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EP 5
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尻尾は正直な副隊長と、差し入れの夕食
「ミーナさんは、戦士様でいらっしゃるのですね」
最後の一口の抹茶を飲み干し、ほっと息をついたミーナに、飛鳥が静かに声をかけた。
飛鳥の視線は、彼女の腰にある二振りの剣と、その掌にある固いタコに向けられていた。それは、日々鍛錬を重ねた者だけが持つ勲章だ。
「あぁ。……分かるか?」
「ええ。その手を見れば。……レオナ様の親衛隊、でしたか」
「そうだ。親衛隊副隊長だ。……とはいえ、華やかな仕事ばかりではないがな」
ミーナは空になった茶碗を畳に置き、少し遠い目をした。
甘い菓子と温かい茶で毒気が抜けたのか、彼女の口からは自然と愚痴がこぼれ出た。
「レオナ様は、玉座に座って構えているような御方ではないからな。思い立ったら即行動、壁があれば剣で砕いて進むような方だ。……私達親衛隊は、いつもその後始末に追われている」
「ふふ、なるほど。豪快な王様なのですね」
「豪快すぎる! 昨日も会議をすっぽかして狩りに出るし、城壁は壊すし……私はいつも胃が痛いんだ」
「生憎、私は戦の事など分かりませんが……苦労なさっているのですね」
飛鳥は穏やかな笑みを絶やさず、相槌を打つ。
否定も肯定もせず、ただ相手の言葉を受け止める。それは茶道の「主客一体」の精神に通じるものがあった。
誰かに話を聞いてもらう。ただそれだけのことが、戦場に生きるミーナにとっては得難い癒やしとなっていた。
「……おっと、いけない。もうこんな時間か」
牢屋の小窓から差し込む光が、橙色に変わっていた。
ミーナは名残惜しそうに立ち上がった。ブーツを履き直そうとして、ふと自分の心が驚くほど軽くなっていることに気づいた。
「なんだか……捕虜の貴様相手に喋りすぎてしまったな。だが、飛鳥と話が出来て、心が安らいだ」
「それは、茶道家冥利に尽きます。粗茶ですが、お役に立てて何よりです」
飛鳥が深々と頭を下げる。
その真摯な態度に、ミーナは頬を赤らめ、モジモジと視線を泳がせた。
「あの、さ。……ま、また、茶を飲みに来て良いか? 見張りという名目でだが!」
「もちろんです。何時でも、お待ちしております」
その言葉を聞いた瞬間だった。
ブンッ! ブンブンッ!
ミーナの背後で、長い黒豹の尻尾が左右に激しく振られた。
まるで主人の帰りを喜ぶ飼い犬……いや、猫のように、風を切る音が出るほどの勢いだ。
口ではクールに振る舞っていても、身体は正直だった。
「っ! ……コホン。では、また来る」
自分の尻尾の動きに気づいたのか、慌てて尻尾を手で押さえつけ、ミーナは鉄格子の外へ出た。
そして鍵を掛けようとして、自分が最初に持ってきた食事――冷えて固くなった黒パンと薄いスープ――を見て、眉をひそめた。
「……こんな黒パンじゃ、味気ないな。あのカステラのお礼には釣り合わん」
ミーナは一度盆を持ち上げると、飛鳥に向き直った。
「待っていろ。私が、もっと良い食事を持ってきてあげるよ。……内緒だぞ」
彼女は小走りで階段を駆け上がっていった。
しばらくして戻ってきた彼女の手には、湯気を立てる皿が乗っていた。
厚切りの肉がたっぷり入った根菜のシチューと、焼きたてのふかふかの白パン。王城の騎士食堂で出される、上等なメニューだ。
「ほら、食え。私が畑で作った野菜も入ってるからな、味は保証する」
「……ありがとうございます。頂きます」
飛鳥は行儀よく手を合わせると、差し入れられた食事を口にした。
黙々と、一口ずつ噛み締めるように食べる。
「美味しい」と言葉に出すわけではない。しかし、その丁寧な食べ方からは、作ってくれた人(と、野菜を育てたミーナ)への深い感謝が伝わってきた。
その様子を鉄格子の外から眺めながら、ミーナは心の中で呟いた。
(変な奴だな……。武器も持たず、牢屋の中で茶を点てて。……でも、悪い奴じゃない)
シチューを綺麗に平らげ、満足そうに茶をすする飛鳥。
その横顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。
(それどころか……もっと飛鳥と話がしたいな。次は、私の畑の話でも聞いてくれるだろうか)
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「ふん、なら良かった。……じゃあな」
ミーナは努めてぶっきらぼうに背を向けたが、その背後で、黒い尻尾はやっぱりブンブンと大きく揺れていた。
足取り軽く階段を登っていく副隊長の後ろ姿を、飛鳥は微笑ましく見送った。
