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デート編
26.デートの目標
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ラピスフィール公爵家に来て一ヶ月弱が過ぎましたが、今日のオウル様は今までとは違う雰囲気です。
平たく言えば、服装が普段と違います。
普段──と言っても、オウル様は多忙を極めていらっしゃるので、同じお屋敷で暮らしていても毎日顔を合わせる訳ではありません。
それでも時間を見つけて会いに来て下さるオウル様は常に正装をピシッと着こなしていらっしゃいますが、今日のオウル様の服装はそれに比べるとカジュアルなものでした。
明るいグレーのツーピースに青い柄物のベスト、ライムグリーンのループタイ。靴も長距離を歩くことを想定したものでした。
私同様、動きやすさ重視かつ裕福な商家の子がするような格好です。
珍しい格好に不躾ながらまじまじと見入っていると、いつの間にかオウル様は私の隣に立っていらっしゃいました。
「どうしたの?」
「えっと、おはようございます。その、今日のオウル様は普段と服装が違うので、少し驚いてしまいました」
「ああ、これ? いつもみたいな格好で自領に行ったら視察か何かと思われるかもしれないからね。それだとジゼルも落ち着かないだろう? 変かな?」
「いえ、よくお似合いです」
「ありがとう。ジゼルは綺麗だね。わ、髪型凄く凝ってる。ちょっと良く見せて貰ってもいい?」
「どうぞ。シェリーがしてくれたんです」
オウル様が上身を横に傾けて後ろを覗き込んでらっしゃるので、私は見やすいように体の向きを変えました。
「凄いね。みつあみにしてるのは分かるけど、この薔薇みたいな形はどうやって作ってるんだろう?」
「私も自分で髪を結ったりしないので、よく分かりませんね。気づいたらこうなってました」
「髪が長いとこういうアレンジも出来るんだね。よく似合ってるよ」
「ありがとうございます……」
こうも至近距離で見られることには慣れてないせいか、じわじわと頬や耳に熱が籠っていくのを感じます。
それに気づかれてしまったのか、オウル様は仰け反るようにぱっと体を離されました。
「ごめんね。こんなにじっと見るのは女性に対して失礼だよね」
「大丈夫です。私も先程同じようなことをしてしまいましたから」
「俺はジゼルに見られるの嬉しいよ。ちゃんと関心を持って貰えてるってことだから」
「婚約者ですから──」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
関心を持つのは当然では? と言いかけて、口を閉ざしました。そうです。そもそも私とオウル様が婚約したのは、元の婚約者たちの関心が他に移ったせいです。
オウル様は常に穏和で、リーファとの婚約破棄の時も私との婚約の時も平常心でいられるように見受けられましたが、内心ではどう思っていたのでしょう。
私の場合は事の原因の片割れが身内なこともあり、もう色々と通り過ぎて諦観の念が真っ先に来ましたけど。
──なんて、流石にこんなことは訊けませんよね。
あの件は婚約者を入れ換えることで終わったのです。わざわざ掘り返しても得はありません。
「今日はいい天気だね。ジゼル、市場に行きたいって言ってたから、雨の日だと露天とかは閉まっちゃうから晴れて良かったよ」
オウル様が手を顔に翳して雲のほとんどない晴天を見上げます。
太陽は東の空に。都内とはいえ、ラピスフィール公爵家とアルフェン領は距離があるので、日帰りなら早い時間に発つ必要があります。
「良い品が見つかるといいのですけれど」
「アルフェンの市場は昔は野菜や果物の販売が主流だったけど、市場が大きくなるにつれて他の領の商店や商会も参入してきてるし、輸入商の店もあるから取り扱っている品の種類も増えてるからきっとジゼルが欲しい物も見つかると思うよ」
プレゼント作戦のことはオウル様もご存知なので、今日の外出でそのための品を買い求めたいという旨を伝えてありました。
「そうですね。オウル様、私の都合に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
「謝る必要はないよ。今日はジゼルに楽しんで欲しいから、ジゼルがやりたいことをどんどん言って欲しいな」
「お心遣いありがとうございます……」
オウル様はとても優しくて、それはとても感謝しているのですけれど、その優しさに私は全く報いることが出来ていません。
今日のこの外出はその、デート……なのですよね。
ロウ様と婚約していた頃はロウ様がアーモンド伯爵家に来訪されて、勉強の合間におもてなしをするというのが通常でしたから、社交以外で共に出掛けたことは数える程しかありません。
なので、デートというものはよくわからないのですが、特定の関係にある男女が出掛けることと仮定して、一方的に良くして貰うというのはどうなのでしょう。
そもそも、当初の目的はオウル様から信頼して頂くことにあります。ならば、ただオウル様にして頂くだけでは駄目です。
私もオウル様に喜んで頂かなくては!
