妹と婚約者を交換したので、私は屋敷を出ていきます。後のこと? 知りません!

夢草 蝶

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婚約破棄編

9.埋めるべき距離

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 ふわり、と立つ紅茶の香りに心が落ち着きます。
 ティーカップをソーサーに戻す時、部屋の隅に纏められた積荷が目に止まりました。
 後で荷解きをしなくてはいけませんね。
 荷造りは一人でしたので、やろうと思えば荷解きも一人で出来ます。とはいえ、手伝って貰えた方がより早く学ぶことに時間を取れます。
 公爵家の使用人にお願いしたいところですが、今の状態ではそれすら躊躇われます。

「早急に足場固めをする必要がありますね。まずはとにかく、『リーファの姉』という評価から『ジゼル・アーモンド』として見ていただけるよう持っていきたいです」

 リーファに対するイメージが先行して、私もリーファのような人物かもしれないと思われているのなら、まずはそこからの脱却を目指します。
 何をするにしても、最初からこの人はこういう人だという思い込みがあると、どうしても人は偏った見方をしてしまいますからね。

「どうされるんですか?」

「そこなのですよね……功績を立てるにも時間が掛かりますし、なるべく早く友好的な関係を結びたいことを伝えるにはどうしたらいいでしょう。シェリーは何か良い案はありますか?」

「うーん……そうですね。あ! プレゼントとかどうでしょう?」

「プレゼント?」

「はい。うちの父が母と喧嘩した時、仕事帰りにケーキや花束を買ってきて仲直りしてました」

「なるほど……」

 物品を渡すという行為は「物で釣る」感がありますが、別に賄賂の類いでなければ悪ではありません。
 訪問や引っ越しのご挨拶で手土産を持っていくことなんて珍しくもありませんしね。
 何かを贈るということは、相手を理解することへも繋がりますし、何より贈る物さえ用意出来ればすぐに行動に移せるところがいいです。

「いい案ですね。シェリーの案は「プレゼント作戦」として採用しましょう。近く、買い物に行く予定を立てるので日程調整をお願いしますね」

「かしこまりました。先輩方にもそれとなく欲しい物とかリサーチしておきますね!」

「頼りにしてますね。あとは──早めの評価へ繋がるといえば、社交でしょうか?」

 オウル様と婚約してから、私は社交場へは一切顔を出しておりません。
 婚約の件自体は公表してるので、次に社交へ参加した際は、私はオウル様の婚約者として見られます。
 今までの社交界でのことが全てなかったことになる訳ではありませんが、新しい肩書きと共に再び実績を積み上げていく必要があります。
 ラピスフィール公爵家への引っ越しも住みましたし、復帰するにはいい頃合いですね。

「お茶会や夜会の招待でしたら、沢山ありますよ。オウル様がお戻りになられたらご相談してみてはいかがでしょう?」

「そうですね。オウル様と一緒に参加出来た方がいいでしょうし」

 噂が下火になったとはいえ、婚約者の交換の話はやはり人目を集めてしまいます。
 一人で参加すれば、オウル様と不仲なのかと邪推されかねません。
 予定を擦り合わせて共に参加することが最善策ですね。
 婚約に問題ないことと、オウル様の婚約者として他家の方々と友好な関係を築くこと。それと出来れば情報収集もしたいです。
 それらをこなせば、ひとまずは公爵夫人としての適性があることは証明出来るでしょう。
 次の社交会は私にとっての最初の運命の別れ道ですね。しっかり吟味して、一番目的を果たせる場を選ばなくては。

「シェリー、ハワードにオウル様がお戻りになられたら取り次いでいただけるようお願いしておいて下さい。それと公爵家の交流関係を纏めた資料が欲しいと」

「はい。では、早速ハワード様にお伝えして来ますね」

「お願いします」

 ハワードの元へ向かおうとシェリーが立ち上がると、扉がノックされました。

「どうぞ」

 扉が開かれ、外に立っていたのは侍女でした。
 手に何か、小さなトレイを持っています。
 入室の許可を出しましたが、侍女は室内に踏み入ることなく、シェリーを呼びました。
 一言も私へ声を掛けなかったことが気にかかったのか、シェリーが戸惑ったようにこちらを見ましたが、私は問題ありませんと目で答えました。
 扉へ向かったシェリーに侍女は何か耳打ちをし、トレイに乗せたものを手渡しました。あれは、封筒でしょうか?
 シェリーが受け取ったのを確認すると、こちらを見た侍女と一瞬だけ目が会いました。ですが、すぐに逸らされてしまいます。侍女はそのまま会釈をして扉を閉めました。
 ──なるほど、今のが現時点での私とラピスフィール公爵家の人々の距離、という訳ですね。
 排除したいとまでは思われていないようですが、好んで関わりたくもないといったところでしょうか? まぁ、腫れ物扱いですね。

「ジゼルお嬢様……」

「大丈夫ですよ。それより、彼女の用向きは何だったのでしょうか?」

 微笑んで受け答えしたつもりですが、シェリーの表情は晴れません。
 気を使わせていますね。もしもこのまま私がラピスフィール公爵家に馴染めなかったら、私の専任侍女のシェリーも他の侍女との間に不和が生じてしまうかもしれません。
 ことをなるべく早く進める方法を考えていると、シェリーが侍女から受け取ったものを渡してきました。やはり、封筒ですね。これは──

「ジゼルお嬢様宛てのお手紙です」

「私に? ──確かに宛名は私になっていますね。公爵家に届いたのですか?」

「はい。どなたからですか? ジゼルお嬢様は今日、ラピスフィール公爵家へいらっしゃったばかりなのに、こんなに早く」

 私が今日、ラピスフィール公爵家へ移ることは極僅かな人にしか教えておりません。何せ、最も身近な家族に秘密裏に準備していたことですから。
 なので、送り主は限られます。
 私は封筒を裏返して、宛名を確認しました。
 そこに書かれていた名は──

「──まぁ、フリージア夫人」
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