「さて。明日のお客様のために、茶道具を磨いておきましょうか」
牢獄の茶室に、再び静かな夜が訪れた。
「ミーナさんは、戦士様でいらっしゃるのですね」
最後の一口の抹茶を飲み干し、ほっと息をついたミーナに、飛鳥が静かに声をかけた。
飛鳥の視線は、彼女の腰にある二振りの剣と、その掌にある固いタコに向けられていた。それは、日々鍛錬を重ねた者だけが持つ勲章だ。
「あぁ。……分かるか?」
「ええ。その手を見れば。……レオナ様の親衛隊、でしたか」
「そうだ。親衛隊副隊長だ。……とはいえ、華やかな仕事ばかりではないがな」
ミーナは空になった茶碗を畳に置き、少し遠い目をした。
甘い菓子と温かい茶で毒気が抜けたのか、彼女の口からは自然と愚痴がこぼれ出た。
「レオナ様は、玉座に座って構えているような御方ではないからな。思い立ったら即行動、壁があれば剣で砕いて進むような方だ。……私達親衛隊は、いつもその後始末に追われている」
「ふふ、なるほど。豪快な王様なのですね」
「豪快すぎる! 昨日も会議をすっぽかして狩りに出るし、城壁は壊すし……私はいつも胃が痛いんだ」
「生憎、私は戦の事など分かりませんが……苦労なさっているのですね」
飛鳥は穏やかな笑みを絶やさず、相槌を打つ。
否定も肯定もせず、ただ相手の言葉を受け止める。それは茶道の「主客一体」の精神に通じるものがあった。
誰かに話を聞いてもらう。ただそれだけのことが、戦場に生きるミーナにとっては得難い癒やしとなっていた。
「……おっと、いけない。もうこんな時間か」
牢屋の小窓から差し込む光が、橙色に変わっていた。
ミーナは名残惜しそうに立ち上がった。ブーツを履き直そうとして、ふと自分の心が驚くほど軽くなっていることに気づいた。
「なんだか……捕虜の貴様相手に喋りすぎてしまったな。だが、飛鳥と話が出来て、心が安らいだ」
「それは、茶道家冥利に尽きます。粗茶ですが、お役に立てて何よりです」
飛鳥が深々と頭を下げる。
その真摯な態度に、ミーナは頬を赤らめ、モジモジと視線を泳がせた。
「あの、さ。……ま、また、茶を飲みに来て良いか? 見張りという名目でだが!」
「もちろんです。何時でも、お待ちしております」
その言葉を聞いた瞬間だった。
ブンッ! ブンブンッ!
ミーナの背後で、長い黒豹の尻尾が左右に激しく振られた。
まるで主人の帰りを喜ぶ飼い犬……いや、猫のように、風を切る音が出るほどの勢いだ。
口ではクールに振る舞っていても、身体は正直だった。
「っ! ……コホン。では、また来る」
自分の尻尾の動きに気づいたのか、慌てて尻尾を手で押さえつけ、ミーナは鉄格子の外へ出た。
そして鍵を掛けようとして、自分が最初に持ってきた食事――冷えて固くなった黒パンと薄いスープ――を見て、眉をひそめた。
「……こんな黒パンじゃ、味気ないな。あのカステラのお礼には釣り合わん」
ミーナは一度盆を持ち上げると、飛鳥に向き直った。
「待っていろ。私が、もっと良い食事を持ってきてあげるよ。……内緒だぞ」
彼女は小走りで階段を駆け上がっていった。
しばらくして戻ってきた彼女の手には、湯気を立てる皿が乗っていた。
厚切りの肉がたっぷり入った根菜のシチューと、焼きたてのふかふかの白パン。王城の騎士食堂で出される、上等なメニューだ。
「ほら、食え。私が畑で作った野菜も入ってるからな、味は保証する」
「……ありがとうございます。頂きます」
飛鳥は行儀よく手を合わせると、差し入れられた食事を口にした。
黙々と、一口ずつ噛み締めるように食べる。
「美味しい」と言葉に出すわけではない。しかし、その丁寧な食べ方からは、作ってくれた人(と、野菜を育てたミーナ)への深い感謝が伝わってきた。
その様子を鉄格子の外から眺めながら、ミーナは心の中で呟いた。
(変な奴だな……。武器も持たず、牢屋の中で茶を点てて。……でも、悪い奴じゃない)
シチューを綺麗に平らげ、満足そうに茶をすする飛鳥。
その横顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。
(それどころか……もっと飛鳥と話がしたいな。次は、私の畑の話でも聞いてくれるだろうか)
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「ふん、なら良かった。……じゃあな」
ミーナは努めてぶっきらぼうに背を向けたが、その背後で、黒い尻尾はやっぱりブンブンと大きく揺れていた。
足取り軽く階段を登っていく副隊長の後ろ姿を、飛鳥は微笑ましく見送った。
「さて。明日のお客様のために、茶道具を磨いておきましょうか」
牢獄の茶室に、再び静かな夜が訪れた。
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