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デート編
28.見知った景色に抱く畏敬
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久しぶりのメルソルバの街は相変わらず活気づいておりました。
小さな町をつくりあげるように並んだお店、そこから聞こえる元気な客寄せの声、行き交う人々の雑踏。実演販売をしている屋台から漂うスパイスの香り。平原から吹く涼やかな風を塗り変えるような熱気。
メルソルバの市場はお祭りの日のように活況を極めています。
私たちが今いるのは平原から宿や食事処のある道を通った先にあるメルソルバの大広場です。
「以前来た時よりも、広場の露店商の数が増えてますね」
「ああ、うん。ここは六本道の交差点になってて、多くの人が通るからね。ここで露店を出したいって要望が多くて範囲を広げたんだ」
「なるほど。そういえば、毎回来る度に露店が変わっているのには何か理由があるのでしょうか?」
露店は地面に敷物を敷いてその上に品物を並べたり、屋台を組み立てたりして商売を行うので、場所が変わるのは分かるのですが、毎回お店そのものが変わっていることが不思議でした。
「ああ、それはここの露店は抽選制なんだよ」
「抽選?」
「うん。ここは人気の場所だからね。車道を挟んだ向こう側にある店は自前の店だったり、建物の持ち主と契約してたりするんだけど、この広場の露店は抽選に当たったアルフェンに店を持つ商人が出店してたり、他領の商会や外国のキャラバンなんかが店を出してるんだ。月の始めに抽選会をして、当選した者が翌月にここで露店を開けるってシステム」
「アルフェンにはそんなシステムがあったのですね……抽選による出店、毎月違ったデータが取れて流行や需要を調べるのに良さそうですね。革新的です」
所有しているものの使っていない空き家を商人に貸す店子というものはありますが、期間を決めてこれほどの規模の場所を提供するシステムは他では聞いたことがありません。
来る度に違うお店が出ているということは、観光客の再訪も期待出来ます。領外の人間が多く滞在しても治安も乱れてませんし、警備体制のしっかり作り上げられているのでしょう。
これがラピスフィール公爵の手腕……感服致します。
賑やかで、清潔で、平穏な市場。極ありふれたもののようで、それを築くことの困難さを思い、それを成し遂げて見せる方々とこれから同じ道を行くのだと思うと大きな壁の前に立たされたような気分になります。
「メルソルバは王都にあるし、人の出入りも多いから店を出したいって人が多かったんだよ。けれど、土地には限りがあるし、ほとんどは昔からアルフェンに住んでる人が店を出している──それでもどうにか出来ないかって考えた結果、この広場を使おうってことになったみたい。関所の関係や、地方の領と王都の条例が違う問題とかがあって実行に移せたのは父上の代からみたいだけど」
「確かに。国王陛下のお膝元である王都では検問が他よりも厳しくて、持ち込める荷には制限が掛けられますからね。それらを一つ一つ解決してきた歴代のラピスフィール公爵様もオウル様のお父様のとても凄いです」
やはり、視点を変えることは大切ですね。
今までは賑やかな市場としか思ってなかったこの場所が、どれほどの石を積み重ねて揺るぎない地盤にしたかが分かります。
「うん、凄いよね。凄くてちょっと──」
「オウル様? どうかなさいましたか?」
「ううん。何でもないよ」
何かを言いかけて閉口されたオウル様が続きを話されることはありませんでした。
なら、言う必要のないことか言いたくないことなのでしょう。私もそこにはそれ以上触れませんでした。
「それにしても──人混みが凄くてお店に辿り着けそうにありませんね……」
「広場の露店は一ヶ月だけだからねー、今回を逃せば次はいつ出会えるか判らないからいつもこの人だかりだよ。昼時になったら皆食事に行くから少しマシになるよ。それまで他で時間を潰そうか」
「わかりました。どこへ行きましょう?」
「ここでジゼルに質問です」
「はい?」
まるで催しの司会のような芝居がかった声音で、オウル様が目の前でぐるりと広場を囲う車道の境を撫でるように人差し指を滑らせました。
「このアスタリスクは選んだ道で見られるものが全く違うからね。ジゼルはどの道に進みたい?」
