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婚約破棄編
8.リーファの負債
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ラピスフィール夫人とのやり取りの後、私は本館の二階にある一室へと通されました。
ソファ、テーブル、本棚、チェスト、続きの間は寝室になっていてこちらにも大きなベッドや化粧台などが備え付けられてます。
オウル様が事前に手配して下さったラピスフィール公爵邸においての、私の部屋。
ダンスをしてもどこにもぶつからないくらい広々としていて、何だか一人で使うのが申し訳なくくらいです。
オウル様はこれからお仕事があるとのことで、一人の侍女を紹介してお出掛けになられました。
「初日なのに一緒にいられなくてすまない」と謝られましたが、むしろこちらがお時間を取らせてしまったことに恐縮してしまいました。
「初めてまして、ジゼルお嬢様。本日よりジゼルお嬢様の身の回りのお世話を仰せつかりました。シェリーと申します。よろしくお願いいたします」
紹介されたシェリーは、まだ十代前半くらいの人懐っこそうな笑顔の少女でした。
部屋に通される間、何人かの侍女とすれ違いましたが、シェリーは彼女たちとなんだか雰囲気が違います。例えるなら、生まれたての子犬のような──?
「ええ、これからよろしくお願いします」
「はい! ジゼルお嬢様、何を致しましょうか? お茶になさいますか? 読書をなさいますか? 御髪を梳きましょうか? それとも──」
「落ち着いて下さい、シェリー。そのようにいっぺんに提案されても困ります」
「はっ! 申し訳ありません! 初の大役につい張り切ってしまって──」
シェリーは口に手を当てて、しょんぼりと肩を落としてしまいました。
やる気は十分のようですが、少し落ち着きのない子のようです。
まぁ、気概があるのはいいことですね。
「初の大役、とは?」
「あっ、はい! 私はラピスフィール公爵家に雇われてまだ日が浅いのですが、オウル様に婚約者の専属の侍女になってほしいと頼まれまして──」
「そうなんですか。差し支えなければ、理由をお訊きしても?」
第一印象では悪い子とは感じませんでしたが、雇われて日が浅いという点が気になりました。
オウル様がわざわざ直接頼むということは、それなりの理由があるはず。
屋敷を体とするなら、そこで働く使用人は血液です。それに雇われたばかりのシェリーからなら、ラピスフィール公爵家の内情を客観的な視点で聞けるかもしれません。
「えっと、それは──」
「言いにくいことなのですか? それなら、その内容がラピスフィール公爵家にとっての不利益になるものであれば言わなくて大丈夫です。ですが、私を不快にさせるかもという理由からでしたら、構わずに話して下さい。怒ったりしませんし、何より私は今正確な情報を求めています」
「その……オウル様は、ジゼルお嬢様に気を使われて私に付くよう言ったのだと思います。と言いますのも──えっと、他の侍女の先輩方が──……」
「なるほど。私をなんと?」
婚約の経緯、先程のラピスフィール夫人の態度、気を使った──それだけ聞けばある程度の予想はつきます。ですが、正確にどの程度に思われているのかを把握したいので、言い淀んでいるシェリーに先を促しました。
シェリーは大分迷っていたようですが、私がじっと目を逸らさずに見つめていると、観念したように教えてくれました。
「先輩方はまたリーファお嬢様のような我儘なご令嬢が来ると思って嫌がっておられました! ──ので! あまりリーファお嬢様のことを知らない私が選ばれたのだと思います……」
