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第2章 学園編
第22話
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それは王宮舞踏会がいよいよ佳境に差し掛かった頃、突然起こった。
舞踏会場に面した庭園から女性の悲鳴が聞こえたのである。
「あの声はまさか!?」
二曲連続でコストナー男爵家令嬢アンジェリカとダンスをしていたエドワルドはその悲鳴の主に心当たりがあるようで、真っ先に庭園へ飛び出していった。
「フィルミナ!」
悲鳴の主フィルミナは植え込みでうずくまっていた。体を抱えるように腕組みをして、カタカタと震えている。
エドワルドはフィルミナに駆け寄ると、両肩を抱く。エドワルドの顔を見上げたフィルミナの顔色は真っ青だった。
「どうした? 大丈夫か?」
「あ……殿下……いきなり黒い影が……そこから……飛び出してきて……」
余程怖い思いをしたのだろう。フィルミナの言葉は途切れ途切れだ。
エドワルドは自らのジャケットを脱ぐと、震えるフィルミナに羽織らせる。
「落ち着け。もう大丈夫だ。立てるか?」
こくんとフィルミナは頷くと、エドワルドに抱えられるようにして立ち上がる。
駆け付けた近衛兵に付近の捜索を命じると、エドワルドはフィルミナを連れて舞踏会場に戻る。
近くにあった椅子にフィルミナを座らせると、エドワルドはフィルミナの手を握る。
「フィルミナ様! 大丈夫ですか?」
戻ってきたフィルミナに真っ先に駆け寄ったのはエレナだ。エレナはフィルミナの前に膝をつくと、気遣うようにフィルミナの顔を覗く。
「ええ……エレナ、大丈夫」
「大丈夫そうには見えません。何か温かい飲み物を持ってこさせます」
エレナは近くにいた給仕に温かい飲み物を持ってくるよう頼む。
「つらいとは思うがあえて聞くぞ、フィルミナ。黒い影はそなたに何かしたのか?」
フィルミナは首を横に振ると、また途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「何も……されてはおりません……会場の熱気にあてられましたので……少し涼もうと……庭園へ出たら……黒い影が出てきて……横切っていきました」
「嘘をついてはいけませんな、フィルミナ嬢」
後ろからした声の方を見ると、コストナー男爵が立っていた。黒い髪を後ろに撫でつけて、少しふくよかな腹をしたこの男は、アンジェリカの父親だ。
不躾にも野心的な青い瞳でフィルミナを見下ろしている。本来であれば、男爵にすぎない彼が高位貴族であるヴィルシュタイン公爵家の令嬢に行っていい行動ではない。
「コストナー男爵。フィルミナが嘘をついているとはどういうことだ?」
「王太子殿下、私は見たのですよ。殿下が娘とダンスをしている間にフィルミナ嬢が庭園で逢瀬をしているのを……」
やれやれという風にコストナー男爵は肩を 竦める。
「それはまことか? フィルミナ」
エドワルドは問い詰めるような視線でフィルミナを見やる。
「ちがっ! 違います! 殿下、わたくしは逢瀬などしておりません!」
フィルミナの美しい青い瞳に雫が浮かぶ。
「しかし、コストナー男爵が見たと……」
「そのとおりです。フィルミナ嬢が男と会っているをこの目で見ました」
髪の色と同じ黒いひげを撫でながら、自信たっぷりにコストナー男爵が言う。
「その男ってこいつのことじゃないか? コストナー男爵」
トームスの声が響く。声が聞こえた方向に目をやると、トームスが縄でぐるぐる巻きにされた男を投げ出す。勢いで男はコストナー男爵の足元に倒れた。男は顔を上げると、コストナー男爵に謝罪する。
「……旦那様、申し訳ございません」
「こいつが全て吐いたぜ。あんたの指図だってな」
トームスが不適に口の端を上げる。しかし、コストナー男爵は男から顔を背けた。
「このような者は知りませんな」
「そんな……旦那様」
エドワルドとトームスは顔を見合わせると、互いに長いため息を吐き出す。
