妹と婚約者を交換したので、私は屋敷を出ていきます。後のこと? 知りません!

夢草 蝶

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婚約破棄編

7.ラピスフィール夫人

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 馬車が停まる気配に瞼を持ち上げ、居住まいを正します。
「到着しました」という御者の声を聞き、馬車を降ります。

「──ここがラピスフィール公爵家の本邸」

 アーモンド伯爵家の屋敷もかなり大きいものですが、目視で分かる範囲でも公爵邸はその倍は優にあるでしょう。流石は公爵家。何から何まで規模が違いますね。
 ハワードに案内されながら、ゆっくりと開かれた門を潜り、緑と花に囲まれた庭を通り抜け、玄関ポーチへ向かいます。
 石段の上でにはオウル様が佇んでいらっしゃいます。
 こちらに気づかれたようで、オウル様はにこりと微笑んで片手を挙げました。

「やぁ、ジゼル。ようこそ、ラピスフィール公爵家へ」

「オウル様、この度は申し出を受け入れて下さり、ありがとうございます。少しでもラピスフィール公爵家のお役に立てるよう精進いたしますので、何卒よろしくお願い致します」

「そんなに畏まらないでいいよ。一緒に暮らすのだから一足早いけれど、君とは家族らしい関係を築きたいから。実家と変わらない感じで楽にして」

「ラピスフィール公爵家へお邪魔するのは初めてですので、確かに緊張はありますね。すぐには難しいですが、最大限努力します」

「あはは、ジゼルは正直だね」

 オウル様はくすくす笑っていらっしゃいますけど、楽にというのは難しい注文です。
 体を弛緩させると姿勢が崩れてしまいますし、姿勢を気にしなくていいのはベッドに横になっている時ですけれど、ずっと寝ているわけにもいきませんし。
 家族らしい関係というのも、血の繋がった家族がああでしたから、オウル様が想像しているものと一致しているのかも不明です。
 まぁ、初日ですしこれから擦り合わせをしていけば良いですね。
 ラピスフィール公爵家では勉強も大切ですが、オウル様を初め、ご家族との友好な関係を築くことも必須です。
 結束は集団を守る盾です。ラピスフィール公爵家の戦力として認められるよう粉骨砕身、頑張らなくては。
 邸内へ通されながら、気を引き締めていると、凛としていてどこか冷たい声に出迎えられました。

「その娘がお前の新しい婚約者?」

 声の主は瞳に鋭い光を宿した女性。
 黒い扇の向こうから、こちらの懐を探る──というよりも、刺すように見られています。

「母上。はい、ジゼル・アーモンド嬢です。母上も何度か顔を合わせたことはあるでしょう? ジゼル、直接話すのは初めてだったかな。僕の母上だよ」

 オウル様は元々リーファの婚約者だったので、以前から面識はありましたが、巡り合わせが悪かったのかオウル様の婚約者になるまでラピスフィール公爵家の方々とはあまりお会いする機会がありませんでした。
 それでもお顔は拝見しておりましたので、この方がラピスフィール夫人ということはわかります。
 ラピスフィール夫人は先日の婚約破棄の話し合いの場も欠席されてので、お話しするのは今が初めてです。
 つまり、ここが今後の嫁姑関係を決める最初の分岐点というわけですね。落ち着いて、しっかりとご挨拶致しましょう。

「存じ上げております。ラピスフィール夫人におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。アーモンド伯爵が長女、ジゼルでございます。本日よりお世話に──」

「不貞を働いた挙げ句、我儘を言って貴方との婚約を破棄したあの子の姉なのでしょう? 大丈夫なのかしら?」

「母上!」

 挨拶を最後まで出来なかった上に、刺々しい言葉をかけられてしまいました。
 オウル様が窘めるように声を荒げられますが、ラピスフィール夫人の言い分は公爵家の目線に立ってみれば至極当然のものです。
 一方的に、身勝手に約束を反故にし、信用を失う行いをしてしまったのですから。
 であれば、この場で私のすべきことは一つです。

「仰る通りです。この度は身内の我儘で公爵家にご迷惑をお掛けしてしまいました。いくら言葉を重ねても足りないことは理解しておりますが、改めて謝罪申し上げます。申し訳ありませんでした。
 そして、私とオウル様の婚約を認めて下さり、ありがとうございます。失った信頼を取り戻せるよう、オウル様の婚約者として相応しくあれるよう努めますので、どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」

 相手の信頼を取り戻したいのなら、策を凝らしたり、誤魔化したりすることは逆効果です。
 するべきは非礼をお詫びし、誠意を伝えることです。勿論、申し上げたことは口から出任せではなく本心です。
 誠心誠意、背負う名に尽くすことが私の誇りなのですから。
 深々と頭を下げ、ラピスフィール夫人の言葉を待ちます。

「婚約破棄の経緯けいいは母上もご存知でしょう? 何の非もないどころか、彼女は被害者です。そのように穿った見方は──」

「別にそのつもりはないわ。ただ現状、この屋敷においてその子はあの放蕩娘の姉でしかありません。それが嫌なら、自分の価値を示しなさい。それが出来ない者にラピスフィールを名乗る資格はありません」

「はい」

 威圧感に肌が乾燥するような錯覚を感じます。
 けれど、その言葉はこの屋敷における私の立場がどうなるかは私の努力次第だと言われているように感じました。
 ラピスフィール夫人の持つ公平性を感じ、私は深く頷いて返事をしました。

「図書室や資料室を使いたいならハワードに言いなさい。それと、わたくしに訊きたいことがあるのなら、晩餐後に十五分だけ時間をとりましょう。ただし、週末は駄目よ。わかったわね?」

「はい! ありがとうございます!」

 ご指導ご鞭撻をと申し上げましたが、心象がかなり悪かったのでラピスフィール夫人からのご指導はお願い出来ないものと思っていたので、予想外の言葉にらしくもなく跳ね上がった声が出てしまいました。
 ラピスフィール夫人はそのまま踵を返し、お屋敷の奥へと行ってしまわれました。

「ジゼル、すまない。母が随分と高圧的な態度を取って」

「いえ、大丈夫ですよ。アーモンド家がしてしまったことを考えたら当然の対応ですから」

「それもあるんだけど──」

「どうかされましたか?」

 オウル様は何やら言いにくそうにされていますが、得られる情報は集めておきたいので、続きを促しました。

「その、婚約破棄の前から母上とリーファは折り合いが悪くてね。何度か言い争いになったことがあるんだよ。母上は人の評価を改められる人ではあるけれど、人の好き嫌いも結構はっきり態度に出すから、ジゼルを『リーファの姉』だと認識しているうちはキツく当たるかもしれない……」

 歯切れ悪く仰ったオウル様は「出来る限りフォローするから!」と励まして下さいましたが、ずっと申し訳なさそうに眉を下げていらっしゃいました。

 ──これは、早めに手を打つ必要がありますね……。
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