの関係をじっくり観察してみたいものだ。
収穫したトリュフは聖堂の奥に用意させていた専用の保管庫に、厳重に保管する。
ダグは白犬のイェスペルを連れて、毎日のように収穫に出かけてくれるのだけど、まだまだトリュフは尽きそうにない。
「これは……」
と、侍女のアニタが、ポカンと口をあけた。
「なに?」
「……フェリシア様、大富豪になっちゃいますね」
「ふふっ。お給金も上げてあげないとね」
「あ、いや……、そ、そういうつもりで言ったのではなくてですね……」
「わたしも、たくさん本が買えるわ」
やがて、バネル家の調達担当がリルブロルにやってきて、商談が成立した。
レオンの言った通り、充分な高値で契約できて、わたしの想定より早く、叔父がつくった公爵家の借金を完済できそうだ。
形式だけの姻戚関係とはいえ、なかなか役に立ってくれる。
出来のいいトリュフをひとつ選んで、本拠の旦那様、レンナルトに贈るようにと、調達担当に頼んだ。
「あ……、はあ……」
と、調達担当は要領の得ない返事をして、レオンとわたしの顔を見比べてから、トリュフを鞄にしまいこんだ。
「フェリシア様」
調達担当を見送ったあと、立派な褐色の体躯に似つかわしくない可愛らしい裏声で、レオンが言った。
「……実は、フェリシア様に、お願いがあるのです」
「あら、なにかしら? バネル家にはお世話になったし、なんでも言ってちょうだい。できることなら、させてもらうわ」
「ありがとうございます」
と、応えたレオンが、なにやら微妙な表情で言い淀んでいる。
やがて、意を決したように、わたしの瞳をまっすぐ見詰めた。
「……バネル家には、開祖ボトヴィッドの遺した遺命があります」
「ええ。貸本屋から身を興された、伝説の人物ね」
「はい……。遺命は、世界中の本を集めて〈世界図書館〉をつくるようにと」
「まあ!! なんて素敵な遺命なの!? 素晴らしいご先祖をお持ちなのね、バネル家は!!」
「ふふっ……。失礼。……バネル家が財をなし、富を得たのも、すべてはこの遺命を果たさんとするため」
「ご先祖が素敵なら、子孫も素敵なのね」
「……し、しかし、150年かかっても、世界中の本を収集するには程遠く……」
「ええ。すべて、……となれば、そうなるのも無理ありませんわね」
「出来ましたら、フェリシア様に、この事業を手伝っていただけないかと……」
「まあ!! なんて、素敵なお誘い! やります! 絶対、やります! やらせてください!」
一冊、また一冊と集め、本棚にしまって、やがては世界中の本に囲まれる。
夢のような生活だ。
わたしが手を伸ばすと、アニタが布巾を持たせてくれた。
眼鏡を外し、レンズを拭く。
わたしが気合を入れるための儀式だ。高揚し過ぎた気持ちを抑えることもできる。
「あら? ……レオン? わたし、ここ以外のどこかで……、あなたに会ったことがあるかしら?」
「い、いえ、……さあ? どうでしょうか?」
「ふうん。気のせいか」
と、眼鏡をかける。
顔を真っ赤にしたレオンを、アニタとラグナルが怪訝な表情で見ていた。
「でも、そんな数の本に囲まれたら、金銭的な制約がなくなったっていうのに、こんどは寿命の制約に悩みそうね」
「ふふっ」
と、レオンが根拠の分からない笑いをこぼした。
「だって、全部読み切る前に、寿命が来るでしょ? ……ああ、次に読む本、決めてたのに……、って思いながら、冥府に旅立つことになるわね」
「ですが、フェリシア様は本を選ばれているお姿が、いちばんお美しい」
「あら? そう? 初めて言われたわ」
「……限られたお小遣い、限られた時間。まるで運命を共にできる、相棒を探されているかのように選ばれる」
「わたし、そんな顔して本を選んでる?」
「そして、選ばれた本を大切に大切に抱きかかえられ、ヒョロヒョ……、ゆらゆらと揺れながら、読む前から夢を膨らませて帰って行かれる……。そのお背中の神々しいこと……」
「……ん? なんの話? お小遣い? 帰るって?」
「あ、あ、あ、……経費の範囲で購入されたであろう本を抱きかかえられて、ハンモックに帰られるお姿です」
「ああ、そういうこと」
「はい! そ、そうです! ……いずれにしても、しばらくは王都での暮らしのお疲れを癒され、その後に、バネル家の事業に手を貸していただけたら、幸いにございます」
と、レオンは深々と頭をさげた。
――ふふっ。変な男の人。ずっと裏声だし。
と、笑ってから、わたしはハンモックに揺られる。
世界図書館。
なんて素敵な夢だろう。爵位と領地を守り切って、目標をなくしていたわたしにピッタリだ。
手持ちの恋愛物語は読み切ったので、今日からは経済小説に手をつける。
きっと、儲け話でいっぱいだ。
と、レオンがわたしに片膝を突いた。
それにしても、このレオンという従士は、なんでいつも裏声なのだろう?