「殿下。この狸親父は中々尻尾を出しやがらないぜ」
「そうだな。仕方ない。証人たちをこの場に!」
よく通る声でエドワルドが命じると、近衛兵が動く。
しばらくすると、近衛兵が何人かの男たちを連れてくる。男たちは皆、逃げないように体を拘束されていた。エドワルドは男たちに近づくと、冷ややかに見下ろす。男たちはびくっと体を震わす。
「こやつらはヴィルシュタイン公爵領に向かう途中で捕らえた襲撃者たちだ」
「その者たちが証人ですかな? 見覚えのない者たちばかりですな」
コストナー男爵は意地悪そうな笑みを浮かべる。
エドワルドは男たちに目を向ける。
「今一度問う。おまえたちに襲撃を命じた者は誰だ?」
「そ……それは……あの女です!」
男たちが振り向いた先にはコストナー男爵令嬢アンジェリカが立っていた。
「知りません!」
アンジェリカは大きな水色の瞳いっぱいに涙を溜めて、エドワルドの足にすがる。
「信じてください、殿下! 私はあの人たちのことなんか知りません!」
「ったく! 親が親なら子も子だな。それならとっておきの証人を出すしかないな」
吐き捨てるように言い放ったのはトームスだ。
「ほう。とっておきの証人とは?」
コストナー男爵がふくよかな腹を揺らして笑う。
「俺だよ」
トームスは自らを指差す。コストナー男爵とアンジェリカは一瞬呆けた顔になる。
「「はっ?」」
「俺は見たんだよ。アンジェリカ嬢がこいつらにフィルミナを襲撃するように命じていたところを」
男たちを見ながら、トームスはその時のことを語る。
「これ以上の証人はおらぬな。トームス、いやマルク子爵は私の侍従だからな。観念せよ。コストナー男爵、アンジェリカ嬢」
それまで余裕たっぷりだったコストナー男爵は体を震わせる。
「娘が独断でやったことです。私は関係ない」
「何よ! お父様がフィルミナさえ傷物にすればと言ったから、彼らを雇ったのよ!」
それまで庇護欲をそそる令嬢を演じていたアンジェリカの仮面が剥がれた。
「黙りなさい! アンジェリカ、おまえを勘当する!」
「娘を捨てる気!?」
互いに罵りあう親子を呆れた目で見ていたエドワルドは、近衛兵に命じて二人を捕縛させた。
舞踏会場に面した庭園から女性の悲鳴が聞こえたのである。
「あの声はまさか!?」
二曲連続でコストナー男爵家令嬢アンジェリカとダンスをしていたエドワルドはその悲鳴の主に心当たりがあるようで、真っ先に庭園へ飛び出していった。
「フィルミナ!」
悲鳴の主フィルミナは植え込みでうずくまっていた。体を抱えるように腕組みをして、カタカタと震えている。
エドワルドはフィルミナに駆け寄ると、両肩を抱く。エドワルドの顔を見上げたフィルミナの顔色は真っ青だった。
「どうした? 大丈夫か?」
「あ……殿下……いきなり黒い影が……そこから……飛び出してきて……」
余程怖い思いをしたのだろう。フィルミナの言葉は途切れ途切れだ。
エドワルドは自らのジャケットを脱ぐと、震えるフィルミナに羽織らせる。
「落ち着け。もう大丈夫だ。立てるか?」
こくんとフィルミナは頷くと、エドワルドに抱えられるようにして立ち上がる。
駆け付けた近衛兵に付近の捜索を命じると、エドワルドはフィルミナを連れて舞踏会場に戻る。
近くにあった椅子にフィルミナを座らせると、エドワルドはフィルミナの手を握る。
「フィルミナ様! 大丈夫ですか?」
戻ってきたフィルミナに真っ先に駆け寄ったのはエレナだ。エレナはフィルミナの前に膝をつくと、気遣うようにフィルミナの顔を覗く。
「ええ……エレナ、大丈夫」
「大丈夫そうには見えません。何か温かい飲み物を持ってこさせます」
エレナは近くにいた給仕に温かい飲み物を持ってくるよう頼む。
「つらいとは思うがあえて聞くぞ、フィルミナ。黒い影はそなたに何かしたのか?」
フィルミナは首を横に振ると、また途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「何も……されてはおりません……会場の熱気にあてられましたので……少し涼もうと……庭園へ出たら……黒い影が出てきて……横切っていきました」
