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デート編
33.小さい貴方のはなし
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「──という次第でして。贈り物になる品を探しているのです」
「ふぅむ……ちょっと待ってな」
探している品の条件を伝えると、サリブお婆様は何度か頷かれてお店の奥の方へ入って行かれました。
待っている間、手持ち無沙汰になった私は店内を見回しました。
風通しのいい店内の四方の壁は大きな棚で埋まり、その中には水薬や粉薬、丸薬の入った瓶や塗り薬の薬器、乾燥させた薬草、点眼薬、包帯や湿布などが収められています。
「珍しい?」
「はい。これだけの種類の薬は初めて見ました。サリブお婆様は本当に物知りなのですね」
薬を扱うにはその分の知識が必要です。どういう症状に有効か、どんな副作用が出るのかを把握していないと薬師の仕事は成り立ちません。
取り扱う店の数は店主の知識量に比例します。オウル様がアルフェン一の物知りだと称したように、サリブお婆様は余程腕の良い薬師なのでしょう。
「うん。サリブ婆様は元々異国の人でね、世界を旅して色んな薬の知識を学んだんだって、それから流れ着いたこの地でセンジュ薬堂を開いたんだって」
「それは凄い方ですね」
「凄いよね。それにサリブ婆様は知識だけじゃなくて腕もいいよ。子供の頃、マーカスと一緒にアルフェンに遊びに来てちょくちょく怪我をしてたけど、サリブ婆様に手当てをしてもらったら次の日の朝には痕も残らず綺麗に治ってたから」
「なら、どんなやんちゃな子のお母さんも安心ですね」
「そうだね」
子供というのは元気に駆け回るものです。
私は令嬢が走ったりするのははしたないと躾られたのでしたことはありませんが、馬車の窓から駆けっこをする市井の子達を見たことがありました。
オウル様にもそんな子供時代があったのだと思うと、とても微笑ましくて思わず笑みが溢れました。
「ふふっ」
「ジゼル? 何かおかしかった?」
「いえ。オウル様も街を駆け回っていた頃があったのだと思ったら、可愛らしいなと」
「……僕はそこまでやんちゃじゃなかったよ。転んで怪我してたのもほとんどマーカスだったし」
「そうなのですか?」
子供の頃の話は恥ずかしいのか、どこか拗ねたような声でオウル様は仰いました。
「そうだよ。マーカスの奴、子供の頃は高いとこが好きで木にも登るし、塀にも登るし、やめた方がいいって言ったのにセンジュ薬堂の屋根にも登って落っこちてサリブ婆様に怒られながら手当てされてたんだよ」
その時のことを思い出されているのか、オウル様は呆れ顔で語られます。ですが、お顔には昔を懐かしむような柔らかさもあり、口で仰っているほど悪い思い出ではないように見受けられました。
「そんなことを言って──オウル坊ちゃんもお菓子の瓶から腕が抜けないって泣きながらうちに飛び込んで来たことがあっただろう」
「サリブ婆様!」
木箱を乗せた台車を紐で引っ張りながら戻って来られたサリブお婆様の突然の暴露にオウル様があたふたと大きな声を上げられました。
幼い頃の失敗談をばらされた羞恥から、お耳が赤く染まっています。
「そのようなことが……」
「ちがっ、いや、違くはないけど……もう、サリブ婆様、なんで言っちゃうの……」
「いやねぇ、どこからかマーカス坊ちゃんのくしゃみが聞こえた気がしてね。これでお相子だろう。それどオウル坊ちゃん、今更だがそういう時に頼るべきは薬師じゃなくて医者か消防だよ」
「わかってるよ。あの時は慌ててて思わず何でも知ってるサリブ婆様の顔が真っ先に浮かんだんだよ」
「それで瓶は抜けたんですか?」
そんなことはオウル様の手を見れば分かることですが、もう少しこの話を続けたい気がして、私はどうなったのかを訊ねました。
「抜けたよ。けど、あの時は大変だったね。石鹸を塗って抜こうとしたらオウル坊ちゃんがお菓子に掛かったら食べられなくなるって駄々を捏ねて、仕方ないからリュガーの実を搾って油をとるとこから初めて抜けた頃には日が沈んでたよ」
「抜けてよかったですね、オウル様」
「……もう、この話はやめようよ。面白くもないだろう?」
「そんなことありません。オウル様とは婚約するまでほとんど交流がありませんでしたから、幼い頃のお話はとても新鮮で興味深いです」
赤いお顔を手で覆っているオウル様の手前、これ以上サリブお婆様からお話を伺うのは難しそうですが、ハワードやマーカス様たちに訊ねたら教えて頂けるでしょうか?