興味深いけど、人にはそれぞれ事情というものがある。詮索するのはやめておこう。
「あら、レオン? それは、独占契約の申し出……、ということかしら?」
「その通りです」
「ふふっ。さすがバネル家ね。従士であっても商いに目ざとい」
「お褒めのお言葉、光栄です」
「でも、バネル家に独占させたら、他の商家と値段を競ってもらえないわねぇ……」
「もちろん、市場卸価格より高く買い取ります。……見れば、品質も良い。遠国から輸入するものと比べ香りが複雑で芳醇。傷や虫食い、ひび割れも見当たらず、変色もない。硬さも充分。かなり、価格を上乗せして購入させていただけるかと」
「あら、そう。それは嬉しいわね」
「はい」
「ふふっ。バネル家では従士まで高価なトリュフに詳しいだなんて……。ほんとうに待遇がいいのね」
「あ、いや、それは……、その、たまたまです! たまたま、……食べたことがありまして……」
なんだか慌てだしたレオンを、ラグナルが制して、バネル家の本拠から調達担当の長を呼ぶことになった。
レオンとラグナルの関係も不思議だ。
たぶん対等な従士同士だと思うのだけど、ときどき、どちらかが上の立場になったり、どちらかが下になったり入れ替わる。
いずれ、世界中の本を読み尽くしたら、一度、ふたりの関係をじっくり観察してみたいものだ。
収穫したトリュフは聖堂の奥に用意させていた専用の保管庫に、厳重に保管する。
ダグは白犬のイェスペルを連れて、毎日のように収穫に出かけてくれるのだけど、まだまだトリュフは尽きそうにない。
「これは……」
と、侍女のアニタが、ポカンと口をあけた。
「なに?」
「……フェリシア様、大富豪になっちゃいますね」
「ふふっ。お給金も上げてあげないとね」
「あ、いや……、そ、そういうつもりで言ったのではなくてですね……」
「わたしも、たくさん本が買えるわ」
やがて、バネル家の調達担当がリルブロルにやってきて、商談が成立した。
レオンの言った通り、充分な高値で契約できて、わたしの想定より早く、叔父がつくった公爵家の借金を完済できそうだ。
形式だけの姻戚関係とはいえ、なかなか役に立ってくれる。
出来のいいトリュフをひとつ選んで、本拠の旦那様、レンナルトに贈るようにと、調達担当に頼んだ。
「あ……、はあ……」
と、調達担当は要領の得ない返事をして、レオンとわたしの顔を見比べてから、トリュフを鞄にしまいこんだ。
「フェリシア様」
調達担当を見送ったあと、立派な褐色の体躯に似つかわしくない可愛らしい裏声で、レオンが言った。
「……実は、フェリシア様に、お願いがあるのです」
「あら、なにかしら? バネル家にはお世話になったし、なんでも言ってちょうだい。できることなら、させてもらうわ」
「ありがとうございます」
と、応えたレオンが、なにやら微妙な表情で言い淀んでいる。
やがて、意を決したように、わたしの瞳をまっすぐ見詰めた。
「……バネル家には、開祖ボトヴィッドの遺した遺命があります」
「ええ。貸本屋から身を興された、伝説の人物ね」
「はい……。遺命は、世界中の本を集めて〈世界図書館〉をつくるようにと」
「まあ!! なんて素敵な遺命なの!? 素晴らしいご先祖をお持ちなのね、バネル家は!!」
「ふふっ……。失礼。……バネル家が財をなし、富を得たのも、すべてはこの遺命を果たさんとするため」
「ご先祖が素敵なら、子孫も素敵なのね」
「……し、しかし、150年かかっても、世界中の本を収集するには程遠く……」
「ええ。すべて、……となれば、そうなるのも無理ありませんわね」
「出来ましたら、フェリシア様に、この事業を手伝っていただけないかと……」
「まあ!! なんて、素敵なお誘い! やります! 絶対、やります! やらせてください!」
一冊、また一冊と集め、本棚にしまって、やがては世界中の本に囲まれる。
夢のような生活だ。
わたしが手を伸ばすと、アニタが布巾を持たせてくれた。
眼鏡を外し、レンズを拭く。
わたしが気合を入れるための儀式だ。高揚し過ぎた気持ちを抑えることもできる。
「あら? ……レオン? わたし、ここ以外のどこかで……、あなたに会ったことがあるかしら?」
「い、いえ、……さあ? どうでしょうか?」
「ふうん。気のせいか」
と、眼鏡をかける。
顔を真っ赤にしたレオンを、アニタとラグナルが怪訝な表情で見ていた。
「でも、そんな数の本に囲まれたら、金銭的な制約がなくなったっていうのに、こんどは寿命の制約に悩みそうね」
「ふふっ」
と、レオンが根拠の分からない笑いをこぼした。
「だって、全部読み切る前に、寿命が来るでしょ? ……ああ、次に読む本、決めてたのに……、って思いながら、冥府に旅立つことになるわね」
「ですが、フェリシア様は本を選ばれているお姿が、いちばんお美しい」
「あら? そう? 初めて言われたわ」
「……限られたお小遣い、限られた時間。まるで運命を共にできる、相棒を探されているかのように選ばれる」
「わたし、そんな顔して本を選んでる?」
「そして、選ばれた本を大切に大切に抱きかかえられ、ヒョロヒョ……、ゆらゆらと揺れながら、読む前から夢を膨らませて帰って行かれる……。そのお背中の神々しいこと……」
「……ん? なんの話? お小遣い? 帰るって?」
「あ、あ、あ、……経費の範囲で購入されたであろう本を抱きかかえられて、ハンモックに帰られるお姿です」
「ああ、そういうこと」
「はい! そ、そうです! ……いずれにしても、しばらくは王都での暮らしのお疲れを癒され、その後に、バネル家の事業に手を貸していただけたら、幸いにございます」
と、レオンは深々と頭をさげた。
――ふふっ。変な男の人。ずっと裏声だし。
と、笑ってから、わたしはハンモックに揺られる。
世界図書館。
なんて素敵な夢だろう。爵位と領地を守り切って、目標をなくしていたわたしにピッタリだ。
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