まるで物語で複数ある扉のどれを開けるかを訊ねる門番のように、オウル様は仰いました。
小さな町をつくりあげるように並んだお店、そこから聞こえる元気な客寄せの声、行き交う人々の雑踏。実演販売をしている屋台から漂うスパイスの香り。平原から吹く涼やかな風を塗り変えるような熱気。
メルソルバの市場はお祭りの日のように活況を極めています。
私たちが今いるのは平原から宿や食事処のある道を通った先にあるメルソルバの大広場です。
「以前来た時よりも、広場の露店商の数が増えてますね」
「ああ、うん。ここは六本道の交差点になってて、多くの人が通るからね。ここで露店を出したいって要望が多くて範囲を広げたんだ」
「なるほど。そういえば、毎回来る度に露店が変わっているのには何か理由があるのでしょうか?」
露店は地面に敷物を敷いてその上に品物を並べたり、屋台を組み立てたりして商売を行うので、場所が変わるのは分かるのですが、毎回お店そのものが変わっていることが不思議でした。
「ああ、それはここの露店は抽選制なんだよ」
「抽選?」
「うん。ここは人気の場所だからね。車道を挟んだ向こう側にある店は自前の店だったり、建物の持ち主と契約してたりするんだけど、この広場の露店は抽選に当たったアルフェンに店を持つ商人が出店してたり、他領の商会や外国のキャラバンなんかが店を出してるんだ。月の始めに抽選会をして、当選した者が翌月にここで露店を開けるってシステム」
「アルフェンにはそんなシステムがあったのですね……抽選による出店、毎月違ったデータが取れて流行や需要を調べるのに良さそうですね。革新的です」
所有しているものの使っていない空き家を商人に貸す店子というものはありますが、期間を決めてこれほどの規模の場所を提供するシステムは他では聞いたことがありません。
来る度に違うお店が出ているということは、観光客の再訪も期待出来ます。領外の人間が多く滞在しても治安も乱れてませんし、警備体制のしっかり作り上げられているのでしょう。
これがラピスフィール公爵の手腕……感服致します。
賑やかで、清潔で、平穏な市場。極ありふれたもののようで、それを築くことの困難さを思い、それを成し遂げて見せる方々とこれから同じ道を行くのだと思うと大きな壁の前に立たされたような気分になります。
「メルソルバは王都にあるし、人の出入りも多いから店を出したいって人が多かったんだよ。けれど、土地には限りがあるし、ほとんどは昔からアルフェンに住んでる人が店を出している──それでもどうにか出来ないかって考えた結果、この広場を使おうってことになったみたい。関所の関係や、地方の領と王都の条例が違う問題とかがあって実行に移せたのは父上の代からみたいだけど」
「確かに。国王陛下のお膝元である王都では検問が他よりも厳しくて、持ち込める荷には制限が掛けられますからね。それらを一つ一つ解決してきた歴代のラピスフィール公爵様もオウル様のお父様のとても凄いです」
やはり、視点を変えることは大切ですね。
今までは賑やかな市場としか思ってなかったこの場所が、どれほどの石を積み重ねて揺るぎない地盤にしたかが分かります。
「うん、凄いよね。凄くてちょっと──」
「オウル様? どうかなさいましたか?」
「ううん。何でもないよ」
何かを言いかけて閉口されたオウル様が続きを話されることはありませんでした。
なら、言う必要のないことか言いたくないことなのでしょう。私もそこにはそれ以上触れませんでした。
「それにしても──人混みが凄くてお店に辿り着けそうにありませんね……」
「広場の露店は一ヶ月だけだからねー、今回を逃せば次はいつ出会えるか判らないからいつもこの人だかりだよ。昼時になったら皆食事に行くから少しマシになるよ。それまで他で時間を潰そうか」
「わかりました。どこへ行きましょう?」
「ここでジゼルに質問です」
「はい?」
まるで催しの司会のような芝居がかった声音で、オウル様が目の前でぐるりと広場を囲う車道の境を撫でるように人差し指を滑らせました。
「このアスタリスクは選んだ道で見られるものが全く違うからね。ジゼルはどの道に進みたい?」
まるで物語で複数ある扉のどれを開けるかを訊ねる門番のように、オウル様は仰いました。
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