そんなことを考えていると、納得のいかなそうな顔をされているオウル様が私の顔を見てこう仰いました。
「なら、僕も小さい頃のジゼルの話が聞きたいな。僕ばっかり知られるんじゃ公平じゃないだろう?」
「私の話……ですか?」
「ふぅむ……ちょっと待ってな」
探している品の条件を伝えると、サリブお婆様は何度か頷かれてお店の奥の方へ入って行かれました。
待っている間、手持ち無沙汰になった私は店内を見回しました。
風通しのいい店内の四方の壁は大きな棚で埋まり、その中には水薬や粉薬、丸薬の入った瓶や塗り薬の薬器、乾燥させた薬草、点眼薬、包帯や湿布などが収められています。
「珍しい?」
「はい。これだけの種類の薬は初めて見ました。サリブお婆様は本当に物知りなのですね」
薬を扱うにはその分の知識が必要です。どういう症状に有効か、どんな副作用が出るのかを把握していないと薬師の仕事は成り立ちません。
取り扱う店の数は店主の知識量に比例します。オウル様がアルフェン一の物知りだと称したように、サリブお婆様は余程腕の良い薬師なのでしょう。
「うん。サリブ婆様は元々異国の人でね、世界を旅して色んな薬の知識を学んだんだって、それから流れ着いたこの地でセンジュ薬堂を開いたんだって」
「それは凄い方ですね」
「凄いよね。それにサリブ婆様は知識だけじゃなくて腕もいいよ。子供の頃、マーカスと一緒にアルフェンに遊びに来てちょくちょく怪我をしてたけど、サリブ婆様に手当てをしてもらったら次の日の朝には痕も残らず綺麗に治ってたから」
「なら、どんなやんちゃな子のお母さんも安心ですね」
「そうだね」
子供というのは元気に駆け回るものです。
私は令嬢が走ったりするのははしたないと躾られたのでしたことはありませんが、馬車の窓から駆けっこをする市井の子達を見たことがありました。
オウル様にもそんな子供時代があったのだと思うと、とても微笑ましくて思わず笑みが溢れました。
「ふふっ」
「ジゼル? 何かおかしかった?」
「いえ。オウル様も街を駆け回っていた頃があったのだと思ったら、可愛らしいなと」
「……僕はそこまでやんちゃじゃなかったよ。転んで怪我してたのもほとんどマーカスだったし」
「そうなのですか?」
子供の頃の話は恥ずかしいのか、どこか拗ねたような声でオウル様は仰いました。
「そうだよ。マーカスの奴、子供の頃は高いとこが好きで木にも登るし、塀にも登るし、やめた方がいいって言ったのにセンジュ薬堂の屋根にも登って落っこちてサリブ婆様に怒られながら手当てされてたんだよ」
その時のことを思い出されているのか、オウル様は呆れ顔で語られます。ですが、お顔には昔を懐かしむような柔らかさもあり、口で仰っているほど悪い思い出ではないように見受けられました。
「そんなことを言って──オウル坊ちゃんもお菓子の瓶から腕が抜けないって泣きながらうちに飛び込んで来たことがあっただろう」
「サリブ婆様!」
木箱を乗せた台車を紐で引っ張りながら戻って来られたサリブお婆様の突然の暴露にオウル様があたふたと大きな声を上げられました。
幼い頃の失敗談をばらされた羞恥から、お耳が赤く染まっています。
「そのようなことが……」
「ちがっ、いや、違くはないけど……もう、サリブ婆様、なんで言っちゃうの……」
「いやねぇ、どこからかマーカス坊ちゃんのくしゃみが聞こえた気がしてね。これでお相子だろう。それどオウル坊ちゃん、今更だがそういう時に頼るべきは薬師じゃなくて医者か消防だよ」
「わかってるよ。あの時は慌ててて思わず何でも知ってるサリブ婆様の顔が真っ先に浮かんだんだよ」
「それで瓶は抜けたんですか?」
そんなことはオウル様の手を見れば分かることですが、もう少しこの話を続けたい気がして、私はどうなったのかを訊ねました。
「抜けたよ。けど、あの時は大変だったね。石鹸を塗って抜こうとしたらオウル坊ちゃんがお菓子に掛かったら食べられなくなるって駄々を捏ねて、仕方ないからリュガーの実を搾って油をとるとこから初めて抜けた頃には日が沈んでたよ」
「抜けてよかったですね、オウル様」
「……もう、この話はやめようよ。面白くもないだろう?」
「そんなことありません。オウル様とは婚約するまでほとんど交流がありませんでしたから、幼い頃のお話はとても新鮮で興味深いです」
赤いお顔を手で覆っているオウル様の手前、これ以上サリブお婆様からお話を伺うのは難しそうですが、ハワードやマーカス様たちに訊ねたら教えて頂けるでしょうか?
そんなことを考えていると、納得のいかなそうな顔をされているオウル様が私の顔を見てこう仰いました。
「なら、僕も小さい頃のジゼルの話が聞きたいな。僕ばっかり知られるんじゃ公平じゃないだろう?」
「私の話……ですか?」
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