今日の目標を定めた私は心の中で拳を握り締め、必ずオウル様を喜ばせると決心しました。
平たく言えば、服装が普段と違います。
普段──と言っても、オウル様は多忙を極めていらっしゃるので、同じお屋敷で暮らしていても毎日顔を合わせる訳ではありません。
それでも時間を見つけて会いに来て下さるオウル様は常に正装をピシッと着こなしていらっしゃいますが、今日のオウル様の服装はそれに比べるとカジュアルなものでした。
明るいグレーのツーピースに青い柄物のベスト、ライムグリーンのループタイ。靴も長距離を歩くことを想定したものでした。
私同様、動きやすさ重視かつ裕福な商家の子がするような格好です。
珍しい格好に不躾ながらまじまじと見入っていると、いつの間にかオウル様は私の隣に立っていらっしゃいました。
「どうしたの?」
「えっと、おはようございます。その、今日のオウル様は普段と服装が違うので、少し驚いてしまいました」
「ああ、これ? いつもみたいな格好で自領に行ったら視察か何かと思われるかもしれないからね。それだとジゼルも落ち着かないだろう? 変かな?」
「いえ、よくお似合いです」
「ありがとう。ジゼルは綺麗だね。わ、髪型凄く凝ってる。ちょっと良く見せて貰ってもいい?」
「どうぞ。シェリーがしてくれたんです」
オウル様が上身を横に傾けて後ろを覗き込んでらっしゃるので、私は見やすいように体の向きを変えました。
「凄いね。みつあみにしてるのは分かるけど、この薔薇みたいな形はどうやって作ってるんだろう?」
「私も自分で髪を結ったりしないので、よく分かりませんね。気づいたらこうなってました」
「髪が長いとこういうアレンジも出来るんだね。よく似合ってるよ」
「ありがとうございます……」
こうも至近距離で見られることには慣れてないせいか、じわじわと頬や耳に熱が籠っていくのを感じます。
それに気づかれてしまったのか、オウル様は仰け反るようにぱっと体を離されました。
「ごめんね。こんなにじっと見るのは女性に対して失礼だよね」
「大丈夫です。私も先程同じようなことをしてしまいましたから」
「俺はジゼルに見られるの嬉しいよ。ちゃんと関心を持って貰えてるってことだから」
「婚約者ですから──」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
関心を持つのは当然では? と言いかけて、口を閉ざしました。そうです。そもそも私とオウル様が婚約したのは、元の婚約者たちの関心が他に移ったせいです。
オウル様は常に穏和で、リーファとの婚約破棄の時も私との婚約の時も平常心でいられるように見受けられましたが、内心ではどう思っていたのでしょう。
私の場合は事の原因の片割れが身内なこともあり、もう色々と通り過ぎて諦観の念が真っ先に来ましたけど。
──なんて、流石にこんなことは訊けませんよね。
あの件は婚約者を入れ換えることで終わったのです。わざわざ掘り返しても得はありません。
「今日はいい天気だね。ジゼル、市場に行きたいって言ってたから、雨の日だと露天とかは閉まっちゃうから晴れて良かったよ」
オウル様が手を顔に翳して雲のほとんどない晴天を見上げます。
太陽は東の空に。都内とはいえ、ラピスフィール公爵家とアルフェン領は距離があるので、日帰りなら早い時間に発つ必要があります。
「良い品が見つかるといいのですけれど」
「アルフェンの市場は昔は野菜や果物の販売が主流だったけど、市場が大きくなるにつれて他の領の商店や商会も参入してきてるし、輸入商の店もあるから取り扱っている品の種類も増えてるからきっとジゼルが欲しい物も見つかると思うよ」
プレゼント作戦のことはオウル様もご存知なので、今日の外出でそのための品を買い求めたいという旨を伝えてありました。
「そうですね。オウル様、私の都合に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
「謝る必要はないよ。今日はジゼルに楽しんで欲しいから、ジゼルがやりたいことをどんどん言って欲しいな」
「お心遣いありがとうございます……」
オウル様はとても優しくて、それはとても感謝しているのですけれど、その優しさに私は全く報いることが出来ていません。
今日のこの外出はその、デート……なのですよね。
ロウ様と婚約していた頃はロウ様がアーモンド伯爵家に来訪されて、勉強の合間におもてなしをするというのが通常でしたから、社交以外で共に出掛けたことは数える程しかありません。
なので、デートというものはよくわからないのですが、特定の関係にある男女が出掛けることと仮定して、一方的に良くして貰うというのはどうなのでしょう。
そもそも、当初の目的はオウル様から信頼して頂くことにあります。ならば、ただオウル様にして頂くだけでは駄目です。
私もオウル様に喜んで頂かなくては!
今日の目標を定めた私は心の中で拳を握り締め、必ずオウル様を喜ばせると決心しました。
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