尻すぼみになっていく声と共に、シェリーが縮こまっていきます。
職場の先輩の愚痴を会ったばかりの主に打ち明けることは勇気がいることだったでしょう。
それでもはっきりと教えてくれたシェリーは信用に足る人物だと思いました。
そういうところも含めての人選であるのなら、オウル様は見事な慧眼の持ち主ですね。
「教えてくれてありがとうございます」
「あの、先輩方も悪気はなくて──」
「わかっていますよ。今の話は私と貴女だけの秘密です。では、初仕事をお願いしましょうか」
「はいっ、なんなりとお命じ下さい!」
安堵したシェリーがぱっと顔を上げ、意欲満々な返事をします。
「お茶を淹れてください。二人分」
「二人分? どなたかとご一緒されるのですか?」
「ええ、貴女と。このお屋敷のことは貴女の方が詳しいですから、色々教えてほしいのと──これからのことを打ち合わせしましょう」
「え、ええっ! わ、わかりました! すぐにご用意いたします!」
お茶の提案には少し驚かれてしまいましたが、シェリーはすぐに行動に移りました。
用意が出来るのを待ちながら、私は考えに耽ります。
──やはり、ラピスフィール公爵家から見た私の心象は悪いですね……。
オウル様から聞いたお話によると、リーファとラピスフィール夫人はオウル様との婚約中、何度も言い争いがあったようで。
今まで私の方はラピスフィール公爵家との関係が浅かったこともあり、リーファとラピスフィール公爵家との関係の把握に手が回っていませんでしたが、それが悔やまれます。
オウル様曰く、ラピスフィール夫人は一歩も譲らないし、リーファを不機嫌なままアーモンド家へ帰したら両親に話が伝わり、公爵家へ乗り込んできて大騒ぎになりかねないと毎回どうにか丸く押さえていたようです。
実際にリーファが公爵家の方々に意地悪をされたと両親に言っていたら、オウル様の想像通りになっていたでしょうから、本当に申し訳ない気持ちになります。
それに言い争いの原因も、勝手に公爵家でお茶会をしたり、無断で公爵家の薔薇の苗をあげる約束をしたりしたリーファの散財癖や不作法のせいでしたし。
自分が取り仕切る屋敷でそんな真似をされたらラピスフィール夫人にとっては堪ったものじゃないでしょうし、そういった主の苛立ちは使用人たちにも伝播するものです。その上で主に失礼を働かれたという怒りもあるでしょうし。
想像以上にリーファは爪痕をつけていたことを知り、私はまずマイナス分をゼロまで引き上げることを第一優先にすることに決めました。
自分の価値は自分で示す。ラピスフィール夫人に言われたお言葉です。
どうやってそれを示すか。
とりあえず、シェリーにラピスフィール公爵家のことを教えてもらいながら、作戦を練ることに致しましょう。
ソファ、テーブル、本棚、チェスト、続きの間は寝室になっていてこちらにも大きなベッドや化粧台などが備え付けられてます。
オウル様が事前に手配して下さったラピスフィール公爵邸においての、私の部屋。
ダンスをしてもどこにもぶつからないくらい広々としていて、何だか一人で使うのが申し訳なくくらいです。
オウル様はこれからお仕事があるとのことで、一人の侍女を紹介してお出掛けになられました。
「初日なのに一緒にいられなくてすまない」と謝られましたが、むしろこちらがお時間を取らせてしまったことに恐縮してしまいました。
「初めてまして、ジゼルお嬢様。本日よりジゼルお嬢様の身の回りのお世話を仰せつかりました。シェリーと申します。よろしくお願いいたします」
紹介されたシェリーは、まだ十代前半くらいの人懐っこそうな笑顔の少女でした。
部屋に通される間、何人かの侍女とすれ違いましたが、シェリーは彼女たちとなんだか雰囲気が違います。例えるなら、生まれたての子犬のような──?