「嘘をついてはいけませんな、フィルミナ嬢」
後ろからした声の方を見ると、コストナー男爵が立っていた。黒い髪を後ろに撫でつけて、少しふくよかな腹をしたこの男は、アンジェリカの父親だ。
不躾にも野心的な青い瞳でフィルミナを見下ろしている。本来であれば、男爵にすぎない彼が高位貴族であるヴィルシュタイン公爵家の令嬢に行っていい行動ではない。
「コストナー男爵。フィルミナが嘘をついているとはどういうことだ?」
「王太子殿下、私は見たのですよ。殿下が娘とダンスをしている間にフィルミナ嬢が庭園で逢瀬をしているのを……」
やれやれという風にコストナー男爵は肩を 竦める。
「それはまことか? フィルミナ」
エドワルドは問い詰めるような視線でフィルミナを見やる。
「ちがっ! 違います! 殿下、わたくしは逢瀬などしておりません!」
フィルミナの美しい青い瞳に雫が浮かぶ。
「しかし、コストナー男爵が見たと……」
「そのとおりです。フィルミナ嬢が男と会っているをこの目で見ました」
髪の色と同じ黒いひげを撫でながら、自信たっぷりにコストナー男爵が言う。
「その男ってこいつのことじゃないか? コストナー男爵」
トームスの声が響く。声が聞こえた方向に目をやると、トームスが縄でぐるぐる巻きにされた男を投げ出す。勢いで男はコストナー男爵の足元に倒れた。男は顔を上げると、コストナー男爵に謝罪する。
「……旦那様、申し訳ございません」
「こいつが全て吐いたぜ。あんたの指図だってな」
トームスが不適に口の端を上げる。しかし、コストナー男爵は男から顔を背けた。
「このような者は知りませんな」
「そんな……旦那様」
エドワルドとトームスは顔を見合わせると、互いに長いため息を吐き出す。
「殿下。この狸親父は中々尻尾を出しやがらないぜ」
「そうだな。仕方ない。証人たちをこの場に!」
よく通る声でエドワルドが命じると、近衛兵が動く。
しばらくすると、近衛兵が何人かの男たちを連れてくる。男たちは皆、逃げないように体を拘束されていた。エドワルドは男たちに近づくと、冷ややかに見下ろす。男たちはびくっと体を震わす。
「こやつらはヴィルシュタイン公爵領に向かう途中で捕らえた襲撃者たちだ」
「その者たちが証人ですかな? 見覚えのない者たちばかりですな」
コストナー男爵は意地悪そうな笑みを浮かべる。
エドワルドは男たちに目を向ける。
「今一度問う。おまえたちに襲撃を命じた者は誰だ?」
「そ……それは……あの女です!」
男たちが振り向いた先にはコストナー男爵令嬢アンジェリカが立っていた。
「知りません!」
アンジェリカは大きな水色の瞳いっぱいに涙を溜めて、エドワルドの足にすがる。
「信じてください、殿下! 私はあの人たちのことなんか知りません!」
「ったく! 親が親なら子も子だな。それならとっておきの証人を出すしかないな」
吐き捨てるように言い放ったのはトームスだ。
「ほう。とっておきの証人とは?」
コストナー男爵がふくよかな腹を揺らして笑う。
「俺だよ」
トームスは自らを指差す。コストナー男爵とアンジェリカは一瞬呆けた顔になる。
「「はっ?」」
「俺は見たんだよ。アンジェリカ嬢がこいつらにフィルミナを襲撃するように命じていたところを」
男たちを見ながら、トームスはその時のことを語る。
「これ以上の証人はおらぬな。トームス、いやマルク子爵は私の侍従だからな。観念せよ。コストナー男爵、アンジェリカ嬢」
それまで余裕たっぷりだったコストナー男爵は体を震わせる。
「娘が独断でやったことです。私は関係ない」
「何よ! お父様がフィルミナさえ傷物にすればと言ったから、彼らを雇ったのよ!」
それまで庇護欲をそそる令嬢を演じていたアンジェリカの仮面が剥がれた。
「黙りなさい! アンジェリカ、おまえを勘当する!」
「娘を捨てる気!?」
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