「ええ、これからよろしくお願いします」
「はい! ジゼルお嬢様、何を致しましょうか? お茶になさいますか? 読書をなさいますか? 御髪を梳きましょうか? それとも──」
「落ち着いて下さい、シェリー。そのようにいっぺんに提案されても困ります」
「はっ! 申し訳ありません! 初の大役につい張り切ってしまって──」
シェリーは口に手を当てて、しょんぼりと肩を落としてしまいました。
やる気は十分のようですが、少し落ち着きのない子のようです。
まぁ、気概があるのはいいことですね。
「初の大役、とは?」
「あっ、はい! 私はラピスフィール公爵家に雇われてまだ日が浅いのですが、オウル様に婚約者の専属の侍女になってほしいと頼まれまして──」
「そうなんですか。差し支えなければ、理由をお訊きしても?」
第一印象では悪い子とは感じませんでしたが、雇われて日が浅いという点が気になりました。
オウル様がわざわざ直接頼むということは、それなりの理由があるはず。
屋敷を体とするなら、そこで働く使用人は血液です。それに雇われたばかりのシェリーからなら、ラピスフィール公爵家の内情を客観的な視点で聞けるかもしれません。
「えっと、それは──」
「言いにくいことなのですか? それなら、その内容がラピスフィール公爵家にとっての不利益になるものであれば言わなくて大丈夫です。ですが、私を不快にさせるかもという理由からでしたら、構わずに話して下さい。怒ったりしませんし、何より私は今正確な情報を求めています」
「その……オウル様は、ジゼルお嬢様に気を使われて私に付くよう言ったのだと思います。と言いますのも──えっと、他の侍女の先輩方が──……」
「なるほど。私をなんと?」
婚約の経緯、先程のラピスフィール夫人の態度、気を使った──それだけ聞けばある程度の予想はつきます。ですが、正確にどの程度に思われているのかを把握したいので、言い淀んでいるシェリーに先を促しました。
シェリーは大分迷っていたようですが、私がじっと目を逸らさずに見つめていると、観念したように教えてくれました。
「先輩方はまたリーファお嬢様のような我儘なご令嬢が来ると思って嫌がっておられました! ──ので! あまりリーファお嬢様のことを知らない私が選ばれたのだと思います……」
尻すぼみになっていく声と共に、シェリーが縮こまっていきます。
職場の先輩の愚痴を会ったばかりの主に打ち明けることは勇気がいることだったでしょう。
それでもはっきりと教えてくれたシェリーは信用に足る人物だと思いました。
そういうところも含めての人選であるのなら、オウル様は見事な慧眼の持ち主ですね。
「教えてくれてありがとうございます」
「あの、先輩方も悪気はなくて──」
「わかっていますよ。今の話は私と貴女だけの秘密です。では、初仕事をお願いしましょうか」
「はいっ、なんなりとお命じ下さい!」
安堵したシェリーがぱっと顔を上げ、意欲満々な返事をします。
「お茶を淹れてください。二人分」
「二人分? どなたかとご一緒されるのですか?」
「ええ、貴女と。このお屋敷のことは貴女の方が詳しいですから、色々教えてほしいのと──これからのことを打ち合わせしましょう」
「え、ええっ! わ、わかりました! すぐにご用意いたします!」
お茶の提案には少し驚かれてしまいましたが、シェリーはすぐに行動に移りました。
用意が出来るのを待ちながら、私は考えに耽ります。
──やはり、ラピスフィール公爵家から見た私の心象は悪いですね……。
オウル様から聞いたお話によると、リーファとラピスフィール夫人はオウル様との婚約中、何度も言い争いがあったようで。
今まで私の方はラピスフィール公爵家との関係が浅かったこともあり、リーファとラピスフィール公爵家との関係の把握に手が回っていませんでしたが、それが悔やまれます。
オウル様曰く、ラピスフィール夫人は一歩も譲らないし、リーファを不機嫌なままアーモンド家へ帰したら両親に話が伝わり、公爵家へ乗り込んできて大騒ぎになりかねないと毎回どうにか丸く押さえていたようです。
実際にリーファが公爵家の方々に意地悪をされたと両親に言っていたら、オウル様の想像通りになっていたでしょうから、本当に申し訳ない気持ちになります。
それに言い争いの原因も、勝手に公爵家でお茶会をしたり、無断で公爵家の薔薇の苗をあげる約束をしたりしたリーファの散財癖や不作法のせいでしたし。
自分が取り仕切る屋敷でそんな真似をされたらラピスフィール夫人にとっては堪ったものじゃないでしょうし、そういった主の苛立ちは使用人たちにも伝播するものです。その上で主に失礼を働かれたという怒りもあるでしょうし。
想像以上にリーファは爪痕をつけていたことを知り、私はまずマイナス分をゼロまで引き上げることを第一優先にすることに決めました。
自分の価値は自分で示す。ラピスフィール夫人に言われたお言葉です。
どうやってそれを示すか。
とりあえず、シェリーにラピスフィール公爵家のことを教えてもらいながら、作戦を練ることに致しましょう。
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